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5.伯爵令嬢の真実

ブラント伯爵家の三女として生を受けた私は幼い頃から大人達に『エミリーはまるで天使のようね』と言われて可愛がられていた。

親戚の子供達で一緒に悪さをしても涙を浮かべて謝れば、なぜか他の子達よりも私だけ叱られる時間は短くなっていた。


 あれ…どうして私だけ大目に見てもらえたのかな?

 謝り方が良かった…のかな。

 みんなと同じだったのにしたつもりだったけど。

 

 私だけこれでいいのかな…。

 


みなより少しだけ得をする状況は子供の私にとって嬉しいもので、抱いた疑問などすぐに消えてしまった。


理由は分からなくても、特別(・・)扱いは心地良いものだった。



そんなことを何度も経験していくうちに、だんだんと特別扱いの理由が分かった。他の子達よりも愛らしい容姿に周囲の人々は勝手に『天使だ』と甘い態度になっているのだ。



金髪碧眼の可愛らしい容姿は私にはとって有利になると気がついた。自分にそんなつもりはなくても勝手に周囲が優しくしてくれる。



 私が悪いことをしているわけではないもの。

 周りが勝手にしていることよ。

 それを拒絶したら悪い…わよね。


 

周囲からの特別扱いは私が持って生まれた容姿に対してなのだから、私が享受して当然なんだと思うようになっていった。


周りからチヤホヤされることが当たり前で、そんな状況に満足していた。


もちろん自分自身の努力だって怠らなかった。


どんなに容姿が優れていても私は平凡な伯爵家の三女でしかない、より多くのものを身に付けていたほうが明るい将来が手に入れられると礼儀作法や会話術など手を抜かずに取り組んできた。




そして学園を入学する頃には異性を惹き付けてやまない魅力的なエミリー・ブラントが出来上がっていた。


私は在学中に条件の良い婚約者を見つけるつもりだった。


我が家は伯爵家だが兄姉が七人もいる私に婚約相手はまだ定められていない。両親は上から順に決めていくつもりで、上が上手くいってないせいで末っ子の私は後回しになっているのだ。

抗議をしても『決まらない姉や兄の気持ちを思うとな…』と普段は私に甘い両親も順番を変えてはくれない。



 どうしよう、これでは優良物件はなくなってしまうわ。

 そんなの嫌よ!

 余りものと結婚したらなんの為に頑張ってきたのか分からないじゃない。

 私は素敵な人と結婚して贅沢に暮らしたいのに。



両親が決めてくれないなら自力で完璧な条件の人を見つければいい、私にはその手段がある。




すべては順調だった。


私の完璧な容姿と計算された会話術と態度に周囲の人達は簡単に引き寄せられてくる。そんな中にカイル・ターナーもいた。爵位こそは格下の子爵家だが財があるし、見た目も良く、男女問わずに好かれている。


まさに私が求めていた条件に合う人だった。


 この人の隣を手に入れたなら、周りから羨ましがられるわ。 

 それに財があるターナー子爵家に嫁げば今よりも贅沢な暮らしができるはず。

 爵位が下がるのはこの際仕方がないわよね。


 決めた、私はエミリー・ターナーになるわ!




もう私の中ではカイルの妻になることは決定事項になっていた。



それから私はカイルとの距離を縮めていった。

彼がどんなことを好み、どんな態度を好ましいと思うのか注意深く観察し、それ通りの女性を演じてあげた。


女性に人気がある彼は意外にも女性慣れしておらず、簡単に騙されてくれた。彼が私に惹かれて来ているのは分かっている、もうひと押しすれば簡単に手に入るだろう…明るい将来が。



