お化けを知るということ
「とりあえず、お腹がへったし、今日は出前を頼もうか。
ハルは何が食べたい?」
ハルが泣き止んだ後、片付いた居間のソファーで総一郎とハルは並んで、座っていた。
「…メイドのお化けが嫌いそうなもの…」
ハルはなかなか難しいお題を出した。
「はは。よっぽど、そのお化けが嫌いなんだね。
じゃあ、メイドって洋風だし、和風のお寿司でも頼むね。」
総一郎は少し困ったが、これ以上、この話が伸びると面倒なことになりそうと思い、早々に宅配お寿司を注文した。
「…さて、早速だけど、ハルはどうして、メイドのお化けを退治してほしいの?」
総一郎は携帯でお寿司を注文した後、ハルに尋ねた。
「だって、掃除の邪魔したり、料理の邪魔したり、寝るの邪魔したり、ずっと私に嫌がらせしてくるんだもん!」
ハルはむくれながら、総一郎に答えた。
「それは確かにしんどいね。
今日は一緒に寝ようか?」
総一郎は心配そうに言った。
「嫌だよ!!恥ずかしいし!!」
ハルは全力で断った。
「そうか…そうだよね…ごめんね。
未だに小学2年生との距離感が分からなくて…」
総一郎は悲しい目をしながら、言った。
「いや、決して嫌ってるとかじゃないからね!
今まで親戚の人達にそういうことしてもらえたことなかったから…
でも、今日だけお願いするかも…」
ハルは恥ずかしながら、総一郎に頼んだ。
「うん!いいよ。
ハルにお願いされるのはなんだか本当にうれしいんだ。」
総一郎は笑いながら言った。
ハルは照れながら、話を逸らそうと総一郎に聞いた。
「そういえば、メイドのお化けに心当たりがあるって言ってたけど、どういうこと?」
「あぁ、実はこの家って所謂、事故物件ってやつなんだ。昔、誰かがここで死んでしまったんだって。」
総一郎はあっさりと恐ろしい話を何事もないように言った。
ハルは驚いて、怒りながら、総一郎に言った。
「どうして、言ってくれなかったの!!」
「変に怖がらせても嫌だったし、今まで僕がそういった怖い目にあったことがなかったから、言わなくてもいいかなと思ってたんだ。
でも、そうだね。
ハルがこの家に来る前に言うべきだったよ。
本当にごめん。」
総一郎はハルに頭を下げながら、謝った。
「…ハルはもうこの家を出たいかな?」
総一郎は恐る恐る聞いた。
ハルは総一郎をまっすぐ見て言った。
「嫌だ!!もうどこにも行きたくない!!」
総一郎はそれを聞いて、安心した。
「良かった〜僕もハルにはずっとここにいて欲しいと思ってるよ。だから、これからも宜しくね。」
「うん!」
ハルと総一郎は顔を見合わせて、お互い笑った。
(それにしても、この男はお化けを全く怖がらないんだな)
ハルは頼もしさを感じるとともに少し呆れた気持ちになった。
「じゃあ、メイドのお化けについて、確認していこうか。
ちなみに今この部屋にそのお化けはいるかな?」
総一郎にそう言われて、ハルは辺りを見回した。
すると、呼ばれたから出てきたようにハルと総一郎が座っているソファーの前にふっとメイドのお化けが現れた。
ハルはビクッとなりながらも、顔をそらしながら、お化けの方を指差して、答えた。
「うん…いる…そこに。」
総一郎は何故か少し嬉しそうに驚いた。
「いるんだ!
そうか…
じゃあ、怖いかも知れないけど、お化けに名前を聞いてみてくれないかな?」
総一郎の提案にハルはびっくりして聞いた。
「やだよ!なんで、そんなことしなくちゃいけないの?」
怯えてしまったハルに総一郎は優しく言った。
「怖いと思う。
とても難しいことをお願いしてると思う。
でもね。多分、ハルは今までお化けを理解しようとしたことはなかったんじゃないかな?」
「お化けを理解する?
そんなことできるの?」
ハルは不思議そうに総一郎に言った。
「きっとお化けと話すことができるハルなら出来るよ。
お化けも元は人なんだ。
人もお化けも理解すれば、怖くなくなるよ。」
ハルは今までお化けを理解するなんて、考えたこともなかった。
ハルは背けていた顔をお化けに向けた。
「ハルはこれからもお化けには出会ってしまうと思う。
けど、その度に逃げてるだけじゃあ、怖いままでしんどいと思うんだ。
だから、僕はお化けを知ることでその恐怖を克服して欲しいと思っているんだけど、ダメかな?
