騙されたっ!
食事のあと、エミリは魔王に風呂の洗い場スペースを作ってもらった。
「もう今日はシャワーはいいので。
あの、お湯だけ張ってもらえると助かるんですが」
「湯か。
下で沸かして転移させるか。
此処で火をつけるか。
あるいは、南国の湖の上の温まった部分だけを転移させるか」
「あの……だんだんめんどくさい感じになってってるんで、もう水でいいです」
一度きりの湯の転移ではなく。
常に下で火を焚きつづけ、その上に鍋を置いて、そこに一度水を転移してもらってから、此処にまた転移させる、というルートを作って、温水器みたいにして欲しいなと思ったが。
今から実験してみるのも、めんどくさい。
今日はもういいや、と思ったエミリは、ふと気づいて訊いてみた。
「あの、魔王様たちはお風呂はあまり入られない、ということでしたが――」
「そうだな。
まあ、入らないこともないが。
基本、我々はそんなに汚れないので、入らないな」
そう言われると、まるで、我々人間が汚いみたいなんですけど……。
だがそこで、レオが、
「私は結構入りますよ」
と言う。
「たまに山の辺りを散策していると、ぼこぼこ煮えたぎっている湯が湧いているんですが。
それに浸かると、気持ちがいいですな」
と笑った。
「温泉ですかね?
その湯を此処に転移してもらうことはできますか?」
「できますが、死にますよ」
人間が入ると、とレオは言う。
なんの湯なんだ……。
一体、どんな成分が。
いやいや、単に人が入れないくらい沸騰している湯だとか?
そこで、魔王が、
「人間というのは、温泉に入ると死ぬのか。
気をつけねばな」
と呟いていた。
「いや……、普通の温泉なら死にませんけどね」
とエミリは言う。
とりあえず、水を入れてもらった。
別に寒くないから、まあ、いいかと思う。
あ、でもそうだ、王宮の浴場からお湯、転移させてもらえばよかった。
広い浴場に入ろうとしたら、湯が減っていて。
ぎゃっと叫ぶマーレクやアイーシャが頭に浮かんだ。
そのあと、エミリは天蓋つきのベッドをいろいろ説明して作ってもらう。
「ベッドは立派にできましたね。
思ったより大きいですし」
「うむ。
これは見たことあるからな」
「魔王様たちも、このようなベッドでおやすみになっているのですか?」
そういえば、私より立派なベッドを作ってもよい、と言っていた。
この城には、魔王様のベッドというのもあるのだろうな、と思いながら、エミリは訊いたが。
「そんなときもあるが。
別に立ったままでも寝られるし。
人ほど寝なくとも生きていけるのだ」
そう魔王は言う。
「そうなのですか」
「あと、他に欲しいものはあるか、エミリ」
「はあ、では、この部屋の扉とですね」
言っている途中で、すぐに立派な扉が現れた。
これも見たことあるからだろう。
「魔族でも簡単には開けられない、鍵穴と鍵を」
魔王はそれらをすぐに出してくれた。
「ありがとうございます。
では」
とエミリは魔王たちの背を押し、部屋から押し出したあとで、鍵をかけた。
扉の向こうで、魔王とレオが騒ぎ出す。
「しまったっ。
罠にはまってしまったぞ、レオッ」
初夜なのに追い出されてしまったっ、と魔王が叫んでいる。
「蹴破ればいいではないですか」
「初めての夜に蹴破って入るとかどうなのだ」
「男らしいと惚れ直されるかもしれません」
……惚れ直しません。
外で、二人でああだこうだと揉めている声を聞きながら、エミリは水風呂に浸かったあと、ふかふかの布団によいしょと入った。
あー、なんか。
現代に帰ったみたいだ。
藁の布団も悪くないけど。
やっぱ、ふかふかのベッドいいなー、と思っているうちに、もう眠りについていた。




