お化けとの戦い
ハルが総一郎の屋敷に来たのは8月でちょうど夏休みであった。
平日は総一郎は大学の仕事で、朝から夕方、遅ければ晩まで帰ってこなかった。
その間、ハルは転校先の学校の宿題や掃除の残りをして、朝・昼・夜ご飯は初めの方は食材がそろっていなかったため、コンビニ弁当やインスタントラーメン等が多かったが、その内、ハルが作るようになっていった。
しかし、そんな中、事あるごとにあのお化けが驚かしにくるのであった。
突然、わっと驚かしたり、生々しく血があふれ出ている頭の傷を見せてきたり、料理中に食器を動かして邪魔をしたり、多種多様な嫌がらせをしてきた。
寝ようとしているときにも邪魔をしてきて、眠れぬ夜が続いた。
二週間程たつと、ハルは精魂尽き果てた状態になっていた。
(もう嫌だ。なんで、私ばっかり…)
ある日の朝、総一郎は大学に行き、ハルは眠気眼で掃除をしていた。
始めてお化けと出会った部屋を掃除している時、全自動掃除機が目に入った。
(そういえば、忘れてたな。
これの充電器ってどこにあるんだろ?)
ハルはあたりを探して、充電器を探した。
そして、机の下をのぞいた時、あのお化けがそこで不気味な笑いを浮かべながら、こちらを見ていた。
ハルは驚いて、尻もちをついた。
その様子を見て、お化けは高笑いしながら、ハルに言った。
「ははは。あなたを驚かすのは本当に楽しいです。」
ハルはもう我慢できず、泣き出してしまった。
ハルのたまっていた感情が噴出した。
「なんで、こんないぢわるずるの~」
わ~わ~泣いているハルにお化けは高笑いをやめて、無表情になり、ハルに答えた。
「それはあなたを追い出すためですよ。
ここは私のお屋敷なのだから。」
それを聞いて、更に悲しくなったハルは泣き声を大きくして言った。
「どうじでいつもわだじがおいだされなきゃならないの~
なんでだよ~~」
お化けはハルに無表情ながらも少し怒っているように言った。
「あなたは自分のせいだとは思わないのですか。」
「だっでおばけのせいだもん~~」
「泣くのはやめなさい!!!」
お化けはハルにこれまでにない大きな声で、怒鳴りつけた。
ハルは思わず、涙を流してはいるものの声をひっこめた。
「あなたは今まで、自分は悪くないと…
全部お化けのせいにしてきたのですか?」
お化けはまた無表情に戻ってハルに尋ねた。
「…だって、そうだもん…」
ハルはグスグス言いながら答えた。
「じゃあ、あなたはそれ相応の努力をしてきたと。」
「してきたもん!!
家事だってするし、ちゃんと気に入られようと努力したもん!!」
ハルは涙を浮かべながら、お化けに反論した。
「気に入られるための努力というのがまず、おかしいです。
媚びへつらって、本当に人に好かれると思っているのですか?
それで好かれたとして、あなたはそんな媚びへつらって好きになってくれる人が好きなのですか?」
お化けは淡々とハルに言った。
「そんなこどいっだって、難しくてわかんないよ…」
ハルはぐずりながら言った。
「子供だとかは関係ありません。
好かれたい人に対して、ちゃんと真摯に向き合ったのかどうかです。」
「だから、言ったじゃん!!私は家事とか・・・」
「じゃあ、どうして、お化けが見えることを隠しているのですか?」
お化けはハルの言葉をさえぎって、言った。
ハルは少し間をおいてしまったが、再び、反論した。
「…だって、お化けが見えるって言ったら、総一郎に嫌われて、また、家を出なくちゃいけなくなるかもしれないもん!!」
「要は、嫌われるのが怖いから本当のことが言えない臆病者で、好かれたい人に嘘をつき続ける嘘つき者ということですね。」
ハルは言い返すことができず、下を向いて黙ってしまった。
お化けは相変わらず無表情で続けた。
「結局、あなたは逃げているだけです。
嘘ばかりついている人が好かれるわけがないでしょう。
あなたは好かれたい人を信じることのできないただの嫌われ者です。
だから、追い出されるんですよ。」
ハルはむぅ~と涙を浮かべて、またわぁ~と泣き出してしまった。
「はぁ~興ざめしました…
とにかく、さっさと出て行ってくださいね。」
お化けはそう言って、ふっとどこかへ消えていった。
ハルはしばらく、グスグス泣いて、お化けに言われたことを考えていた。
(総一郎は前、墓まで持っていっていいって言ってたけど、お化けが見えることは本当にそうなのかな?)
(総一郎に私は嘘をついていることになるのかな?)
(このまま、私は嘘をつき続けていくのかな?)
(でも、信じてもらえるかどうかも分からないし…
私はどうしたらいいんだろ…)
そんなことをグルグル、グルグル考え続けていた。
ハルは知らないうちに寝ていたようで、気づくと18時になっていた。
夕飯の準備をしないとと思い立ち上がると、総一郎が帰ってきた。
「ただいま~」
ハルは帰ってきた総一郎の元に走って向かった。
そして、総一郎に抱き着いて、顔を総一郎のお腹にうずめながら言った。
「総一郎…」
いつもの「お帰り」を言おうとしたが、声が出なかった。
「ハル?どうしたの?」
ハルは自分の気持ちをどう伝えたらいいのかが分からなくて、また、声を小さくして泣きだしてしまった。
「…よっぽど怖いことがあったのかな?
ごめんね。いつも一人にしちゃって。
大丈夫?」
総一郎はそう言って、ハルの頭を撫でながら続けた。
「正直、僕頼りないかもしれないけど、何でも思ったことは言っていいんだよ。
ハルがどんなことを言っても、僕は決してハルのことを嫌いにならないし、出来るだけ力になりたいと思っているんだから。」
ハルは総一郎に優しくそう言われて、決心した。
そして、涙で溢れた目で総一郎を見上げて、言った。
「総一郎、この屋敷にお化けがいるの!!
退治して!!」
総一郎はハルの言葉を聞いて、少し驚いた様子を見せて、ハルに聞いた。
「ハルはお化けが見えるの?」
ハルは見上げていた顔を再び、総一郎のおなかにうずめて言った。
「うん…」
総一郎はハルの頭を撫でながら、再び、聞いた。
「そのお化けはどんな姿をしているか教えてくれる?」
ハルはそのまま顔を隠しながら答えた。
「頭から血を流してて、長い黒い髪のメイドのお化けなの…」
ハルの言葉を聞いて、総一郎は撫でていた手をピタッと止めていった。
「…やっぱり、まだこの屋敷にいたんだ…」
「…やっぱり?」
ハルは不思議に思って、総一郎を見上げた。
「い、いや、何でもないよ。
でも、実はこの屋敷のお化けには心当たりがあるんだ。
一旦、落ち着いて、話を聞かせてくれないかな?」
総一郎は少し言いよどんで、ハルに答えた。
ハルは総一郎がとにかくお化けが見えることを信じてくれたことがあまりに嬉しくて、安心して、また、泣き出してしまった。
総一郎はまた頭をなでながら、ハルに優しく言った。
「そうか…そのことをずっと悩んでたんだね…
よく頑張ったね。」
ハルが泣き止むまで、総一郎はぎゅっとハルを抱きしめた。
続く