神の子である証拠
「ここにエミリ様が神の子である証拠があるのですっ」
そう主張する重臣について、みながゾロゾロ移動した。
なんなんだ、私が神の子である証拠って。
そんなものあるわけないんだが、と思いながら、エミリ本人もついていく。
「ここですっ」
とその重臣が手で示したのは、あの厨房の前の壁だった。
献立の石板が立てかけてある壁の隅に、かつてエミリが書いた文字が残っていた。
「これ、このように。
『我は神の子である』と書いてありますっ」
と重臣は主張するが。
いや、書くだけなら、誰でもできるのでは……とエミリは思っていた。
しかも、それは自分が違う意味の言葉として書いたものだ。
「あの~、これ、
『わたし は エ ミ リ です。』
と書いたつもりだったんですけど……」
そもそも、自分で、自分は神の子であると書くとか。
痛い人ではないですか、私、とエミリは思ったのだが。
「いえいえ、問題はそこではないのです」
と重臣たちは主張する。
そこに最初にこの文字を読んだという将軍がやってきた。
「この文字。
実は、どうやっても消えぬのです」
「えっ?」
「下に書いてあった別の者の名は消えたのに。
エミリ様が『我は神の子である』と書かれた文字は消えなかったのです。
それこそが、エミリ様が神の子である証ではないですかっ」
と将軍は主張する。
「どうやって消そうとしたのですか?」
とエミリが訊くと、他の場所を掃除するのと同じように濡らした布などでこすったという。
「そうですか。
この壁、材質が違う石が積んであるようなので。
同じ拭き方をしても、消えたり消えなかったりしたのでしょうね」
エミリは厨房から、鍋釜を洗うための硬いブラシっぽいものを借り、ガシガシこすってみた。
「おやめください。
神の子よっ」
みんな、『我は神の子である』という文字だった上に、上の文字と同じ拭き方では消えなかったので。
これを消したら、なにかが起こるのでは、という潜在的な恐怖から、強くこすったりしないかったのではないだろうか。
だが、エミリにとっては、所詮は自分の落書き。
遠慮なくこすってみた。
すると、文字はやはり薄くなった。
おお、とみながどよめく。
「なんということだっ。
神の子の文字が消えたぞっ」
そうなんですよ。
これはただの落書きなんで。
私は神の子などではないのですよ、とエミリは思ったのだが。
「さすがはエミリ様だっ。
誰にも消せなかった文字が消えたぞっ」
「やはり、エミリ様は神の子だっ」
「エミリ様っ」
……何故だ。
消せても消せなくても崇められるとは……。
そのとき、建物の外にいたアイーシャが騒ぎ出した。
「師匠っ。
師匠ではないですかっ」
なんだかわからないが、感動の対面をしているらしい。
「この武術の達人であるご老人とアイーシャ姫はお知り合いなのか?」
と声が聞こえてくる。
ロンヤードのようだ。
「この方は、私の師匠なのですっ。
師匠、お会いできて嬉しいですっ」
「なんと、アイーシャ様のお師匠様でらっしゃいましたか。
実は、エミリ様の許に行った帰りにお出会いしたのです」
とロンヤードが教える。
「そうだったのっ?
なんということっ。
師匠、実は、今回、いろんな目に遭いまして。
護身術の大事さを身をもって知りましたっ。
まだまだ私に仕込んでくださいっ」
いや、それ以上、強くなったら、結婚相手が苦労するのでは……と思ったとき、アイーシャが建物に駆け込んできた。
エミリの前に跪き、その手をとって叫ぶ。
「ありがとう、エミリッ。
師匠にふたたび、出会えたのは、あなたのおかげよっ」
「おお、ついにアイーシャ様まで、エミリ様に跪かれたぞっ」
「エミリ様っ」
とみながまた、平伏しはじめる。
「いやあの……
ほんとにいろいろ違うんで」
勘弁してくださいっ、と思いながら、エミリは振り返り、
「ま、魔王様っ、止めてくださいっ、この流れっ」
と魔王に訴えてみたのだが。
「さすが、我が花嫁っ。
こんなに人間たちに慕われているとはっ」
と魔王はちょっと誇らしげで。
なにも止めてくれはしなかった。




