ジェリームーン
チン、とエレベーター内に軽い電子音が鳴り響く。表示された階数は、まだ停まるはずない階数だ。
チカチカチカチカ、と点滅する室内灯は数回点滅を繰り返すと、ブーンと言う音と共に通常のスタイルに収まった。
「またじゃん」
夜の8時。今日はちょっと早く帰れるな〜なんてルンルンでコンビニ寄って、つまみをいくつか見繕い、数本のビール。そして箸休めのお菓子。
これをつまみながらお気に入りのドラマ見てビール飲んで。これが今の1番の楽しみだよな〜なーんて考えながらエレベーターに乗り込んだらこれだ。
もう何度目だったか。
一応携帯を確認すれば、しっかり圏外である。
バグったようにチカチカ一瞬電波を拾うも、そのほとんどは圏外を示している。
この状況をスマートフォンで動画撮影して世界中に拡散してやりたい気持ちがむくむくと浮き上がるが、残念。カメラに切り替わらないんだなこれが。
ほうほう。ふーん。
あれだ。よく心霊番組とかで起こる現象ってやつだな。シャッターがおりない、ボタンが押せない、扉が開かない、動画が撮れない。
しつこく連打してみるが、やっぱり動かないので、仕方なくポケットに突っ込む。
いや、仕方なくよ?
本当はめっちゃ録画したい。
実は昨日も夜パニック動画検索しまくってたから。やっぱり実体験が1番だよね。多分パニック動画1番ミステリーで賞取れる。
はー、と壁から少し浮かした肩を再度壁に預けて、項垂れた。
すると、ドン!っと扉の方で大きな音が鳴り、少しばかり室内が揺れた。
「ひん」と声が漏れ出た。
なんだヒンって。
人間、突然の出来事があると変な声出るもんだなぁ、と何故か冷静な脳内が勝手に考えている。
振動でほんの少し照明がチカチカと点滅する。
ボタンもまだ押していないと言うのに、なんのアクションもなく、ゆっくりとエレベーターのドアが左右に開いて行き、真っ暗な空間が現れた。
そこから、ほんのりと光る、蛍ほどの輝きが見えた。
「ん......? ホタル......?んえ、あれ、あれ、なんかどんどん大きくなってる?」
ホタルといえば、皮むき枝豆くらいの大きさの黄色い優しい光が代表的かと思うが、ホワホワと空中に浮かんでいた物体は青白く、ふわりふわりと空中を浮遊している。それはどんどん近くにやってきて、ついにその正体がわかるほどになった。
「えっ……くらげ!?」
そう。
エレベーターの入り口に隠れて覗き込んでいたら、だんだん近づいてくる発光浮遊物の正体はなんとクラゲだった。
クラゲ。
海月。
海の月と書いてクラゲだ。
そうそれ。
「はぁ?クラゲって、空飛ぶの……」
「よ! うわーひっさしぶり! おねーさん!」
「ぎゃー! ……って少年!え?しょう、ねん?」
「ルークだって!」
あはは、と爽やかに笑った少年は、間違いなく先週あたりに会った少年のはずなのだが、和かに笑う少年、ルークは、どこをどう見ても、かなり大きく成長していた。
おかしいな。
先週会った時はしっかり見下ろしていられた身長だったはずだ。
今ではほとんど目線が一緒である。
成長がえぐい。たった1週間でこんなに大きくなるのか成長期。
そりゃ親戚や友達の子供がちょっと見ないうちに大きくなってるわけだよ。
「随分大きくなったね、ちょっと見ないうちに」
「おねーさんは変わらないね」
「なんだそれ〜、お子様の成長と比べられたらね。大人はなーんも変わんないよ」
「ふぅん。いいなぁ……」
少年はエレベーターに乗り込むと、ぼんやりと空中を浮遊しているクラゲを見上げて、ポツリとこぼした。
少しばかり表情に陰りが見えた。
何かあったのだろうかと思っても、ズルい大人な私は流すことに決めた。
そもそも人生相談慣れしていないし、なんだか会話のキャッチボールがうまく行く気がしなかった。
必殺聞こえないふりである。
ずるっこい大人だ。
狭いエレベーター内に少年が乗り込み、完全に壁に背を預けた時、まさかのクラゲまで室内に入ってきた。
「ちょちょ、え?クラゲ!クラゲ入ってきてるけど!」
「ん?はは、こいつはジェリームーンだよ。知らないの?」
「いや、知ってるけどさぁ……あ、うそうそ。ごめんごめん。知らない!空飛んでるのは知らない!」
よく見れば、少年の手には数本の細い紐の様なものが握られていて、その紐を辿っていけばなんとふわふわ浮かんでいるその、なんだっけジェ?ジェル?まぁいいや。空中にぷかぷかと浮かんでいるクラゲと繋がっていた。
いやいや、なに風船スタイルでクラゲ持ってんの?いや、生き物だしペットのお散歩スタイル?
