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滅天  作者: わるだくみ
第一章
8/11

(七)兵器

「こんな晴れた日に産まれるなんて、本当にめでたい子ね」

「本当に良い日だ。きっと素敵な子に育つさ」

 八月五日。空は真っ青で太陽が眩く、窓から無数の向日葵が顔を覗かせている。

 夏にしては清々しい風が吹いていて、過ごしやすい日だった。

 ぱっちりとした目は睫毛も長くて、丸々とした顔や体も可愛らしくて仕方がない。真っ黒な目は犬みたいにくりくりしていて、頬は薄く赤い。

「名前、やっぱりぴったりね」

 女は愛おしそうに赤子を抱き、笑いかける。

「ああ。こいつは、正真正銘」

 

 陽茉(ひま)だ。


  ………


「嫌!嫌よ、この子は私の大切な娘なのよ!」

「仕方ないんだよ…この子が、()()()()になるんだから」

「そんな…」

 女は泣いていた。そんな彼女の背中を、男が優しく撫でる。しかし、そんなものは大した慰めにもならず、ただ触られていると脳に信号が送られるだけの、五感に過ぎなかった。

 赤子は、白衣の男達に連れていかれる。

 無駄のない動作が、視覚に流れた。

 抵抗する間もなく、赤子は両親の元を離れた。


  ◆


 嫌な、嫌な夢を見る。

 顔も声も知らないはずの両親が、もしかしたら、自分のことを愛していたかもしれないなんて、そんな妄想。それを、たまに夢に見るのだ。

 どうせ、育児放棄されただけなのに。それなのに、淡い期待をしてしまうときが、度々あるのである。

 それもこれも、(りん)との戦いのせいだ。

 嫌なことばかりを思い出す。それでも、使()()だから、やらなければならない。

 どんなに嫌でも、苦しくても、果たさなければならないことがある。

 ぼくはそのために産まれて、そのために育ち、そのために、生きてきたのだから。

 外はまだ暗かった。周りも、誰も起きてはいない。夏にしては冷たい夜風が、寂しさを煽った。

 頬に伝った涙を軽く拭い、両手を握って、祈りながら再び眠りについた。


 △

 

 まだ、陽が昇り始めた頃だった。

 目が覚めた(あん)は素早く携帯電話を取り出し、すかさず連絡先を開く。しばらくの間、コール音が鳴った。

「…庵?」

 異変に気付いた(じょう)が目を覚まし、様子を見に近付いてくる。

 画面を覗くと、そこには「倉内(くらうち)陽茉」と表示されていた。

「いなくなった。こんな、早朝に」

 応答なし、とバイブレーションが鳴る。庵は続けてコールし、そのまま布団を出た。

「庵、焦るな。一度皆が起きてから、計画を立てよう」

「そんなこと言ってる場合じゃ」

「当てもなく探したって仕方がないだろ。お前の知らないことを、妹さんが知っていそうな様子だった。話を聞くべきじゃないか」

 冷静に庵を鎮める丞は、誰よりも庵の扱いを熟知している様子だった。庵は一度立ち止まり、溜息をつく。

「わかった」

 溜息をついた庵は座り、頭を搔きむしる。

 皆が起きるまでの時間が、果てしなく長く感じた。朝日が遅く、どれだけ待っても暗い気がする。顔が上にあがらなかった。かと言って、いつ連絡が来るか、誰かが起きるかわからないので、眠りにつくこともできない。

 庵はただ、畳のほつれを眺めては、時々耐え難い焦燥に襲われて、過呼吸になった。腕を掻いて、丞に手を添えられる。途切れ途切れに「あ、ぁあ」と声が漏れる。

 しばらくして、窓からさす光が眩しくなってきて、次々に目を覚まし始めた。起きてすぐに、彼らは陽茉の不在に、そして庵の状態に気が付く。

「あいつ…」

 最初に口を開いたのは、颯凜(そんりぇん)だった。

「颯凜、お前、何か知っているのか」

 庵は必死だった。颯凜の両腕に、縋り付くようにしてしがみつく。

「大したことは知らねえよ」

 少々困惑している颯凜は、鼬凛(ゆうりぇん)に視線をやる。鼬凛は苦笑して彼の髪を撫でた。

 陽茉が去った理由は明白だ。昨晩の琳との一件だろう。

 天使の力を授かった琳に、陽茉が一滴、何かを飲ませた。それをきっかけに、琳が激痛を訴え始める。そのことを陽茉に問い詰めたところ、酷く動揺し、涙を流した。怯えているようにすら見えた。

