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6/12

ラーピン




 私が腰を抜かしそうになっているのをケタケタ笑って暗闇から浮かび出てきたのは、時々エレベーターで数分時を共に過ごす少年、によく似た青年だった。


 笑い方も一緒。髪型もそう変わらない。髪色も。背はぐんと高くなったように感じるし、以前見た時よりも一層逞しくなった気がする。声は少し低くなった気がするけれど、決定的に違うと言うほど、差はないような気がする。


 思い返せば、と言うことはどんな場面でも多々存在するものだ。


 あれ、そういえば髪の毛短くなったかな、とか、少し背が伸びたな、とか、雰囲気変わったかもな、とか。


 実際のところ、その場の空気で、馴染むのは存外早く、あっという間に定着していくものである。


 なんだか変わったなと言う要素は慣れればあっという間にそれが普通へと、通常へと変わっていく。そう言うものだ。


 例に漏れず、アップデートは遅いのに順応は早いと言う矛盾しつつも、実に日本人らしい特性を持つ私は、あっという間にこの青年が誰か気がついた。


 いつものあの少年である。


「はは、なにそれ」


「しょ、少年」


「ルークだよ。結構久しぶりだね、おねーさん」


 うんうん。少年である。

 手をひらひらと降り、柔和な笑みを浮かべるところはなんだか大人に......いや、軟派な感じに育ったねって感じだが、定型分のようなコメント返してくるあたりこいつは少年である。


 おいおいちょっと前のやんちゃな感じはどうした?冒険家になるよ!みたいなボーイ感どこやったんだよ。



「うん......、じゃねーわ。なにほのぼの挨拶してんの。怖いよ。なんで中途半端な場所で話すの? エレベーター乗りなよ。怖いよ。主にそのいっぱいある目玉が」


「うん?目玉?」


「そうだよ。暗闇に浮かんですごい怖いんだからね。わざとやってる? おねーさん脅かそうとわざとやってる?」


「いや、別に......ふぅん」


 何かを考えるように少年は呟いた。

 別にってなに。

 意図せずこうなってますよってか。

 怖い!


「そこからは暗く見えているんだね」


「そうだよ。え? 暗くないの?」


「気になる?」


「え」


 いまだに暗闇の中で体の半分以上が闇に飲まれた状態の少年がにこり、と微笑み言い放った。


 腰あたりに下げられていた手がゆっくり持ち上げられていき、私に向かって手招きをする。


「こっちに来てよ」


「え」




 ブーン、と言う無機質な機械の音だけがエレベーター内に響く。




 どうってことない、無邪気な言葉だ。


 見てる位置が違うから、見え方が違う。物理的でも、精神的でも。普通の話だ。どこでどんな話をしても通用する意見である。


「そ、れは。や、いいよ。別に」


「そ、っか」


 ヘラっと笑って、少年はゆっくりエレベーターの室内に入ってくる。もちろん、背後にたくさん居るおめめの大群も一緒である。こわ


 少年が室内に入ったと同時に、無数の目玉がぴょこんぴょこんと跳ね始めた。

 こっわ


 闇の中からぴょんと飛び出してきたのは、ひとつ目のウサギだった。その首には縄が繋がれていて、縄をたどると、にっこり笑った少年の顔に行き着いた。


 はいイケメン。


 いや、そうじゃなくて。


 大事なことなのでもう一度言うと、目玉がひとつだけついたウサギだった。無数にいる。


「えっえっウサギ? ねぇ、目が一個しかないけど! ええ!?」


「おねーさん、ラーピン知らないの?ラーピンは目は昔からずっと一つだったよ」


「しらないしらない」


「今人気なんだ。白くてふわふわだし、目の色が赤だったり、青だったり、紫だったり。いろんな色があるんだ。可愛いでしょ?」


「ペットってこと?」


 うーん、そう言われれば可愛い気もしてきた。一つ目にかなり違和感を抱いているけれど。どうしても気になる。その一つ目。


「そうそう。最後は食べるんだけど」


「やっぱ食べるんじゃん!」



 おいおいそれってペットなの?

 あらまぁ〜可愛い〜食ーべよ!

 って......なるかっ。

 ねぇそれどう言う感覚?可愛くて食べちゃいたいなって?そんな感じ?わからん......



