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俺にとって最強無敵な女の子を照れさせたい

作者: 藤崎珠里

 俺のクラスには、強い女の子がいる。その名を黄金崎(こがねざき)若奈(わかな)さん。

 彼女はいつでもにこにこほがらかだ。笑顔以外、授業中や部活中の真剣な顔くらいしか見たことがない。

 ふわふわの髪をポニーテールにした、可愛い女の子。

 

 強い、というのは俺が思っているだけで、きっと他の人に言ったところで首をかしげられるだろう。

 では、黄金崎さんの強さとは何か。


 彼女は――まったく照れないのである。




伊島(いじま)くんが照れ屋さんすぎるだけだよぉ」


 日誌を書きながらほけほけと笑う彼女に、「そ、それはそう、だけど……」と力なく肯定する。

 俺はすぐに照れる。ちょっと褒められただけでも、それどころか目を数秒合わせただけでも真っ赤になるくらい。


 黄金崎さんは試すように、じ、と俺を見つめ始めた。アーモンドのような形の、綺麗な目。

 負けじと見つめ返してみたものの、目が合った瞬間からどんどん体温が上がっていく。かおがあつい。て、手汗がやばい。

 耐えきれず、俺は勢いよく彼女から顔をそらした。

 それを見て、黄金崎さんは心底おかしそうに吹き出す。


「ふふ、顔真っ赤。ほんとかぁいい」

「そ、その言い方ほんとやめてくださ……」

「だって、普通に可愛いって言ったときよりも反応よくて可愛いんだもん」


 悪びれもせず、彼女はくすくす笑っている。


「こ、ここ、黄金崎、さん、のほうが可愛いっ、し! かぁいい! めちゃくちゃ! すごく!」

「ふふー、ありがとう。対抗心かぁいいねぇ」


 照れるそぶりを微塵も見せず、とろりと目を細める黄金崎さん。

 うぅ……強すぎる。

 でもそもそも、シチュエーションも悪いのだ。放課後の教室に、可愛い女の子と二人きりなんて。



 俺と黄金崎さんは今日の日直で、黒板を綺麗にしたり日誌を書いたりする必要があった。

 そうこうしているうちに、他のクラスメイトはみんな帰るか部活に行ってしまった、というわけである。


 日直は席順で決められる。隣の席同士ではなくて前後の席同士で、俺の前の席は黄金崎さんだった。

 初めの頃に一度席替えをしたきり、席が固定されているので、彼女との日直ももうこれで何度目かになる。


 現在、黄金崎さんは椅子だけくるりとこちらに向けた状態で、俺の机で日誌を書いている。

 間違っても膝とかがふれ合わないよう、俺はかなりかなり気をつけていた。だって距離が近い。



「…………ちょっとは、照れ、てくれても」


 少しだけ拗ねた口調になってしまった俺に、黄金崎さんは「うーん」と小首を傾げる。


「最後まで目を見て言ってくれたら照れちゃうかも?」


 無理難題をおっしゃる。いや、これを無理難題だと感じてしまう俺が悪いのだけど。

 せめて応える気概だけでも見せようと、もう一度黄金崎さんと目を合わせる。


「こ……こ、その、こが、こここがねざき、しゃ、ん」

「無理しないでいいよ。そうやって、頑張りたい、って直接的な言葉じゃなくても伝えてくれるところ大好き。いつも頑張ってるねぇ、伊島くん」


 ほわりと微笑まれて、顔から火が出たかと思った。

 これは別に、愛の告白じゃない。人として好きだと言われているだけだ。わかってる、彼女はそういう子だから。


 黄金崎さんは、人に好意を伝えることをためらわない。照れもしない。伝えることも伝えられることも苦手な俺とは大違いだった。

 照れ屋、という言葉では収まらないほどにあがり症な俺を、彼女は馬鹿にしない。

 可愛いもの、愛しいものを見たかのように笑うことはあっても、理解できないものを嘲笑するようなことは決してなかった。


 俺だって、そんな彼女のことが好きなのに。人として。

 噛んだりもせず、最初から最後まで目を合わせて伝えられたら――随分前からそう願っているけど、一向に叶えられそうになかった。


「……が、頑張りたいって気持ちを伝えられてるとしても、成果がなかったら意味ない……と思う、から」


 床を見つめながら、ぼそぼそと発声する。

 頑張りたいという気持ちだけはある。だから、どんな人とだって会話の初めには目を合わせるし、好意的な言葉をもらったときには好意的な言葉をできる限り返すようにしているのだ。

