運動会
運動会当日。
ハルはこれまでと違い、ヨシコや遥香といった応援したい人がいて、いつもの運動会よりもワクワクしていた。
しかし、ハルとヨシコは紅組、遥香は白組とチームは分かれていたのだった。
もちろん、総一郎も来ており、カメラ片手にハルを応援していた。
桜も来ていて、ハルの応援というよりも、どうやら「足だけランナー」とやらを見てみたいとのことだった。
「足だけランナー」の噂はこの時にはすっかり、学校中に広まっていて、総一郎の話を信じるなら、お化けが出てもおかしくない状況ではあったのだ。
午前は綱引きや大玉転がし、応援合戦など、走るだけの競技はなかった。
ハルは「足だけランナー」のことはもう頭になく、競技に夢中になっていた。
今までハルへの応援は総一郎だけだったが、今回はヨシコや遥香も応援してくれたので、ハルはそれが嬉しくて、いつもより頑張ったのだった。
また、ヨシコや遥香に対しても大きな声で応援して、誰かをこんなに応援するのは初めてて、すごく楽しかった。
そうして、気づけばお昼休みになり、総一郎とお弁当を食べていた。
「なんか今回の運動会はすごい楽しいや!」
「そうか。それは良かった。
それにしてもハル、ほんとカッコよかったよ~
ついつい写真撮るのも忘れて、応援しちゃってたよ~」
「いや、それはカメラ持ってきた意味なくない?
別に恥ずかしいから撮らなくていいんだけど。」
ハルはつい冷静に突っ込んでしまった。
お弁当を食べ終えた頃に、遥香とヨシコがやってきた。
「こんにちわ~ハルちゃんの応援聞こえてたよ~ありがとね~」
「私も~ハルちゃん、ありがと~」
「遥香ちゃん!ヨッシー!
私もみんなの応援嬉しかったよ~ありがと~」
三人はお互いに感謝しあった。
「でも、ハルちゃん紅組なのに、白組の私をすごい大きな声で応援してたから、周りの子達の顔が引きつってたよ。
ほんとハルちゃんって、面白いよね~」
遥香はからかうような顔でハルに言った。
「しょ、しょうがないじゃん!応援したかったんだもん!
それに遥香ちゃんだって、一緒じゃん!」
ハルは顔を赤くして、遥香に言った。
「私の場合、学年が違うから「ハルちゃん頑張れ」って言っても、周りの子達はどっちの子を応援してるかわからないからね。
ちゃんと白組の方を見ながら、白組を応援してる風を装って、こっそり応援してたよ。」
「何それ!ずるい!!」
ハルがむぅとするので、遥香はハルの頭をなでるのであった。
「こんにちわ。いつもハルと仲良くしてくれて、ありがとうね。
僕はハルの叔父の総一郎っていいます。」
総一郎は遥香とヨシコに向かって、自己紹介した。
「総一郎!紹介するよ。
この子が志岐遥香ちゃんで、こっちが武田良子ちゃん、ヨッシーだよ。」
ハルも遥香とヨシコの紹介をした。
「は、初めまして、志岐遥香です。
ハルさんとは仲良くさせてもらってます。」
なぜか、遥香は緊張した様子で、総一郎に挨拶した。
「初めまして~ヨッシーです~」
ヨシコはいつもの間の抜けた挨拶をした。
「うん。初めまして。これからもよろしくね。」
「は、はい!」
遥香は明らかに様子が変だった。
「は、ハルちゃん。お弁当食べたみたいだし、ここは暑いし、ちょっとあっちでお話しない?」
「ん?そだね。じゃあ、総一郎、ちょっと行ってくるね。」
「うん。ごゆっくりどうぞ。」
総一郎は笑って、ハル達を送り出した。
遥香はハルとヨシコを連れて、木陰に向かった。
「…てか、総一郎さん!マジでかっこいいじゃん!!
なんで今まで隠してたの!?」
遥香はすごい形相でハルに詰め寄った。
ハルは戸惑いながら、遥香に答えた。
「べ、別に隠してたわけじゃないんだけど。
かっこいいとは思うけど、そんなに?」
「うん。私もかっこいいと思うよ~
でも、こんな遥香ちゃんはなんか新鮮だな~」
ヨシコは総一郎のかっこよさよりも遥香の様子が面白いようだった。
「いやいやいや。二人ともおかしいよ。
あれだけの高レベル叔父様は今まで出会ったことがないよ!
しかもあれで学者さんでしょ~完璧じゃ~ん!」
遥香はうっとりした顔をしていた。
ハルは気持ち悪いものを見るような顔で遥香に言った。
「…残念だけど、普段の総一郎を見てたら、決してそんな顔にはなれないよ…
あれで、異常な程だらしないからね。」
「いいじゃん!いいじゃん!
