お化けを怖がらなくなる方法
「忘れ物はないかな?」
保護者である加藤総一郎は小学2年生の加藤春に確認した。
「大丈夫!」
ハルは以前、総一郎の兄である加藤啓一に買ってもらった赤色のランドセルを背負って、胸を張って言った。
「机の上に残っている算数のドリルは今日は持っていかなくてよかったのですか?」
同居人であるお化けの東雲桜は春に尋ねた。
「あっ!!忘れてた!!昨日折角、終わらしたのに!!」
そう言って、ハルは走って自分の部屋に向かった。
「部屋出る前に言ってよ!」
ハルは算数のドリルを取りに向かいながら、桜に文句を言った。
「ギリギリまでやっておいて、忘れる方がどうかしてますよ。ほら、さっさと取りに行って来なさい。」
桜はいつもの無表情でハルを急かした。
「もぉ!!」
「ふふっ。言わなければよかったですね。」
桜は意地悪な笑顔で言った。
「桜さん。あんまり、ハルをいじめないで下さいね…」
総一郎は桜の言葉は聞こえないが、ハルの様子を見ておおよそ察して、桜に言った。
そう。今日は夏休みが終わって、ハルが初めて転校先に登校する記念すべき日であった。
「じゃあ、行こう!総一郎!」
全ての準備が整ったハルは総一郎の手を握って、言った。
「うん。
じゃあ、行ってきますね。桜さん。」
桜がいる方向とは全く逆方向を見て、スーツを着た総一郎は桜に言った。
「行ってきます!桜おねぇちゃん!」
ハルは桜のいる方向を見て、手を振りながら、言った。
「はい。いってらっしゃい。
せいぜい、頑張って下さい。」
さくらは無表情で二人にメイドらしく、丁寧に頭を下げて、見送った。
そうして、ハルと総一郎はこれからハルの通うことになる西南小学校に向かった。
本来はご近所何人かで集団登校するのだが、初登校ということもあって、保護者である総一郎と二人で学校に行くことになっていた。
その道中、ハルはウキウキしながら、総一郎に聞いた。
「西南小学校ってどんなとこなの?」
「ん?そうだな〜担任の先生は優しそうな女の人だったよ。
後は特に特徴のない普通の学校かな〜」
総一郎は言うことが無さすぎて、当たり障りのないことを言った。
「えぇ〜なんかつまんない。なんか特別なこととかないの?」
ハルは不満げに総一郎に再度、聞いた。
「ん〜強いて言うなら、実は君のお父さんも啓一兄さんも、僕もこの学校に通ってたんだよ。」
「えっ!?そうなんだ!!なんで今まで教えてくれなったの?」
ハルは驚いて、総一郎に聞いた。
「いや、いつか言おうとは思ってたんだけど、この夏休みは桜さんのことばっかりで、話す機会がなかなかなくてね。
今度また話してあげるよ。」
桜と打ち解けてからは、ハルは学校の宿題と家事、桜とゲームで夏休みの残りを使い果たし、総一郎は大学の仕事と余った時間を桜との実験やら何やらをしていて、気づいたら、夏が終わっていたのであった。
そう思うと確かに話すタイミングはなかったなとハルは納得して、総一郎に言った。
「うん!楽しみにしてる!」
そんな他愛もない話をしている内に二人は学校に着いた。
「か、加藤春と言います。宜しくお願いします。」
ハルは緊張した様子で挨拶をした。
担任の先生に促されて、窓際の席に座ったハルはとりあえず、一仕事終えたと一息ついた。
幼稚園はころころ変わっていたが、小学生になってからは啓一家で1年とちょっと過ごしていたので、転校の挨拶は何気に初めてだった。
始業式だったこともあり、軽めの授業が終わって休み時間になった。
「加藤さんって、どこから来たの?」
「隣町から引っ越してきたんだ。」
「趣味は何?」
「え~っと、料理?」
「へぇ~料理できるの?すごいね~」
ハルはクラスメイトからの質問攻めにあったが、それ程顔見知りするタイプではないので、当たり障りなく対応した。
そうこうしている内に休み時間が終わり、先生が教室に入ってきた。
(よし!今のところは大丈夫そう…今度こそ、友達作るぞ!!)
ハルは今まで幼稚園や学校で友達がなかなかできなかった。
それはハルの性格が原因というわけではなく、お化けや怪奇現象に出会ってしまうが故の驚きや戸惑いに周囲が気味悪がってしまい、近づいてくる者がいなかったのだった。
(今回こそ、お化けに驚かないようにしないと…!)
ハルはそう固く決心していた。
そして、授業中、皆が静かに先生の話を聞いていた。
ハルもノートを取りながら、真剣に話を聞いていた。
ふと、何故か窓の外が気になり、ちらっと窓に目をやると、突然、人が飛び降りてくるのを見た。
「うわっ!!」
ハルは思わず立ち上がって声を上げて、驚いてしまった。
「ど、どうしました?加藤さん?」
先生は驚いて、ハルに聞いた。ハルは早速やってしまったと、慌てて言い訳をした。
「い、いや。虫が急に来て…」
「そ、そう。じゃあ、席に座ってね。」
「はい。すみませんでした…」
ハルは顔を赤らめて、うつむきながら座った。
「…今、虫なんていた?」
「いや、わかんないけど、窓しまってるしな…」
小声でクラスメイト達は話していた。
「はいはい。静かに。授業つづけるわよ。」
先生は優しく、注意して、授業を続けた。
(もう!また!やっちゃったよ!!くそぅ…)
ハルはお化けの仕業だと分かって、悔しがった。
(今度こそ…!友達作るためにも、お化けは徹底的に無視するぞ!!)
