王宮の料理を食べてみます
「まあ、そもそもあれですよね。
こんな岩山の高い位置に浴室とか作ったら、水を引いたり、処理したり、いろいろと困りますよね」
シャワーを諦めたエミリは根本的な問題に気づき、そう言ったが、
「いや、大丈夫だ」
と魔王は言う。
「水は湧水か川から転移させて、そのあと、使用済みの水はまた何処かに転移させれば良い」
「……何処かって、何処へ」
誰かの頭の上にいきなり水が降ってきたりしそうなんだが……。
「大丈夫だ、エミリ。
余計な心配はするな。
お前は我が妃となったのだ。
どんな贅沢も叶えてやるぞ」
いやだからですね。
そのことによって、人とかその辺の可愛い虫歯菌みたいな小悪魔たちに迷惑がかかったらやだなあ、とか思うわけですよ。
「なんでもいいですから、お食事、早くお召し上がりになってください、冷えるんで」
そこでいきなり、マーレクが会話に割り込んできた。
さすが王族。
魔王に対しても、あまり遠慮がない。
だが、魔王は怒るでもなく、
「そうだな。
では、テーブルを出してやろう」
と言って、大理石のような石でできたテーブルを出してくれた。
マーレクは、ともに料理を運んできた奴隷たちに給仕させる。
その中には見知ったものもいて、
エミリ……立派になって、という目でこちらを見ていたが。
いや、着飾らせてもらってるだけで。
まだここに来て、なんにもしてないんですけどね、とエミリは申し訳なく思う。
エミリが食事をしている間、不備がないか、マーレクが後ろで見守っていた。
奴隷たちは、『エミリ、立派になって』とさらにその後ろから見守り。
真正面の席からは、食事をしない魔王がじっとエミリを見守っていた。
あの……みんなに見られて食べづらいんですけど、とエミリが思ったとき、魔王が、
「よし」
と言って、指をパチンと鳴らした。
魔王の前に、エミリが食べているのとまったく同じ豪華な食事が現れる。
どうやら、食事をコピーしてみるために、見つめていたらしい。
「エミリよ、食べてみよ」
毎度、王宮から運ばせては悪いと思ってか。
自分で出せるようにしたいようだった。
「はい」
とエミリは丸焼きのチキンを食べてみた。
程よく焦げて、テリテリしていて、本物そっくりにおいしそうだったからだ。
だが、口にして、エミリはすぐに言った。
「……す、すみません。
なんか空気噛んでるみたいだし、味がしません」
せっかく出してもらったのに悪いな、とは思ったのだが。
うっかり美味しいです、などと言おうものなら、毎日、この味のしないコピー料理を食べさせるハメになりそうだったからだ。
「そうか、味か……」
人間が食べるものの味……と呟いた魔王は、パチン、と指を鳴らした。
もう一度、同じ料理がテーブルに現れた。
「食べてみよ、エミリ」
はい、とエミリはまた鳥を食べた。
やっぱり、鳥の丸焼きが好きだからだ。
「……トマトの味がします」
「気に入らぬか」
「いや、トマト味も悪くないんですが。
鳥の丸焼きに齧り付いて、トマトの味がしたら、なんか騙された感じがするので……」
それに、これに、さっきのトマト煮込みなどかけようものなら、トマトまみれな味になる。
「魔王様、私もやってみましょうか」
と横からレオが言ってきた。
「私、肉の味なら舌が覚えているので」
「おおそうか」
「この間、森で捕らえたときに、食してみました猛獣の生肉の味をこの料理に――」
「け、結構ですっ」
と慌ててエミリは言った。
血のしたたる、殺したての猛獣の生肉の味がする丸焼き鳥とか遠慮したい。
「あ、そうだ」
とひとつ思いついてエミリは言った。
「魔王様、人の食事も食べることができるのなら、一緒にお召し上がりになりませんか?
そしたら、人間の食事の味もわかりますでしょうし」
「よいのか?
だが、それだとお前の分がなくなるだろう」
「いえいえ。
こんなにたくさんありますから」
と二人で揉めていると、マーレクが、
「じゃあ、当分の間、料理は二人分運んでくることにしますよ」
と言ってきた。
そのあとで、
「……なんか、うちで魔王様を養ってるみたいになってきましたね」
と呟いていたが。
 




