10.その愛は永遠に…①
ある日の夜会でまた壁の花となっていた私に近づいてくる人がいた。
それは父だった、珍しく隣に母の姿はない。あたりを見回すと離れたところで友人達と談笑している母の姿があった。
「お父様、お久しぶりです。侯爵家のみなはお変わりないですか?」
父と話すのは本当に久しぶりだった。
新しい事業のことで奔走していた父とはだいぶ前からゆっくりと話す時間を持てていなかった。
嫁ぐ前に二人で話す時間を持ちたいとは思っていたけれども、跡を継ぐ弟の為に必死に侯爵家を立て直そうと頑張ってくれている父に我儘は言えなかった。
「あ、ああ…みな元気だ。サマンサも…その、大丈夫か?」
父は言葉を詰まらせながら心配そうに私には問いかけてきた。きっと新たな噂を耳にして心配してくれているのだろう。
心配は掛けたくなかった。
そうでなくても財政難や事業のことなどで父の負担は大きい。嫁いで侯爵家の人間でなくなった私が負担を増やしては申し訳ない。
「ええ大丈夫です、お父様。子爵家では良くして貰っていますからなんの問題もありませんわ」
笑みを浮かべていつも以上に明るい声音でそう伝える。嘘はついていない、表面上はなんの問題もない政略結婚からの完璧な結婚生活だから。
すると父は明らかに安堵した様子で言葉を続けた。
「はっはは、そうか…それは良かった!
お前なら上手くやっていけると思っていたが、本当に良かった!うん、うん、幸せで良かったぞ!
終わりよければ全てよしだな。
…ああ、それなら今更余計なことを言う必要はないな…」
娘の結婚生活が順調なことを知り大喜びしている父は最後に小さな声で何かを呟いてる。
よく聞こえなかったので聞き返そうとしたけどそれは叶わなかった。その直後に父は友人に呼ばれてすぐにその場を立ち去ったからだ。
私は父がすぐに離れてくれて少しだけホッとしていた。
もしあのまま会話が続いていたら、優しい父に弱音を吐いてしまっていたかもしれない。
心配かけたくないと思いながらも縋ってしまいそうになる弱い自分に気がつく。
上手くやれているつもりだったけれど、結局はそうではなかった。
…もう何もかも限界だった。
見ないつもりだったのに階段上で仲睦まじく二人で話しているカイルとエミリー様の姿に目をやってしまう。
学園に在学中からお似合いだと言われていた二人だが、それは今も変わらない。
惹かれ合っている二人の姿はとても美しく見えた。
本当にお似合いの二人ね。
別れてもお互いに想い合っているなんて…なんて素敵なんでしょう。
これが…真実の愛…なんでしょうね。
邪魔者は私、妻である私…。
誰もそのことを私に言ってくることはないけど、噂が、二人の行動が、それを肯定している。
そのことを考え始めると現実がどこか作り物のような感覚に陥る。心が壊れるのを無意識に防いでいるのだろうか。
ふふ、そんな必要ないのに。
一層のことバラバラに壊れてしまえばいいのに。
浅ましい私は壊れもせずにまだ現実にしがみついている。
自分の愛が恐ろしい。
居た堪れなくなり二人から視線をそらすと、階段を昇りながら彼らに近づいていく一人の男性に気がついた。
その顔には隠しきれない怒りが宿り、歩く姿から殺気を感じるほどだった。
明らかに夜会に相応しくない態度だった。
夜会をそれぞれ楽しんでいる人達はその男性の行動に誰も気づいていない。
その人には覚えがあった。確かに学園でカイル達の同級生だった男爵家の三男だったはず。素行が悪く、遊び回っていると噂されていた人で卒業することなく退学になったと聞いている。
なぜその人がここに…。
それもカイル達に用事があるの?
彼の目にはカイル達しか映っていないようだった。不穏な空気を纏いながらカイル達に詰め寄っている。声までは聞こえていないが嫌な感じだった。
胸騒ぎがして気がつけば私は階段を駆け上がっていた。