ハルにはそれが出来ると思ってるよ。」
総一郎の言葉を聞いて、ハルは思った。
(今まで、どうしたらお化けが怖くなくなるかはいっぱい考えてきたつもりだけど、お化けを知ろうとは思わなかった。)
ハルは意を決して、お化けに向かって言った。
「あなたのお名前は?」
お化けは舌打ちをして、嫌な顔をしながら言った。
「どうして私を退治しようとしている人に名前を教えなければならないのですか。」
ハルは怖くなって、再び顔を背けた。
「お化けはなんて?」
「退治しようとしてる奴になんで教えなきゃいけないのかって。
怖い顔しながら、言われた。」
ハルの怯えた様子を見て、総一郎はハルの指差していた方を真っ直ぐ向いて言った。
「申し訳ありません。
退治というのは言い過ぎでした。
しかし、あなたは私の大切な人に意地悪をしました。
正当な理由もなく、意地悪をしたと言う事なら、あなたを何かしらの方法で退治しなければなりません。」
ハルは驚いて、そんなこと言ったら、お化けが総一郎に何かするのでは?と不安になり、お化けを見た。
しかし、お化けは無表情で黙って聞いていた。
総一郎は淡々と続けた。
「私達も出来れば退治などしたいとは思っていません。
理由をお聞かせ頂きたいと考えています。
そのためにまずはお互いの事を知っておきたいと思い、お名前を聞かせて頂きました。」
総一郎は最後に頭を下げながら、お化けに向かって言った。
「名乗り忘れて恐縮ですが、私は加藤総一郎と申します。
今のこの家の所有者になります。
こちらが加藤春です。
どうぞ宜しくお願いします。」
ハルは総一郎に肩を叩かれて慌てながら、頭を下げて言った。
「か、加藤春と言います!
さっきは退治してなんて言ってごめんなさい!
宜しくお願いします!」
しばらく、二人が頭を下げていると、お化けはため息をついて、答えた。
「東雲桜です。」
ハルはお化けが答えてくれたのにびっくりして顔を上げた。
名前を聞いただけだが、今までの恐怖が大分薄まったように感じた。
そして、総一郎の肩を叩いて教えた。
「しののめさくらさんだって!
すごい!総一郎!
答えてくれた!」
総一郎はばっと顔を上げて、今まで見たことない顔でハルを見た。
「ごめん。ハル。
もう一度、お化けの名前を言ってくれないか?」
「だ、だから、しののめさくらさんだって」
ハルが少し戸惑いながら答えると、総一郎はつぶやいた。
「…すごいよ。ハル。
君は本当にお化けの声が聞こえるんだね。」
ハルはキョトンとして総一郎に言った。
「だから、言ったじゃん。
ひょっとして信じてなかったの?」
総一郎は我に返ってハルに言った。
「ごめん!
信じてなかったわけではないんだ。
でも、お化けの名前を言ってくれたことで、確信に変わって驚いたんだ。」
「どういうこと?」
ハルは何が何だか分からなかった。
「え〜とね、つまりね…」
「貴方達、私をほおって勝手に話をしないでくれますか。」
せっかく名前を教えてやったのにハルと総一郎に放置されてしまったことにイラついて、桜は腕を組みながら、二人に言った。
それを聞いて、ハルは総一郎をすぐに止めた。
「総一郎!桜さんが怒ってるから、止まって!
ごめんなさい!」
「あっ、つい話に夢中になってしまった。桜さん、申し訳ありません。」
総一郎も慌てて桜に謝った。
「…で、私がなぜ、その娘…ハルと言いましたか?
ハルになぜ意地悪するかということでしたね。
私はあなたをこの屋敷から追い出すために意地悪したのです。」
桜は胸を張って、二人に言い張った。
「…えっと。桜さん?
