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もしかして、君はただの奴隷じゃない……っ?

 

「これこれ、これがメニューなの」

 エミリはカイルに厨房入口の石板を見せた。


 カイルはおじさんに見張れと言われたせいで、仕事中もできるだけエミリと一緒に動いていた。


 エミリはカイルと同時に厨房のある建物に入ったので、彼に文字の読み方を教えることにした。


 みんな苦手意識があるだけで、特に難しい文字ではないからだ。


 エミリは石板を指差し言う。


「この文字がパンよ。

 こっちがビール。


 これは芋と玉ねぎの組み合わせ。

 ……他の材料から見て、スープかな?


 だから、たぶん、これがスープって文字」


 エミリが文字を指でたどりながら読んでいると、

「なんでさっきから、あっちこっち行くんだい?」

とカイルが訊いてくる。


 文字をたどる指先が一定方向に動いていかないからだろう。


「この絵文字の頭が向いている方向から読み進むみたいなの。

 どっちかに決めればいいのにね。


 右に行ったり、左に行ったり。

 上に行ったり、下に行ったりしてるわ。


 これが慣れないと読みづらい原因かも」


 石板の前にしゃがみ、眉をひそめるエミリにカイルが感心したように言う。


「君はもしかして、あれかな。

 こんなところにいるけれど。


 大学の先生の娘さんとか」


 この異世界にも大学のようなものがあった。

 通っているのは、主に貴族、有力な商人、軍人の子どもたちのようだったが。


「大学?

 いや、うちのおじいちゃんは小学校の校長先生だったけど」


 そういえば、とエミリは思い出し、笑う。


「私の小学校の歴代の校長先生の肖像画の中に、おじいちゃんの肖像画もあって。

 知らなかったからビックリしたんだよね」


 この世界には『写真』という言葉がないので、口から出たときには『肖像画』と変換されていたようだ。


「なんだって?

 おじいさんの絵が大学に飾ってあるのかい?


 すごいじゃないかっ」


 なんか大学の壁に壁画みたいに描かれてそうだな、おじいちゃん……。


「いや、そんなたいしたものでは……。


 あ、そうだ。

 名前も書けるのよ、この文字で。


 ここの文字、ひとつの文字で、音を表したり、物を表したりするみたいで。


 音の方を使って書くと、私の名前はこう。

 あなたのはこう」

と近くにあった白い石で石板の後ろの壁に書いていると、兵士たちが現れた。


「おい、そこっ。

 なにやってるんだ。


 さっさと仕事に戻れっ」


 兵士の登場に、エミリが兵士たちから献立を教えてもらわないよう見張れという、おじさんからの厳命を思い出したらしいカイルが身構える。


 若い方の兵士は顔見知りの男だった。


 彼は、

「エミリじゃないか」

と咳払いし、赤くなる。


 ガタイのいい兵士の方がエミリが書いていたものに気づき、訊いてきた。


「なんだ、それは」

「私の名前です」


「お前、文字が読み書きできるのかっ。

 奴隷のくせにっ」


 カイルがその兵士に向かい、言った。


「無礼じゃないですか。

 エミリのおじいさまは大学の壁画に描かれている立派な先生なんですよ」


「莫迦なっ。

 そんな家の娘が奴隷になどっ」


 まあまあいいじゃないですか、と若い兵士がなだめに入る。


「エミリはときどき、早めに夕食の献立とか教えてくれるいい子なんですよ」


「なんだと?

 厨房のおばちゃんたちから聞き出しているのか?」


 兵士たちにも文字が読めるものと読めないものがいて。

 下級の兵士である彼らは読めない兵士たちだった。


 なので、献立を知るのは、厨房のおばちゃんたちより遅い。


「なんだかわからんが、今度は俺にも教えろよ」


 エミリはチラと石板を見て、

「今日の夕食は、羊肉の丸焼きを削いだのと、芋と玉ねぎのスープです」

と早速、教える。


 なるほどなるほど、と頷いた男は、

「うむ。

 これは良い娘だ」

と嬉しそうに笑った。


 どうやら、好きな献立だったようだ。


 まあ、確かに。

 今日は好きなメニューだと思ったら、一日張り切れるよな。


 ……嫌いなメニューだったら、やる気なくなるが。


 だから、ほんとは、今日はなにかな、と楽しみにしているくらいが、ちょうどいいのかもしれないな、とエミリは思う。


 二人は去っていったが、途中、若い兵士の方が振り返った。

 エミリが笑ってぺこりと頭を下げると、彼は嬉しそうにエミリに手を振り、去っていく。


 頭を下げるとか、手を振るとかの意味が現代日本とあまり違わなくてよかったな。


 外国に行くと、いつものジェスチャーが全然違う意味になってしまって。

 攻撃を受けたりするからな、と思いながら、エミリは壁の前にしゃがむ。


 今書いた文字を消そうとしたが、消えなかった。


「まあ、見えない場所だからいいか」

とそこはそのままにして、エミリはカイルとともに仕事に戻った。




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