総一郎の推論
「さて、話を戻そうか。」
シャワーを浴び、再び服を着替えて、食卓に戻ってきた総一郎が切り出した。
ハルは残っていたナポリタンを総一郎の席に置いて、元の自分の席で自分のごはんを食べていた。
サラダとコーンスープは残っていなかったため、総一郎の食事はナポリタンだけになった。
「これまで小言みたいなことを言ってしまったけど、一旦、それは置いておいて、ハルの学校の「花子さん」について考えてみようか。」
総一郎はハルの元々の目的である学校に住み着く「トイレの花子さん」の存在について、ハルに確認することにした。
「ハルの学校でこの「トイレの花子さん」の噂が流行ったきっかけっていうのはあるのかい?」
「うん。
同じ登校班の6年生の遥香ちゃんって知ってるでしょ?
その遥香ちゃんが「花子さん」を見たっていうのがきっかけなの。」
「あぁ、あの賢そうな子か。ご近所だし知ってるよ。
確かに真面目そうでとても嘘をつくような子ではなさそうだね。
そんな子が言うのであれば、みんなが信じるのも納得できるよ。」
ハルはちょっと説明しただけなのに、総一郎は本当にすぐ分かってくれるなと感心した。
「そうなんだよ!
だから、絶対いると思うから、その「花子さん」がどういう人なのか知りたいの!」
ハルはまくしたてるように話した。
「でも、桜さんの言う通り、「トイレの花子さん」にはいろんな話があって、特定するのは難しいだろうね。
だからと言って、適当な話をしても、みんな信じてくれないだろうし。」
総一郎は腕を組み、少し考えた後、言った。
「これまでハルの学校には「トイレの花子さん」がいる前提で話してきたけど、あえて、いない場合を考えてみようか。」
総一郎の提案にハルは納得できない様子で答えた。
「…つまり、遥香ちゃんが嘘をついている場合を考えるってこと?」
「いや、それはまた別だよ。
ハルの学校に「トイレの花子さん」はいないけど、遥香ちゃんが何かを「花子さん」と勘違いしたっていうこともあるだろう?」
「なるほど。」
ハルは自分では思いもつかないことを言われて、またもや関心してしまった。
「じゃあ、遥香ちゃんは何を「花子さん」と勘違いしたかを考えてみよう。」
総一郎は新たな視点をハルに提供し、考えさせるようにした。
「遥香ちゃんはいつ、「トイレの花子さん」を見たのかは知ってる?」
「う~んと、たしか、次の日に提出する宿題を持って帰るのを忘れて、夜遅くに学校に取りに行った時だって言ってた。
丁度その時、トイレに行きたくなって、2階のトイレに行ったんだって。
あんまりお化けを信じる方じゃなかったから、こんな機会ないなと思って、なんとなくドアを三回たたいて、「花子さん、遊びましょ」って言ったんだって。
そしたら、勝手にドアが開いて、中からおかっぱの女の子が出てきて、慌てて逃げて帰ったんだって。」
ハルは遥香から直接聞いた話を総一郎にした。
「ふむ。そんな夜中にご両親や学校の先生は許してくれたの?それとも忍び込んだの?」
総一郎は保護者目線でハルに問いかけた。
「うん。
ちゃんと学校には電話で連絡してから、お父さんと一緒に行ったみたいだよ。
それ聞いて、私も「電話したら、夜中に学校行ってもいいんですか?」って、先生に聞いてみたら、遥香ちゃんは6年生でしっかりしてるし、きちんとした理由があったから大丈夫だったけど、あなたはまだ4年生だし、心配だから、ダメだって言われた。
私って信頼されてないよね~」
ハルは少しふてくされた様子で答えた。
「…なんで、ハルは夜中に学校に行こうとしたのかな?」
総一郎は顔は笑っているが、内心怒りながらハルを問い詰めた。
「いや、なんとなくだよ!なんとなく!
本当に行こうとは思ってないよ!!」
「本当に?」
総一郎は怒ると怖いとハルは知っていたので、まっすぐに総一郎を見て、正直に答えた。
「ごめんなさい。
本当は少し行ってみたいと思っていました。」
総一郎は笑顔を崩して、あきれた様子でハルに言った。
「全く!正直に答えたから許すけど、決して、面白半分でそういう危ないことをしようとするのは許さないよ!
