ハルと桜
桜がいなくなってしまうという話を聞いた日の後、ハルはずっと携帯をいじっていた。
総一郎は少し心配そうにしていたが、もう少し待ってみようとそっとしておいた。
桜はいつも通り、ゲームを堪能していた。
数日たったある日の晩、総一郎も寝ているだろう時間にハルは満を持して、居間にいる桜に言った。
「桜おねぇちゃん!
ふよぷよで勝負しよ!!」
ゲームをしていた桜は急なハルの提案にあっけにとられていた。
「何ですか?こんな夜中に。」
「だから、ふよぷよで勝負しよって!!
今日は私が勝つまでやめないからね!!」
「いや、別にいいですけど。
本当にどうしたんですか?急に。」
「桜おねぇちゃんが成仏するまでに1回は勝っときたいんだよ。」
桜はハルの言葉にようやく、納得してくれたかとため息をつきながら、笑った。
「容赦はしませんよ。」
「望むところよ!!」
そうして、二人はふよぷよを始めたのだった。
桜は正直、余裕だろうと高をくくっていたが、どうしてか、ハルが異常な程に上手くなっていたのだった。
「…あなた、最近携帯ばかりいじっていると思ってたら、ひょっとして、ずっとふよぷよしてたんですか?」
「そうだよ!
神山さんにも攻略法教えてもらいながら、頑張ったんだから!」
ハルはふふんと自慢げに答えた。
いつもはすぐに決着がついていた二人の勝負の長丁場になっていたのだった。
「あなたは昔から、理解が速いというか要領がいいというか…
何もこんなことに使わなくてもいいでしょうに。」
「フフフ。私も成長するのだよ。」
桜はそんな楽しそうなハルの様子をチラッと横目で見て、微笑んだ。
「…本当にあなたは成長しましたよ。」
「…急に何さ…そんな喋ってる余裕あるの?」
桜は連鎖を軽く決めながら、続けた。
「…総一郎に出会って、お化けのことを認めることができ…
…龍に出会って、ありのままの自分を受け入れることを学び…
…ヨシコや遥香と出会って、自分を受け入れてくれることの喜びを知って…
…ハイテ君を通して、失う悲しさを知って…
…本当に成長しましたね。ハル…」
ハルはパズルに集中しながら、桜に言った。
「…ひょっとして、中々勝てないからって、私のこと、泣かせようとしてる?」
「…ばれましたか…」
そう言って、桜は大型の連鎖を決めて、ハルに勝利した。
「くそ~もうちょっとだったのに!!
もう一回!!」
「いいでしょう。
いくらでも相手になってあげますよ。」
そうして、2回戦が始まった。
これまた長丁場となり、両者とも中々、均衡を崩せないでいた。
ハルはふと思いついて、桜に言った。
「…私も感謝してるんだよ。
さっき言ってくれたことのほとんど桜おねぇちゃんのおかげだもん。」
桜は黙って、パズルに集中していた。
「お化けが怖くなくなったのも…
親友ができたのも…
ハイテ君を泣かずに見送ることができたのも…
全部、桜おねぇちゃんのおかげだよ。」
「…それでは泣きませんね。
残念ですが。」
そうして、再び、連鎖を決めて、桜が勝利した。
「ちくしょ~まだまだ~」
すぐさま3回戦を始めた。
このレベルまで来ると途中までは流れ作業と化していたので、ハルはその間になんとなく桜に聞いた。
「…桜おねぇちゃんが一番感謝してるのって誰なの?
私たちが来てからで考えると。」
桜は特に考える様子もなく即答した。
「総一郎ですかね。
ゲームに出会わせてくれたんですから。
二番目に神山ですね。
その次くらいにハルですね。」
「えぇ~なんかショックなんだけど。
神山さんより下とか…
ゲーム中心すぎるでしょ~」
「フフフ。いいじゃないですか。
あなたにも感謝してるんだから。」
桜は意地悪そうな顔で笑った。
ハルは少しむくれて、桜に言った。
「本当?じゃあ、私の何に感謝してるんだよ~」
桜は少し考えて、パズルをしながら、答えた。
「…そうですね。
あなたといると何でも言えるというか、自分を出せるというか…
まぁ、腹立つことの方が多いんですけどね。」
「それはお互い様だよ!」
「ふふ。
でも、本当に感謝してるんですよ。
まさか、死んでからこんな楽しい思いができるとは思いませんでしたからね。」
桜はパズルの手を緩めた。
「…実は秘密にしていることがあるんですよ。
先日、総一郎が言っていたこととは別に。」
「桜おねぇちゃん。聞いてたんだ。
いやらしい。」
「いやらしいとはなんですか。失礼な。」
桜は緩めていたパズルに集中して、大きな連鎖を決めた。
「おぉ~まずいまずい!!」
ハルは慌てて、お邪魔ぷよの殲滅に集中した。
ハルの様子を尻目に桜は話を続けた。
「私が一番最初にしていたゲームを覚えていますか?」
「えっと、「Final Story12」だっけ?
