事の顛末
翌日、ハルは登校時に同じ登校班の班長である遥香にこっそり聞いた。
「ねぇ、遥香ちゃん。放課後、2階のトイレで誰かいじめられてるの?」
「えっ!」
遥香はハルの突然の直球ど真ん中の質問に驚いた。
「どうして知ってるの?もしかして、見たの?」
遥香は小声ではあるが、はっきりとした声でハルに確認した。
「いや、実際に見てはいないんだけど、気づいたというか、なんというか…
ということはいじめが起こっているのは本当なんだね?」
ハルは桜に言われていたにも関わらず、どうやって事情を知ったのかを説明する準備を全くしていなかった。
「うん…多分…でも、本当にどうして?」
遥香はとても不思議そうにハルを見つめた。
「う~んと…説明すると長くなるんだけど…じゃあ、昼休みに話してもいい?」
ハルは問題を先延ばしにすることで、説明する準備をしようと思った。
「分かった。じゃあ、図書室で話しましょうか。」
遥香は落ち着いて、上級生らしく、微笑みながら提案した。
「うん。分かった。」
ハルはニコっと笑って答えた。
昼休み、ハルは給食をさっさと食べ終えて、図書室に小走りで向かうと、既に遥香は隅の方の席に座っていた。
「お待たせ。絶対、私の方が速いと思ったのに。」
「フフッ、私もごはん食べるの早い方なの。
それにどうしても早く知りたかったから。」
遥香は笑いながら、言った。
「…ハルちゃん、どうして、2階のトイレでいじめが起きているって思ったの?」
遥香は早速、本題に入った。
「え~とね。
昨日、おじ…じゃなくて、お父さんと…おねぇちゃん?に「トイレの花子さん」の話をしたの。
で、みんなで話し合った結果、遥香ちゃんは2階のトイレのいじめに気付いてほしくて、嘘をついてるんじゃないかってなったの。」
ハルはものすごく端折って、遥香に説明した。
「あなたたちすごいね。良く気付いたね。
ご家族は探偵か何かやってるの?」
遥香は素直に感心して、ハルに尋ねた。
「いやいや、お父さんは物理学者で、おねぇちゃんは…ニート?だよ。」
ハルは思わず、桜をお化けというわけにはいかず、ニート呼ばわりしてしまったことに若干の申し訳なさを感じた。
「お父さん、学者さんなんだ。やっぱり、学者さんて賢いんだね。」
遥香は気を遣ってか、桜については言及しなかった。
桜のアドバイス無しでは分からなかったことなので、ハルは余計に心苦しく感じた。
「で、今はもういじめはなくなったの?」
ハルは最も気になっていることを聞いた。
「…ううん。実は分からないの。
6年生が4年生のトイレに行くのは目立つから、あまりいけないし、あの時も本当にたまたま、どうしても4階まで我慢できなくて2階のトイレに入ろうとして、見つけたから…」
遥香はうつむきながら、答えた。
「そっか。それで、怖くて止められなかったんだね…」
ハルもうつむきながら言った。
「えっ!
いや、その時は現場に割って入って、ちゃんと止めたよ。
おしっこも我慢できなかったし。」
遥香はうつむいた顔を上げて、ハルを見つめた。
「えっ!そうなの!!」
ハルもうつむいた顔を上げて、遥香を見つめた。
「う、うん。6年生だし、さすがに4年を怖がるようなことはないよ。」
遥香はぽかんしながら、言った。
「そ、そっか。ごめん。勘違いしてたよ。
じゃあなんで、わざわざ「トイレの花子さん」の噂を流したの?」
ハルは少し恥ずかしく感じながらも、聞いた。
「うん…
止めたんだけど、止めた時のいじめた側の態度があんまりちゃんとしてなかったし、これからも続いてしまうんじゃないかって…
かといって、私が頻繁に4年生のトイレに行くわけにもいかないし…
先生に言うのもいじめられている子に対して、本当にいいことなのかも分からないし…
そのいじめられてる子にも何度か声をかけたんだけど、6年生だからか余計に萎縮しちゃって…
だから、いっそ、あのトイレを使いにくくしようと思って、立てた作戦なの。」
遥香はこれまでの経緯を話した。
「そうだったんだ。
じゃあ、ひょっとしたら、今でもいじめは続いているかもしれないってことか…
よし!!