ただでさえ、夜中はハルにとって危険だというのに!」
そう夜中は暗闇の中、人の負の感情がたまりやすいためか、お化けがでやすく、ハルも何度も怖い目にあっているのであった。
「はい。反省します。
面白半分で夜中に出歩くのは私も怖いので、そんなことはしません。」
ハルは素直に反省した。総一郎はため息をついて、自分を落ち着かせて話を戻した。
「とにかく、先生にも確認したということは遥香ちゃんが夜中に学校に行ったというのは事実のようだね。
じゃあ、一体何を「花子さん」と勘違いしたんだろう…」
総一郎とハルは二人とも食べるのを忘れて、う~んと頭をかしげながら考えていた。
「学校に行ったのは本当でも、トイレに行ったかどうかは疑わしくはないですか?」
いつの間にか戻ってきた桜がハルに言った。
「どういうこと?」
もはやどこに行っていたのかは無視して、ハルが桜に尋ねた。
「いや、普通はお化けを信じていないとは言っていても、夜中の真っ暗な学校のトイレは不気味なものです。
家だって近いでしょうし、少し我慢すれば、明るい家でゆっくり用を足せるじゃないですか。
まぁ、生理現象ですから、仕方がない場合もあるでしょうが、小学6年生がそこまで我慢できないものですかね。」
桜の話を聞いて、言われてみれば、そうだとハルは思った。
(私なら絶対、我慢してでも家でするな。
じゃあ、トイレに行ったことが嘘になるということ?)
ハルは余計にわけが分からなくなってしまった。
「桜さん、戻ってきているのかい?」
総一郎はハルの様子を見て、桜がいると感じ取った。
「うん。
遥香ちゃんが学校に行ったのは確かだけど、トイレに行ったのは嘘じゃないかって。
普通は夜の学校でするより、少し我慢して家でするだろうって。」
ハルの話を聞いて、総一郎はハッと何かを思いついた。
「…ところで、2階は何年生の階で6年生は何階に教室があるの?」
総一郎は最後の確認をした。
「ん?2階は4年生の階だよ。6年生は4階。
…あれ、遥香ちゃんはなんで2階のトイレに行ったんだろう?」
ハルがまた考え込んだところで、総一郎はその疑問に答えた。
「おそらく、遥香ちゃんはみんなに2階のトイレを使ってほしくない、もしくは逆に注目してほしかったんだよ。」
「…?さっぱりわかんないよ。
もっと分かりやすく説明してよ?」
ハルは分からな過ぎて少しイライラしてきたのだった。
そんなハルに苦笑いをしながら、総一郎はなだめるように答えた。
「…怒らないで聞いてほしいんだけど、遥香ちゃんが「トイレの花子さん」を見たというのは嘘だと思う。」
ハルは少しムッとしながらも、総一郎の話を黙って聞こうと決めた。
「桜さんの言う通り、遥香ちゃんは夜中に学校には行ったけど、トイレには行ってないんだ。
じゃあ、どうして遥香ちゃんはトイレに行っていないのに、「トイレの花子さん」を見たなんて嘘をついたのか。
それは遥香ちゃんが何らかの事情で、2階のトイレを全校生徒に意識してほしかったんだ。」
「なんだって、2階のトイレなんかを?」
ハルは素直な意見を述べた。
「普段、気にも留めていない場所、特別意識せず使用している場所、そんなところが「トイレの花子さん」の舞台になったら、どんなことが起こるだろうか。」
総一郎はハルに問いかけた。
「そうだな~実際に噂が流行ってから、女子はみんな怖がって、違う階のトイレを使ったりしたけど、男子は面白がって、放課後とかに学年問わず2階のトイレに来ることが多くなったかな?