だが欲が出てしまった。


カイルの真面目で誠実な部分は結婚相手としては好ましいが、恋人としてはもの足りなかった。もっと刺激が欲しいと思ってしまった。


 少しぐらい遊んでもいいわよね。

 バレなければ大丈夫よ。



私は順調にカイルとの距離を縮めながら裏で遊ぶことも覚えていった。もちろん彼はそんなことには気づきもせずに純粋で可憐な私に惹かれていっている。


表の私と裏の私の両立は面白いほど簡単だった。


表の私は念願かなってカイルと清い恋人同士となり、裏の私は割り切った関係で遊ぶ男達の手を取っていた。

このまま全てが上手くいき、ターナー子爵夫人になる将来が見えてきた時に状況は一変してしまった。



ターナー子爵家とミラー侯爵家の政略結婚が決まってしまったのである。貴族なら政略結婚は当たり前、両家の利害が一致しているので覆ることはない。


カイルからも別れを切り出されてしまった。


別に彼に愛情があるわけではないが、彼以上の優良物件が今後見つかるとは限らない。それにこのまま引き下がり、私だけが時間を無駄にした結果に終わるのは許せない。


だから私は健気なふりをして彼に縋った、こうすれば彼は私を突き放すことなどできない筈だ。


予想通り彼は私を選んでくれた。


 これで私にもチャンスはあるわ。

 …難しいかもしれないけど。

 今はその可能性に掛けるしかない…。



私は様々な策略を巡らせ、カイルの婚約者を貶めた。サマンサ・ミラーは大人しそうな女子生徒の印象があったのでこれで自滅し婚約解消に繋がるかと期待して待っていたがそうならなかった。


意外にも毅然とした態度を貫き、噂に動揺すらしない。そしてその姿をカイルが目で追うようになってしまった。


彼自身はまだ気がついていないようだが、彼は婚約者に惹かれ始めている。


どんなに悪い噂を耳に入れても、彼が婚約者を見る目には好意が宿っている。その反対に私を見る目には不信感が現れるようになっていく。



…こんなはずじゃなかったのに。



焦った私は遊び相手に更なる要求をした。いつもなら人目を気にしていたが今回はその余裕はなく、誰もいない時間帯に空き教室に呼び出してお願いをして…その後に少しだけ楽しんだ。




私は自分の都合のいいように期待していた。

『ふしだらな女』という噂が流れたらターナー子爵家も婚約を見直すかもしれない、カイルだってサマンサ・ミラーをきっと嫌悪するようになるわ。


…そうなれば全て予定通りだわ。




だが一向に噂は流れず、今まであった噂さえ下火になっている。それに卒業が近づき忙しくなったカイルとは自然と距離があいてしまった。


自分の思い通りにいかない苛立ちを晴らすかのように裏の遊びの回数は増していった。



 このままでは正妻になれず、愛人止まりだわ。

 ああ、やだわ。

 でも婚約解消が無理なら離縁させて後妻になるしかないのかしら。 



気づけば周りはほとんど婚約を結んでいて、フリーの男子生徒は訳ありか容姿が不細工な人達ばかりだった。

私が望んでいた条件など一つだって満たすことが出来ない男と結婚して惨めな結婚生活を送るなどプライドが許さない。


それに周りからどう思われるかと考えると今更カイル・ターナーを手放す勇気はない。

だから妥協して最初は愛人の立場で我慢し、あとから正妻になる道を考えることにした。



 ふふふ、裏の友人達を使えばいくらでも方法はあるわ。

 蹴落としてやればいい。



私は気持ちを切り替え前向きに考えることにした。



だが学園を卒業後に待っていたのは愛人の座ではなく捨てられた惨めな女という立場だった。


カイルに全てを知られてしまっていた、噂の出どころも裏の遊びも。

彼の目には浮かぶのは『侮蔑』と『後悔』といったところか。


最後の温情だと言って私の行為は口外しないと約束してくれたが、もう私を見る目は冷たいものだった。


もう泣き落としも可憐な容姿も役には立たないことを悟った。私の嘘には騙されてくれないようだ。


一旦は手を引くしかない。

だがこのままで終わるつもりはない。私だけが貧乏くじを引くなんて有りえないのだから。


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