あなたは神だわ!
給金が出る日は、行商人たちがやってきて、みんなに物を売っているようだった。
エミリたちの洞穴にも行商人が来た。
あちこちの床に敷物を広げ、それぞれが商品を並べている。
みんなしゃがんで楽しげに眺めていた。
女の子たちはみな、腕輪や指輪などのアクセサリーを買っているようだった。
妻や恋人への贈り物を探す男たちもそれに混ざって覗いていた。
その以外の男たちは水タバコや珍しい酒やツマミになりそうな木の実を持ってきた行商人のところにいる。
エミリはしゃがんでいるみんなの上から、あちこち覗いてみたあとで、雑貨を並べている若い行商人に訊いてみた。
「あのー、本とかないんですか?」
「本?
そんな高級なものあるわけない」
浅黒い肌に蒼い瞳、淡い茶色の髪のその男は、エミリに訊く。
「そもそも、お前、本が読めるのか?」
「いえ、文字わからないんですけど」
だよな、とその男は白い歯を見せて快活に笑った。
彼は西の方から来た行商人で、ルーカスというらしい。
結構整った顔をしているので、彼目当てらしき女性たちが、あれはないのか、これはないのか、と盛んに話しかけている。
いや、お探しの物は後ろでおじいさんが売ってらっしゃるみたいなんですけどね、とエミリは思ったが、彼女たちは、ルーカスの方だけ向いて話していた。
でも、そう。
本があっても読めないんだよな~。
ここの言葉はなんとなく話せるのだが。
文字がいまいち、わからないのだ。
女性たちはルーカスと話して満足したらしく、別の行商人のところに行った。
ひとりぼんやり残っていたエミリにルーカスが話しかけてくる。
ルーカスは今までは父親について行商をしていたが、今回からは一人でやるよう任されたのだと言う。
そういえば、さっき、おばさんたちが、
「お父さんはお元気?」
と話しかけてたな、とエミリが思ったとき、ルーカスが言った。
「ようやく一人前として認められたんだ。
全部売って帰りたい。
安くしとくから、お前もなんか買えよ」
ふうん、と眺めていたエミリは敷物の端に置かれている大きな石のようなものに気がついた。
「これは?」
「それは売り物じゃない。
敷物の端が巻き上がらないよう置いているだけだ」
山で拾ったというそれは、ピンク色をした透けるような大きな石だった。
これ、岩塩じゃ……?
古代では塩と奴隷を交換するくらい塩は貴重だったらしいが。
ここは、近くに大きな塩湖や海があるせいか、塩に不自由はしていないようで。
これが岩塩だったとしても、特に興味はなさそうだった。
「私、これ欲しいな」
「ただの石だぞ」
「でも、綺麗だから」
いくら? と訊いたら、拾ったものだから、安くしてくれると言う。
岩塩を抱えて、ルーカスのもとを離れると、女の子たちが寄ってきた。
「エミリ、それなに?」
「綺麗だけど、大きな石ね。
アクセサリーにはなりそうにないけど、なにするの?」
みんなは可愛らしいアクセサリーを買ったらしい。
早速、身につけてみている。
「うん。
ちょっとやってみたいことがあって」
エミリはみんなを連れて、小さな寝室のようになっている自分の洞穴へと向かった。
エミリたちの住居の辺りは砂漠ではなく。
岩がゴロゴロしている地帯だ。
石をいくつか拾ってきたエミリは真ん中を空け、小さな井戸のように円形にそれを重ねる。
その空洞の部分に、一部屋にひとつずつ支給されている、煤の出にくいヤシオイルのテラコッタランプを入れ、火をつけた。
その上に岩塩の塊を置く。
淡いピンクの岩塩を通して、やわらかな光が洞穴内に広がった。
岩塩ランプのようなものだ。
「わあ、素敵」
「なんて美しいの」
「神の光だわ」
うん、まあ、長時間つけたら、溶けるかもなんだけど……。
「ほんとうに素敵」
「どうして、こんなことを思いつくの?」
「まるで神の光よ。
エミリ、あなた、神の子なんじゃないの?」
ここの人たちは感激しやすい。
過剰に褒められたエミリは、なんとなく申し訳ない気持ちになりながら。
いえいえ。
これで私が神の子なら、現代の雑貨屋さんとか、みな神ですよ、と思っていた。