表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
2/3

2話

 彼らは若者で構成されていた新米パーティーであった。


 リーダーの剣士ソッド。

 盾役の剣士ルド。

 魔法使いウィズ。

 斥候ラーサ。


 彼ら四人が西の町にやって来たのは、つい最近のことだった。

 西の町には原野を隔てて、魔物が生息する広い森がある。

 魔物は森から度々降りてきて、作物を荒らし、家畜を食い、時に人に牙を向ける。困り果てた町民は、腕の立つ冒険者に討伐を頼むことにした。

 一年を通じて魔物が現れるため、討伐依頼は尽きることがない。報酬目当てに立ち寄る冒険者は多い。ソッド達も例外ではなかった。





「来いや犬っころがぁ!!」


 プレートアーマーの青年が怒鳴り上げた。盾役のルドだ。盾を地面に叩きつけ威嚇する。

 原野にて彼が相対するのは3体のグレイウルフだ。群れで狩りをする習性があり、素早い脚と連携で獲物を狩る魔物だ。

 グレイウルフは一斉にルドへ襲いかかる。鋭い牙と爪でルドに食らいつこうとした。

 ギャイン! と甲高い悲鳴が上がる。

 グレイウルフの背後に回り込んでいたソッドが、1体切り倒していた。

 ソッドに向かってグレイウルフが飛びかかる。その血走った眼球を矢が射抜いた。木に身を隠していた、ラーサの矢だった。

 痛みに怯むグレイウルフに、ソッドがとどめを刺した。

 分が悪いと察した最後の1体が、森に逃げ帰ろうとした。

 ウィズの凛とした声が響く。


「ピラ・ファイア!」


 グレイウルフの足元から赤い炎柱が吹き上がり、灰色の体を包みこんだ。





 規模のある町や都市には、冒険者向けに仕事を斡旋する窓口が設置され、様々な仕事の依頼がそこに集まる。

 窓口は冒険者が立ち寄る酒場や食堂、宿屋に併設されることが多い。西の町の窓口は酒場にあった。


 討伐を無事に終えたソッド達は、その店で酒盛りをしていた。


「いやぁ相変わらずの火柱だったなウィズ! 毛も肉も黒焦げでなんの素材も取れなかった!」


 ガタイが良く背も高いルドは、悪戯っぽい笑みを浮かべる。

 ウィズと呼ばれた女魔法使いが、綺麗な眉を歪めた。ウェーブのかかった豊かな髪が、ローブに添って流れていた。


「まだ言うの? あんまりしつこいと、ご自慢の鎧ごと蒸し焼きにするわよ!」


 おっかねぇと肩を竦めるルドに、ウィズはそっぽを向いて酒を煽った。

 隣では赤いスカーフを頭に被ったラーサが、噛んでいた肉を飲み込んだ。このパーティーの中では一番小柄な少女だ。


「でも1体丸ごと倒しちゃうなんて凄いですよ! アタシなんてそんな魔法使えないし剣術の心得もないし、非力だし」


 唇を尖らせるラーサの頭を、ソッドがスカーフごと撫でる。茶髪に澄んだ青い目をした青年だ。


「だけどラーサの補助がなかったら危なかった。おかげで、今回の依頼も全員無傷でこなせたんだ。ありがとう」


 くすぐったそうに笑うラーサの前に、ルドがドーナツの皿を置くと、ラーサは目を輝かせてドーナツを手に取った。「ドーナツに負けたな」とルドがソッドを小突いた。

 パーティーで最年少の彼女は、末妹のように可愛がられていた。


「俺達は結成したばかりで、パーティー全体の戦闘経験も乏しい。しばらくは原野の討伐を受けようと思っている」


「俺は少し物足りないがな。原野に来る魔物って、仲間に追いやられた弱いやつがほとんどなんだろ? 今日のグレイウルフも痩せてて毛皮もボサボサ、自慢の爪も欠けていた」


「元から粗悪な素材なら、報酬額は大して変わらなかったじゃない」


「つまみ一品は増えたかもな」


 「も〜やだこの人」と酔いの回ったウィズが、ドーナツを頬張るラーサに抱きついた。

「グェッ」ウィズの柔らかい体に圧迫されて、潰れた声が出る。


「ウィズさん、苦しいから離して」

「お姉ちゃん」

「ウィズお姉ちゃん、苦しいから離して」

「可愛いからヤダ」

「この酔っぱらいッ」


 絡み酒のウィズと抱っこを嫌がる子猫のようなラーサに、ソッドとルドは笑った。


