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魔王の森へと出発しますっ


 一応、エミリは王女として旅立つので、たくさんのものが見送りに出ていた。


 みんなは挨拶できなかったなーと思いながら、奴隷たちの村の方を向き、ぼんやり立つエミリを見て立派な身なりの老人たちが囁き合う。


「なんと堂々として美しい姿だ」

「なんだかこの娘、ホンモノの姫のような気がしてきましたな」


「ほんとうに。

 奴隷娘のくせに、これだけの重鎮に囲まれても、怯まず遠くを見据(みす)えておるとは」


 いや、エミリは誰が重鎮だかもわかっておらず、ただぼんやりしていただけだったのだが。


 そこで老人たちは頷き合い、言った。


「エミリよ。

 魔王の許に行くのには、魔窟を抜けねばならない。

 この神官マーレクを同行させよう」


 いきなり言われ、えっ? とあの美貌の若い神官が振り向く。


「兵士にでも案内させればいいかと思っていたのだが。

 ボロボロになっても、とりあえず、魔王の許にたどり着けばよいわけだから。


 だが、怯みもせずイケニエになろうとするお前に敬意を払い。

 このマーレクを(とも)として、つけることにしよう。


 まだ若いが、信仰心熱く、神のわざの使える男だ」


 ぽん、と老人のひとりに肩を叩かれたマーレクは、ふう、と溜息をつく。


「……まあ、距離的には半日もあれば着くと思いますしね。

 参りましょうか」


 だがそこで、おお、そうだ、とお年寄りのひとりが声を上げた。


「無事にたどり着くのなら――」


 待ってください。

 私は無事にたどり着かない予定だったのですかね?


 おそらく、

「いやー、こっちはちゃんと出発したんですけどね~。

 まだ着いてないですか?」

と蕎麦屋の出前のようなことを言い、


「じゃあ、道の途中に転がって死んでるかもしれないので、ご確認ください」

とでも言って終わらせるつもりだったのだろう。


「たどり着くのなら、姫ではないとバレては困る。

 アイーシャ殿、途中まで同行し、この娘にいろいろと教えてやってはくれませぬか」


 おじいさんは暇そうに最後尾に突っ立っていた、派手で美しい赤毛の娘にそう声をかけた。


 ええっ? という顔をする彼女に一緒に見送りに出てくれていた王女が言う。


「そうじゃ、アイーシャ。

 お前途中まで、エミリとともに行け」


「おねえさまっ」


 アイーシャは王女、セレスティアの従妹ということだった。


「アイーシャよ、任せたぞ。

 エミリ、くれぐれも姫らしくない行いはするな」


「いろいろとお気遣いありがとうございます。


 では、行ってまいります。

 皆様、お元気で」

と女官に、これだけは、と習っていた姫らしいお辞儀の仕方で、エミリは優雅に腰を屈めた。


 髪や肌や衣に振りまかれていた王族しかつけられない香の香りが辺りにふわりと舞う。


 エミリの美貌と、これだけの人々に見送られてもなにも動じない彼女の様子に、重鎮たちも無意識のうちにか、膝をついていた。


 本物の王族の見送りに際してするように、地面に平伏する。


「いってらっしゃいませ。

 王の娘、エミリ様」


 エミリたちは(ひざまず)く大勢の王の家臣たちに見送られ、出立した。


 魔窟の辺りまでは、豪華な輿(こし)で行くようだった。


 エミリの乗る輿の周りを大勢の兵士たちが守っている。


 王家の娘の旅にふさわしい大行列だった。


 今、その金の輿には白い薄布が下ろしてあるのだが。


 それは日差しが強いせいではなかった。


 ニセモノの姫の姿を見せぬためだ。


 通りかかったエミリの仲間たちは、輿に乗っているのがエミリだとは気づかずに、王族の誰かだろうと思い、跪く。


 たまたまカイルだけが風が吹いたとき、めくれ上がった布の向こうを見ることができた。


 王家に、あんな高貴な美貌を持つお姫様がいたのか。


 エミリによく似ているなあ。


 いやまあ……


 あそこまで綺麗じゃないか、エミリと失礼なことを思ったとき、カイルの前をエミリが乗っているのより簡素な輿が通りかかった。


 中から叫び声が聞こえてくる。


「いや、ちょっと待ってっ。

 なんで私もっ!?」


 往生際悪く騒いでいるのは、アイーシャだった。


 エミリとは違い、アイーシャの後ろには数人の護衛の兵士がいるだけだ。


 そこで行列が終わったので、カイルたちは立ち上がりながら、


「なんだい? あれ」


「騒がしいね。

 あれで姫なのかな?


 先に行った金の輿の姫とは全然違うね」


「ニセモノじゃないの?」

とみな騒々しいアイーシャの輿を見送りながら、苦笑する。



「いやー、あの娘。

 何処となく威厳があって、まるで本物の姫のように見えましたね」


 部下にそう言われ、先ほどまで見送りに参加していた将軍は頷いた。


「だがまあ、着飾っていたせいであろうよ」


 将軍たちは厨房の辺りを見回っていた。


 たまにこうして、普段は関わらぬエリアを見回るのも、奴隷や兵士たちにカツを入れるのに必要なことだった。


 将軍は献立の石板が立てかけてある壁の隅が汚れているのに気づく。


「なんだ。

 見えないところまで、清潔にしろと、いつも言っているではないか」


 口に入るものを扱うところは、他よりも気を配り、ちゃんとしろ、と叱りながら、部下よりもよく動く男と評判の将軍は身を屈め、その汚れを見た。


 汚れと思ったものは文字だった。


「『我は神の子である』

 誰だ、こんなものを書いたのは。


 大神官殿に怒られるぞ」


 そのとき、厨房担当の兵士たちがやってた。


 三人の兵士たちは、たまに差し入れをしてくれる、気のいい将軍にその落書きについて問われ、笑いながら説明する。


「ああ、それはエミリっていう奴隷娘が書いたらしいですよ」


「あの子、出自がいいみたいで、文字の読み書きができるらしくて」

 

「我々は読めないんですけど。

 この上の方の文字がその子の名前を表しているらしいです」


 この国の文字はひとつの文字で、ふたつのことができた。


 音を表すことと、意味を表すことだ。


 そんな風にひとつの文字が、音を表す文字だったり、意味を表す文字だったりするので、ややこしく。


 完璧に文字を読めるものは少なかった。


 エミリは自分が覚えているいくつかの文字を使って適当に自分の名前を表していた。


 エミリは意図していなかったというか、知らなかったのだが。


 その文章はふたつの意味に読みとれた。


 わたし は エ ミ リ です。

という並びになっているその文字は、音を表す文字として使った、エ ミ リの三文字を、意味を表す文字として読むと、


 わたし は 神 の 子ども です。

と読めた。


 将軍が言ったとおり、

『我 は 神 の 子 である』

という意味になるである。


「このエミリが自分の名前を書いた方、何度消そうとしても消えないんですよね。

 下のカイルの方は薄くなったのに」


 いろいろな石が積み重ねてある石壁の、エミリの名前が書いてある部分と、カイルの名前が書いてある部分とでは材質が違う。


 そのことが消えない原因だったのだが。


 兵士も将軍もそんなことはわからなかった。


「消えぬのか……。

 あの娘が書いた『我は神の子である』という文字が。


 ――我らは、神の子を魔王のもとに送ってしまったのだろうか。

 恐ろしいことが起きねばよいのだが」


 将軍はそう呟くと、ただくり抜いてあるだけの窓から、強い風の吹く砂漠を見た。






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