ハルの境遇
これは加藤春が叔父の総一郎と東雲桜に出会う始まりの話。
加藤春は4歳の時に両親を交通事故で亡くした。
その後、始めは母方の叔母の家庭に預けられるが、ハルの特異体質、お化けが見えることに恐れを抱いて、わずか数カ月、ハルが5歳になる頃に、次は同じく母方の叔父の家庭に預けられた。
ハルの亡くなった両親はハルのお化けが見える体質に対して、寛容だった。
元々楽観的な両親だったが、お化けが見えることは「個性」だとし、ハルの特異体質を受け止めていた。
そのため、ハルは「お化けが見えること」は皆にとって、普通のことだと思っていた。
しかし、叔母の家庭でお化けが見えることを伝えると、皆が気味悪がって距離を置いた。
その結果、半ば追い出されるかのように叔母の家を出ることとなった。
この経験から、ハルは「お化けが見えること」は良くないことと認識し、次の叔父の家では「お化けが見える」ことを隠していた。
しかし、小さな子供が「お化けが見えること」を隠すのは難しく、お化け、怪奇現象に出くわすとどうしても反応してしまう。
その姿は周囲からすると普通ではなく、異常に見えてしまった。
結果、やはりここでも長く続かず、今度は父方の叔父、恵一に預けられた。
預け先が変わる度に引っ越して、友達もろくにできないまま、ハルは気づけば、小学生になった。
もう追い出されたくない。
そんな思いで、ハルは今度はお化けが見えても決して驚かないようふるまおうと思った。
…が、どうしてもお化けが見えると驚いてしまう。
その度、家族に気味悪がられ、ぞんざいに扱われた。
叔父の恵一は比較的優しかったが、仕事が忙しかったようでほとんど接することがなかった。
叔父の妻とハルより2歳年上の聡は「部屋が狭くなった」、「気味が悪い」と、うっとおしそうにハルを扱った。
しかし、ハルはめげずに叔父の妻が料理や掃除をさぼる様を見て、自分がやると志願し、必死に気に入られようと努力した。
そのおかげか、よそ者扱いは変わらないが、追い出されることは無く、1年が過ぎようとしていた。
居心地は悪いが、置いてくれるならとハルは日々、過ごしていた。
小学2年生になったばかりのある日の晩のことだった。
ハルはいつも通り、聡の部屋の床に布団を敷いて、寝ていた。
聡はベッドで携帯をいじりながら寝転がっていた。
すると、聡が急にハルに言った。
「なぁ、怖い話ししようぜ。」
ハルは眠たかったが、無視するわけには行かず、少し身体を起こして、言った。
「急にどしたんですか?」
聡は携帯の画面を見せた。
「これによると、夜中怖い話をするとお化けが寄ってくるんだって。
お前、お化けが見えるって嘘ついてるじゃん。
だから、怖い話してお化けが出なかったら、お化けなんていないってことになるだろ?
俺が証明してやるよ。」
ハルは聡に良く理屈の分からないことを言われた。
ハルは絶対に嫌だった。
聡に言ってやりたかった。
(あなたにお化けが見えるなら、絶対にそんなことは言わない!
わざわざ怖い思いをする意味が分からない!)
しかし、今のハルに選択の余地はなかった。
「分かりました。でも、私は怖い話を知らないです。」
「何だよ~お化け見えるくせにないのかよ~
やっぱり嘘つきじゃん。
まぁ、いいや。
携帯で検索するから、俺が話してやるよ。」
そうして、聡は携帯で検索した怖い話を話し始めた。
聡は初めは怖がる様子もなく、「そんな訳ないじゃん。」等と言って笑いながら話していたが、いくつかの話をしていく内に自分も怖くなったのか、笑いは少なくなっていった。
寝ながら黙って聞いていたが、ハルはどんどん気味悪くなっていくのを感じた。
聡は話をやめることなく続けた。ただただ携帯の画面を見ながら淡々と話し続けた。
ハルは一体いつまで続くのかと、聡は怖くないのかと思いながらもしばらく聞いていた。
しかし、悪寒が止まらず、限界だと感じたハルは上体を起こして、聡に言った。
「もうやめよう!」
ハルは聡の様子を見て、ぞっとした。
聡は正座で座り、携帯をまっすぐ手に持ってはいるが、左右の二つの目は一点を捉えておらず、それぞれが違う方向に動き回り、携帯の画面など見ていなかった。
にも関わらず、ハルの言葉に反応する様子もなくただただ、どこから出てくるかも分からない怖い話を話し続けていた。
ハルは思わず、聡を突き飛ばした。
その拍子で聡はベッドからドンっと落ちてしまった。
ハルはすぐに落ちた聡を確認すると、聡は落ちた拍子に額を切って、血を流していた。
「いてぇ!!」
聡は大きな声で叫び、泣き出した。
「どうしたの!!」
叔父の妻が大きな音と聡の声を聞き、慌てて部屋のドアを開けた。
叔父の妻は血を流している聡を見て、そばにいたハルを押しのけて、聡に駆け寄った。
「聡!すぐに病院に連れて行かないと!」
叔父の妻は携帯で病院に電話しながら、怒りの表情でハルをにらみつけた。
ハルはどうしたらよいのか分からず、怖くなり、走って家を飛び出した。
ハルは当てもなく走った。
(聡君の様子は一体何だったの?)