どうして、私を追い出したいんですか?」
ハルはちゃんと説明してほしくて、桜に聞いた。
「この屋敷は私の居場所で、あなたが邪魔だからです。」
お化けは以前、ハルに言ったことと同じことを言った。
「…それは分かったけど、でも、総一郎はいいんですか?」
ハルは思ったことをそのまま伝えた。
「…もちろん、この男も追い出そうと物を動かしたり、驚かそうとしましたが…
この男は全く気にも留めない様子ですし、この屋敷をゴミ屋敷にするわで…もう諦めました…」
桜はうんざりした顔で答えた。
ハルは気の毒にと思い、総一郎に聞いてみた。
「ねぇ、総一郎。
今まで怖いことがなかったって言ってたけど、急に物が動いたりとかしなかった?」
総一郎はケロッとした顔で答えた。
「そういえば、食器とかがよく勝手に落ちてダメになったな。
でも、ねずみとか静電気とかで動いたのかなって思って別に気にしなかったよ。
それにその内、食器も使わなくなったしね。
あとはテレビが勝手についたりしたかな?
古いテレビだし、接触不良とかかなと思って…もしかして、桜さんがやってたの?」
ハルは心底呆れた顔になった。
「桜さん。こんな男ですみませんでした…」
「えっ!なんでハルが謝ってるの?」
総一郎は訳が分からなかった。
「とにかく、桜さんは私達に出ていって欲しくて意地悪してるんだって。
ここは自分の場所なんだからって。」
ハルは総一郎に説明してあげた。
総一郎は少し考えて、桜の方を向いて聞いた。
「分かりました。
つまり、自分の場所、この屋敷を使用人として守るために僕たちが邪魔ということですか?」
桜は少し黙った後、答えた。
「…それは違います。
むしろ、逆です。
私はこの屋敷を早く無くしたいんです。
だから、この家に来るものは全て追い出してきたんです。
所有者が現れなければ、朽ちて潰れるだけですからね。」
ハルは驚いて、総一郎に言った。
「桜さんはこの屋敷を守りたいんじゃなくて、早く潰したいんだって。」
総一郎は真剣な顔でまた桜に聞いた。
「では、どうして、この屋敷を潰したいのかを教えて頂けますでしょうか。」
桜は総一郎の目を見ながら、少しの間、黙っていた。
ハルは内心ハラハラしながら、その様子を見ていた。
そして、桜は答えた。
「話せば長くなりますが、いいでしょう。
どうせ、あなた達は屋敷から出ていきそうになさそうですし。
ほんの暇つぶしに話してあげましょう。」
「…私は見ての通り、この屋敷の使用人でした。」
桜は無表情で語り始めた。
「私の主人は元は領主の家系でこの町で貿易商を営んでいました。
実質的にこの町の財政を握っているほどの方でした。」
ハルはひとまず、全部聞いてから、総一郎に伝えようと黙って聞いた。
総一郎もハルの様子を見て、桜が話している事を察して黙っていた。
そして、桜は続けた。
「主人はそれ程、高貴な方だったにも関わらず、身寄りのない私を使用人として雇ってくれたり、偉ぶる事なく町の人達と対等に接していました。
そんな人柄だったので、皆に好かれていました。
奥様も同じような方で皆から愛されていました。」
桜の表情が柔らかくなったようにハルは感じた。
「そのおかげもあってか、こんな私にも主人と奥様だけでなく、町の皆が優しくしてくれました。」
桜は昔を思い出すように目を閉じて続けた。
「私はそんな主人、奥様、町の人達が大好きでした。
そして、活気あふれる市場や静かなお寺、買い物帰りに見える水平線の夕日…
その全てが愛おしく、毎日幸せに暮らしていました。」
ハルは羨ましくもどうしてか少し寂しく思った。
「…しかし、私は自らその幸せを壊してしまったのです。」
桜はゆっくり目をあけて、結末を話し始めた。
「簡潔に言って、私は主人と不貞を働いてしまったのです。
ある日の晩、酒に酔ってしまった主人をつい受け入れてしまったのです。」
ハルは思わず聞いた。
「ふてい?って、不倫のこと?」
桜は少し驚いて、呆れて答えた。
「ありていに言えば、その通りです。
しかし、今時の小学生はそんなことも知ってるのですか…」
ハルはしまったと思い、桜に言った。
「邪魔してごめんなさい!続けてください!」
桜は少しため息をついて続けた。
「結果、主人は自分を責めて、いたたまれなくなり、奥様に正直に話しました。
私はその時、屋敷を出ようと決めていましたが、奥様は決して私のせいにしようとはしませんでした。