遥香ちゃん!私に任せて!私が何とかするよ!」
ハルは力強く言った。
「で、でもどうやって?」
遥香はハルの自信たっぷりの様子にやや気圧されながら、聞いた。
「私は4年生だから、2階のトイレに行くのに目立たないし、何より同学年の私が止めれば、多分だけど、いじめの対象は私になると思うから!」
ハルは自信たっぷりに言った。
「いやいや、ハルちゃんがいじめの対象になっちゃダメだし、そもそもどうしてそうなると思うの?」
遥香はハルの良く分からない提案に驚きながら、聞いた。
「私は2年前くらいに引っ越してきて、今のところ、友達が少ない。
要はバックボーンがないの。
いじめられる対象っていうのはそういう子が多いよね?
それに今いじめられている子がどんな子かは分からないけど、間違いなく私はその子より性格が悪いから、話せば、標的が私になる自信がある!」
ハルは悲しいような、情けないようなことを胸を張って言いのけた。
遥香はポカーンとしていた。
「それに私、空手やってて強いし、何よりいじめられ慣れてて、精神的にも強いから大丈夫!」
ハルは遥香の顔の前に親指を立てて見せて、虚勢ではなく、本心でこの言葉を言った。
ポカーンとしていた遥香は突然、ぶっと吹き出した。
図書室なので静かにしようと口を手で押さえながら、言った。
「ふふふ…ハルちゃんて、面白くて優しいね。
知らなかったわ」
ハルもニコッと笑い言った。
「そうでしょ~」
遥香は笑いが落ち着いてから、ハルを見つめて言った。
「わかった。
ハルちゃんに任せるね。
その代わり、私がハルちゃんの友達になるよ。
どんなことがあっても、必ずハルちゃんの味方でいる。
絶対に。約束するよ。」
ハルは遥香の言葉を聞いて、嬉しくてたまらなくなり、今までしたことがないとろけたような表情になった。
「今、多分、いじめられても、嬉しい気持ちの方が勝っちゃうわ~」
その日の放課後、ハルはこっそりと2階のトイレを少し離れた場所から見張っていた。
「トイレの花子さん」の噂で寄ってきていた男子はすっかりいなくなっていた。
流行りとはすぐに廃れていくんだなとハルはしんみりした。
すると、4年生の女子4人組が一緒にトイレに入っていった。
(きた!)
ハルは女子4人組が入っていったのを確認して、トイレの前まで近づいて行った。
(違うクラスだから、全く名前も知らない子達だったな)
1年前に転校してきたばかりのため、面識のある女子は同じクラスに限られているのであった。
ハルは黙って、しばらく中の声を聞くことにした。
すると、中から声が聞こえてきた。
「ねぇ、「花子さんごっこ」しようよ。ダメ子が「花子さん」ね。」
「いいねぇ~じゃ「花子さん」は奥の部屋に入って、しばらくじっとしててよ。」
「…嫌だよ。怖いよ。」
「えぇ~乗り悪いなぁ~
じゃあ、部屋の中から、ドア3回たたいて「花子さん、遊びましょ」ってやってみてよ」
「それ面白いかも~
中からだったら、どうやって現れるんだろうね~
気になる~」
「…やっぱり、怖いよ。」
「いいから、やれって~」
黙って聞いていたハルは気持ちの悪いやり取りに我慢が出来ず、トイレの中に入っていった。
「おい!!あんたら、しょうもないことはやめなさい!!」
ハルは前もって決めていたセリフを集団に向かって指さしながら言い放った。
「誰?あんた。」
いじめている側の一人が言った。
「私は4年2組の加藤春!そんな面白くなさそうなことはやめなさい!」
ハルは名前を名乗りながら、同じようなことを言った。
「あ~なんか、2年前くらいに転校してきたやつじゃん。」
「いたね。そんな奴。
とにかくうっとおしいんだけど。どっかいってくんない。」
いじめている側の残り二人が言った。
「バカじゃないの?
そんなこと言われて「ハイ、どっか行きます」なんて言うと思ってんの?」
ハルは馬鹿にするように言った。
「何こいつ?喧嘩売ってんの?」
「やっぱりバカじゃん。
見たらわかるでしょ。喧嘩売ってんのよ。
気持ち悪いいじめなんかやめろって!!」
ハルはこれでもかと、いじめ連中を挑発した。
「はっ!いじめ?なんのこと?
意味わかんないんだけど?
