2話
彼らは若者で構成されていた新米パーティーであった。
リーダーの剣士ソッド。
盾役の剣士ルド。
魔法使いウィズ。
斥候ラーサ。
彼ら四人が西の町にやって来たのは、つい最近のことだった。
西の町には原野を隔てて、魔物が生息する広い森がある。
魔物は森から度々降りてきて、作物を荒らし、家畜を食い、時に人に牙を向ける。困り果てた町民は、腕の立つ冒険者に討伐を頼むことにした。
一年を通じて魔物が現れるため、討伐依頼は尽きることがない。報酬目当てに立ち寄る冒険者は多い。ソッド達も例外ではなかった。
■
「来いや犬っころがぁ!!」
プレートアーマーの青年が怒鳴り上げた。盾役のルドだ。盾を地面に叩きつけ威嚇する。
原野にて彼が相対するのは3体のグレイウルフだ。群れで狩りをする習性があり、素早い脚と連携で獲物を狩る魔物だ。
グレイウルフは一斉にルドへ襲いかかる。鋭い牙と爪でルドに食らいつこうとした。
ギャイン! と甲高い悲鳴が上がる。
グレイウルフの背後に回り込んでいたソッドが、1体切り倒していた。
ソッドに向かってグレイウルフが飛びかかる。その血走った眼球を矢が射抜いた。木に身を隠していた、ラーサの矢だった。
痛みに怯むグレイウルフに、ソッドがとどめを刺した。
分が悪いと察した最後の1体が、森に逃げ帰ろうとした。
ウィズの凛とした声が響く。
「ピラ・ファイア!」
グレイウルフの足元から赤い炎柱が吹き上がり、灰色の体を包みこんだ。
■
規模のある町や都市には、冒険者向けに仕事を斡旋する窓口が設置され、様々な仕事の依頼がそこに集まる。
窓口は冒険者が立ち寄る酒場や食堂、宿屋に併設されることが多い。西の町の窓口は酒場にあった。
討伐を無事に終えたソッド達は、その店で酒盛りをしていた。
「いやぁ相変わらずの火柱だったなウィズ! 毛も肉も黒焦げでなんの素材も取れなかった!」
ガタイが良く背も高いルドは、悪戯っぽい笑みを浮かべる。
ウィズと呼ばれた女魔法使いが、綺麗な眉を歪めた。ウェーブのかかった豊かな髪が、ローブに添って流れていた。
「まだ言うの? あんまりしつこいと、ご自慢の鎧ごと蒸し焼きにするわよ!」
おっかねぇと肩を竦めるルドに、ウィズはそっぽを向いて酒を煽った。
隣では赤いスカーフを頭に被ったラーサが、噛んでいた肉を飲み込んだ。このパーティーの中では一番小柄な少女だ。
「でも1体丸ごと倒しちゃうなんて凄いですよ! アタシなんてそんな魔法使えないし剣術の心得もないし、非力だし」
唇を尖らせるラーサの頭を、ソッドがスカーフごと撫でる。茶髪に澄んだ青い目をした青年だ。
「だけどラーサの補助がなかったら危なかった。おかげで、今回の依頼も全員無傷でこなせたんだ。ありがとう」
くすぐったそうに笑うラーサの前に、ルドがドーナツの皿を置くと、ラーサは目を輝かせてドーナツを手に取った。「ドーナツに負けたな」とルドがソッドを小突いた。
パーティーで最年少の彼女は、末妹のように可愛がられていた。
「俺達は結成したばかりで、パーティー全体の戦闘経験も乏しい。しばらくは原野の討伐を受けようと思っている」
「俺は少し物足りないがな。原野に来る魔物って、仲間に追いやられた弱いやつがほとんどなんだろ? 今日のグレイウルフも痩せてて毛皮もボサボサ、自慢の爪も欠けていた」
「元から粗悪な素材なら、報酬額は大して変わらなかったじゃない」
「つまみ一品は増えたかもな」
「も〜やだこの人」と酔いの回ったウィズが、ドーナツを頬張るラーサに抱きついた。
「グェッ」ウィズの柔らかい体に圧迫されて、潰れた声が出る。
「ウィズさん、苦しいから離して」
「お姉ちゃん」
「ウィズお姉ちゃん、苦しいから離して」
「可愛いからヤダ」
「この酔っぱらいッ」
絡み酒のウィズと抱っこを嫌がる子猫のようなラーサに、ソッドとルドは笑った。
酒場は一仕事を終えた冒険者や町の労働者で賑わっていた。活気の溢れた笑い声がそこかしこから響いている。