 ……でもぜんっぜん、だめだ。俺はいつまで経っても変わらない。


「――じゃあさ」


 ふと、黄金崎さんがシャーペンを置いた。

 日誌の文章は中途半端なところで切れている。丁寧に丁寧に書かれていた綺麗な字に、最後だけ少し乱れがあった。


 ぐいっと、彼女は顔を寄せてきた。

 ただでさえ近かった距離がさらに縮まり、ふわりと甘い匂いまで鼻をくすぐる。膝がぶつかって、口から小さく悲鳴が漏れてしまう。


「照れない練習、してみる?」


 いいことを思いついた、とでも言いたげに輝くその顔は、とても可愛かった。



     * * *



 いや、そんな練習に付き合ってもらうわけには……とごにょごにょ断ったのだが、黄金崎さんは強かった。俺が弱かったとも言う。

 あれよあれよという間に押し切られ、翌日の昼休みから、『照れない練習』なるものが始められることとなった。


「まずは手をつないでみよっかぁ」

「ま? まず? ま、まずは?」


 胸の前で手を合わせてにこにこする黄金崎さんに、俺は目を白黒させてしまった。

 問答無用で空き教室に連れ込まれてしまった事実も、まだ上手く呑み込めていない。この教室は彼女が所属する将棋部の部室で、部員であれば誰でもいつでも使っていいらしいが、俺は部員じゃないのに。


 ……ところで、黄金崎さんが将棋部なのってすごくかっこいいと思う。

 対局を見学させてもらったことがあるのだが、鋭い目つきで将棋盤に向かう姿といったらもう。普段のほわほわした印象とは全然違って、体が痺れるくらいかっこよかった。


「わかるよ、伊島くんにとってはすごーくハードル高いよね?」


 うんうんと一人うなずく黄金崎さん。


「でもこれは作戦なの。大きな負荷をかければ、小さな負荷に耐えやすくなるでしょう?」

「た、確かに……」

「でしょぉ! だから、はい」


 すっと手を差し出された。この流れで意図がわからないほど馬鹿ではない。

 俺はだらだらと冷や汗をかきながら、黄金崎さんの手を握った。どうか手汗はかいていませんように。もうすでに体中があつい。


「うーん……そうじゃなくて、こっちのほうが負荷大きいと思う」


 真面目な顔で、彼女は手を繋ぎ直した。指を絡め合う――恋人繋ぎと呼ばれる繋ぎ方に。

 かちん、と体が固まる。


「それで、私の目見て」

「ひゃん」

「いい子だねぇ、そのまま見続けて」

「ひ…………」

「えらい、すごい。その調子」

「ぅ……うぅ……」

「近づくから、頑張って耐えてね」


 言うや否や、黄金崎さんは顔を近づけてきた。鼻と鼻の間が十センチもない。

 脳内に、巨大な宇宙生物に踏みつけられる蟻の姿が見えた。謎の映像。オーバーキルにもほどがある。

 ひーんと涙目になっても、黄金崎さんの距離はそのままだし、なんなら手を握る力が強くなった。俺の手が熱すぎるせいか、黄金崎さんの手まで熱くなっている。


 さすがにこれはただのクラスメイトにしていいことじゃなくないか!?


「こっ、こがねざきさん……! こういうの、や、やっぱりよくないと、思います……! 女の子が、男に!」

「そう?」

「そう!」

「……どうして?」


 どうして!? どうしてとは!?

 だめだこの子、このままだと将来とんでもないことになる……! と慄いてしまった。悪い男に騙されないか非常に不安だ。

 彼女が将来傷つかないようにするためにも、ここでちゃんと伝えなければ。

 浅くなりそうな息を整えて、ぎゅっと目をつぶる。


「す、す、す……好き、になっちゃうかも、しれない。された人が、黄金崎さんのこと!」

「伊島くんは今、私のこと好きになりそうなの?」

「え!? そ、そういうわけじゃ……」

「そういうわけじゃないの?」

「な、な……な……」


 ない、と言い切れない自分が憎かった。

 だって元から、黄金崎さんに対して好意は抱いている。何かの間違いで、それが恋愛感情に変わってしまう可能性は否定できない。


「いいよ」


 日常の挨拶でも言うように紡がれた音が、耳を打つ。

 思わず目を開けた。

 まっすぐ見つめてくる彼女の瞳に、俺が映っている。


「よくなかったらこんなことしてないよぉ」


 ふふ、と笑う黄金崎さんが何を言っているのか、理解できなかった。

 反射的に身を引くと、彼女はあっさりと俺の手を離してくれた。名残惜しそうな表情はしていたけれど。


「――最初はね、照れたときの真っ赤な顔が可愛いなぁって思ってただけなの。私、可愛いもの大好きだから」


 理解できない、とも言っていられない大事な話。

 必死に頭の中の冷静な部分をかき集めて、彼女の言葉に集中する。


「……でもだんだん、ずっと目を見て話せたらなって。普通に笑う顔を見れたらなぁって。照れ屋な伊島くんが照れなくなるくらい、一緒にいるのが当たり前のことにできたらなって思うようになって。あ、好きなんだ、って気づいた」


 こんなときでも、彼女の顔色は変わらない。


「頑張り屋さんなところが好きだし、」


 ――あれは愛の告白だった?