恐らく、奥様は私を実の子のように感じてくれていたのだと思います。
奥様は私よりも主人を責めて、逆に奥様が家を出ることになってしまいました。
…その時、私を追い出してくれたら、どんなに楽だったか…」
桜は少し自虐的に笑った。
「その後、失意の主人は仕事も手につかず、今までうまくいっていた町の財政にまで影響が及んでしまいました。
気づけば、町の人達から罵声を浴びせられ、町からは活気がなくなっていきました。
まぁ、今思えば、一人の人間のせいで崩れてしまう町なんて、早い内に上手くは行かなくなっていたと思いますがね…
それでも、私のせいで町が廃れてしまったと自覚しています。」
ハルは桜を黙って見つめて聞いていた。
「そんなある時、私がいつも通り屋敷の掃除をしていると、主人の部屋で銃声がしました。
急いで、主人の部屋に行くと、主人が頭を銃で撃ちぬいて自殺していたのです。」
桜は少し間を空け、続けた。
「…私は来るときが来たなという感じでそれ程驚いたり、悲しんだりはしませんでした。
この時、既に主人が死んだら私も死のうと考えていたので、やっと死ねるくらいでしたね。
どうして、銃なんか持っていたのかも、貿易商をしてたので、なんとでもなるなくらいでしたよ。
それ程、その時の私はほぼ無感情になっていました。
…しかし、主人の目の前には遺書のような手紙が置いてあり、私はそれを読んでしまいました。」
その時、桜は目をカッと開き、怒っているのか、悲しんでいるのか、分からない異様な表情になった。
ハルは恐怖を感じ、息をのんだ。
「その手紙には奥様へのこれまでの思い出や感謝と今までの謝罪、そして、町の人への謝罪が延々と述べられていました。
…そして、私への言葉は…何一つ…何も…
思い出も!
気持ちも!!
何もかも!!!
…そこには書かれていなかった!!」
桜は怒りでも悲しみでもない、何か別の感情で言葉を発した。
その間、食器棚の戸がガタガタ震えだし、テレビは点いたり、消えたりを繰り返し、居間のドアもガタガタと震えだした。
ハルは周りの状況に驚くよりも桜の気持ちを考えて、泣きそうになっていた。
総一郎は周囲の異常に多少驚いたが、むしろ、原因が何なのかを考えているようだった。
しばらくすると、食器棚の震えはなくなり、テレビは消え、ドアの震えもなくなった。
桜はいつもの無表情に戻り、話を続けた。
「…主人が私に対して、情も何も持っていない…
全く気にしていなかったことが分かって、私は何一つ迷うことなく、主人の持っていた銃を自分自身の頭に向けて、引き金を引きました。」
桜はふっと笑った。
「気が付くと、私はこの姿でこの屋敷にぷかぷか浮かんでいて、すぐにお化けになったんだなと気づきました。
恐らく、自分自身を許せない気持ちが私の魂を現世に残したのかもしれません。
しかし、私は早く地獄でもいいから、この世から…というよりも、この屋敷から、この町から消えてしまいたいのですよ。
ここにいると自ら幸せから絶望に落ちたことを永遠と思い出すことになってしまうから…」
桜は笑ってはいるものの悲しそうな表情で最後に言った。
「だから、私はあなたたちを追い出して、これから来る人間も追い出して、この屋敷を早く無くしたいのです。
そうすれば、私は消えることができると思うんです…」
ハルは桜の話を最後まで聞く頃には、声は出さなかったものの涙が止まらなかった。
しかし、総一郎に説明しなければと思い、ハルは涙を拭いて、総一郎に説明した。
「…総一郎…
桜さんはご主人様も…
その奥さんも…町の人も…この町自体も…
みんな、みんな大好きだったけど、ご主人様との不倫のせいで、全部壊しちゃったの…
奥さんが出て行って、ご主人様は銃で自殺しちゃって…
でも、ご主人様の遺書には桜さんのこと……
何にも……何にも……!」
ハルは頑張ったが、最後まで話すことはできなかった。
最後はわぁ~と泣き出してしまった。
総一郎はハルの頭を撫でて、優しく言った。
「…うん。
ハル、桜さんの話をちゃんと聞いて、僕に話してくれてありがとう。
ちゃんとわかったよ。」
そして、総一郎は桜の方を向いて言った。
「桜さんも話してくれてありがとうございます。」
総一郎は桜に向かって、頭を下げた。
そして、少しためらった後、桜に尋ねた。
「…あなたのご主人の名前は和田健次郎ではありませんか?」
桜は驚いた。
