総一郎のお屋敷
「すご~~い!!でか~~い!!」
ハルは始めて総一郎の家を見て、思わず声を上げた。
総一郎の家は家というよりもお屋敷というのが正しく、非常に大きな古い洋館であった。
ハルはこれからこんな大きな家に住めるのかと思い、目をキラキラさせて、興奮していた。
総一郎は嬉々としているハルを見て、嬉しく思い、ハルに言った。
「すごいだろう?元は貴族の住むおうちだったんだ。」
「うん!すごい!貴族って王子様ってこと!?総一郎ってお金持ちなんだね!!」
ハルは現金なことを言った。
「い、いや、そういうわけではないんだけど…まぁ、喜んでくれて何よりだよ。」
総一郎は少し言葉を濁した。
そして、総一郎は玄関のドアを開けて、ハルに言った。
「どうぞ、お嬢様。」
ハルはこれからどんな素敵な生活が始まるだろうとワクワクしながら、屋敷に入った。
しかし、屋敷に入ったハルはすぐにその幻想が崩れることになる。
「な、何か臭いんだけど…」
玄関は見た目は思っていたよりも少し雑多なくらいだったが、臭いがまず気になった。
「えっ!そ、そうかな?」
総一郎は少し誤魔化し気味に答えた。
ハルは臭いがする方に近づいて行った。
「あっ!そっちは行かないで!」
荷物を降ろしていた総一郎は慌てて、ハルを制止した。
総一郎を無視して、ハルが臭いのする部屋のドアを開くと、そこは地獄だった。
パンパンになっている大量のゴミ袋で足場もなく、一体何の部屋かも分からない程、荒れ果てていた。
異臭の漂う中、ハルは鼻をつまみながら、総一郎に聞いた。
「…総一郎…これは…?」
総一郎は頭をかきながら、苦笑いでハルに言った。
「いやぁ~僕、掃除が苦手でハルが来るってなったから、とりあえず、ゴミを集めてこの部屋に押し込んでたんだよ。
あはは。みっともないところを見せてしまったね。
ごめんよ。」
ハルは掃除が苦手というレベルじゃないと不安になり、何も言わず、その他の部屋も急いで確認しようと走った。
「ちょ、ちょっと!待ってハル!!」
総一郎は再び慌ててハルを止めようとするが、聞くわけもなく、ハルは屋敷中のドアを片っ端から開いた。
ハルの思った通り、最初の部屋だけでなく、あちらこちらがゴミであふれており、まさしくゴミ屋敷と化していた。
ただ一つの部屋を除いて。
ハルが最後に確認した二階の奥の部屋はどうしてかきれいに片付いていた。
その部屋にはきれいな新しいベッドと新品の勉強机、古めかしいタンスが置かれていて、他に何もなかった。
今までの部屋と比べると明らかに異質で、ハルが何だこの部屋は?と不思議に感じていると、総一郎が申し訳なさそうに言った。
「ホント、ごめんよ。
とりあえず、ハルの部屋だけはと思って、この部屋だけはちゃんと掃除してたんだ。
けど、何を置けばいいのか分からなくて、かわいげのない部屋になっちゃった。」
ハルは驚いて、総一郎に言った。
「ここが私の部屋?」
総一郎は笑って言った。
「そうだよ。好きに使って」
ハルは部屋を黙って見ながら、今まで、こんな広い自分だけの部屋を持っていなかったので、少しづつ嬉しさが込み上げてきた。
「ありがとう!!総一郎!!大切に使うね!!」
「うん。とりあえず、荷物おろすの手伝ってくれないかな?」
「分かった!」
ハルは最初はかなり不安になったが、今はワクワクが止まらなかった。
(ここから、私の新しい生活が始まるんだ!!)