開いた口が塞がらないよ。
「口開けてるとジェリームーンの体液垂れてくるよ」
「垂れてくるのかよ!」
貴様なにしにこの得体の知れない生き物もってんだ。狭い室内でやめてくれるかな。
「あははは。いた、いたた」
急いで口を閉じてバシッと少年にツッコミを入れた。
なんだこいつ腹に鉄板入れてんのか。
少年の軽い反応とあまりの手応えのなさにイラッとして手の甲で漫才スタイルでツッコませていただいたが、ヘラヘラしておったのでグーパン決めさせてもらった。
あまり効いていなかった、痛かった。つらい……
「おねーさん、力弱いねぇ。そんなんで大丈夫なの?」
「世の中の平均的な力の強さだと思うけどね。少年はちょっと力強すぎ」
「そうかなぁ。まだまだだよ、僕」
「ふぅん」
少年は、ヘラりと笑った後、しょんぼりと子犬のような表情で地面をぼんやりと見つめていた。
手の力が抜けたのか、クラゲに括り付けられている紐が緩み、たゆん、と天井にぶつかった。
「これ、あげるね。それ食べて強くなりなよ。もう十分だけどさ」
子供にとって、どこまで頑張るかなんて目標を立ててしまうことは良くない。それは乗り越えるべき壁であって、目標ではないのだから。そんなかっこいい事テレビで言ってたなーなんて。無責任な頭は適当な答えを出していた。
大人ぶって考えてみるけど、かなりサボりまくって大人になってしまった私がそんなアドバイスできるわけもない。
子供といえばこれだろう。
疲れた時は飴玉か、チョコレートでも食べればいいさ。
我ながら適当すぎて泣けてくる。
小さな、包みがみに包まれた一口サイズのチョコレートを3つ、少年に渡す。
コンビニで適当に買った期間限定とうたっている、レジ横に置かれたバラ売りのチョコレート。
レジのお兄さんにおすすめされてつい買ってしまったやつだ。
「あ、ありがとう、おねーさん」
「ん?食べた事ない?」
「ああ、うん」
不思議そうにチョコレートを眺めているので、代わりに包み紙を開けてやる。
今時このタイプのチョコレート食べた事ないなんてどんなボンボン?謎である。
会うたびに謎が増えるタイプの不思議な少年だ。
「うわ、なにこれ! 美味い!」
「うわ、今ちゃんと少年ぽかったよ」
「なにそれ」
「なんとなく」
ぱぁ、と明るくなった少年の表情は、しっかりと私の知ってる子供らしい顔だった。
チーン、と軽い電子音が狭い室内に響き渡った。
表示されているのは4階。開いた扉の先は私のよく知る廊下だった。
「じゃあね、おやすみ少年。さようなら」
「おやすみ、おねーさん。またね」
機械的な音とともに扉は閉まり、エレベーターが動く音が微かに聞こえる。
幸福そうな少年の顔を思い出しながら、部屋に入り、ビニール袋に入ったビールを一本取り出す。
コンビニで買った時はあんなにキンキンに冷えているものを選んだのに、すっかりぬるくなっていた。
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