どうしたら、お前と夫婦になれるのだ?
「ところで、娘よ。
……お前をどうしたら妻ということになるのだろうな」
そんなことを魔王は言い出した。
「お前たちの世界では、役所に届けを出したら、結婚したことになるらしいが」
「そうなのですか?」
この世界にも役所があったのですね。
そういえば、結構しっかり管理されてたし、給金もちゃんと国から支払われてたしな、とエミリは気づく。
「だが、我が国にはそのようなものはない。
魔族というのは、いきなり、ぽこんと現れるので。
役所で戸籍など管理していない。
いつも、なんとなく増えたり減ったりしているのだ」
あの、減ったりが怖いのですが……。
「結婚、というのも、なんとなく一緒にいて、番になるという感じで――」
番……。
鳥か、動物みたいですね。
「だが、お前は人間だから、なにか違うのではないか?」
そう魔王は訊いてくる。
「どうしたら、私とお前が夫婦ということになるのだろうな」
「そうですねえ。
式とか挙げてみてはどうでしょう」
「式?」
「結婚式です。
えーと、夫婦になったと神に……
誓うわけないですよね?
ここの方々は、そういうとき、どなたに誓うのでしょう?」
側に控えていたレオが畏まり、
「我々が忠誠を誓っているのは、魔王様だけです」
と言う。
困った。
魔王が魔王に誓えない……。
「えーと、まあ、ともかく、なにか偉いものに誓うのですよ」
魔王は困った顔をしたあとで、
「まあ、結婚式のことはまた考えるか。
とりあえず、ゆっくりしろ。
城の中は自由にして構わん。
好きな場所でくつろいでいい」
と言ってくるが。
いや、何処でどうくつろげば?
そういえば、さっきから気になっていたのだが。
城の中、さっぱりしすぎている。
そもそも、この魔王の居室も玉座と玉座が置かれている台座と、愛らしい妻用の椅子しかない。
もしや、魔族はあまり家具を必要としないのでは?
「あ、あの、ベッドとかソファとかって……」
「ああ、お前の好きなように出すがいい」
エミリが困った顔をしていると、
「どうした?
お前に制限はかけぬぞ。
私より、いいベッドに寝てはならぬとか」
と魔王は言う。
うんうん、そうですよね。
魔王様の妃になられるのですからね、という感じで横でレオも頷いているが。
「あの……
魔王様。
私は家具を出したりできませんが」
なんとっ、と魔王もレオも驚く。
「そうなのか?
では、人間はどうやってベッドを出しているのだ」
「あれは職人が手で作っているのです」
「そうなのかっ。
人間もなにかの力で、ぽん、と作っているのかと思っていたっ」
「ぽん、とか出せません。
……どうりで、城の中に物がないはずですね。
あなたがたは、物を出したり消したり、魔力でやっているから、常に置いておかなくていいのですね」
究極のスマートな暮らしですね、とエミリは言う。
「そうか。
仕方がない。
エミリよ。
ちょっと城の中を見てこい。
とりあえず、よい部屋を選ぶのだ。
私がお前好みの家具を出してやろう。
先に住み着いている魔物がいたら、追い出してもよいから」
ここはそういう場所だ。
弱肉強食の世界だ、と言われるが。
いや、だから、追い出すとかできませんよ、人間に。
アイーシャなら、腕力で追い出せるかもしれませんが。
っていうか、追い出される魔物が可哀想ではないですか、とエミリは思い、そう訴えた。
魔王はまた驚く。
「なんと人間というのは不便なものだなっ。
繊細で愛らしい見た目をしておるが、ずいぶんと使えぬのだな」
「まあ、魔王様からしたら、指先で弾いただけで死にそうな人間は繊細で小さきイキモノなのかもしれませんが……」
とエミリは言いかけたが、魔王は、
「いや、そこは人間全体の話ではない。
お前が、繊細で愛らしい見た目をしておる、と言っているのだ」
この魔王様っ、真顔で、なんという殺し文句をっ。
『愛らしい』はお前限定とかっ。
いや、だったら、『使えぬ』のも私限定なのだろうから。
上げられたあと、叩き落とされた感じなんだが……とエミリは思う。




