終章 3
それから10ヶ月後の5月。
私とアドニス様は大勢の人々の祝福の中、青空のもとで結婚式を挙げた。
勿論、その中にはシュタイナー夫妻とニコルの姿があるのは言うまでもない。
私としては、本当はリリスも結婚式に招きたかった。
しかし、リリスは未だに大勢の人々……そして男性の前に姿を現すことに抵抗があるので叶わなかった。
それほどまでにリリスの受けた傷はひどかったのだ。
ゴーン
ゴーン
ゴーン……
厳かな教会のベルが鳴り響く中、ウェディングドレスを着た私はニコルに手を取られてバージンロードを歩いていた。
祭壇の前には、こちらを向いてじっと立っているアドニス様がいる。
本当に、夢のようだった。
バーデン家でメイドとして働いていたあの頃。
私は絶望的な気持ちでクリフとリリスの結婚式に参加していた。
美しいウェディングドレスのリリスを羨望の目で見つめ……心の中で涙を流していた私。
それなのに……。
今はこんなに美しいドレスを着て、夫となるアドニス様の元へむかっているのだから。
「お姉様、とっても綺麗ですよ」
ニコルが小さな声で話しかけてくる。
「ありがとう、ニコル。あなたもそのスーツ似合ってるわよ」
そのとき、何故かふとニコルとアデルの約束の話を思い出した。
「そう言えば、ニコル。あの時、アデルとどんな約束を交わしたのかしら?」
「あ……そ、それは……」
ニコルが耳もとに囁いて教えてくれた。
「え? 本当?」
「は、はい。本当……です」
コクリと頷くニコル。
「フフ。アドニス様が何と仰るかしらね」
「そう……ですね」
ニコルは困ったように返事をすると、アドニス様に私を託して下がっていった。
「フローネ、とても綺麗だよ」
アドニス様が優しい笑顔で語りかけてくる。
「ありがとうございます、アドニス様」
胸を高鳴らせながら、私は返事をし……二人の結婚式が始まった。
神父の祝の言葉の後、指輪の交換が行われるとアドニス様が誓いのキスのためにそっとヴェールを上げる。
「愛している。フローネ」
「私もです。アドニス様」
そして、私たちは互いに顔を近づけ……誓いのキスを交わした――
その後――
子宝に恵まれた私は3人の男の子と、1人の女の子を出産した。
シュタイナー家の養子となったニコルは、アデルが成人年齢である18歳の誕生日を迎えたと同時に結婚式を挙げた。
アデルが着たウェディングドレスは、私の結婚式の時に着用したドレスだった。
「お姉様と同じウェディングドレスを着て式を挙げたい!」
それがアデルのたっての望みだったからであった――
****
「アリス、準備は出来たかしら?」
部屋を覗き込み、私は娘のアリスに声をかけた。
「ええ、お母様。準備できたわ」
金色の髪に青い瞳の愛娘……アリスが振り返る。
今年、18歳になった娘のアリスは夫にそっくりな金色の髪に青い瞳の美しい女性に成長していた。
「そう、それじゃ行きましょう」
「はい、お母様」
私と娘は馬車に乗り込むと、ある場所へ向かった――
ここは、リリスの故郷。『マリ』にある墓地だ。
「リリス、会いに来たわよ。娘のアリスも一緒よ」
私は大きな花束を供えると、アリスも私にならって花束をお墓に添えた。
心を壊してしまった可哀想なリリスは『マリ』に戻ってから5年後に流行り病で亡くなってしまった。
25歳という若さでこの世を去ってしまったのだ。
『フローネ……大……好き……』
それが、リリスの最後の言葉だったという。
その事実を聞かされた時、私は思わず泣き崩れてしまったのだった――
「それにしてもお母様、驚きましたわ。何故、『マリ』までわざわざ私を連れて、お墓参りに来たのですか?」
不意にアリスに話しかけられ、私は現実に引き戻された。
「今日がリリスの命日だからよ。それに、どうしてもリリスに私の子供を紹介したかったの」
「だとしたら、何故お兄様達も連れてこなかったのです?」
「それはね……リリスが男の人が苦手だったの。だからよ」
「苦手……? どういうことですか?」
けれど私はその質問に答えずに、持参してきたバッグからクマのぬいぐるみを取り出すと、お墓にたむけた。
「え? クマのぬいぐるみを持ってきたのですか?」
「クマのぬいぐるみはリリスが大好きだったのよ。リリスはね、子どものように純真な心の女性だったから」
「そう……なのですか?」
「ええ、そうよ」
私はリリスの墓標にそっと触れると呟いた。
「リリス……私もずっと、あなたのことが大好きよ」
と――
<完>