「おねーさんは食べた事ないんだね。美味しいよ。普通に美味しい。一般食だよ。今日はたくさん捕まえたから、目の色も色々揃ってていい感じなんだ。きっといい金額で売れてくれるよ」


「おぅ、売るんだね」


「前から言うよね。それ。売るよ、そりゃ。そのために捕まえてるし、依頼されてるし。放って置いたらこいつらめちゃくちゃ増えるんだ。畑も荒らされるしね」


「お、そこは私の知ってるウサギと一緒だ。可愛いんだよ、ウサギめちゃくちゃ癒される」


「へー、うまいの?」


「なんで食べるの?ねぇなんですぐ食べるの?」


「どんな動物なの?見つけたら捕まえてみるよ」


「......食べないでね......えっとね、この、なんだっけ。ウーピン?」


「ラーピンだよ」


「ラーピンね。惜しい惜しい。ラーピンに二つ、目がついてる。それでめっちゃかわいい」


「えっ......えぇ、そうなの...?二つも目がついてるの?気持ち悪いなぁ」


 少年はラーピンに目をやると、苦虫を潰したような、ウゲ、と言う顔をした。

 お前......どの口が言ってんだコラ。


 もふもふしているラーピンが足下に集まってすりすりしてくるのに癒されていると、少年がじっとそれを見ていた。

 デレデレしていたのをじっと見られると言うのは結構恥ずかしいもので、耐えきれずに「なに?」と聞いてしまった。


「.......いや、おねーさんは変わらないなぁと思って」


「君は変わりすぎだよね。ちょっと前まではこんなにちびっ子だったのに」


 自分の肩あたりに手をやってプラプラと振り回せば、少年はムッとなってずいっと近づいてきた。


 肩あたりまでだった身長はぐんと伸びたようで、今では少年に見下ろされて、身長差はまるきり逆転してしまった。

 成長期の男の子恐るべし。


 一つに縛っている適当に伸ばした髪の毛を、少年の大きな手が、手触りを楽しむように手を滑らせ、サラサラと撫でた。

 束ね損ねていた、顔にかかった髪を指でひかけると、耳にかけるようにして、そのまま流れるように指が頬を撫でる。


 まるで小さな子供が存在を確認するような作業に、くすぐったく感じていると、「おねーさんはさ」と少年が口を開いた。


「なに?」


「おねーさんは俺に会いたかった?」


「え......」


「俺は会いたかったよ。ずっと」


 随分と近くなった距離に、つい一歩後ろに下がる。そうすれば、一歩少年が近づいて。また一歩下がろうとすればごつん、と壁にぶつかった。

 後頭部が壁にぶつかったのだ。もう後ろに空間はない。目の前にも空間はない。



「ね、おねーさんは?」

「ひぇ」



 トン、と顔のすぐ隣に、大きな手が。

 両側に置かれてしまっては容易には逃げられない。


「わ、私」


 なんと言っていいものかと考えあぐねていると、チン、と軽い音が室内に響いた。



 ほんの少しホッとして、胸を撫で下ろせば、少年はにこり、と笑った。そしてスッと離れると、私のいた場所から反対側の壁に背を預けた。

 とんだプレイボーイになりそうである。将来悪い男になりそうでおねーさん心配だ......。


「じゃあね少年。私は良いけど、他のおねーさんを揶揄うのはやめなさいね」


「おねーさんは良いんだ」


「ちがう。私はしないけど、勘違いしちゃったら駄目でしょう」


「ふぅん」


「こわいな〜これだからイケメンは! おやすみ! さよなら! これあげる!」


 ぽい、と期間限定の小さなチョコレートがいくつか入った、手で持っても溶けないタイプのやつを放り投げると、さすが若いな、と思える反射神経で、片手で軽々受け取っていた。


「ありがとう、おねーさん。またね」


「はいはい」


 エレベーターから出て、2歩ほど進むと、扉が閉まっていく無機質な音が響いている。


 いつもは特に振り返ったりしないが、なんとなく今日はこっそり振り返れば、少年は満足そうに足下のラーピン達に微笑んでいた。それは、あまりにも少年らしい無邪気なものだった。



 はぁ、とため息を一つついて、部屋に入る。

 もうくたくただ。



「ん?」




 すっかりぬるくなったビールを冷蔵庫に入れようと、袋に手を入れれば、もさっとした、いや、フワッとしたものに手が触れた。


「んんん?」


 ばっと袋の中を覗き込めば、そこには、私の夕飯兼つまみであるソーセージをむしゃりむしゃりと頬張るうさぎ、もとい、ラーピンが1匹入っていた。



「え゛」



何故......!?






※ウサギは、羽、や匹、頭、耳とも数えられるそうですが、最近では匹と数えることが多いと聞きましたので匹としております。


数ある小説の中から、この小説を読んでくださりありがとうございます。

面白かった、続きが気になる!と少しでも思っていただけましたら、ブックマーク・評価【★★★★★】でぜひ応援お願いします。


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