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滅天  作者: わるだくみ
第一章
3/11

(二)アジト

「こんなところに連れてこられて…ぼく達、食べられちゃわないかな」

 不安げにこそこそと話す陽茉(ひま)は、目に見えるほどに震えていた。

 拠点に連れて行ってやる。

 その一言を信じてキルディに連なって来ると、灯りの多い駅前からどんどん離れていき、人が全く通らないような、暗く、細い道にやって来た。

「人間を喰うような趣味は無い」

 陽茉は驚き、びくりと跳ねる。

 彼は、思っているよりも耳が良いらしい。キルディは多少不愉快そうに話したものの、こちらを見ることはなかった。

 悪魔の身体能力は、一体どの程度のものなのだろう。尖った耳は人間と異なっているが、特別聴覚を優れさせるためにできている形には見えなかった。悪魔という存在は、やはり非科学的な存在だ。

「…まあ、悪魔が隠居するには、人通りの多い場所じゃ都合が悪いだろうな」

「そういうコト」

 尤も、隠居できるような暗がりは、殺人にも適切であり、陽茉が怯えるのも当然である。しかし(あん)には、キルディが嘘をついていないという確信があった。嘘を見抜くなんてことは自分の専門分野だから、なんの不安もなかった。そもそも、少しでも危険な可能性があれば、陽茉を連れて来るはずなかったのである。

 一歩、一歩。幅の広い悪魔の足取りは、真っ直ぐ細い路地に進んでいく。

 シャッターばかり並ぶ建物の中、一軒だけがネオン看板を掲げていて、淡く光を発していた。唯一電気が通っているであろうこの建物は、おそらく、彼の拠点だということが見てわかった。看板には『BAR生存者』と書いてある。

 キルディが扉を開く。

 扉にはドアベルが吊るされていて、カランコロンと綺麗な音が鳴った。音色と部屋の明かりで、少しばかり緊張が解れる。

「ただいま」

「おかえりなさ…あれ?」

 声の先にはカマーベストを着た、いかにもバーテンダーらしい金髪の男がいた。落ち着いた木彫の店内に反し、男からは随分、ホストのような輝かしさが感じられる。

 グラスを磨いていた男はその手を止め、庵達に興味を示して近付いてきた。

「はじめまして!お友達ですか?僕は『柏井 郎花(かしわい ろか)』っていいます」

 柏井と名乗った彼は饒舌に話し、会話を素早く進行させた。職業病とも呼べるのだろうか、そのコミュニケーション能力は、陽茉をも圧倒するもので、彼女は庵に隠れたきり出てこなくなってしまった。

「友達なんかじゃない」

「そうですか。それでは、このお二人は?」

 庵はただ引き出されたように自己紹介を簡潔に済ませ、陽茉の紹介もした。柏井はその少しの自己紹介からも話を広げ、さらに質問を重ねていく。

「…柏井。二階借りるぞ」

 キルディは話し続ける柏井を遮って、鬱陶しそうにあしらった。

「ああ、はいはい」

 柏井も慣れた様子で悪いね、と笑うと、一同を二階へ案内し、一階のカウンターへ戻っていった。


 ようやく静かになった廊下。

 その一体のうち、キルディは一際綺麗に整備された、和風な扉を開く。

「…此処だ。此処を借りてる」

 悪魔の拠点。

 その部屋は、誰が見てもお洒落だと言うであろう、廃れた路地裏に似つかわしくないものだった。先程までの賑やかさが一気に飽和する、温かい雰囲気の部屋だ。ジャンル付けるなら和モダンといったところの、調和のとれた家具が選定されており、畳の香りの心地よさと行灯の薄暗さが、一同の欠伸を誘った。

「良い家に住んでるんだな」

 庵はそう言うと、座椅子に我先にと腰掛け、遠慮なく背中を預けた。伏せた目で部屋を一瞥してから、手持ち無沙汰に花瓶を撫で、飾られた一輪の花を眺める。悪魔も花を愛でるのか、なんて興味深そうに、花の状態と、品種とを推察する。