「しっかしお前さんら、若いのに大したもんだ。遠目で見ていたが、見事な連携だった」
「そのうち迷宮の探検隊に呼ばれるかもな」
酒場の客人に肩を組まれたルドは、嬉しそうに照れ笑いした。
「迷宮?」
「魔法で作られた地下迷宮のことだよ」
小首をかしげるラーサに、ソッドが答えた。
「この大陸の東西南北、合わせて4箇所あって、あの原野を越えたの森には、そのうちの一つ、西の迷宮があるんだ。誰が何のために作ったか定かじゃないが、迷宮の奥には数々の財宝が眠っているといわれていて、一攫千金を志す冒険者は多い。ただ、迷宮に潜む魔物は、原野どころか森の魔物よりも強い。並の冒険者では太刀打ちできないから、探索隊は実力者揃いだ。今の俺達には関係のない話だよ」
「なんにせよ、まともな冒険者がいてくれて、こっちもありがたいよ」
絡んできた客は声を潜めた。
「北の方で戦をしてた国があったろ。最近あの国はきな臭いからな。数年前の戦では勝ってたんだが、どうやら戦の功労者に逃げられたらしい。魔法使いらしいんだが、なんでも神のようなとんでもない技を使って、幾度となく危機を救ったとか。今はどこにいるかわからないんだと」
「そんな人に見捨てられちゃ先がないな」
「全くだ。その煽りで、住む場所を無くして冒険者になるやつもいる。一攫千金の夢でも掴もうとしたんだろうが、これが役に立たねぇの。魔物が怖いってんで、その辺に生えてる薬草の採取とか土木作業とか、安全な仕事ばっかしてるぜ」
「冒険者を名乗るからには危険を冒す覚悟もしてもらなわきゃな」
「全くだ」
ルドと客の会話を耳にしながら、ソッドはちらりとラーサを見やる。
夢の中のウィズに膝枕をしながらマフィンを食べていた。ウィズの顔にカスが溢れるのもお構い無しだ。
ソッドは苦笑する。
「避けてあげろよ」
「勝手に膝枕してきたウィズお姉ちゃんが悪いんです」
「流石に可哀想だ」
「じゃ代わってください」
「断る。燃やされたくない」
ブー、とむくれっ面のラーサに、ソッドはクスクス笑って酒を煽った。
「代わりに何か頼むよ。野菜とか食べないと……」
グラスから顔を上げてソッドはラーサを見る。
ラーサから表情が抜けていた。
食べかけのマフィンが手から溢れ、ウィズの顔に落ちた。ウィズは起きなかった。
ソッドは、ラーサの見つめる一点を辿った。
店の出入り口だった。禿頭の老人が、ちょうど扉を開けて外へ出た。それとすれ違うように男が入ってくる。
ラーサの視線が動いた。大きな瞳がその男を追う。
冒険者なのだろうが、ソッドから見れば頼りなかった。
使い古されたボロボロの身なりや細身の体格からして、特別目を引くものはない貧相な男だ。腰にさす安物の剣が、彼にふさわしく思う。ボサボサに伸びた灰色の髪が目を隠して顔がよく見えない。
灰色の男はまっすぐカウンターへ向かい、袋を店員に渡した。店員が顔をしかめて対応している。
ソッドは、まだ男を見つめるラーサに声をかけた。
「あの男、どうかしたのか?」
「ううん。ちょっと目が離せないだけ」
「ビビッと来たのか?」
「ビビッと来た」
真顔で返すラーサに、戻っていたルドがニタニタと意味ありげに笑みを浮かべる。
「そりゃ一目惚れってやつだな! でも意外だな。お前は面食いかと思ってたが、ああいうのを気にするのな」
「……そう、なのかなぁ?」
釈然としない顔で、ラーサはウィズの顔からマフィンを拾い、落ちたところを手で払って口にした。
ルドが近くにいた客の肩を叩いて、「あの男は誰だ?」と男を指さした。
「あー、ありゃ草毟りじゃねぇの」
「草毟り?」
「ああ。薬草採取ばっかしてる腰抜けだ。いつも原野の隅で草取ってる。根暗なやつだよ」
客は顔をしかめてツマミを口にした。
ソッド達が目を離した間に、店員とのやり取りが終わったのだろう。気がつけば、草毟りは店の扉を開けて出ていった。