「掃除をします!」
荷物を一通りおろして、ハルは意気揚々と総一郎に言った。
「掃除?大丈夫だよ。慣れたらなんともないよ~」
総一郎は恐らく居間であろう部屋のソファーで、両脇のゴミ袋に手をかけながらあっけらかんと言った。
(この男はダメだ…
ゴミとの生活に慣れすぎて、感覚がおかしくなっている…)
ハルは深くため息をついて、総一郎に行った。
「ダメです!
せっかくの私の新しい生活がこんなところで始まるのは悲しすぎる!!
こう見えて私、掃除得意だから、任せて!
ただ、総一郎もちゃんと手伝ってよ!!」
総一郎は小学2年生にたしなめられたら、さすがにしょうがないかと了承した。
「分かりましたよ。じゃあ、僕は何したらいい?」
「うむ!
まずは捨てれるものは捨てていくのが掃除のコツです。
とりあえず、大量のゴミ袋と捨てるものを車に積んでって。
一通り積んだらクリーンセンターに持って行って、捨てていこう。」
「クリーンセンター?ちょっと待って調べるね。」
総一郎は携帯でクリーンセンターを調べた。
「あった。へぇこんなのあるんだ。
知らなかったよ。ハルは良く知ってたね。」
ハルはあきれた様子で言った。
「クリーンセンターなんて、大抵の町にあるよ…
社会科見学でも行ったし。
むしろ知らない方がおかしい。
どんだけ、ゴミと一緒に住んでたんだよ。」
「そ、そうなんだ。はは。よし!じゃあ、早速集めていきましょうか!」
総一郎は腕まくりをしてごまかしながら、ゴミ袋を集めだした。
(この男、ゴミ捨ての曜日も知らないんだろうな…)
ハルは前途多難だとため息をついた。
ハルと総一郎はごみを集めて、車にポンポンと積んでいった。
幸いなことに総一郎はごみを袋にまとめて入れておく習性があり、ある程度まとまっていた。
また、ほとんどがコンビニ弁当やペットボトルばかりで、重いものがなかったので、小一時間で、車の中はパンパンになった。
大分、屋敷の中の足場は増えてきて、掃除機はかけられる程度にはなってきた。
「よし!じゃあ、総一郎はクリーンセンターに捨てに行ってくれる?」
「分かった。ハルは来ないの?」
「まだゴミは多いから、玄関に集めておいて、掃除機かけておくよ。
掃除機はどこにあるの?」
「掃除機?この家にあったかな?」
総一郎は恐ろしいことを言った。
「う、嘘でしょ?」
ハルは青白い顔をしながら、恐る恐る聞いた。
「ははは。嘘だよ。ちょっと待って、取ってくるよ。」
総一郎は笑いながら言った。
ハルはだんだんと総一郎のことが分かってきた。
顔は小学2年生から見てもかっこいいのに、未だ独り身である理由が分かってきたのだった。
しばらくして、総一郎が戻ってきた。
「はい。これ。じゃあ、僕はゴミ捨ててくるね。」
そう言って、総一郎は少しホコリをかぶった古そうな掃除機をハルに渡して、さっさとクリーンセンターに向かった。
(掃除機についてツッコまれたくなくて、逃げたな…)
ハルは何度目か分からないため息をついた。
ハルはちゃんと動くのだろうかと念のため、電源ケーブルをコンセントにさして、電源スイッチを押した。
すると、掃除機は大きな音を立てて動いた。
ハルは良かったと思いつつも、今時こんなうるさい音の掃除機あるんだと逆に不安になった。
掃除機の電源を消した後、ふと一人になったハルは屋敷の様子を見回した。
チクタクと音を立てている古びた時計。
2階に続く大きな階段。
何か秘密が隠れてそうな部屋のドア。
古い傷がついている柱。
小さな子供にとって、汚いけどキラキラしているものばかりであった。
たくさん不安はあるけど、今まで感じたことのないワクワク感が出てきた。
(よし!やるか!)