 颯凜が唯一、誰よりも冷静に、起こった事象に対応していた。陽茉に問い詰めに行ったのは、彼である。彼だけが、状況を理解しているように見えた。

「教えて、なんでもいいから」

 喉から絞ったその声に、颯凜は目を伏せた。

 知りすぎてはならないこともある。

 しかし、庵の握る力が弱まるにつれ、却って彼は弱ってきて、口を開いた。

「俺が知っているのは、ただ…ただ、姐さんの扇子みたいな、『()使()()()()()()()()()()』があるっていうことだけだ」

 颯凜は手を握り締める。鳥肌が立った。

「つまりさ…俺達よりも、姐さんの方が詳しいと思うんだよね」

 鼬凛は補足すると、すぐに服を着替え始める。

「その感じだと、すぐにでも情報がほしいだろ。行く人は早く準備しなよね」

 柔らかい口調には、庵への最大限の優しさが詰まっていた。彼の言葉で、庵は意識を取り戻したかのように立ち上がり、準備に駆け出す。

 琳や丞を除いた一同も、ひとまずはと準備をし始めた。

 呆然と脱力している琳は、目こそ覚めているものの困惑が残るようで、周りを見回しては、生気のない瞳で庵を追っている。

「琳、って言ったか?お前は、何か知っているか」

「私…?私は、何も知らないわ」

 見かねたキルディが話しかけるが、彼女はキルディの胸元あたりに視線をやり、口だけを動かす。

「そうか。じゃあ、陽茉にやられた時の感覚は?」

「感、覚…感覚、ね。それは、すごく…すごく痛かったわ。全身が、内部から壊れていくような感覚がして。私は…そのまま意識がなくなったのかしら」

 まるで尋問かのような会話だった。無気力に応答する琳は、ようやくキルディの目を見る。

「貴方、悪魔なのね。綺麗だわ、とても」

 琳は、儚く微笑んだ。それを庵が、瞬時に視認する。

 呼吸が止まった、そんな感覚がした。

 不思議と、少し心が軽くなった。琳は庵と目が合うと、気まずそうに笑みを消し、目を伏せる。

「私は、ここで待っているわ。陽茉がどこに行ったとしても、戻ってくる可能性があるのだし」

 髪を耳にかけてそう言うと、琳は改めて、庵の目を見る。そうして口を開こうとしたのを、庵が遮った。

「今まで、ごめん。後で、ゆっくり話そう」

「…そう、そうね。私も、ごめんなさい」

 暫しの静寂は、とても暖かいものだった。

 その会話を最後に、彼らは出かける準備を済ませる。

 柏井(かしわい)と琳、そして丞に挨拶をすると、一同は真っすぐ中華街へ向かった。


 ▽


 ぼくに果たせる使命なんかじゃなかった。

 こんなにも早く、知られてしまうなんて。

 ただ、ひたすらに走る。目的地などなく、無我夢中に走る。現実から逃げ出すには、どれだけ走ればいいのだろう。

 前も見ずに走っていた。汗で髪が肌に張り付く。

 逃げたい。逃げたい。逃げたい。その一心だ。

 やめたい。全て、やめたい。逃げたい。

 突如、聞き覚えのあるブレーキ音が、耳に刺さるように響いた。

「おや」

 顔を見上げると、山羊角のヘルメットが見える。

「成程、そうか。昨日死人がいなかったのは、君のお陰かね」

 バイクを降りて屈んだゴーメットは、陽茉に笑いかける。雰囲気こそ柔らかいものの、一対一で話すのは初めてだった。一歩後退り、呼吸を整えようと肩で息をする。

「そう怯えないでくれよ」

「放っておいて」

 吐き捨てるように声を発すると、汗がぽたぽたと地面に落ちた。妙に眩しくて、暑く、夏のような日だ。陽茉は、自らが生まれ死んだ日を思い返す。

 ゴーメットはふむ、と顎に手を当ててから、陽茉の頬をそっと両手で覆った。

「私が少しだけ、匿ってあげようか」


 △