ギャップ萌えってやつだよ~人間一つくらい欠点がないと面白くないしね~」
遥香は浮かれ切っていた。
遥香の様子を見て、ハルはヨシコに言った。
「ヨッシー…遥香ちゃんって、やっぱり私よりおかしいよね…」
ヨシコは笑いながら、答えた。
「うん。もう間違いないと思うよ~」
そうして、昼休みが終わったのだった。
運動会は佳境に差し掛かり、いよいよ花形競技である50m走になった。
4年生の番が来て、ハルは頑張るぞと気合を入れた。
4人一組で競争が行われていき、それぞれが自分の順番が来るまで座って待っていた。
すると、ふと周りから小声で話をしているのが聞こえてきた。
「…「足だけランナー」出てくるかな?」
「怖いこと言わないでよ~出るわけないでしょ~」
ハルは完全に忘れていた「足だけランナー」を思い出して、嫌な予感がし始めた。
(やめてよ~もう。せっかく、忘れてたのに~)
ハルはうつむいて、順番を待った。
そして、ハルのひとつ前まで順番が回り、競争が始まろうとしていた。
うつむいたままだと、さすがに変に思われると思い、ハルは顔を上げた。
「よ~い…ドン!!」
瞬間、ハルの全身にいつもの悪寒が走った。
4人組の一番奥、ちょうど次、ハルが走るコースに足だけが誰よりも早く走っているのだった。
(ま、マジですか…)
ハルは顔面蒼白になった。
隣の子にコースを変わってもらうかとも思ったが、それは隣の子が可哀そうだし、何より間違いなく変に思われるとハルは分かっていた。
その5人のレースが「足だけランナー」の圧勝で終わり、ついにハルの番が来た。
ハルは自分のコースに行くのをためらって、なかなか立ち上がれなかった。
「加藤さん?次、あなたの番よ。」
スターターであった担任の先生がハルを急かした。
ハルはうつむいて、動けなかった。
(…もう嫌だ…せっかく、楽しかったのに…また、変に思われる…)
ハルは泣きそうになっていた。
「ハルちゃん!がんばれ~!!」
遥香が応援席から、ハルに向かって大きな声でエールを送った。
「頑張って!!ハルちゃん!!」
後ろの方で順番を待っているヨシコもハルを応援した。
ハルは顔は上げて、二人を見つめた。
(…よし!!こうなったらやってやる…!!)
ハルは意を決して、重い腰を上げたのだった。
ハルは自分のコースでスタートの号令を待った。
(さっき、一番でゴールしてたし、満足して出てこないでしょ!
そうだ!きっとそうだ!!)
ハルは都合のいいことを考えたが、スタートの構えをとって、ふと足元を見ると、足だけのお化けがいたのだった。
(勘弁してよ~)
ハルは涙目になりながらも、ここまで来たらと顔を上げて、前を向いた。
「よ~い…ドン!!」
スタートの号令とともに5人は走り出した。
ハルはひたすらに前だけを見て、走った。
「ハルちゃん!!はや!!頑張れ~~!!」
遥香はハルの速さに驚きつつ、応援した。
「行け~!!ハルちゃ~ん!!!」
ヨシコも懸命に応援した。
「ハル~~頑張れ~~!!」
総一郎もカメラそっちのけで、必死に応援していた。
しかし、ハルはそれどころではないとお化けに追いつかれまいと、必死で走った。
すると、やはり「足だけランナー」の方が早く、あっという間にハルは抜かれてしまったのだった。
ハルはなにくそと必死に追ったが、ますます距離を離されたのだった。
そして、「足だけランナー」はゴールラインを越えて、消えていった。
ハルはその様子を見ながら走り切り、気づくと一番にゴールテープを切っていた。
「ハル!!すごい!!ぶっちぎりだ!!」
「やった~ハルちゃん!!」
「よくやった!!ハルちゃん!!」
総一郎とヨシコと遥香はハルを遠くから称えていた。
ハルははぁはぁと息を切りながら、何か腑に落ちないような顔をして、一番の旗のところに並んで座った。
その後のレースにも「足だけランナー」は現れて、ずっと走っていた。
そして、全てのレースで一番になっていた。
ハルは最初こそ嫌な感じがしたが、見慣れたのか最後の方にはそれ程怖く感じなくなっていた。
そうして、50m走が終わったのだった。
「すごかったね~ハルちゃん!!おめでとう!!」
「ありがと!ヨッシーも頑張ってたじゃん!!」
「まぁ~結局3位だったけどね~
でも、いっつもビリだったから、よかったよ~」
ハルと良子はお互いを称えあっていた
そこに遥香もやってきて、二人に言った。
「お疲れ~二人とも頑張ったね~」
「お疲れ!遥香ちゃんも流石だね。一番だったじゃん!」
「まぁね。こんなもんですよ!」
遥香は偉そうに胸を張った。
「でも、あれだね。「足だけランナー」は結局出なかったね~」
遥香は少し残念そうに言った。
「急にやめてよ~」
ヨシコは耳をふさいだ。
「ははは~ごめんごめん。」
ハルは話のついでに気になっていたことを聞いた。
「そういえば、「足だけランナー」の話だけど、あれって誰から聞いたの?」
「これまた急だね。私は担任の谷口先生から聞いたよ。」
「えっ!先生から聞いたの?」
ハルは驚いて、遥香に聞きなおした。
「実は谷口先生とは怖い話好き仲間でさ。
お互いの知ってる怖い話を共有してるんだ~
それで谷口先生が「足だけランナー」の話をしてくれたんだよ。」
「そうだったんだ。」
ハルは少し当てが外れたような顔をして、再び、遥香に聞いた。
「じゃあ、最近ケガして、運動会に出られなかった人っていたりする?」
遥香は驚いた表情をして、ハルに言った。
「うん。いるよ。
6年生の陸上部の男の子で、すごい足が速いんだけど、練習しすぎでケガしちゃって。
残念だけど、50m走は応援席で見てたよ。
これまたなんで?」
ハルはこれだと思い、すっきりした笑顔で遥香に答えた。
「なんとなくだよ。
多分ね。
「足だけランナー」っていいやつだよ!」
「?」
遥香とヨシコはハルの様子を不思議そうに見ていた。
それ以降、「足だけランナー」が現れることなく、運動会は紅組の勝利で無事終わったのだった。
続く