さすがに男子が中に入ることは無かったけどね。
正直、うっとおしかったもん。」
「やっぱり。遥香ちゃんは2階のトイレがそうなって欲しかったんだ。」
総一郎は全てを納得した顔をしていた。ハルはまだまだ分からないことだらけであった。
「つまりどういうことさ?」
ハルは総一郎をせかすように言った。
「つまりね。
女子には近づいてほしくなくて、放課後、男子には近づいてほしい理由とは何なのか。
そして、きっかけとなった「トイレの花子さん」の話。
この二つを結びつけるのは、2階のトイレで放課後、「いじめ」が行われていたんだ。」
「えっ!!」
ハルは驚いて、口をポカーンと開けたままになってしまった。
「全く持って、推測でしかないけど、遥香ちゃんは放課後、二階のトイレで偶然、いじめの現場に出くわしてしまったんだ。
けど、止める勇気が出なくて、どうしたらいいのかも分からなくて、悩んでいたんだろう。
そんな中、宿題を夜中に学校に取りに来た時、賢い遥香ちゃんは思いついたんだ。
2階のトイレでいじめが起きているなら、その場所を使いづらいものにすればよいのだと。
そこで女子にとっては怖くて近づけなくなるであろう「トイレの花子さん」の噂を流すことにしたんだ。」
総一郎の説明に少し納得いかなかったハルは疑問を投げかけた。
「でも、例えトイレが使いづらくなっても、禁止されてるわけでもないから、そのまま続きそうだし、何より場所が変わるだけかもしれないし、あんまり効果なさそうだけど…
むしろ、2階の奥の部屋にいじめられてる子を閉じ込めたりして、いじめがひどくなりそう…」
「場所を変えるのは、確かにあると思うけど、いじめの頻度は少なくなると思うよ。
女子にとってのプライベートな空間は学校には案外少ないものだよ。
人のいないところが限られているし、そういったところは案外先生が気にしていたり、どこかで必ずばれるものだ。
学校外でならあるかもしれないけど、トイレで行っているあたり、万引きさせるとかそこまでには至っていないようだし。
まぁ、これに関しては正直かなりあいまいな推測だけどね。」
「ふむ。まぁ所詮、小学6年生の考えたことだし、穴はあるだろうね。」
ハルは驚くほど、生意気に言った。
「でもね。
遥香ちゃんが達成したかったのはいじめが発覚することだ。
第三者にいじめが発覚すれば、そのいじめがなくなる可能性が高いからね。
だから、「トイレの花子さん」の噂を流した本当の目的は女子に近づけさせないためではなく、放課後、男子に来てもらうためだったんだ。
遥香ちゃんの賢いところは男子の好奇心を利用したことだよ。」
総一郎の話を聞いて、ハルもハッと気づいた。
「そうか!
放課後男子が良く来るようになったら、誰かがいじめの現場を見て、先生なりに報告してくれるかもしれないからか!」
「その通り。
それに放課後にトイレ前に男子がいると、余計にいじめの場所としては使いずらくなるからね。」
総一郎の話を聞いて、ハルは思わずはぁ~となった。
「…というのが僕が考えたことの顛末だよ。
結局、遥香ちゃんが嘘をついたという話にはなってしまったけどね。」
総一郎はすっきりした顔で、すっかり冷めてしまったナポリタンを口にした。
「ううん。
嘘は嘘でも誰かを助けたいっていう優しい思いから生まれた嘘だし、遥香ちゃんもつきたくてついた嘘じゃないから、私は納得できたよ。」
ハルは全てを納得して、残ったコーンスープを飲みほした。
「一つだけ言っておくけど、これはあくまで推測で事実とは違うかもしれないからね。
むしろ、話だけ聞いて立てた推測だから、当たってない可能性の方が高いと思うから、それは肝に銘じておいてね。」
総一郎はハルに念を押した。
「分かってるって!
明日、遥香ちゃんに直接聞いてみるよ。話聞いてくれてありがとうね。」
ハルは満足して、食べ終えた食器の片付けにかかった。
桜もやっと終わったかと、ため息をついて、また、ゲームにとりかかろうとした。
「桜おねぇちゃんもゲーム邪魔してごめんね。アドバイスありがとう。」
ハルは桜にもお詫びとお礼を言った。
「いつものことですからね。
明日は遥香さんとやらに話を聞く時は気を付けなさいよ。
きちんと分かってもらえるよう努力しなさい。」
桜は視線をゲームに向けたまま、ハルに最後まで小言を言った。
「分かってるよ!」
ハルは少しうんざりしながら、答えた。
総一郎は勝手にゲームが起動したのを見て、ハルに聞くまでもなく、桜のいる場所が分かったので、そちらを見て言った。
「桜さん、いつもありがとう。おかげでハルは良い子に育ちそうです。」
総一郎の言葉を聞いて、桜は火が吹かんばかりに顔を真っ赤にした。
直後、またもや食器がガタガタ震えだした。
「桜おねぇちゃん!もういいって!!」
ハルは叫んだ。
続く