調印しました
頭重くないですか、というくらいその美女は髪も飾り立てていた。
今着飾らせてもらっている私の数十倍……。
王女様も大変だな、とエミリは思う。
「魔窟を抜けた先にある森に魔王が住んでいるのじゃ。
奴とは事を構えたくない。
人間の王が治める気の荒い国々の相手だけで厄介なのに、魔王まで相手にしておられぬわ。
魔王の使いの者が攻め入らぬ代わりに、王の娘を人質代わりに嫁として寄越せと要求してきたのだ。
嫁とか言っておるが、魔王が人間の小娘を妻にするとは思えぬ。
イケニエだろう。
だが、どのみち、妾は行かぬ」
自分が行きたくないので、奴隷女を身代わりにしようとしたのかと思ったが、違った。
王女は渋い顔をして言う。
「実は、妾はもう敵国に人質として嫁ぐことが決まっておるのだ。
姫の数は有限。
みな、あちこち嫁がされて、もう代わりはおらぬ。
従姉妹たちを養子縁組して送り出すという手もあったが。
相手が魔王では」
従姉妹たちはみな拒否したようだった。
「……姫は姫で大変なんですね」
そうだな、と凛々しい美貌の王女は深く頷く。
「民たちは我ら王の子たちのことを蝶よ花よと育てられていると思っているかもしれぬが。
我が国は大国であるがゆえに、常に他国から狙われている。
我々は幼き折りから、自分たちはこの国を守るために存在しているのだと教えられ。
護身術や怪しい人間たちを見抜く能力を鍛えられている」
「なんか間者より間者っぽいですね……」
「妾が嫁ぐ先の王子もどんな男なのかよくわからん。
よしんば、良い夫に巡り会えたとしても。
情勢次第では殺される。
だが、妾は行かねばならん。
エミリといったか。
お前、妾の妹となり、イケニエとなってくれ」
敵国に行くのも、魔王のイケニエになるのも、地獄っぽいな……と思いながら、エミリは敵国に嫁ぐ王女を心配して訊く。
「姫、大丈夫ですか?」
「ありがとう、エミリよ。
大丈夫だ。
自分のことはなんとかする。
そんなことより、お前はおのれの心配をしろ」
気を引き締めていけ、と王女は言った。
「もし、魔王に気に入られれば、ほんとうに魔王の妃となり、平穏に暮らせるやもしれぬしな」
頑張れ、と肩を叩かれたが、なにをどう頑張ればいいのかわからない。
「魔王の姿を見たものは近年いないが。
昔からいるので、少なくとも幼児ではなかろう」
ちょっとうらやましいかな、と言う王女に、
「姫のお相手は幼児なのですか?」
と訊いたが、それもよくわからない、と言う。
「姫、元気をお出しください」
エミリは強く姫の手を握った。
「幼児でものちのち美少年になるかもしれませんし。
おじさんでも、ダンディかもしれません。
渋いイケオジかもしれませんよ」
「……イケオジ、よくわからんが。
まあ、お前が言うように希望は持とう」
なに言ってんだ、こいつら、という顔で臣下のじいさんたちは二人を見ていた。
無事調印を済ませたエミリは、お互い頑張ろう、と言う王女と別れ、魔王の森へと旅立つこととなった。
 




