1話
月明かりが眩い夜だった。
街から少し離れた暗い森の中を、一人歩く男の姿があった。外套のフードを目深にかぶって顔は見えない。魔物の気配が漂う中、黒い杖を片手に迷いなく進んでいく。
男が足を止める。地面に大穴がぽっかりと開いていた。
大穴を覗き込むと、深い奥底がキラキラ光った。風が吹き上がる。仄かに水の匂いが混じっていた。
横壁を見れば、いくつもの穴が開いて、たくさんの目が暗がりに光っている。大穴の魔物達だ。巣穴の縁には人の骨が引っかかっている。一度入ればそこに潜む魔物に巣穴へ引きずりこまれ、食い殺されてしまう。
しかし、男は躊躇いなく大穴に飛び込んだ。
魔法を使い、宙を緩やかに降下していく。
壁から魔物が襲ってくる気配もない。まるでその男に道を譲っているように。
やがて大きな空洞に出る。そこは地底湖が広がっていた。大穴から差し込む月光が湖を水底まで照らし、青く透き通っていた。
男は湖の上に静かに降り立った。
足をつけると、丸く波紋が広がる。
水の中に沈むことなく、まるで地面の上を進むように、水上を歩いた。
「魔力が微弱だ……爺さん、ここの主は……」
男の声が静かな洞窟に木霊する。それに答える音は一切無い。男は続けた。
「やはり北に行くしかないか……その前に町に寄る……路銀がいるんだ。少し働かせてくれ」
ふと、男が月光の届く水底に目をやった。
かすかに息を飲むと、その場にしゃがみ込み、水底に向かって手を合わせた。