「押しに弱くて流されやすいところも可愛くて、守ってあげたくなって、好き。優しいところも好き。将棋をする私を、きらきらした目で見てくれるところが好き。ちょっとでも褒めたりしたら、すっごーく照れながら褒め返してくれるところ、可愛い、好き」

「こ……」

「そういうの全部、好きなんだって気づいちゃったから。伊島くんにも私のこと好きになってほしいなぁって思って、これでも頑張ったんだよぉ。可愛いとか好きとか、そんなの他の男子にはぜーったい言わないし」

「こが」

「日誌もわざとゆっくり丁寧に書いて、伊島くんと一緒にいられる時間をちょっとでも長くしてたの。いつも待たせちゃってごめんね」

「こがねざきさん」

「手を握りたいのも、さっきみたいな距離で目を見たいのも、伊島くんだけだよ」


 のんびりとした優しい口調は、いつもどおり。

 だけど話される内容は全然いつもどおりじゃなくて、いや、いつもどおりなところもあって、でもそれはいつもそういうことだったってことで、つまり、黄金崎さん、は、つまり。



「ねえ、伊島くん」



 ……黄金崎さんって、俺のこと、すごく好き?



「私のこと、好きになってくれる?」



 頭の中も目の前も、ぐるぐるする。黄金崎さんの前だといつだって、もうこれ以上はないんじゃないかと思うくらい顔が熱くなる。

 自分の心臓の音が、すぐ耳元で聞こえているような気がした。

 呆然としてしまって、彼女から目を離せなかった。たぶん今までで一番、目を合わせられている時間が長い。


 黄金崎さんは、びっくりするくらいいつもどおりだ。本当に強い。尊敬する。

 十秒、一分、五分。たぶんそれくらい経っていたけど、俺は一言も声を出せなかった。

 ひたすらに見つめ合って、そこでやっと、黄金崎さんに変化が出た。


「…………あの」


 か細いその声が誰のものか、一瞬わからなかった。


「あの、ね。結構、かなり、今私……頑張ったことを言ったつもり、で」


 こんな、俺みたいに話す黄金崎さんを、初めて見た。

 ――その顔が、じわり、と赤く染まるのも。初めて見た。


「びっくりして、固まっちゃってるのは、わ、わかる、んだけど……反応がないと、もっと恥ずかしい、というか……あの……だから……お、お返事ほしい、なぁ」


 黄金崎さんはうつむいて、もじもじと指先を動かす。


「…………………………かわっ、い……」

「わ!?」

「わー!?」

「わ……」

「わっ、あの、そのその、ご、ごめん、順番、まちがえ、た!」


 今のがきっと、俺にとってトドメだった。

 でもそれは……今この瞬間好きになった、わけじゃなくて。

 今この瞬間、好きだと気づかされたのだ。

 ()()()()好き、なんて予防線を張っておきながら、俺はとっくのとうに、黄金崎さんに恋をしていた。


 言わなきゃ。言わなきゃ、今、言わなきゃ。


 顔が熱い。人生で一番。涙までじわりとにじんできて、鼻と喉の奥が熱くなる。息が震えて、手も震えて。

 でもここで、言わない、という選択肢はない。

 にじんだ涙を、ぐっと手で拭う。


 俺がもたもたしているうちに、黄金崎さんの顔色は元に戻っていた。落ち着くのが早くてさすがだ。

 それでも彼女の緊張は伝わってくる。俺はたぶん、その何倍も緊張しているけど。


 吐き出す息が、熱くて、重かった。

 噛まないように全神経を口に集中させて――嘘だ、ちゃんとこの瞬間の黄金崎さんを見て、覚えていたいから、全神経は集中させない。

 目を合わせて、息を吸う。




「……俺も、好きです」



 