「どうして!?」
ハルも驚いて、総一郎に聞いた。
「総一郎、なんで知ってるの?」
総一郎はハルにニコッと笑い言った。
「実は僕、子供の頃、君のお父さんに連れられてこの屋敷に来たことがあるんだ。」
「お父さんと!!」
「うん。お父さんはやんちゃでね。
ここら辺ではこの屋敷はお化け屋敷として有名だったんだ。
だから、誠一兄さんは小学生だった僕を半ば無理やり連れて、ここに肝試しに来たんだ。
その時ね…僕も見たんだよ。
メイドの姿をしてる女の人のお化けを。」
総一郎の驚愕の事実を聞いて、ハルはすぐさま聞いた。
「えっ!じゃあ、総一郎もお化けが見えるの?」
総一郎は首を振って答えた。
「ううん。
後にも先にもお化けが見えたのはその時だけだったんだけどね。
だから、ハルが同じようなお化けを見たって言った時はびっくりしたんだよ。
まだ、ここにいたんだって。」
ハルは驚いて、声を失っていた。
「でね。お化けを見てから僕は気になって、ずっとこの屋敷のことを調べてたんだ。
そして、この屋敷の歴史を知り、この屋敷の衰退の原因も知った。
その原因が和田健次郎という男であるということを…
まぁ、当時の新聞だったりの情報だから、桜さん程の生の情報ではないから、和田健次郎という男の情報は基本的に悪いものばかりだったけどね。」
総一郎は思い出すように続けた。
「で、その家の使用人、つまりメイドの名前も当時の新聞に載っていたんだよ。
…言いづらいけど、和田健次郎と自殺した女性として…
東雲桜と…」
ハルはだから、桜さんの名前を言った時に驚いたのかと納得した。
「では、あなたは私からの話を聞かずとも、おおよそ察しがついていたということですか。
腹の立つ男ですね。」
桜は怒った様子で総一郎を睨みつけた。
ハルは慌てて、総一郎に言った。
「桜さんが、話さなくても知ってたんじゃないかって、怒ってるよ!」
総一郎は首を振って、答えた。
「いや、どうしても分からないことがあったんです。
…ちょっと待っててもらえますか?」
そう言って、総一郎は小走りに部屋を出て行った。
桜と突然二人きりにされてしまったハルはどうしても聞きたい事を桜に聞いた。
「桜さん…
奥さんのことばかり気にしてたご主人様を嫌いにはならなかったの?」
桜はハルをきっとにらんだ。
ハルは怖かったが、決して目をそらさないでいた。
桜はため息をついて、答えた。
「…子供のあなたには分からないでしょうね。
嫌いになれれば、どんなに楽だったか…」
桜は心なしか泣いていたようにハルは感じた。
そして、総一郎が戻ってきた。
「これは、あなたの恐らくご主人の部屋だったであろう本棚の奥に隠されていたものです。」
そう言って、総一郎は折りたたまれた1枚の紙を桜の前にあるテーブルに丁寧に広げた。
「宛名は書かれていませんでしたが、文面から見て、間違いなくご主人があなたに向けた手紙だと思います。
不倫相手への手紙だったからか、あなたへの配慮であろうか、誰にも気づかれないよう大切に隠されていました。
きっと、掃除の最中に見つけてくれると思っていたのでしょうね…」
桜は読むのをためらったが、読まずにいられず、その手紙を覗き込んだ。
手紙には実の子のように思っていたが、いつしか、一人の女性として愛してしまったこと、望まない形で手を出してしまったこと、そして、そのことに対する謝罪が簡潔に書かれていた。
桜はぼろぼろと涙を流し、最後まで読むことができなかった。
「…これでは、どちらにせよ…
…結局…結末は同じだったじゃないですか…
これを読んで…どうやって、私は…
…私を許せと言うのですか……」
手紙から顔を背けた桜にハルは泣きながら言った。
「ちがうよ!!
私には難しい漢字がたくさんあって、全然読めないけど、最後の言葉だけはわかるもん!!」
ハルはそう言って、手紙の最後の文章を指さした。
(どうか、生きて幸せになってください。
今まで本当にありがとう)
「これ読んでご主人様のお願い無視することなんて…
桜さんにはできないはずだよ!!」
桜は再び、手紙に目を向けて、最後まで読んで、しばらく黙った後、ハルに向かって言った。
「ふふっ…そうですね。
確かに、最後まで読んだら、こんな勝手な男のことなんて嫌いになって、きっとお化けになんてならずに済みましたね。」
桜はこれまでにない優しい笑顔をハルに見せて、ふっと消えてしまった。
続く