 相も変わらず賑やかな中華街は、依然として異世界かのようだった。

 昼間の中華街はまた、違う雰囲気に見えた。目が痛むような眩しさはなく、食べ物の匂いが香ばしい。風は冷たく過ごしやすいが、日差しは少々強く、庵は着てきたジャケットを脱ぎ、軽くまとめた。

 大きな鳥居はやはり綺麗で、目を奪われる。一つ変わっているのは、門番だった。本来の門番は、我々がお借りしたので当然だ。彼らはこちらに気が付くと、すぐに走ってくる。

「颯に鼬じゃないか。久しぶり~、寂しかったよ」

 可憐な少女二人は、鼬凛や颯凜よりもずっと小さかった。一人は軍服のような帽子を被った大人しそうな黒髪で、一方はいわばギャルのような、褐色肌に金髪が目立つ煌びやかな雰囲気を帯びている。一見すると威厳はなく、かつての門番に比べ、幾分も頼りなかった。

「久しぶり、杰涵(じぇはん)

 黒い肌に白いチャイナドレスをまとった少女は、踊り子かのようだった。杰涵はオレンジ色のリップを輝かせて笑う。大きな瞳は子犬のようで、特徴的なショートカットは手が込んでいることがよくわかった。

「うん、久しぶり。今日はどうしたの」

「ちょっと、姐さんに用事があって」

「扇子の話も聞きたくてな。朱亞(しゅあ)も同行できるか」

 会話がスムーズに進んでいく。帽子を深く被り直した朱亞は、「承知した」とだけ返事をした。

「ああ、そうだ。初めまして、祟羽(たたらばね)庵さん。アタシは杰涵だよ」

 突然話しかけられた庵はいくらか動揺してから、挨拶を返す。

「アタシ、君のことココに来る前から知ってたんだよね。有名人だから」

「知っていた、って…」

 思いもしない言葉が飛んできて、さらに困惑していた。庵は特に芸能人でもなければ、インフルエンサーのような活動者でもなかった。そんな疑問を杰涵は面白がるようにくすくす笑ってから、胸を張って話し出す。

「アタシ、賭博師なんだ。それも、君と同じくらい強いね」

 漫画のキャラクターのように指を鳴らして、杰涵は決めポーズする。陽茉と同じくらい、明るい女だ。心なしか、背面に煌びやかなエフェクトが見えるような気がする。

「君、強いでしょ。噂になってるの、知ってる?」

 妙に距離感の近い女だ。庵は反射的に自分の首を抑え、後ずさりする。瑾龍の一件があったのだ、決して油断ならない。また首の傷を抉られては、たまったものではないのだ。

「そんな警戒しなくてもいいのに」

 杰涵はつまらなさそうに頬を膨らませ、鼬凛に不服を伝えた。彼は「当然でしょ」と宥めてから、庵を安心させようとする。

「もう、姐さんから話は通ってるから大丈夫。逆に言えばまあ、結構有名人になっちゃったんだけれど…背後から突然殴られるよりはいいでしょ」

「まあ、わかった」

 中華街の一員といえど、鼬凛は既に、信頼できる大切な仲間の一人だった。庵は彼を信じて一息つくと、肩の力が抜けていく。

 ただ、彼の含みのある言い方は、やはりデメリットもあるようだった。中華街の人間に、庵が「天使の手が加わったが、天使に反乱する者」だと知られた現状。これは、天使を極端に嫌う人にとっては、庵が天使に反乱しようがしまいが、彼の存在は不愉快に感じる要因となった。現に、街中の人間の一部には、冷たい目をしている者がいることを庵は認識していた。なにより、背後をついてきている朱亞という少女が、その一人であった。

 一言も発さない無表情の少女は、まるで人形のようだった。艶のある黒髪は綺麗に切り揃えられていて、常に伏せられている目は冷徹だった。小さな口は堅く閉じられて、顔中に張られた絆創膏を見ると、何か危険な仕事をしているのだろうことが予想できた。一見した印象としては、「職人」である。