 ――黄金崎さんは、嬉しそうにふにゃりと笑った。


「ふふ、すごい。噛まないで、目を見て言えたねぇ」

「よかったぁぁぁ……」

「頑張ったねえ。……がん……ん、んあ、ごほっ、ごほん」


 途中でなぜか変な声を出した黄金崎さんは、何度か咳払いを繰り返した。


「あれ、ええっと? 伊島くんは、私のこと好きになってくれる……ってことでいい、の?」

「しゅ、好きになるっていうか……もう好き、だけど……?」

「へええ、えあ、そうなんだ」

「……黄金崎さん、もう全然照れてないと思ってた、けど……もしかしてまだ、すごい照れ、てる?」

「いいえ!」


 きっぱりと否定されてしまった。


「伊島くん、照れない私がかっこいいって言ってくれたでしょ?」

「う、うん」

「ね!」

「う、うん?」


 にっこりとほほえむ黄金崎さん。何かをごまかされた気もしたけど、それか何かはわからなかった。


「……照れない黄金崎さんは……か、か、かっこ……いい! けど! 照れるこがね、ざきさんは、いつも以上にかわい、かったです」

「……そうなんだぁ」

「俺が照れなくなるくらい、一緒にいるのが当たり前のことにしたいって言ってくれたけど……お、れは、それなら、照れる黄金崎さんを、いっぱい見たい。……だめ……かな」


 おそるおそる尋ねた俺に、黄金崎さんは即座に「いいよ!」と答えた。思いきり裏返った声で。


「……ほんとに、いいの?」

「うん! 意図的に見せられるかはわからないけどね」

「意図的、じゃないのが、かわいいと思う……から。あ、でも黄金崎さんなら、いつでも、か、かわいいし……とりあえず、自然体でいてくれれば!」

「はぁい」


 俺もなんとか、自然体でいられるようにならなきゃ。

 だとするとやっぱり、黄金崎さんが提案してくれたとおり『練習』が必要だ。


「あの、こっ、がねざきさん」

「なーに?」

「手をつなぐとき、まずは、って言ってたけど……次は、どうするつもりだった?」


 緊張しながらも、今度は俺から手をつないで、指を絡めてみる。

 ひゅっ、と微かな音が聞こえた気がした。なんの音だろう。

 少し気になりながらも、言葉を続ける。


「りょ、……りょうおもい、なら、なんでもしていいと思う、から。あっ、いや、あの、なんでもというか、黄金崎さんも俺も、嫌じゃないことならなんでも、ってことで!」


 頑張って頑張って、目は合わせ続けている。

 合わせることにばっかり意識を向けてしまって、瞬きを忘れていたことに気づいた。

 乾いた目を瞬く。涙が出てきたけど、これは照れてるせいじゃないからセーフ……ということにしたい。


「……つぎ、次か、そうだよねぇ。えと、ぎゅっとしましょう。ぎゅっ。ハグです」

「じゃあ、その……い、今していい?」

「い、いよ~!」

「しっ、しつれい……します」


 手をつないでいるとしづらいので、離してから黄金崎さんの体を抱きしめる。黄金崎さんも抱きしめ返してくれた。うっ、いい匂い。そわそわする。

 ……でも目が合わない分、思ってたよりも緊張しないかもな。

 黄金崎さんの体はどこもかしこもやわらかくて、どのくらいの力で抱きしめればいいのか全然わからなかった。


「……くるしくない?」

「……………………うん」

「すっごい苦しそうな声だけど!?」


 慌てて黄金崎さんを解放するのと同時に、予鈴が鳴った。

 そういえば今は昼休みだった。将棋部の部室は通常の教室とは校舎が分かれているから、結構距離があるのだ。急いで戻らないと。


「黄金崎さん、教室かえろ……黄金崎さん?」

「……あ、うん、帰ろう」


 力のない声とは裏腹に、顔はにこにこ笑っている。

 だけど歩き出した黄金崎さんは、ずべっ、と何もないところで転んだ。


「黄金崎さん!?!??」

「……教室じゃなくておうちかえろうかなぁ……」

「大丈夫!?」

「だ、大丈夫!」


 はっとした様子で体を起こした黄金崎さんに、手を差し出す。黄金崎さんはほんのちょっとためらった後、俺の手を掴んで立ち上がった。


「ありがとう……」

「も、もしかして具合悪い……?」

「そんなことないよぉ。心配させちゃってごめんね。教室戻ろ!」


 掴まれた手が、そのまま引かれる。これで教室まで行ったら他の人たちに見られるんじゃ、と思ったところで、黄金崎さんは俺の手を離した。

 ……離されたら離されたで、なんだかちょっと寂しい。


 ガラリとドアを開け、二人してほぼ走っているような早足で教室に向かう。


「ごめんね、私がちゃんと時間気にしてればよかった!」


 少し息を切らしながら、黄金崎さんはへにょんと眉を下げ、申し訳なさそうに謝ってきた。


「俺も……! ごめん!」

「ううん、私のほうが絶対余裕があったから……絶対!!」

「それはそう、だけど……」

「……でしょ?」


 その声がどこかうわずって聞こえるのは気のせいだろうか。


 なんとか授業の始まる一分前に教室に飛び込んで、席に座る。ぎりぎりセーフ……!