喧嘩売ってんのは分かってるけど、こっちは買う気ないから、いいからさっさと行けよ!」
いじめ連中もイライラしてきたのか、語気が強くなっていた。
しかし、ハルは連中を全く気にせず、近づいていき、奥の部屋迄近づいていった。
「何こっち近づいてんだよ!!」
連中の一人がハルを突き飛ばそうとした。
が、ハルは華麗にすっと避けて、奥の部屋の前にたどり着いた。
(決まった!!空手やっててよかった。)
内心ハルはこう思っていた。
そして、部屋の中の端っこにおびえながら立っている女の子がいた。
身長が低く、少しぽっちゃりとした女の子だった。
「あなた、名前は?」
ハルはこれまでの声とは正反対に優しく聞いた。
「…た、武田良子」
女の子はうつむきながら答えてくれた。
「違うでしょ~ダメダダメ子でしょ~」
後ろで連中がバカにしながら、笑っていた。
ハルは無視して、ヨシコに言った。
「私はヨシコのことを全然知らないから、こうなってしまったのもヨシコのせいなのかもしれないと思ってる。」
ヨシコはハルの正直な言葉を聞いて、更にうつむき泣きそうになった。
「ちょっと、ヨシコがかわいそうじゃん。
どっか行けって!」
ハルは連中を全く気にすることなく、続けた。
「でも、私は後ろの連中の方が絶対に悪いと思ってるから、ヨシコの味方になるね。
とりあえず、これから場所変えて、ヨシコのこと教えてよ。」
ハルの言葉を聞いたヨシコは、顔を上げて、ハルの目をじっと見た。
「ちょっと、ダメ子~こんな奴のこと信じるの~
やめときなって~」
「お前、もし、こいつについてったら、覚えときなよ」
ヨシコは連中の言葉を聞いて、再びうつむいてしまった。
しかし、ハルは後ろの連中の声に全く反応せず、ただただヨシコを見つめていた。
ヨシコはしばらく黙っていたが、勇気を振り絞って顔を上げた。
「ハルちゃんのことも教えて!!」
ハルは満面の笑みを浮かべた。
「うん!!」
そして、ハルは後ろを振り向いて、言った。
「…というわけで、ヨシコちゃんと私、遊ぶことになったから、言われた通りどっか行くね~」
ハルはヨシコの手を握って、外に出ようとした。
「いや、マジありえんから、ちょっと待てよ!」
連中の一人が再び、ハルをトイレ奥の壁に突き飛ばそうとした。
今度はハルは避けることができず、背中を壁にたたきつけられてしまった。
「ハルちゃん!!」
ヨシコがハルに駆け寄ろうとした瞬間、突然、トイレの水が流れ出した。
ハルとヨシコ、いじめ連中3人は黙り込んだ。
「な、なんで、勝手に水が流れたの?ありえなくない?」
「ま、まさか、花子さん?」
いじめ連中の中の二人がおびえだした。
ハルは窓の外をちらっと見て、微笑んだ。
「実はさ。
私、お化けが見えるんだ。
そんで、お化けを操ることもできるんだよ。」
ハルは薄気味悪い笑顔で連中に言った。
「な、何いってんの!?そんなわけないでしょ!!」
連中の一人が慌てた様子で否定した。
「証拠見せてあげるよ。
今から、「花子さん」を操って、もう一度、水を流してあげる。」
「いやいや、頭おかしいんじゃないの?」
「はい!!」
そういってハルがトイレを指さした瞬間、本当にトイレの水が再度、流れ出した。
「きゃ~~!!!」
いじめ連中三人は瞬く間にトイレから逃げ出していった。
ヨシコも怖がってうつむきながら、ハルの手をぎゅっと握っていた。
「大丈夫だよ。あれは一種の手品みたいなもんだから。」
ハルはヨシコの頭を撫でながら、言った。
「手品?」
ヨシコはハルを見つめて聞いた。
「そっ!やり方は教えてあげられないけど、怖がる程のもんじゃないから、気にしないで。
それにおかげで、多分連中が私たちにこれ以上、嫌がらせをすることはないんじゃないかな?」
ハルはヨシコをたしなめるように言った。
「そうなの?」
「うん。まぁ仮になんかされた時は私に言って。
お化けに憑り憑かれたくなかったらやめなって脅したら、大丈夫でしょ。」
ハルはさらりと卑怯なことを言った。
「ハルちゃん。
本当にありがとう。カッコよかった!!
これからよろしくね!!」
ヨシコはすっかり笑顔になって、ハルに言った。
「こちらこそ!」
ハルは一件落着して、ほっとした。
続く




