悪戯
「あ、そこ」
「そこ?」
「そう、そこに隠し扉が」
「隠し扉が」
「そう」
「前から思ってたんだけどね、ねえちゃん。そのなんでもかんでもネタバレをする癖を辞めた方がいいと思うよ。うん。例えば昨日も母さんが作ってる晩御飯を見てさ」
「カレーライスね」
「そうそのカレーライス。そりゃあ、僕だってカレールウの匂いでその日の夕飯が何かは知ってたけど、それにしたって」
「トンカツに目玉焼き。豪華だったねえ」
「それだよそれ」
「それ?」
「きっと母さん、僕たちをびっくりさせるつもりだったんだぜ。なのにねえちゃんがトッピングまで当てちゃうモンだから、母さん、ちょっと寂しそうな顔してたじゃないか」
「だってね、ヨシオ。ネタバレなんて言うけれど、二枚の大きなトンカツが入ったプラスチックの容器に、冷蔵庫から出した五つの卵なんて見たら誰だってそれがカレーライスの上に乗るんだって、そう思うわよ」
「分かっても言わないのが大人ってヤツなんじゃないの?」
「でもね、ヨシオ」
「でも?」
「分かってることを言わないでおいて、後で後悔することだってあるのよ」
「後悔」
「そう、後悔。例えば──ちょっとそこのジュースを取ってくれる? ありがとう。そう、例えばクイズ番組ってあるでしょう?」
「ええと、ヘキサゴンとか、アタック21とか、そういうヤツ?」
「そう、そのヘキサゴンとか、アタック21とか、Qさまとか、そういうヤツよ。そういうヤツって、画面の前の視聴者も一緒になって問題を解くでしょう?」
「解くね。僕も分かる問題はすぐに答えちゃうよ」
「そう、それよ。分かってる事を口に出して言う事で、ああ、あの人この問題が分かるんだな、凄いなってなるでしょう? 逆に考えてもみなさい。司会の人が答えを発表して、その答えを聞いたうえで、今の答え自分も分かってたんだけどなあなんて言う人を、ヨシオはどう思う?」
「そりゃあ、ズルいって思うさ」
「でしょう?」
「でもさ、ねえちゃん」
「でも?」
「僕たちは晩御飯の時間、大抵そのクイズ番組、ええとヘキサゴンとか、アタック21とか」
「イッテQとか」
「違うよ、それはバラエティ番組の名前だよ。とにかくその番組を見る事があるけど、そういう時はねえちゃん、決まって」
「決まって」
「あの問題、実は分かってたんだけどなあって言うじゃないか」
「そうなのよ」
「そうなのよって、それじゃあ話が違うじゃないか」
「話が違うのよね」
「話が違うのよねって、いい加減だなあ」
「あら、ジュースが無くなっちゃった。お姉ちゃんちょっと台所におかわりを探してくるからね」
「やっぱりいい加減だなあ。僕の分も探しておいてね。そう言えば昨日、母さんが何本かジュースを買って冷蔵庫に入れておいてくれたって聞いたな」
「コカ・コーラと三ツ矢サイダーね」
「ホラまた」
「ホラ?」
「ネタバレを」
「あらホントだ。じゃあ忘れてもらおうかな」
「忘れるだなんてそんな、魔法みたいなこと」
「魔法」
「魔法だろ? 実際のところ、僕は今だってねえちゃんが言った隠し扉の事も覚えてるんだ。全く、隠されててもこれじゃあ隠し扉の意味がないよ。あーあ、ねえちゃんにゲームをしている所なんて見せるんじゃなかった」
「まあまあ、進んでみなさいよ」
「進むけどさあ……あっ」
コップの中で二つ、氷がクルクルと回転している。パチパチと弾ける炭酸の音を鳴らしながら、冷えたファンタが『GAME OVER』の画面を反射していた。