勇者の落とし物
「魔法の絨毯はまだできぬから、これを持って、眠るがいい。
いつか、わたしを倒しに来た勇者とやらが、落としていったものだ」
その夜。
寝室で、魔王はエミリに切れ味の良さそうな短剣を渡してきた。
その勇者はどうなったのですか。
そして、鞘をください。
これを抱いて寝たら、腹に刺さりそうです。
そうエミリが思ったとき、魔王が首をかしげながら言う。
「しかし、勇者とは、勇敢で勇ましいもののことだと聞いた気がするのだが。
いきなり、なにもしていない私に襲いかかってくるとは。
まあ、勇ましい者であって、英雄ではないから、正しい行いをするとも限らないのだが……。
人間たちは、おのれの勇ましさを試すために、この城に、度胸試しにでも来ているのであろうか」
も、申し訳ございませんっ、とエミリはペコペコする。
確かに、これと言って、なにもして来てはいないのに。
魔王というだけで、人間の敵だと思い込み、勝手に退治しに来る奴の何処が勇者なのかよくわからない。
ペコペコ謝るエミリに、いやいや、と魔王は言う。
「その勇者、別にお前の知り合いではないのだろう。
何故、謝る」
「じ、人類みな兄弟と申しますから。
兄弟の恥は、私たちの恥と申しますか……」
ごにょごにょと言うと、ふっと笑い、魔王は言う。
「ほんとうにお前は面白いな。
嫁というのは、可愛いとか綺麗とかよりも、面白いのが一番飽きが来ないというが。
お前はその類いか」
いや、すみません。
その類いに入れられたくないのですが……。
どちらかと言えば、前者の枠に突っ込まれたいです。
「そのお前の兄弟とやらのことなら心配するな。
殺してはいない。
ピン、と指で弾いて、おのれの国まで飛ばしておいた」
それは魔法の絨毯より便利ですね、
と思ったとき、
「エミリよ」
とエミリの肩に手を置き、魔王は言う。
「私が側で眠れたら安全なのだが。
お前はまだ私を拒んでおるから。
その剣を胸に抱いて眠るがいい。
誰かが来たら、その剣で刺すのだ」
誰か来たらって、やって来そうなのは、魔王様ご自身くらいなんですけど。
エミリの頭の中では、魔王が自分が渡した剣で、うわーっと刺されていた。