「メールじゃ済まないのか」

 同行することに気乗りしない様子の朱亞は、鼬凛に一言だけ不満を訴える。

「できればついてきてほしいな」

「…仕方がない」

 彼女は頬を膨らませると、腕を組んで脱力した。ここまで拒絶されると、さすがに来るものがある。庵は気まずそうに笑い、服の襟を整えた。

「じゃあ、いってらっしゃい。また後でお話しようよ、庵()()

 杰涵は笑顔で手を振り、我々を送り出す。

 その仕草に深みはないが、瞳の奥深さが恐怖を煽った。賭博師らしき少女は、確かに読み取れない感情がある。少々の警戒を抱いて、庵は小さく手を振って返した。


「久しいのう、忠犬よ」

 愛おしそうに鼬凛と颯凜を眺めた瑾龍(じんろん)は、まず手招きをして、二人を抱き締めた。大男に埋もれて、美女が全く見えなくなる。

 かつて来たように、我々は長い長い階段を上って瑾龍の元へ訪れた。今日は悪魔二人にもついてきてもらって、「長くないか」なんて文句を垂れさせた。

「朱亞もご苦労。番人の代わりは疲れるだろうに」

「とんでもございません。私は与えられた仕事を全うするまでです」

 会釈して帽子を深く被り直し、朱亞は姿勢を正した。

「して、諸君。相談事とは承ったが…あの()()のことかな」

 太陽。陽茉のことだろう。

 瑾龍が一目見てすぐわかるように、今日は以前と違い、陽茉がいない。

「その通り、陽茉がいなくなっちまってな」

 キルディが話し始め、一連の出来事を偽りなく説明する。

 死神に出会ったこと。庵の妹である琳が、天使に侵されていたこと。そんな琳に、陽茉がなんらかの液体を、一滴飲ませ、琳が激痛を訴え始めたこと。そして、それをきっかけとして、陽茉は今日の朝にいなくなってしまったこと。

 庵が思うに、陽茉のその液体とやらはおそらく、瑾龍の持つ扇子に似た代物だろうということだった。ゴーメットに「ソレを使えば」と言われた件に、初めて瑾龍に会った時の、陽茉への視線である。ゴーメットや瑾龍の知る何かに、陽茉の液体が、いわば()()が秘められているはずだった。

「それで私の元を訪れたと。察しがいいね、確かに、助力できるかもしれぬ」

「本当か」

 庵は身を乗り出し、瑾龍に熱のある目を送る。

「ただし…何処にいるか、どうすれば良いか、なんてことは、わからないな」

「構わない。話してくれ」

 気が急いで、呼吸が乱れる。何でも知りたかった。陽茉のいない現状は実に虚ろで、無機質だった。

「ゆっくり話そうか」

 瑾龍はそう息をついて、仰いでいた扇子を閉じた。

 街が静まり始め、夜風の音が際立つ。


 現代社会において、天使とは脅威とされていた。

 これは日本に限らない全世界で言われており、しかし、未だ市民への被害は小さいため、秘密裏に対処されてきた課題である。

 庵が受けたように、天使による無作為な工作は、人間を破壊するに至るものだ。そんな事件は数少ないものの点在し、被害者が産まれないようにと計画されている。しかしそんな計画や策略は天使には通用しないものばかりで、現状としては、「被害者を抹消する」ことのみが有効な手段であった。

 それ故に、瑾龍は天使を識別する扇子を持っているのである。

「尤も、私はあまりそれに乗り気ではないのだが…この扇子のような識別する()()を持つ者は、原則、見つけ次第即座に妥当者を消すことを命じられておる」

 扇子は相も変わらず、庵の方向に金色の模様が浮き上がっていた。

 これらの兵器は、何らかの大きな組織を管轄するものは必ず持つらしいのである。政治家なんて者は勿論のこと、国家機密として、時には瑾龍のような街を仕切る者にも与えられるようだ。基本的には国家権力の保持者のみが有する兵器である。