(聡君大丈夫かな?)
(でも、私は悪くない!!)
(どうしていつも私だけがこんな思いをするの?)
(どうして私だけにこんなことが起こるの?)
(私は一体、どうしたらいいの?)
頭の中がぐちゃぐちゃになりながら、走った。
しばらくしてハルは疲れて、立ち止まると、胸の内にため込んだたくさんの思いを吐き出すように大きな声で泣いた。
周囲に人はいなかった。
ハルは真っ暗な中、光る街灯の下でポツンと一人、ただただ泣いた。
すると、そこに一人の男が近づいてきた。
「どうしたの?大丈夫?」
男は優しい声でハルに話しかけた。
しかし、ハルは泣き止まず、男は困った。
男はハルの顔を見て、何かに気付き、泣いているハルに尋ねた。
「もしかして、ハルちゃん?」
そう聞かれたハルは泣きながら、男の顔を見た。
しかし、ハルに心当たりはなかった。
「そうだげど、おじぢゃんだれ~?」
泣きながらもハルは男に聞いた。
「僕は君のお父さんの弟の総一郎だよ。
大丈夫。おじちゃんは君の味方だよ。
とにかく、一旦、落ち着こうか。」
そう言って総一郎はハルの頭を撫でた。
ハルは総一郎の言葉を聞くと、なぜか少し落ち着いて、しばらくしてようやく泣き止んだ。
立ち話もなんだからと、ハルと総一郎はすぐそばにあった公園のベンチに座った。
まだグスっとしているハルに総一郎は言った。
「恵一兄さん達も心配しているだろうから、電話するね。少し待っててくれるかい。」
「…分かりました。」
「ありがとう。あっ、ちょっと待ってね。」
総一郎は近くの自動販売機で何やら買った後、戻ってきた。
「まだ、肌寒いからね。待っている間、これでも飲んでて。」
買ってきたホットココアの蓋を開けて、ハルに渡した。
そして、自分のコートをハルの肩にかけるように着せた。
「熱いから気を付けてね。」
そう言って総一郎は少し離れた場所へ行き、携帯で話し始めた。
ハルはもらったココアをふぅふぅ冷まして、一口飲んだ。
(聡君、大丈夫だったかな。ちゃんと謝らないとな。
でも、もう家は出て行かないといけないだろうな…)
ハルはココアの口を見ながら、ぼーっと考えていた。
しばらくして、話が終わった総一郎が戻ってきて、ハルの隣に座った。
「もう落ち着いたみたいだね。良かった良かった。」
総一郎は笑顔でハルに語り掛けた。
ハルは怖かったが、勇気を出して総一郎に聞いた。
「…聡君は大丈夫でしたか?」
総一郎は笑って答えた。
「うん。額ってのは切れやすくて、血が出やすいからね。見た目ほど大したことないのが多いんだよ。
意識もはっきりしているみたいだし、中身も大丈夫そうだって。
まぁ、元々頭は悪い方だからって恵一兄さんは笑ってたよ。」
ハルは安心しながらも、まだ気持ちは落ち込んだ様子で言った。
「…良かった。」
「でも、ハルちゃんは優しいね。」
総一郎はハルの頭を撫でて言った。
ハルはびっくりして、総一郎の手を振り払って聞いた。
「どうしてですか?私がケガさせたのに!?」
総一郎は振り払われた手をそのままにして、答えた。
「だって、君は最初に聡君の無事かどうかを聞いてきただろう?
