とあるアイーシャの日常
充分な嫁入り支度を整えてもらい、観念したアイーシャが向かった先には廃墟があった。
というか、つい最近、廃墟になったらしき王都があった。
みな逃げ出してしまったのか、誰もいない。
乾いた風が吹く石造りの街に、アイーシャとその一行は立ち尽くしていた。
我が国は今の王の外交政策が効いていて、わりと安泰だが。
他の中堅の国々は滅ぼし、滅ぼされ大変だと聞いてはいたが。
花嫁一行が到着するくらいまでは、滅びるの待っていてくれてもよかったのでは……。
まだ花婿も見ていないのに、離縁された気分だ、とアイーシャは思っていた。
いや、戦に巻き込まれなかったのだから、ラッキーだったと思うべきか。
そんなことを考えながら、アイーシャは供の者たちとともに、ぼんやり突っ立っていた。
砲撃にあったのか、壊れた噴水は変な感じに水を噴き出し、アイーシャの元まで、ぴしゃぴしゃ水を飛ばしてくる。
「どうしましょう、アイーシャ様」
そう心配そうな侍女に問われ、アイーシャはようやく正気に返った。
普段の状態より、正気に返った。
みなを振り返り、王女らしく言う。
「とりあえず、戻りましょう。
みんなが争いに巻き込まれなくてよかったわ」
ここには、いつもなんとかしてくれる重臣たちやセレスティアお姉様はいない。
自分がしっかりしなければ、と珍しく思ったのだ。
そのとき、鳥しか集まっていない壊れた噴水の向こうから白い馬に乗った金髪の王子っぽい人がやってきた。
……鼻筋の通ったすごいイケメン。
この人が私の夫……
なわけないか。
たぶん、夫は殺されたか。
私を置いて逃げたかのどちらかだろうから。
格好も、この辺りの王族の格好ではないわよね。
もっと西の方か北の方の国の人か……と思ったとき、その王子は馬上からアイーシャを見下ろし、言った。
「娘よ。
お前は何者だ」
廃墟となった街に立派なマントをなびかせた王子の声が瓏々と響く。
その立派な王子っぷりに、
この人が私の夫ならよかったんだが。
どうも、この国を滅ぼした方の王子っぽい、と思いながら、アイーシャは名乗るのを控えていた。
平民のフリをした方がいいだろうか。
いや、後ろに立派な輿もあるし、まあ、無理だろうな。
滅びた国に嫁いできた姫だと知られれば、殺されるかもしれないが……。
でもまあ、私には東洋の達人から習った護身術がある!
ただ、みんなを守れるほどの力はないけど……。
ああ、みんなにも習わせておくべきだったっ、
とアイーシャは供のものたちと王宮の広場で、掛け声も勇ましく、カンフーの稽古をするところを想像してみた。
だが、今更だ、と思ったとき、王子が、おや? という顔をして、アイーシャの腕を見た。
「娘よ。
その腕輪は……?」
ああ、とアイーシャは精巧な細工の金の腕輪を見る。
覚悟を決めて言った。
「これはわが国の王族の者のみがはめられる腕輪です」
なんとっ、と驚いた王子は、妙なことを言い出した。
「ということは、あの娘はお前の国の者なのか」
あの娘……?




