桜の気持ち
(…しまった。言い出すタイミングを逃してしまった!)
その日の晩、ハルはベッドに横になったところで思った。
どうしても言い出せず、結局、桜と話すことができなかったのだった。
(どうしよう。もう夜遅いし、明日にしようかな…)
ハルは諦めそうになったが、遥香に時間が経つと余計に言いにくくなると言われたばかりだったので、勇気を振り絞って、ベッドから起き上がった。
ハルは総一郎を起こさないようにそろりと一階の居間に向かった。
居間のドアをそっと開けると予想通り、真っ暗な中、桜がゲームをしていた。
「どうしたんですか?こんな夜更けに。」
桜はゲームの画面を見ながら、いつもの無表情でハルに言った。
「えっ、えっと…その…桜おねぇちゃんと少し話がしたくて…」
ハルは慌てて、桜に言った。
桜はゲームから一旦、目を離して、ハルの方を向いて、コントローラを宙にフワリと浮かした。
「久しぶりにふよぷよでもしますか?」
ハルは桜が動かしたコントローラを持って、桜に言った。
「…する。」
そして、二人はふよぷよと呼ばれるパズルゲームの対戦をするのであった。
「桜おねぇちゃんがふよぷよやってるなんて、珍しいね。
てっきり、「サガスト2」をやってるかと思ってたよ。
もうクリアしたの?」
神山にもらった「サガスト2」がクリアできず、神山に攻略情報をもらって再度、一からやり直していたので、ハルは桜がそれをやっていたものだと思っていた。
桜は少しムスッとしながら、ハルに答えた。
「…いや、あれはラスボスに苦戦して、まだクリアできていません。
あまりに勝てないので、ふよぷよをして気を紛らわしているのです。
それにしても、あの神山とかいう男…まさか、こんなゲームを渡してくるとは…」
「はは。そうなんだ。
また、神山さんに聞きに行く?」
「多分、もう何回かすれば、クリアできる手ごたえはあります。
ここまで来たら、誰の手も借りず、必ず一人でクリアしてみせますよ。」
「…かっこいいこと言ってるけど、もう借りてるからね?」
話している内に対戦が始まった。
結果、やはり、桜の圧勝でハルは手も足も出なかった。
「ちくしょ~少しくらい勝たせてくれてもいいじゃん!!」
「何を甘いことを言っているのですか。
将来、社会に出たら、そんなこと言ってられませんからね。」
「…たかが、ゲームでそこまで言われる筋合いはないよ。」
ハルはいつも通り、桜と話せているのに気づいて、安心した。
「…で、何なんですか?話とは。」
桜は対戦がひと段落ついた頃にハルに聞いた。
ハルは少し迷ったが、桜の顔を見つめて、桜に聞いた。
「…桜おねぇちゃんは私のせいで成仏できないの?」
「知りません。」
ハルの勇気を出した問いかけに対して、あまりにもあっさりした答えを無表情でハルに言った。
「えぇ~…そこはなんか他にないの?
私のせいじゃないよとか…逆に私のせいだからどっか行ってとかさ?」
ハルは桜の拍子抜けな回答に呆れて、桜に言った。
「私は今、どうやったら消えることができるのかは分かりません。
私の「心残り」が何なのかすら分からないんですよ。
それなのに原因があなたかどうかなんて分かるわけがないじゃないですか。」
桜は丁寧に小言っぽく、ハルに説明した。
「でも、それなら私のせいで成仏できない可能性もあるってことだよね?」
ハルは真剣な顔をして桜に聞いた。
桜は無表情でハルに答えた。
「あるでしょうね。」
ハルは俯いて、桜に再び問いかけた。
「…じゃあ、桜おねぇちゃんが成仏したいんだったら、私は桜おねぇちゃんと一緒にいない方がいいよね…」
少しの沈黙の後、桜はため息をついて、ふよぷよの一人対戦を始めながら、ハルに言った。
「…なるほど。それで近頃、私を避けていたんですね。
あなたは本当にバカですね。」
「…バカって何さ。
これでもすっごい桜おねぇちゃんのこと考えて、悩んでるんだから。」
ハルはムッとして桜に言った。
桜は無表情のまま、ハルに言った。
「それがバカなんですよ。
以前にも言いましたが、死んだ人間のことを思って悩むなんてことは生きている人間の人生において、無駄なことなんですよ。
だから、あなたは何も考えずに楽しく生きていけばいいんですよ。」
「でも、私には桜おねぇちゃんが生きている人と同じように見えるし、声も聞こえる!
それに私は桜おねぇちゃんのことを本当のお姉ちゃんみたいに思うようになっちゃったんだよ!!