小学生くらいの子はそれよりも自分が怒られるのを嫌がるから、「叔父さんは怒ってた?」とか「なんて言ってた?」とかって聞いてくると思っていたよ。」
総一郎は再び手をハルの頭にのせて続けて言った。
「ハルちゃんは自分のことよりも他の人を心配できる優しい子だよ。」
ハルは総一郎の言葉を聞いて、むずがゆくなり、何とも言えない気持ちになってモジモジした。
「だから、不思議なんだ。そんなハルちゃんがどうして、聡君を突き飛ばしてしまったのか。
何か理由が必ずあると思うんだ。よければ、話してくれないかな。」
少し真面目な顔になった総一郎が言った。
ハルは総一郎を見ていた顔を伏せて、黙ってしまった。
(聡君の様子がおかしくなっていった話を信じてくれるかな。)
(話を信じてもらえなくて、変だと思われて、こんな優しい人にも嫌われてしまうかも。)
ハルはどうしても言い出せなかった。
下を向いて黙ったハルを見て、頭にのせていた手を一旦おろして、総一郎は笑って言った。
「言いたくないならいいんだ。
どうしても言いたくない、言えない理由もあるだろうしね。
言わないとダメだと自分で決めた時に話してくれればいいよ。」
ハルはあっさり引いた総一郎に少し驚いた。
「こんな言葉を知ってる?「墓までもっていく」って。
自分だけが知っている秘密を死ぬまで誰にも話さないって言葉なんだけど、案外この言葉って、そんなに悪い印象を与えるものではないんだよ。」
ハルは不思議に思って聞いた。
「そうなの?
知っていることは正直に話さないとダメなんじゃないの…ないんですか?」
総一郎はぷっと笑って、答えた。
「敬語じゃなくていいよ。親戚なんだから。
そうだね。正直に話すことはいいことだと思うよ。
でもね。何もかも正直にみんなに話してたら、傷ついてしまう人も出てくるんだよ。」
「どういうことですか?」
ハルは今度はちゃんと敬語で言った。
「敬語じゃなくていいのに。
例えば、君の友達が好きな人を君にだけ教えてくれたとするでしょ。
それを君がみんなに「この子、あの子のこと好きなんだって」って言ったら、友達はどう思う?」
「間違いなく、怒ると思います…実際にそういうなんでもしゃべっちゃう子いたけど、嫌われてました。」
総一郎はまた少し吹き出して言った。
「はは。いるよね。大人でもそんな人がいるからね。
分かるでしょ?
何でもかんでも正直に話さなきゃならないってことじゃないんだ。」
ずっと笑顔の総一郎を見ているうちに、ハルは気づくと少し笑っていた。
総一郎はまた、ハルの頭を撫でながら言った。
「人間誰しも秘密は持ってるもんだ。
後ろめたい理由でしゃべれないことが多いと思うけど、ハルちゃんの場合はそうじゃない。
しゃべってしまうことで、誰かに嫌われたくないとか、誰にも傷ついてほしくないとか、そういう優しい理由があって、言えないのだと思ってるよ。
だから、その話は墓まで持っていってもいいんだよ。」
ハルは総一郎の言葉を聞いて、思った。
(どうして、この人は少ししか話していないのにこんなに分かってくれるんだろう。)
(この人なら信じて、分かってくれるだろうか。)
しかし、どうしても総一郎には言えなかった。
その後、しばらく、ハルと総一郎は他愛もない話をした。
ハルにとって、こんなに長い時間、人と話しをして、楽しい思いになったのは久しぶりであった。
ハルがココアを飲み干したタイミングで総一郎が言った。
「じゃあ、そろそろ帰ろうか。
このままだと、風邪をひいてしまうしね。」
ハルはこの楽しい時間が終わってしまうと思い、寂しくなった。
何より、あの家に戻るのが嫌だった。
しかし、そういうわけにはいかない、聡に謝らなければとハルにも分かっていたので、答えた。
「はい…」
帰りの道中、二人は並んで歩いていた。
ハルは下を向いて、黙って歩いていた。
これまでたくさん話してくれた総一郎も何かを考えているのか、黙ってハルの歩幅に合わせて歩いていた。
すると、総一郎が急に立ち止まり、ハルに言った。
「ハルちゃん。もし君さえよければ、うちに来ないかな?」
ハルは総一郎の突然の提案に驚き、総一郎を見つめた。
「行きたい!」
ハルは即答した。
出会って間もないが、これまで預けられたどの親戚よりも長い時間話して、1番自分のことを分かってくれると感じた人の提案を断る理由がなかった。
