お屋敷が無くなるということ
「…い、いや。そんなの、まだ分かんないんでしょ?
可能性ってだけで…」
ハルはまだ納得ができていない様子で、桜に聞いた。
「自分のことは自分が一番分かっていますよ。
もう、これが最後だってことくらいは。」
「でも、一回は取り壊されるかもしれないけど、また新しいお屋敷ができるんでしょ?
じゃあ、別に成仏しなくてもいいじゃん!」
「健次郎様が立てたこのお屋敷自体が私の「心残り」だったんですよ。
それが無くなれば、私も消えますよ。
例え、その後、新しく屋敷が建ったとしても。」
「いやいや。なんでよ?
そんなこと一度も話したことないじゃん!!」
「何を言っているんですか?
始めに言っていたでしょう。
消えたいから、この屋敷を無くしたいのだと。」
「でも…でも…!!」
ハルは桜が成仏しない理由を考えたが、それ以上は出てこなかった。
総一郎も神妙な面持ちで黙っていた。
「…じゃあ、建て替えなければ、いいんじゃん。」
しばらくして、ハルが突拍子もないこと言った。
「…いや。ハル。気持ちは分かるけど…
このままだと、危険なんだよ。
地震とか何かがあった時、一緒につぶれてしまう可能性が高いんだ…
…もうこのお屋敷の寿命が来てしまったんだよ…」
総一郎はハルの肩に手を当てて、ハルに優しく説明した。
しかし、ハルはその手をのけて、立ち上がって、総一郎に言った。
「大丈夫だよ!!
まだまだいけるよ!!
雨漏りだって、私が直すし!!」
桜はため息をついて、ハルに言った。
「あなたね。いい加減にしなさい。
あなた達が危険な目に会うのが分かっていて、私が平気な人間だと思っているのですか?」
「そ、そんなの知らないよ!!
私がまだ桜おねぇちゃんに消えてほしくないから言ってるだけだよ!!
いっつも言ってるじゃん!!
自分のことだけ考えろって!!」
「本当にバカですね。あなたは。
自分のことを考えたら、建て替えるのが一番に決まっているでしょう。
大体、以前から言っていたでしょう。
私が消えることの心構えをしておきなさいと。
ハイテ君の時に何を学んだのですか?あなたは。」
「う、うるさい!!
ハイテ君の時はどうしようもなかったけど、今回は違うじゃん!!
私たちが我慢すれば、桜おねぇちゃんはここにいられるじゃん!!
とにかく、私は絶対、建て替えなんて許さないから!!」
ハルは半分泣きながら、自室に向かい、居間のドアをバタンッと強く閉めた。
桜はやれやれと言った様子で、ゲームを再開した。
「…すみません。
何もかも説明して頂いたようで。
僕がもう少ししっかりしていれば、説得できたのに…」
総一郎は申し訳なさそうに桜に言った。
桜は一旦、ゲームを止めて、総一郎の前にあるタブレットを操作して、いつも通り文章を入力した。
「本当に困った妹ですよ。
ですが、あの子は大丈夫ですよ。」
総一郎はタブレットを見て、微笑んだが、まだ気落ちしているようだった。
「…そうですかね?
僕にできることって、何かないんでしょうか…」
すると、すぐさまタブレットに文章が入力されていった。
「あなたがそんな様子だと、ハルも元気がなくなりますよ。
何度も言っているように、ハルよりもあなたの方が心配ですからね。」
総一郎は桜の言葉を読んで、思わず笑ってしまった。
「やっぱり、手厳しいですね。
あなたは。」
「…ハル?ちょっといいかな?」
その晩、自室に閉じこもったハルがやはり心配になり、総一郎はハルの部屋のドアを叩いた。
「……いいよ……」
ハルは小さな声で返事した。
「入るよ。」
総一郎はハルの部屋に入り、枕に顔をうずめているハルの傍に座った。
「…ご飯は食べないの?
お弁当買ってきたけど?」
「…今日は良い…」
総一郎はこんなに拗ねた様子のハルは久しぶりだと思い、少し笑ってしまった。
そして、総一郎は優しく微笑みながら、ハルに言った。
「…実はね。
これはハルには内緒にしてほしいって言われてたんだけど、どうしても言いたいことがあるんだ。」
総一郎の言葉に反応して、ハルの体がぴくっと少しだけ動いた。
「えっとね。
桜さんは今が本当に幸せだって言ってた。
ハルと一緒にいるのが、楽しいって。
健次郎さんとハルとの幸せを与えてくれたこの屋敷が無くなったら、成仏できるって。」
そのままの体制でハルは黙って聞いていた。
「それを聞いてね。僕はとても嬉しくなったんだ。
僕が何の気なしに住んだこの屋敷で桜さんとハルが出会ってくれたのが、僕にとって誇らしいと思えたんだよ。
僕は理系の学者だから、運命とかっていうのはあんまり考えたことは無かったけど、ハルと桜さんの運命の場所を提供することができたことが何より嬉しかったんだよ。」
総一郎は枕にうずめているハルの頭を撫でながら、最後に言った。
「だから、僕は最後までハルと桜さんには笑っててほしいんだ。
…もちろん、泣いたっていい。
とにかく、納得する形で二人には最後を迎えてほしいんだ。」
そう言って、しばらく総一郎はハルの頭を撫でた。
「…それだけ伝えたかったんだ。
じゃあ、僕は行くね。」
総一郎は静かにハルの部屋から出て行った。
ハルはずっと、顔を上げることは無かった。
ハルは色々なことを思い出していた。
桜と出会った時のこと…
桜と喧嘩したこと…
桜と遊んだこと…
そんな中、桜の一言を思い出した。
「最後くらいは面白おかしく成仏したいんですよ。」
ハルは枕にうずめていた顔を上げて、直ぐに携帯をいじりだした。
ハルは何かを決心した顔をしていた。
続く