 酒場は一仕事を終えた冒険者や町の労働者で賑わっていた。活気の溢れた笑い声がそこかしこから響いている。


「しっかしお前さんら、若いのに大したもんだ。遠目で見ていたが、見事な連携だった」


「そのうち迷宮ダンジョンの探検隊に呼ばれるかもな」


 酒場の客人に肩を組まれたルドは、嬉しそうに照れ笑いした。


「迷宮?」

「魔法で作られた地下迷宮のことだよ」


 小首をかしげるラーサに、ソッドが答えた。


「この大陸の東西南北、合わせて4箇所あって、あの原野を越えたの森には、そのうちの一つ、西の迷宮があるんだ。誰が何のために作ったか定かじゃないが、迷宮の奥には数々の財宝が眠っているといわれていて、一攫千金を志す冒険者は多い。ただ、迷宮に潜む魔物は、原野どころか森の魔物よりも強い。並の冒険者では太刀打ちできないから、探索隊は実力者揃いだ。今の俺達には関係のない話だよ」


「なんにせよ、まともな冒険者がいてくれて、こっちもありがたいよ」


 絡んできた客は声を潜めた。


「北の方で戦をしてた国があったろ。最近あの国はきな臭いからな。数年前の戦では勝ってたんだが、どうやら戦の功労者に逃げられたらしい。魔法使いらしいんだが、なんでも神のようなとんでもない技を使って、幾度となく危機を救ったとか。今はどこにいるかわからないんだと」


「そんな人に見捨てられちゃ先がないな」


「全くだ。その煽りで、住む場所を無くして冒険者になるやつもいる。一攫千金の夢でも掴もうとしたんだろうが、これが役に立たねぇの。魔物が怖いってんで、その辺に生えてる薬草の採取とか土木作業とか、安全な仕事ばっかしてるぜ」


「冒険者を名乗るからには危険を冒す覚悟もしてもらなわきゃな」


「全くだ」


 ルドと客の会話を耳にしながら、ソッドはちらりとラーサを見やる。

 夢の中のウィズに膝枕をしながらマフィンを食べていた。ウィズの顔にカスが溢れるのもお構い無しだ。

 ソッドは苦笑する。


「避けてあげろよ」

「勝手に膝枕してきたウィズお姉ちゃんが悪いんです」

「流石に可哀想だ」

「じゃ代わってください」

「断る。燃やされたくない」


 ブー、とむくれっ面のラーサに、ソッドはクスクス笑って酒を煽った。


「代わりに何か頼むよ。野菜とか食べないと……」


 グラスから顔を上げてソッドはラーサを見る。

 ラーサから表情が抜けていた。

 食べかけのマフィンが手から溢れ、ウィズの顔に落ちた。ウィズは起きなかった。


 ソッドは、ラーサの見つめる一点を辿った。


 店の出入り口だった。禿頭の老人が、ちょうど扉を開けて外へ出た。それとすれ違うように男が入ってくる。

 ラーサの視線が動いた。大きな瞳がその男を追う。

 冒険者なのだろうが、ソッドから見れば頼りなかった。

 使い古されたボロボロの身なりや細身の体格からして、特別目を引くものはない貧相な男だ。腰にさす安物の剣が、彼にふさわしく思う。ボサボサに伸びた灰色の髪が目を隠して顔がよく見えない。

 灰色の男はまっすぐカウンターへ向かい、袋を店員に渡した。店員が顔をしかめて対応している。


 ソッドは、まだ男を見つめるラーサに声をかけた。


「あの男、どうかしたのか?」

「ううん。ちょっと目が離せないだけ」

「ビビッと来たのか?」

「ビビッと来た」


 真顔で返すラーサに、戻っていたルドがニタニタと意味ありげに笑みを浮かべる。


「そりゃ一目惚れってやつだな! でも意外だな。お前は面食いかと思ってたが、ああいうのを気にするのな」

「……そう、なのかなぁ?」


 釈然としない顔で、ラーサはウィズの顔からマフィンを拾い、落ちたところを手で払って口にした。

 ルドが近くにいた客の肩を叩いて、「あの男は誰だ?」と男を指さした。


「あー、ありゃ草毟りじゃねぇの」


「草毟り?」


「ああ。薬草採取ばっかしてる腰抜けだ。いつも原野の隅で草取ってる。根暗なやつだよ」


 客は顔をしかめてツマミを口にした。

 ソッド達が目を離した間に、店員とのやり取りが終わったのだろう。気がつけば、草毟りは店の扉を開けて出ていった。

評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