「良かった~
断られるかと思って、なかなか言い出せなかったんだよ。
ごめんね。
あと、ありがとう。」
総一郎はホッとして、壁に手をやり、もたれかかりながら、胸をなでおろした。
ハルはその様子を見て、かわいいと思い、ポンポンと総一郎の背中をたたいてあげた。
総一郎はニコッと笑って、ハルの手を握って、また、歩き始めた。
そして、歩きながら、総一郎はハルに言った。
「でもね。手続きとかいろいろあって、うちに来るのは少し時間がかかるから、そのつもりでいてね。
何より、このままうちに来たら、ハルちゃんは聡君を傷つけて家に居づらくなったから逃げたということになる。
これは、君にとって、とても良くないことだ。
だから、誰にも逃げたとは言わせない形で今の家を出れるよう努力してほしい。
これは大人でもとても難しいことで、多分、100%納得できる形にはできないだろうけど、君が、君自身が、心残りがない形でうちに来てくれるように頑張ってほしい。」
総一郎は今までにない真面目な顔でハルに言った。
小学2年生のハルにとって、少し難しい話で、恐らく、完全には理解はできなかったが、ハルは胸が熱くなり、今までにない前向きな気持ちになった。
「はい…!」
ハルは力強く答えた。
家に帰ったハルは恵一の妻に散々、罵声を浴びせられて、泣きそうになったが、決して目をそらさず、全てを受け止め、謝った。
恵一の妻とのやり取りが一通り終わった後、すぐに聡に謝りに行った。
聡は怖い話の途中からの記憶が無いようで、困惑していて、気づいたら頭から血を流していたとハルに言った。
それでも自分のせいでケガをしたのに変わりがないので、ハルは誠心誠意謝った。
「ごめんなさい!
あの時、どうしても怖い話を止めたくて、つい、突き飛ばしてしまったの!
本当にごめんなさい!何なら殴っていいから!!」
ハルは頬を聡に突き出した。
聡は少し拗ねた様子ではあったが、「分かったよ」とハルを許してくれた。
ハルは意外とあっさり許してくれたことを不思議に思ったが、とりあえず、良かったと安心した。
総一郎は恵一と何か難しい話をして、早々に帰った。
それから数カ月、恵一の妻の小言と嫌がらせが増えた。
しかし、ハルは赤の他人が家にいること、ましてやそれが自分の子供を傷つけたのであれば、そうなるのもしようがないと納得していた。
そして、これまで以上に家事を進んで行うようにした。
聡は特に変わった様子がなく、今まで通り、むしろ、少しやさしくなったように感じた。
ハルの小学2年生の夏、正式に総一郎の家に引き取られることが決まり、家を出ていくことになった。
「今までこんな私をお世話してくれて、ありがとうございました。」
ハルは恵一一家に向けて、最後の挨拶をした。
この頃にはハルは決して嫌味ではなく、心からそう思えるようになっていた。
「こちらこそ、今までありがとう。
いろいろと助かったよ。
こっちは気にせず、元気でね。」
恵一は少し察した大人の言葉を送ってくれた。
恵一の妻は見送りには来なかった。友人とランチだそうだ。
意外にも聡は見送りに来てくれていた。その聡が下を向きながら、ハルに言った。
「…あの時はごめんな。
俺、お化けなんていないんだぞって、お前に教えたくて…
だから…その…悪かったよ。」
聡は少し照れた様子だった。
その様子を見て、ハルはクスっと笑った。
「ううん。私が悪かったんだよ。
だから、気にしないで。
今までありがとう。楽しかったよ。聡お兄ちゃん。」
そう言って、ハルは総一郎の車に乗った。
「いろいろと悪いな。総一郎。」
恵一は総一郎に申し訳なさそうに言った
「恵一兄さん。むしろお礼を言わせてほしいよ。こんな良い子を僕に預けてくれて。」
総一郎は笑いながら言った。
「そうだな。また、誠一の墓参りの時にでも会おう。元気でな。」
「恵一兄さんも体に気を付けて。じゃあ。」
そう言って、総一郎も車に乗り、発進させた。
ハルは恵一と聡が見えなくなるまで、手を振り続けた。
総一郎は運転しながら、ハルに聞いた。
「寂しい?」
ハルは涙を浮かべつつ笑いながら、答えた。
「うん!
でも、なんだか寂しいのに嬉しいの!!
変なの!!」
総一郎は前を見ながら、笑って言った。
「それは良かった。きっとハルならできると思ってたよ。」
続く