そんな人の願いを無視して生きていくなんて、楽しいわけないじゃない!!」
ハルは顔を上げて、大きな声で桜に言った。
桜はフッと笑って、ハルに言った。
「お姉ちゃんですか…私もめんどくさい妹を持ったものですね。」
ハルは自分で言ったことが恥ずかしくなり、顔を真っ赤にしていた。
「あなたの気持ちは分かりました。
しかし、あなた、この姿を見て、私がこの生活を楽しんでいないように見えますか?」
「えっ?」
ハルはきょとんとした。
「…しょうがないので、私の昔話をしてあげましょう。」
桜はふよぷよの一人対戦をしながら、話をするのであった。
「私は6歳の頃に戦争で両親と親戚を亡くしました。
所謂、孤児というやつです。」
ハルは驚いた顔をして聞いていた。
「ある孤児院に預けられましたが、私が10歳の頃に運営が難しくなり、なくなってしまったのです。
それからは一人で住む家もなく、橋の下で生活していました。
ゴミをあさったり、時には盗みを働いたり、生きるために悪いことでもなんでもしました。」
桜は変わらずの無表情でゲームをしていた。
「…12歳になったくらいでしたかね。
ある時、盗みがばれて警察に捕まってしまったのです。
ですが、私は捕まって逆に安心しましたね。
これで屋根のある刑務所にいけるかなと。
まぁ、さすがに浅はかな考え方でしたがね。
戦争真っ只中なこともあって、そんな余裕もなく、むしろ暴行されましたよ。」
桜は嘲笑気味に笑って続けた。
「これはもうどうしようもないなと思って、もう何のために生きているのかも分からなくなり、疲れ果ててしまいました。
気づいたら、真っ暗な海辺に立っていました。
しかし、そこにある男が現れて、海に向かう私を止めに入ったんです。」
桜は少しだけ優しく微笑んだ。
「その時何を言われて、どういうやり取りがあったのかはもう覚えていませんが、気づくと暖かいご飯と暖かいお風呂、暖かいベッド…何もかもが暖かい空間にいました。
ここは天国でやはり私は死んだのかなとすら思いましたよ。」
「…それが、ご主人様だったんだ。」
ハルは少し安心した様子だった。
「そうです。
私をこの屋敷に連れて来てくれた健次郎様との初めての出会いでした。
まぁ、そんな劇的な出会いでしたが、私は覚えていないんですけどね。」
桜はフフッと笑った。
「それからは以前も話した通り、健次郎様達に優しく迎え入れられ、幸せな生活を送っていました。
…それなのに、私は自らを再び絶望に落とすことになったのです。」
「…うん。
その話は前に聞いたけど、なんで自分のそんな辛い生い立ちまで話してくれたの?
桜おねぇちゃんのことが分かって、嬉しいんだけど、なんで今なのかなって?」
「分からないんですか?
まだまだですね。ハルは。」
桜はからかうようにハルに言った。
「よくこのタイミングで私をバカにできるよね。ホント。」
ハルは呆れた顔で桜に言った。
桜はフフフと笑って、ゲームから目を離し、ハルに高らかに言った。
「いいですか。
私は幼少の頃は絶望しかない生活をしていました。
そして、屋敷では幸せの絶頂のような生活ができました。
しかし、最後は絶望に落ちて、死にました。
そんな浮き沈みの激しい人生でしたが、今はどうです?
こんなに何もない平坦な生活ができています。
そんなの…楽しいに決まっているでしょう!」
ハルはぽか~んとして、言葉を失った。
「まぁ、生きて活動はしていませんので、生活というにはおこがましいですが、こうして死んで楽しんでいるのですから、良しとしましょう。」
「で、でも、桜おねぇちゃんは成仏したいんだよね?
なんか矛盾してない?」
ハルは納得できず、桜に問い詰めた。
桜はため息をついて、少しうんざりした顔でハルに言った。
「しつこいですね。
だから、生前、まともな死に方ができなかったのですから、最後くらいは面白おかしく成仏したいんですよ。私は。
まだまだしたいゲームもたくさんありますしね。
私の「心残り」が分かるまでは今のまま、過ごさせて頂きますよ。」
ハルは思わず吹き出して、笑い出した。
「ははは~何それ~結局、ゲームがしたいだけじゃん!!」
桜はフッと笑って、ゲームに戻った。
「要はあなたは他の人を気にしすぎなんですよ。
人の気持ちなんて、その人自身にも分からないものなのに。
もっと気楽に生きなさい。」
ゲームに戻った桜が最後にハルに言った。
ハルは笑って桜に返事した。
「うん!そうする!
ありがと!!桜おねぇちゃん!
まぁ、成仏したくなったら、言ってよ!私が成仏させてあげるよ!」
桜は嫌な顔をして、ハルに言った。
「どうしてか負けた気になるので、絶対にあなたにだけは成仏させられたくないです。」
続く