それがどうしたの?」
ハルは一生懸命パズルをして、何とかお邪魔ぷよを消すことができて、一息ついた。
「…実はあの裏ボス、まだ、倒してないんですよ。」
「えぇ~あんだけやってたのに倒せなかったの?」
桜は優しく微笑んで、ハルに答えた。
「…いや。倒せたんです。
でも、いつもギリギリで倒したくなくなったんですよ。
なんでだと思います?」
「そんなの知らないよ。なんでなの?」
「…倒してしまうと満足して、成仏してしまうんじゃないかと思ったんですよ。」
ハルは桜の言葉を聞いて黙って、パズルに集中した。
「…本当にまさか、ここまで消えたくなくなるとは思ってもみませんでしたよ…
…本当に…
…参りましたよ…あなたといると調子が狂うんですよ…」
「…それはずるいよ…
…そっちが先に泣くのは無しだよ…」
「…こんなではいけませんね。
相馬の言う通り、これでは悪霊になってしまいます。」
「…ホントそうだよ!
こんな心配させて…もう立派な悪霊だよ…」
桜は目に涙を浮かべながらも、連鎖を決めて、同じく泣いているハルに勝利した。
「…今のダメだよ!ノーカン!!も一回!!」
「…はいはい。」
ハルも桜も泣きながら笑って、4回戦を始めた。
「なんででしょうね?
あなたの隣は非常に居心地がいいんですよね。
名前のおかげですかね?」
「名前?」
「春に咲くのが桜です。
だから、ハルの傍は私にとって、居心地が良かったんでしょう。
「春」という名前を付けた両親に感謝しなさい。」
「そんなこと言ったら、桜おねぇちゃんも「桜」って名前をもらって生んでくれたことを両親に感謝しないと。」
ハルの言葉を聞いた瞬間、桜は涙がピタッと止まり、何もかもが分かった。
「…そういうことですか…
…本当に生きる理由とか、お化けになった理由とか考えるのは無意味なものですね…
…消える直前に分かるものなんですから…」
「なんて?声が小っちゃくて聞こえないんだけど?」
「…こんなにも満ち足りた気持ちになるとは…
…これもあなたのおかげですか…
…あなたにだけは成仏させられたくなかったのですがね…
…私の負けです…」
桜は最後に笑って、ハルに言った。
「今まで、ありがとう。
楽しかったですよ。
ハル。」
「だから、なんて?聞こえないよ。」
桜の画面のパズルが動かずにただただ積み上って行く。
「…桜おねぇちゃん。何?
…余裕のつもり?
…私、勝っちゃうよ?」
返事はなく、パズルは積み上って行く。
「…桜おねぇちゃん!
こんなので勝っても嬉しくないって!!
ちゃんとしてよ!!」
桜の画面はもうギリギリまで来ていた。
「桜おねぇちゃんってば!!!」
ハルが桜の方を見るが、そこには桜の姿はなかった。
ゲーム画面はハルの勝利を宣言していた。
「…ホント、桜おねぇちゃんって嘘ばっかりなんだから…
…何が屋敷が無くなったらだよ…
…まだ無くなってないじゃん…」
しばらくしてから、ハルはゲームを片付けて、テレビを消した。
「もう!結局、片付けるのはいつも私なんだから!!」
ハルは強がる様子で桜に文句を言った。
そうして、真っ暗なテレビの画面を見ながら、黙って、立ち尽くしていた。
「…泣くな…泣くな…泣くな…泣くな…」
「…最後は面白おかしく笑え…笑え……笑え………わら…え………」
ハルは我慢できずに声を出して、泣いた。
そこにはハルしかいなかった。
続く