獣人は財布を出さない
「お会計お願いします。」そう言いながら手を挙げたのは、銀髪が似合う男性のお客様だった。
その声を聞きつけたスタッフはすぐさまお客様に駆け寄る「銀貨3枚になります。」
うちの店は貴族が経営してる割にはかなり安い方だ。中流階級が好みそうな落ち着いた雰囲気のお店にしているおかげで、小金持ちの常連が複数人いる。その常連さんたちが少なくないチップを下さるおかげで、お高めの食材費を賄えている。
「3枚ね…」銀髪の男性がそう呟くと、自身の財布から銀貨1枚と銅貨5枚を取り出した。そして向かいに座っていた獣人の彼女の方を一瞥した。
「はぁ…」獣人の女は欠伸を漏らすと、自身のしっぽの毛づくろいを始めた。
私も獣人だから分かるが、しっぽの毛づくろいする時は大体落ち着いていられない時だ。
男性は手に持っていた銅貨5枚を財布に戻し、銀貨2枚を追加で手に取る。「すいません。」小声だったかが、確かに聞き取れた。スタッフを待たせたのが申し訳なかったのか、はたまた気まずい雰囲気にしてしまったのを気にしたのか。どちらにせよ、それらは男性のせいではない。
「ありがとうございました~。」スタッフがその二人組のお客様を見送ると、スタスタ私の方へと駆け寄ってきた。「と…ご覧の通り、普段はこの様な接客を行っています。」
「そうですか…」スタッフの接客の仕方を確認しに来たつもりが、他の社会問題を目の当たりにするとは思わなかった。昨日は徹夜で仕事を全部片付けたというのに、また仕事が増えそうで目が回る。
「あの…どうかされましたか?公爵様。」先程のスタッフが少し上目遣いで顔を覗かせる。
「いや…少し、別の仕事の事を考えてしまって。」
「あっ!それなら、良いハーブティーがありますよ!子供の頃からずっと飲んでるんですけど、疲れが一気に取れるんです!」興奮気味に答えた彼女は私の返事を待たず、キッチンに駆け込んで行った。
「はいっ!お待たせしました。こちらがハーブティーになります!」
はやっ。私は目の前に出されたハーブティーを早速口元へと運び、少し揺らした。「良い香りですね。」
「そうなんですよ!本当に癖になる物なるので、さぁ…!遠慮せず!」
普段なら外で待機させてる騎士に毒味をさせるが、いつも働いて下さっているスタッフが厚意で出してくれたものだ。ちゃんと信頼して毒味なしで飲むことも上司の務めだろう。
「あっ…美味しい。」
「よかった…!公爵様にそう言ってもらえて私嬉しいです!」
お世辞じゃなく本当に美味しい。最高級の物と比べると確かに味は落ちるが、ほのかな甘味があり、本当に癖になりそうだ。
もう一口飲んだ頃には、仕事の事なんてすっかり忘れていた。これをリラックスというのだろうか、最近はずっと仕事に追われていて、あまりこういう何でもない時間を過ごせていなかった気がする。
「本当に美味しい…あの…遅くなって申し訳ございませんが…お名前をお聞きしても宜しいですか?」
貴族構文に慣れていなかったのか、少し照れた表情をした彼女は答えた。「あっ…はい!私、ミーアって言います!」
私と同じ、肩まで伸ばした黒髪をなびかせる獣人のスタッフは『ミーア』というらしい。クリっとした赤紫色の瞳が特に印象的で、人懐っこい彼女の性格にとても合っていると思った。
「ミーアさん…ですか。よろしくお願いいたします。」私がニコッと笑うと、彼女も笑う。そんな彼女の愛らしさに魅入られて忘れてしまいそうになったが、透かさず私も自己紹介を行う。
「ごほんっ…私レーナ・ヴォン・アルフォードと申します。現アルフォード公爵家の当主も任されております、以後お見知りおきを。」
丁寧な挨拶を終えた私に合わせようと、ミーアはオドオドしながらもスカートの端を摘み上げ「以後…お見知りおきを!」と、少し上ずった声でお辞儀をした。
「それにしても、よく私が公爵家の当主である事を知っていましたね。」
「はい…?」突然の私の発言に戸惑うミーア。耳をピクピクさせ、しっぽの毛づくろいを始めた。非常に分かりやすい。
「いえ…お父様からこの爵位を受け継いだのはつい昨日の事ですし、まだ一般には公表されていないので。」
「それは…あの…知り合い!!!知り合いから聞いて…」耳のピクピクが加速し、彼女の表情も明らかに曇りだす。
「大丈夫ですか…?体調でも悪いんですか?」
「違うんです!!!」
「えっと…ミーアさん?」
「本当は…もっと上手くいくはずだったの!こんなはずじゃ…!!」
「ミーアさん?!大丈夫ですか?しっかりして下さい!騎士を呼んできますね。」
「無駄だよ…もう遅いんだよ。」気づいたら、彼女の瞳からポロポロと雫が漏れていた。
「どういう…」彼女を問い詰めようと立ち上がった瞬間、酷い立ち眩みに襲われ、私はその場で倒れこんでしまった。「ミーア…s…」呂律が回らなくなり、次第に声も発せられなくなった。
ただぼんやりと涙をぬぐうミーアが視界に映ると、彼女の出したハーブティーの事を思い出した。
「ごめんなさい…レーナちゃん。」
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