「容赦ないな…」

「ヒマも、寛いでいいのよ」

 対して、陽茉は緊張の最中だった。初めての部屋、悪魔と吸う空気。日常からかけ離れた環境に震える彼女を見かねて、ヴァレエラは優しく手をとって一緒にしゃがみ込む。陽茉は誘導されるがままに正座してから、改めて足を楽な姿勢に整えて、一息ついた。

「お茶を頂いてくるわ」

 その様子を見て安心したヴァレエラは、部屋を出て一階へ降りていった。遠くから、お茶を二杯と、お酒を一杯、と頼む声が聞こえてくる。それを背景にキルディも座椅子に着き、長いため息をついて目を閉じた。

「あんなに働いたのは久々だ…俺達は随分、平和ボケしていたらしい」

「悪魔っていうのは、そんなに暇なのか」

「俺達がちょっと特別なだけだよ」

 戻ってきたヴァレエラは、キルディに酒を、それから陽茉と庵に茶を与える。そしてドレスを纏めて上品に座り、キルディの手に、彼よりも少し大きい手をそっと重ねた。

 酒を一口、グラスを一回し。氷がカラカラと当たる音と共に、彼は話し始める。

「地獄にいる悪魔は忙しいもんでな。天使のケツ拭きばかりして、不始末の皺寄せだ。汚いモンは全部地獄が請け負ってる」

「…アタシ達は、やめたの、そういうの。そういうのをやめて、地上に…日本に、来たのよ」

 ヴァレエラは手を撫でながら、静かに捕捉する。彼らは目を伏せて、密かに見つめ合っているように見えた。

 言わば逃避行。彼らは故郷から抜け出して、隠居しているのであった。地獄の仕事に嫌気がさして、もっと言うのであれば、天使の不始末が気に食わなくて、彼らは地獄から逃げてきた。

「俺達は天国が嫌いだ」

「人間に綺麗な顔をする、汚い彼らが嫌いだわ」

「だから、機を窺っていた」

「天国を信仰する、聖ヶ谷の教会で、ずっと。ずうっと」

 苦楽を共にした彼らは、いつしか強く手を握りあっていた。そこには強い愛と、天への憎悪が篭っていた。キルディは一通り話して、落ち着いたように長くため息をついた。しばらく間を空けてから、再び口を開く。

「…そんな中、現れたのがお前らってわけだ」

 キルディは酒を置いて、庵に指をさす。

「人間と殺し合うほどに、天を嫌う理由がある。そんなお前が来た。俺達の求めていた最高の人材だ。待ち望んでいた…最高の人材」

 渦巻く瞳を歪め、彼はジーザイルを絞めた時以来、初めて笑って見せた。庵は背筋に嫌な寒気を感じた。悪魔の笑みとは、こんなにも邪悪であろうか。息を飲んでから、口を開く。

「俺の目的は、天国を丸ごと滅ぼすことだ」

 庵の簡潔な一言に、陽茉は自分もだと同意するようにこくこくと頷く。

「それが成せればなんだっていい」

「利用していいってことか」

 笑みを絶やさず、その悪魔は庵に問う。庵は深く息を吐いて、キルディの目をじっと見た。あくまでも舐められないよう、強気な態度で答える。

「利害の一致ってやつだ。ただ単に利用されるつもりはない。お前も俺も、互いに利用しあう」

 彼は、キルディを真似るように口角をきつく上げ、不敵に笑った。空気が緊迫する。陽茉は息を殺して、二人の顔をちらちらと見た。悪魔が二人、三人。奇妙な空間に、凡人は狼狽える。

