ラーメン
「ねぇねぇラーピン1号さん」
「なんだい」
気怠そうに返事をしたラーピン1号は、真っ赤な瞳をぱちぱちさせて、近寄ってきた。
真っ白のウサギのような格好をしているが、目は一つしかないし、なぜか喋る。
どう見てもウサギだけどウサギじゃない。それがラーピン1号。
強烈なビジュアルも相まって、忘れっぽい私でもしっかり覚えてたラーピン1号。
一瞬夢だったかなって思ったけど、朝起きたら目の前に「腹減った」と朝ごはんを強請るラーピン1号を見れば、あ、夢じゃなかったなーとすぐにわかった。
そしてなんでも食べる。めちゃくちゃ食べる。
私と同じくらい食べる。
なぜなのだ。
どこに入っているのだ。
本人いわく雑食だから大丈夫らしい。何食べても。元々森に住んでて、死んだ鳥とかも食べてたらしい。
聞きたくなかったな。それ。
想像しちゃうじゃん。
その小さな体に収まるくらいの量を考えてたけど、朝からフランスパン一本丸々食べちゃうなんておっどろき。私の足くらいあったけど。
短足だって?うるせぇ。
近所に早朝からやってるパン屋があってよかったよね。
のっそり近づいてきたラーピン1号は、今もテーブルの上にあるチャーシューを召し上がっている。おいおい。勝手に食べるんじゃありません。
「食べ過ぎじゃないかい?」
「喋るとすごくお腹が減るんだよ」
「いっぱい食べてね」
おしゃべりにエネルギーを使っておりましたか。だけど寂しい独り身の女である私は、突如現れたおしゃべりウサギちゃんにメロメロである。
どんどん食べてどんどんお喋りしようね。
喋る相手がいるって最高だな。
自分で言うと悲しくて咽び泣きそうだが、独身貴族で男っ気のない女がペットを飼ったら終わりだと思ってたけど、まさにその通りだと実感した。
ひとつ目で気持ち悪いな、怖いなって思ってたのが嘘のようだ。
チャーシューを貪り食う姿でさえかわいい。
おっさんの声っていうのも全然許せちゃうよ。
せっせと普段しない自炊をして、お米を炊く。
米を洗ってスイッチ押すだけだから楽チン。
久しぶりにお米を炊いたので、炊飯器に埃が被っていることに驚いたが、それすらやらない自堕落女なのがこの私だった。
知ってた。
お米が炊き上がった頃に、ラーメン鉢を二つ、テーブルに並べ、電気ケトルで沸かしたお湯をラーメン鉢に入れ、器を温めておく。お湯で割って使うラーメンスープも袋ごと入れて温めておけば完璧だ。
お湯を鍋にたっぷり沸騰させてチルドのラーメンを湯がく。
器が温まったらお湯を捨てて、いい塩梅に油が溶けたスープ、そしてお湯を入れれば美味しそうな匂いが部屋に満ち溢れた。
ラーピン1号と顔を見合わせれば、お互いちょっとよだれが出てた。
飼い主に似るというが、似るスピード早すぎる。元々の性格がそっくりなのかもしれない。もしくは食い意地の方。
茹でた麺を湯切りすれば、ムワッと生麺独特の匂いが広がるが、嫌な匂いではない。嗅ぎ慣れていれば、食欲をそそる材料にしかなり得ない。
均等に、いや、ちょっとだけラーピンの器に多めに麺を入れ、別に買ってあった煮卵と追加でおつまみ用に買ってあったチャーシューの予備を出す。
何故なら今さっきラーピン1号に食べられてしまったからだ。
瓶に詰められたメンマをこれまた均等に盛り付ければ、ラーメンが完成した。
2人揃って、いや、1人と1匹揃って「いただきます!」と手を合わせる。
「あ、ラーピン1号お箸持てないよね。フォーク?」
「この棒は使えないよ。平たい器に盛ってくれ。それなら何も使わなくても食べれる」
「あ、そっか」
「はやくはやく」
いやはや良く喋るウサギである。
しかし、ひさびさに誰かのために作るご飯は、簡単なものであったが確かな満足と充実を与えてくれた事には違いなかった。
「ねぇラーピン1号」
「なんだい?」
満足して床に転がっているラーピン1号に話しかければ、ゴロリンと回転して私の近くに寄ってきた。
実に自堕落。
「あのさ、ラーピン1号意外にもいっぱいラーピンがいたじゃん」
「いたね」
「家族?」
「そうだよ。半分くらいね」
「えっ、じゃあ早く帰らないと。寂しくない?」
「寂しくないよ。そんな事思った事ないな。もうみんな居ないかもしれないし」
「ん?」
「もう食べられたんじゃないかなって。言ってたでしょ。あの男が。一般食だって」
素朴な疑問で聞いたはずが、とんでもない答えが返ってきてしまった。
「え」
「喋れるようになったのは僕だけだよ」
「そうなの!?」
「そうだよ。あの男が喋れるようにしてくれたんだ」
「そんなことできるの!?」
「できるよ。でもできる人は少ないよ。喋れる動物は貴重だよ」
「貴重なんじゃん!?」
えっへんと胸をはるルーピン1号。
新事実。びっくりした。やばいじゃん。貴重なんじゃん!
「だだだ、だったら早く返さないと、」
「え〜嫌だな。絶対食うもん。あいつ」
「でも、貴重なんでしょ。食べないでしょ」
「さぁ。良くわかんないな。食糧を喋れるようにする人間なんて初めてだし」
大きな赤い目が、ぱちぱちと瞬きをする。
「返しにきて欲しいんじゃない?君に」
ぎょろりとした目が、私を覗き込んだ。感情の色は見えない。
「君に、興味持って欲しいんじゃない?自分の世界にさ」
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