ハルは顔を軽くたたいて、まずは残っているゴミ袋を玄関に集める作業を始めた。
2階のゴミ袋のある最後の部屋のゴミを集めていると、ハルはゴミ袋の下に丸い形をした黒い機械を発見した。
「…これ。あれじゃん!自動で掃除してくれるやつじゃん!」
ハルが発見したのは巷で有名な全自動掃除機であった。
「こんなところで電池がなくなったんだ。ゴミ袋の下だなんて。
なんてかわいそうなやつだ。」
ハルは憐みの表情でその機械に語り掛けた。
「総一郎が帰ってきたら、叱ってやるからね。とりあえず、これは大切においておこう。」
ハルは近くにあった机の上に全自動掃除機を置いた。
その時、ハルの全身に悪寒が走った。
「…珍しいですね。
ようやく掃除婦でも雇ったのでしょうか。」
ハルは後ろで女性の声を聞いた。
しかし、ハルはこの声がお化けのものだとすぐに分かった。
「しかし、小さな掃除婦ですね。
まだ、子供ではないですか。」
お化けは独り言のようにつぶやいた。
ハルはお化けに遭遇した時、お化けが見えていることに気付かれると碌なことがないと、経験上、知っていた。
大抵のお化けはハルが見えていることを知ると、ターゲットをハルに絞って、ついてきてしまうのだ。
だから、ハルは声がする方は見ずに何事もなかったかのようにゴミ袋を集めた。
しかし、このお化けはハルの動きの戸惑いに気付き、ハルに近づいて言った。
「おや?
あなた、ひょっとして私の声が聞こえるのですか?」
ハルはぞくっとしながらも、絶対に声のする方は向かずに黙々と作業を続けた。
すると、頭から血を流している無表情な女性の顔がハルの目の前に現れた。
「いや、絶対に聞こえてますよね?」
突然の出来事にハルは思わず、声を上げてしまった。
「ひっ!!」
それを聞いて、お化けは不気味な笑いをして、言った。
「ふふふ。
これは面白いですね。
まさか私が見える人間がこの屋敷に来るとは。」
ハルは思わずのけぞって、お化けの全体像を見た。
長い黒髪をまっすぐに垂らして、頭から血を流して不気味に笑う顔。
そして、長いロングスカートの全体的に黒を基調としたメイド服を着ていた。
ハルは訳が分からなくなり、怖くなって、すぐさまその場を逃げ出した。
(怖い!怖い!)
声にならない声を出して、ハルは玄関まで走った。
そして、一旦、外に出ようとした。
しかし、玄関のドアノブに手をかけた時、ハルはピタッと止まった。
(また、逃げないといけないの?
せっかく、素敵なお屋敷で新しいワクワクの生活が待ってるのに!?)
(…それにここでお化けがいるから掃除をやめたなんて、総一郎に言ったら、嫌われてまた家を出ないといけなくなるかも…)
(なんで、私はいっつもお化けのせいでこんなことに…)
色々なことを考えているうちにハルはお化けに対して、怒りがわいてきた。
(…こうなったら、意地でもお化けなんか無視して、掃除を続けてやる!!)