 庵の答えにキルディは満足そうにして、酒を全て飲み干した。

「良い、良いだろう、面白い。お前もそう思うだろ」

 ちらりと見た先の乙女は、ただ静かに、ゆっくりと微笑んで見せた。

「あたしはキディちゃんが幸せになれれば、それでいいの」

 頷きながら話すと、ヴァレエラは庵を一瞥し、ほんの一瞬だけ殺気を纏う。悪魔は巧みに恐怖を操る。彼女のそれは脅しに近く、表情が見えない下でありながら、直接的に感情を伝えた。彼が幸せになれないようなことがあれば、どうなるかわかるよな、と。

 庵はそれに気付かなかったようなふりをして、陽茉の様子を伺った。少々怯えている彼女は、両手でコップを持ち、ゆっくりと茶を飲んでいる。

「陽茉、お前もいいか」

 彼女は驚いて半ば話を聞いていない様子だったが、何度もとにかく頷いた。庵の決定に、誤りがあるはずはない。

「決まりだな」

 差し伸ばされた手。長く鋭い爪は手入れされておらず、殺傷力のみを孕んでいた。

 そんな悪魔らしい手を、庵は強く握りしめた。細い筋の張った手に、爪が食い込む。それでも庵は強く、より強く握りしめた。自分は強いぞと、ただの人間ではないぞと伝えるべく、強く、強く握りしめる。

「それじゃあ、早速次の計画を立てなくちゃあな」

 キルディは少し無邪気にニッと笑うと、ヴァレエラにグラスを渡す。

「折角だ、お前も飲めよ」

「喜んで」

 その一言を聞いてから、ヴァレエラは一階へ降りていく。再び、遠くから声が聞こえてきた。酒をグラスに一杯、そして新しくもう一杯。

 男二人は未だ、警戒し合っている。笑みが絶えないながらに、空気は凍り付いて、ひりついていた。これから仲間になるという相手の人格を、思考を把握しようと睨み合っている。陽茉は居心地が悪そうに、部屋の隅に丸まって、やはり両手でコップを持ち、ゆっくりと茶を飲んでいた。

 暫くすると、ヴァレエラはグラスを二つ持って、今度は柏井と共に戻ってきた。

「盃ですか」

 拠点に招いた他人と酒を一杯ずつ。そこから想像できる状況は、盃であった。

「そんなところだ。契約はしないけどな」

「こういうのは、形が大事なんですよ」

 柏井は酒を持った二人の間に座ると、それぞれの顔を伺う。一瞬柔らかくなった空気に、陽茉は隅からヴァレエラの隣までこそこそと膝を引きずって座った。

「それでは。皆様の輝かしい旅路に」

 乾杯。掛け声でグラスを交わす。

 彼らなりの盃。契約などではなく、ただ親睦を深めるための、言わば、約束。

 キルディは酒を口にする前に一度立ち上がり、陽茉に近付いた。それからしゃがむと、軽くグラスを当ててやる。庵には彼の表情は見えなかったが、陽茉の表情がぱっと明るくなったところを見ると、さぞ優しい笑みを浮かべていたのだろうと予想できた。

 各々飲み物を口にする。柏井は一同の表情が綻んだことを確認すると、静かに部屋から去った。

「…なあ、キルディ。これからよろしくな」

 庵はほんの少しだけ目を細めて笑いかけた。一見笑顔には見えづらいそれは、彼にとっては、取り繕ってない素の表情であった。そのことを何となく感じ取ったキルディは、ふっと息を吐いて笑い、笑うのが下手すぎると指摘する。

 このひとときだけは彼らは警戒心を解いて、一晩、ゆっくりと酒を楽しんでいた。太陽が昇るその時まで語り明かしていたあたり、仲間としての相性は抜群なのかもしれない。そう感じるほどに、楽しい時間を過ごした。


 二人の人間に加えて、悪魔が二人。

 異端なその集団は、天国を滅ぼすことを目標とする。

 飲み明かした翌日、彼らは丸一日眠ってから、次の行動を計画するのであった。

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