 息を整えながら教科書の準備をしようとしたら、前の席の黄金崎さんが振り返り、にこーっと無言で微笑んで再び前を向いた。

 ……え、どういうことかわかんなかったけど、すごい可愛いな……?


 急なことで何も反応できなかったのが申し訳なかった。

 時計の秒針をちらりと見て、まだ三十秒ほどは余裕があることを確認してから、指先で黄金崎さんの肩を叩く。

 また振り返ってくれた黄金崎さんに、俺も頑張って微笑みかけてみた。まねっこだ。されて嬉しいことはできるだけお返ししたい。


 かっかと上がっていく体温。

 俺の顔は確実に赤くなっているけど――おそらくそれに負けず劣らずの色に染まっていく黄金崎さんの顔。思わず目を見開く。

 え、と小さくこぼれた声は、本鈴のチャイムにかき消された。


 先生が入ってきて、黄金崎さんは勢いよく前を向く。ポニーテールが揺れた。

 髪がまとまっているから、後ろ姿でも耳がしっかりと見えて……さっきの顔色が幻覚でなかったことが、わかってしまう。


 え、えええ……!? 昨日までまっったく照れなかったのに、俺がちょっと頑張っただけでこんなになっちゃうのか……!?

 い、いや、もしかしたら、今まで俺が見られていなかっただけで、こんな顔もよくしていたのかもしれない。案外黄金崎さんも照れ屋さんなのかも…………いやいや、ないだろう。黄金崎さんは最強なんだ。


 どきどきとうるさい心臓の音を聞きながら、やっとのことで教科書を出す。筆記用具も……あっ、シャーペン落とした。

 黄金崎さんの足元に転がってしまったそれを、彼女が拾ってくれる。


「……どうぞ」

「あ、あり、がとう」


 小声で言葉を交わして、シャーペンを受け取る。

 俺の顔はまだ熱いのに、黄金崎さんはもう平気な顔。やっぱりさすがだ。


 照れる黄金崎さんをいっぱい見たい、という俺のお願いに、彼女は「いいよ」と答えてくれた。

 少し落ち着いた今思い返すと、絶対よくなさそうだったよな、とは思うのだけど……黄金崎さんは二言のないかっこいいひとなので、これからも頑張ってみて大丈夫だろう。


 明日も練習、するのかな。


 新しいことにはしばらくチャレンジしなくていいかもしれない。まずは慣らすこと優先で……たくさんたくさん、黄金崎さんの目が見られるようになったらいいな。

 それでもう一回、いや、何回だっていいんだけど、好きって言いたい。

 大好きだよって目を見て言えたら、黄金崎さんはまた可愛い顔で照れてくれるだろうか。





 ……黄金崎さんが照れちゃうの、俺限定だったらいいなぁ、なんて傲慢極まりないことを考えてしまって、また顔が熱くなった。






伊島(いじま)隼人(はやと)

高校一年生。あがり症がずっとコンプレックスだったが、恋人があまりにも可愛い可愛いと言ってくれるので、そう悪くもない性質かも……と思うようになる。でも変わりたい。

小柄で、黄金崎さんと身長がほとんど変わらない。それも可愛い可愛いと言ってもらえるので気にしていない。黄金崎さんの顔も見やすいし。

今後のお付き合いの中で、黄金崎さんが照れるのは本当に自分にだけだと知っていくので、うれしい。嬉しがる伊島くんを見て黄金崎さんも「かぁいいねぇ」とにこにこするので、ほわほわ空間ができあがる。


黄金崎(こがねざき)若奈(わかな)

基本的に本当にまったく照れないので、友達間で行なう愛してるゲームでは殿堂入りを果たしている(参加を許されていない)

可愛いものが大好き、愛でたい、守りたい。入学早々の自己紹介で真っ赤になってあわあわする伊島くんを見て、なにあの子かわいい~! とテンションが上がり、秒で距離を詰めにかかった。ほわほわしてるのはちゃんと天然だけど、策士。

伊島くん相手限定で結構照れる。自分でも戸惑っているのだが、「こ、こがねざきさんって……全然照れなくって、か、か、かっこいい、よね」と尊敬のまなざしを向けてくれた伊島くんが最高に可愛かったので、照れても顔に出さないように努めている。あと意外と負けず嫌いなので。

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