ハルはそう思い立ち、再び、2階のお化けに出会った部屋に向かった。
そこには机の上にぷかぷか浮いているお化けの姿があった。
「これはまた驚きました。
まさか戻ってくるとは。」
お化けが無表情でハルに言った。
ハルは一瞬びくっとなったが、怖さよりも怒りの方が勝り、ぷいっとそっぽを向いてゴミ袋を集め始めた。
「おや。どうしたんですか?少し話しましょうよ」
お化けはハルに興味が出たのか、執拗に話しかけてくる。
「ねぇ。話しましょうよ。」
「話さないといたずらしますよ。」
「ほらほら、さぁさぁ。」
それでもハルは無視をし続け、部屋のゴミ袋を一通り、玄関まで集めた。
ハルはこんなにお化けに対して、無視し続けることができたのは初めてかもしれないと思い、少し自分に自信を持った。
すると、ハルの目の前に再び、お化けが顔を出し、不気味な笑いを浮かべて言った。
「面白い。
それでこそ追い出しがいがありますよ…」
そういって、お化けはふっと消えた。
ハルは急な出来事にへたりと座り込んだ。
気を張ってはいたが、その糸が緩むとまた恐怖が沸きあがってきた。
しかし、ハルは負けないぞと再び重い旧式の掃除機を持って、掃除を続けた。
総一郎が帰ってきた頃には、見違えるほど、屋敷はきれいになっていて、総一郎は驚いた。
「ハル、ありがとう。すごいね!」
総一郎に頭を撫でながら褒められて、ハルは嬉しくなった。
「まだまだ、掃除しなきゃならないところはいっぱいあるけどね。」
しかし、ハルの頭の中にはあのお化けのことが離れないでいた。
晩御飯はキッチンがまだひどいことになっていたので、総一郎がピザを頼んだ。
届いたピザをハルと総一郎が食べながら、話していた。
「ご飯もちゃんと作らないと。
総一郎はいっつも出前なの?」
ハルはあのゴミ袋の様子を見て分かっているが、念のため、総一郎の食生活を案じて、言った。
「いや。
いつもは帰りにコンビニのお弁当を買って、食べてるよ。
最近のコンビニは栄養管理がしっかりしてるものが多いから、体調が悪くなったことはあんまりなかったよ。」
総一郎は言い訳がましくハルの思っていたことを言った。
「やっぱり!
しょうがない。
私がごはん作るよ。任せてよ!」
これまで恵一の家で実践してきた料理の経験が役に立つと、ハルは胸を張って言った。
「いや、さすがに小学2年生に全部任せるのは気が引けるよ。
…そうだな。休日は僕ができるだけ作るようにするよ。」
総一郎は罪悪感からか、料理の当番制を提案した。
しかし、それにしても休日だけとか、出来るだけとか、言い出しからハードルを下げているあたり期待できないなとハルは思った。
「…総一郎はそういうところがダメだと思うわ…」
「えっ!そ、そうかな。」
頭をかき、苦笑いしながら総一郎はピザをほうばった。
「そう言えば、総一郎、ここってゴミの日はどうなってるの?」
「えっ!ゴミの日?ちょ、ちょっと待ってね!」
総一郎が携帯で慌てて調べだしたのを見て、やっぱりなとハルはあきれた顔をした。
すると、突然、あの頭から血を流したお化けがハルの目の前に現れた。
「こんばんわ。」
ハルは不意を突かれ、びっくりして、手に持っていたピザを落としてしまった。
「あった!
えっと、月曜日が燃えるゴミで水曜がリサイクルゴミ、木曜日が燃えないゴミ、後はいろいろややこしいことが書いてるけど、大学で印刷して、どっかに貼っておくよ。」
総一郎が携帯の画面をハルに向けながら言った。
しかし、様子のおかしいハルを見て総一郎は言った。
「ハル?大丈夫?顔色が良くないけど。」
ハルはハッとして、答えた。
「い、いや!大丈夫だよ。
総一郎がゴミの日知らないのにびっくりして、ピザ落としちゃったよ~」
「そ、そんなにびっくりすることなのか…
以後、気を付けるよ。」
総一郎は少し反省した様子を見せて、ピザをまた食べだした。
ハルは落としたピザを拾って、生ごみ入れに捨てた。
気づくとお化けはいなくなっていた。
(こんな、急に出てくるなんて。
明らかに今までのお化けと違う…)
今までは悪寒や気味の悪さでなんとなくお化けの出てくるタイミングは分かっていたが、今回は完全にその意識の外からの出現であった。
(よりにもよって、総一郎がいるところで…
あのお化け…ホント、むかつく!!)
その日から、ハルとお化けの戦いは始まったのだった。
続く