いよいよ、魔窟に入りますっ
魔窟の前まで来ると、エミリは輿から降りるように言われた。
アイーシャも降り、マーレクとともに、そこに残った。
ここまでついてきてくれた者たちは、本物の王族にするようにエミリに恭しく跪き、旅の安全を祈ってくれる。
「ありがとうございます。
気をつけてお帰りください」
とエミリが礼を言うと、兵士たちは、
「もったいないお言葉っ」
と大感激し、いつまでも振り返りながら去っていった。
笑顔で見送りながらもエミリは呟いた。
「なんで私にあんなに謙ってくださるんですかね?
ニセモノの王女なのに。
あっ、もしかして、この香りのせいですかね?
王族だけが身にまとえるというこの香の香り」
エミリは自分の身体から発せられている、少し甘い、それでいて、ピリリとしたところのある香りを嗅いでみる。
「その香りなら私もつけてるわよ。
なんで私には謙らないのよ、あいつらっ」
そう文句をたれるアイーシャに、マーレクは遠慮なく物を言う。
「そう思われるのなら、エミリ……
エミリ殿のように、兵たちに微笑みかけ、ねぎらわれたら、よろしいのでは?」
マーレクは大神官の孫のひとりで、王家の血も引いているらしい。
そのうえ、神のわざとやらも使えるので、王族のアイーシャにも対等に口がきけるようだった。
「だいたい、私がついて来る必要あった?
この娘に王族のなんたるかを教えたところで、どうせ、すぐに魔王のイケニエになるんでしょう?」
「魔王の花嫁ですよ」
とマーレクは訂正したが、
「同じことよ」
とアイーシャは言う。
「どっちにしろ、魔物の餌食よ。
きっと魔王が飽きたら、魔獣たちにでも下賜されるのよ!」
ほほほほほ、とアイーシャは笑う。
「おねえさまたちもそれがわかっているから、無理に私を行かせたりせず、お前に行けと言ったのよ」
私は大事にされているからねっ、と言うアイーシャに、マーレクが言った。
「大事にされてる人に魔王の元までついていけとか言いますかね?」
「魔王のところまでは行かないわよっ。
直前で帰るわよっ」
とわめくアイーシャを上から下まで見たあとで、マーレクは言う。
「おそらく、魔王様にご無礼があってはいけないので、アイーシャ殿を花嫁にするのはやめたのでは……」
アイーシャ殿では、魔族と戦争になるやもしれません、と言うマーレクに、
「私の何処が無礼なのよ!」
とアイーシャは叫ぶ。
そんな彼女を放って、マーレクは生い茂ったシダに上から覆われている洞穴に向き直る。
「では行きますか」
と言った。




