レッドドードー
見た目はとにかくふわふわの愛らしい代表と言っても過言ではない喋るウサギであるラーピン1号との生活は、馴染みつつある。
あれほど違和感しか抱いていなかったひとつ目という要素も今では可愛いもので、癒しさえ感じているのだから、慣れとは恐ろしい物だと感じる今日この頃である。
この調子で行ったら一つ目小僧も愛せそうな気がする。
いやわからん。
会話ができないと厳しいかもしれない。
すまん、一つ目小僧よ......。
生まれてこのかた妖怪や幽霊といった類には会ったこともなければ会話したこともない。ちなみに出会ったという友人にも恵まれては居ない。
時々起こるエレベーターの怪奇現象で十分お腹いっぱいだ。
変な方向に話が逸れたが、つまり、そこそこ、この共同生活を気に入っている。
動物番組や料理番組を見れば、ラーピン1号の「あの肉うまそう」「あいつ食ったら美味いかな」「知ってるか?あれと似た動物が居て美味いのが居るんだ」なんて豆知識とブラックジョークかましてくるので、ダラダラと流し見していた番組もスリル満点で楽しめている。
本人はジョークのつもりはなさそうだが。
本日も、くたびれた会社員をこなした後、マンションから徒歩数秒のコンビニに寄り、カゴを手に持つ。
通い慣れたコンビニも、季節が変われば人も移りゆくもので、会釈をしてくれていた店員さんはどうやら辞めてしまったらしい。
新しいスタッフが、感情の無い声で「いらっしゃいませー」と声がけをしている。
夜の9時ともなれば、商品は少なくなってしまうものだが、このコンビニは会社帰りに利用する客が多いのか、朝、夜はしっかり惣菜が陳列されている。
私のためのコンビニと言ってもいいだろう。
いつも助かってます。
早速1番に飲料コーナーに行けば、季節が変わるとやってくる新作のビールや酎ハイが所狭しと並べられ始める。
奇抜なパッケージや可愛いイラストでどうぞ買ってくれー!どうぞ飲んでくれー!とアピールしている。
ついつい手が伸びる私は、この戦略のカモである。
わかって買ってるのでいいのだ。
結局いつも買うビールも買ってしまうところはもうどうしようもない。安定のビールは手放せない。
いい塩梅に冷やされたビールカゴに入れ、惣菜コーナーへ。
その流れでお菓子コーナーへ行き、あれやこれやと買い込んでいく。
なかなかの量になったところで、レジに向かう。レジの横にはポイント還元、やアプリで割引などの文字が大きく書かれているのが目立つ。
電子マネーで決済が今は普通なのだろうけれど、設定を面倒くさがってやってないせいでまだまだ現金払いで済ませる。「毎度毎度そこそこの金額買うんだから、電子マネー決済の方がお得なんだぞ〜」という学生店員さんの視線を感じながら、復路に商品を詰めていく。
いつもだったら即レシート回収ボックスに入れているレシートをチラリと見ると、うん。
これは電子マネーの方が良さそうだ。
もしくはポイントバックされるクレジットカード。
ズシリと思い袋を持ち上げて、ヨタヨタとマンションへの道を歩く。
エレベーターのボタンを押せば、ピコンと4階で停まっていたエレベーターが動き出し、3、2、1とカウントをしながら表示のランプが光る。
チン、という音とともに到着したエレベーターには人が乗っていた。
4階、同じ階に住む十さんである。
十凛子さん。
十とかいてつなし。ひとつ、二つと数えて十だけは『つ』がつかないからつなしなんだとか。インターネット様教えてくれてありがとう。
変わった名字なので覚えております。
名前普段は全然覚えられないのだけれども。
十さんはほとんど手ぶらで出かけていくようだ。大荷物な私とは正反対すぎる。
「あ」
「十さんこんばんは」
「こんばんは。京子さん」
にこりと微笑んで、「お仕事お疲れ様です」とペコリと会釈をして場所を譲ってくれた。
ストレートで艶やかな髪がサラリと風になびいた。
「十さん、聞きたいことがあるんですけど」
「はい。なんでしょう京子さん。凛子、と読んでくださってもよろしいですよ」
にこりと微笑んだ十さん、もとい凛子さんは、興味深そうに足を止めてくれた。
このお嬢さんは、好奇心が旺盛らしい。本人いわく。
通っている大学では探偵倶楽部というところに所属しているからそれは必然ですよ、とのことだった。本人いわく。
「つな、凛子さんはこのエレベーターで変な事、起こった事ある?」
「変なこと、ですか? 例えば?」
「見たことない動物が乗ってくるとか」
「………」
「携帯が繋がらなくなるとか」
「……京子さん。それは私を試しているんですか? それとも変なお薬でもされてます?」
「いやいやいやいや」
「でしたら、大層お疲れなんだと思います。早く寝ることをお勧めします」
「そっかぁ」
「おやすみなさい」と、奇妙そうな顔をしてコンビニの方へ去っていく凛子さんを見送る。
そうか。手ぶらだった凛子さんを見るに、凛子さんは電子マネー決算派か。と勝手に納得してエレベーターに乗り込む。
立ち話の間、幸い誰かがエレベーターを使う事なく、この場に留まってくれていたらしい。
ラッキーである。
4の番号を押すと、静かに扉は閉まり、上へ上がっていく動作に入った。
ふと、なんとなく、今日はあの少年は乗ってくるんだろうか?なんて頭に浮かんだ。
彼がエレベーターに現れるのは不定期で、毎週やっているドラマの様に決まった周期でやってくるものではなかった。
「君に興味を持って欲しいんじゃない?」
脳内でラーピン1号の声が木霊する。
少年に会うかどうか考えている時点で、まさしく私は気にしている。ラーピン1号のいう通り。思惑通りに頭の中はお気に入りの動画や、ドラマではなく、少年を思い出していた。
ドラマの俳優なんて目じゃないくらいの甘い言葉を吐いたあの少年。
もう少年と言っていいのかわからないくらい大きくなった少年。
室内のライトがパカパカと点滅をした。
いつものように、携帯を確認する。そこは当たり前のように圏外だ。
この一連の動作をするのが当たり前になったのはいつの頃からだろか。
もう片手で数えられる回数は超えている。
エレベーターが停まり、ゆっくり、均等にエレベーターの扉は左右に開いてゆく。
「や!久しぶりおねーさん」
「うわっ」
そこに現れたのは、でかい鳥を逆さまにして何十羽も吊り下げている少年だった。
「なにそれなにそれ。怖いよ」
「え〜まぁ確かにあまり見かけない鳥かもね。レッドドードーって言うんだ。そうだな。数も少ないし、凶暴だからレアなんだよ。羽が高く売れるんだ」
「やっぱり売るんだね」
「まぁね。そのために狩ってるからね」
「ふふん、おねーさんはもうこれくらいじゃ驚かないよ。へぇ〜、この鳥の羽高く売れるんだ。確かに綺麗な色だもんね」
「へ〜。慣れてきたね。ラーピンのおかげかな」
「あ、そうだ。ラーピン1号!返さないとって思ってたんだ」
「まだ生きてるんだね」
「当たり前じゃん、何言ってんの」
ふふ、と笑う少年にドン引き。
そうだったこの少年、何でもかんでも食うやつだった。
「えっと、着いたら連れてくればいいのかな......」
「大丈夫だよ。呼べばくるから」
「え?」
当たり前とでもいうように、にこりと少年は微笑んだ。
「だから言っただろ。興味持って欲しいんだって」
背後から突如聞こえたのは、部屋で私の帰りを待っているはずのラーピン1号の声だった。
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