「して、こんな話があの小娘に何の関係があるか、という話だろう。庵、わかるかね」

「…想像したくもないな」

「さすが、察しが良い。彼女と知り合ったのは何歳頃かな」

 庵は思い更けて、慎重に答える。

「小学校の頃、途中で転入してきた。…小学三、四年生とか」

「それはそれは…()()だな。天使の手の加わった賭博師を、()()続けるとは」

 その瞳は、憐れんだような瞳だった。

 気付けなかったのか、お前はと、責めているようにすら見えた。庵は脳がしびれるような感覚に陥る。これ以上、知ってはならないような気がした。

「私が彼女を見たときは、もっと幼かったかな」

 酸素が消える。

 呼吸が止まった。

 息を呑む。

「国に扇子を貰うときだったか、私はその…国家機関で、彼女を見かけたのだよ。あの丸い丸い、愛嬌のある瞳を」

「…国家機関で?」

 キルディが聞き返す。瑾龍はゆっくり頷き、「正確には、扇子の開発施設…研究所のようなところだったかな」と補足した。

「日本には二か所だけ、そういう兵器の開発部があるのです。共に広い研究所を備えており、彼らは日々検証と開発に励んでいる」

 朱亞が更に補足すると、一つ咳払いをした。

「その研究所には、子供を管理している施設も備わっています」

 即ち、陽茉はそれらに管理されていた幼児であると、そう直接言われずとも理解ができた。庵は強く拳を握る。確かに、詳細な家庭の情報を聞いたことはない。

「ここから考察できる結論。私はあまり、口にしたくないです」

 一通り話した朱亞は、気の毒そうに帽子を押さえ、口をつぐんだ。同様に、瑾龍も話しづらそうに苦笑する。空気が重たかった。切れない沈黙が、重圧にかわっていく。

「…私は、これで」

 そう言って朱亞は、部屋から立ち去った。

「いずれにせよ、今必要なのは陽茉がどこにいるかって情報だろ」

 息が詰まるようなこの雰囲気を変えるために、キルディは話し始める。

 実際のところ、彼の言う通りだった。勿論陽茉の正体は知りたいが、知ったところで陽茉と再会できるわけではない。

「彼女の怯えた姿を見ると、国家機関に戻っているとも思えぬ」

 扇子を顎にぱたぱたと当てながら、瑾龍は考えを深める。

「ただ一つ気になるのは、私が彼女を国家機関で見たとき…他に、小さい女の子がいたことなんだ」

「小さい女の子か」

「あの娘より、少し大きいくらいかな。肌が白く、黒髪で…淡い紫色の瞳をしていたか」

 聞いた覚えのない特徴だった。そもそも、陽茉に知り合いがいたことなど知らない。

「同じような患者衣を着ていたから、おそらく国家側の人間ではない」

 陽茉の友達だろうか。しかし、あまりにも情報が少なすぎる。

 いずれにせよ、本人を見つけるしかないようだ。しかし、陽茉についてのことが、ある程度予想できた気がする。知るべきだった、大切な家族のことをようやく知れたような感覚がした。

「結局居所はわからないが…有益な話が聞けた。ありがとう、瑾龍」

「いつでも手を貸すさ」

 瑾龍は目を細めて笑い、再び鼬凛と颯凜に触れる。彼女とは、大事な仲間と引き換えに「天を滅ぼす」と約束したのだ。責任をもって預かり、必ず滅ぼさないといけない。

「また何かあったら、すぐに頼るんだよ」

 愛しい部下二人に微笑みかけて、瑾龍は別れを告げる。長い塔を降りて、一同は一息ついた。

「どこ行っちまったんだろうな」

「本当に、想像もつかないわ」

 キルディが小さくため息をつくと、ヴァレエラも同意する。陽茉本人の事情はよくわかったが、現状を解決しそうな情報はなにもなかった。陽茉自身が自ら帰ってくるのを期待する方が、随分と楽なような気さえした。

「一旦、帰ろう」

 少々の疲労を隠しながら、庵はポケットを撫でて言った。煙草の箱がズボンに浮き出て見える。

 彼らは貰った情報を整理しながら、早足で帰宅した。

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