…心の中で固く誓ったものの、そこからハルの苦悩の日々が続くのであった。
理科の実験の時には、人体模型が突然、ハルの方を向いたり、音楽の授業中、ベートーベンの絵がハルの方を向いたり、二宮金次郎の像が追いかけてきたり…
学校のありきたりな怪奇現象を一通り経験して、2学期が終わる頃にはいつも通り、ハルはものの見事に孤立していた。
「桜おねぇ~ちゃ~ん!!どうしたらお化けに驚かなくなるの~!!
冬休みの初日、ハルは桜に涙ながらに相談した。
「またですか…何度も言っていますが、慣れるしかないですよ。」
桜はゲームをしながら、あきれた顔でハルに言った。
「…だって、そうは思ってたけど、やっぱり慣れないんだもん…」
「知りませんよ、そんなこと。
総一郎に聞いてください。」
桜はめんどくさくなって、総一郎に投げた。
「…そんなこと言ってたら、ゲームの電源消すよ…」
ハルはゲームの電源ボタンに指を乗せて桜を脅した。
桜はため息をついて、仕方がないのでハルの話を聞くことにした。
「はぁ、しょうがないですね。分かりましたよ。
で、ハルは一体どうしたいんですか?」
自分の話をすんなり聞いてくれるほど、ゲームが大事になってしまったのかと、ハルは半分あきれた様子だったが、それよりもとハルは桜に再度、言った。
「お化けにびっくりしたくない!無視したい!」
「慣れるしかないですね。」
桜はハルの顔を真っ直ぐ見て、即答した。
「そればっかりじゃ〜ん!他になんかこう対策とかないの?」
ハルはこれまで何度か同様の質問を桜にしていたが、その度に慣れるしかないと言われて、うんざりしていた。
「そんなこと言われましても、感覚的な問題すぎてこれしか言えませんよ。
逆にあなたはどうしたら、お化けに驚かなくなると思いますか?」
桜はこれまでの不毛なやり取りを終わらせたく、ハルに質問した。
「えっ?え〜そう言われると難しいな〜どうしたらいいんだ〜?」
ハルは頭を抱えた。
「ほら、難しいでしょう?
驚くという人間の本能をどうにかするなんて、すぐには誰にも出来ませんよ。
だから、時間をかけて慣れるしかないと言っているんですよ。」
「…それは分かるんだけどさ~ちょっとした心構えとかさ~驚かなくなるコツとかさ~
桜おねぇちゃんそういうの得意そうだし、そういうの教えてよ~」
ハルは藁にもすがる表情で桜を見つめた。
しかし、そんなハルを一切気にも留めずに桜は思いついたようにハルに聞いた。
「そういえば、ハルはお化けが出る前に何か感じたりはしないのですか?」
ハルは急な質問にキョトンとして答えた。
「えっと、感じる時もあるし、感じない時もあるよ。
なんで?」
「急にお化けに遭遇するから、驚くのであって、お化けが出るのを予測できたら、それほど驚かないのではと思いましてね。
ただ、感じない時もあるみたいなので、やはり、難しそうですね。」
桜はアッサリとお手上げのポーズをとった。
「諦めるの早すぎ!
でもまぁ、確かに嫌な予感がする時に出てきてくれたら、少しはマシなんだけどね。
問題は本当に急に出てくるやつだよ!何が違うんだろ?
桜おねぇちゃんも、なんか感じてから出てくる時と急に出てくる時があるんだけど、あれってどうやってるの?」
桜は少し考えてから、答えた。
「私がハルを驚かせようとする時は、こっそり気付かれないように意識してますね。
なんと言ったらよいのか…ハルの視線…というよりも、総一郎の言葉を借りるとアンテナにひっかからないように近づいています。
これもかなり感覚的な話なので、説明しづらいですが、隠れてという意識はしてないと、ハルには気づかれてしまう感じがしますね。」
「そうなんだ。てか、やっぱり驚かそうと思ってやってるんだね…」
ハルは初めはへぇ〜と少し感心したような顔をしていたが、意図的に意地悪されていることが分かり、少しむすっとした。
ただ、ここで怒っては話が終わってしまうと思い、ハルは落ち着いて言った。
「とにかく、じゃあ、多分、急に出てくる奴は私を狙って驚かしに来てるってことか…
驚かしてくる人に対して、驚かなくなるには…
てか、そんなの無理じゃない?」
ハルは絶望した顔で言った。
「ですから、本当に何度も言うように慣れるしかないですよ。」
「え〜結局そうなるの〜」
ハルは天を仰いでソファーに寝っ転がった。
やっと解放されたと桜は何も言わずにゲームを再開した。
ハルはぼ~と天井を見ながら、ボソッと呟いた。
「…桜おねぇちゃんの時みたいに、学校のお化け達がどうして私を驚かすのかが分かれば、マシになるかな?
理解できたら、怖くなくなるって総一郎も言ってたし。」
「…それはどうでしょう。怖くはなくなるかもしれませんが、驚くことに関しては変わらないように思いますね。
だって、今でも私の不意打ちに驚いているのですから。」
「確かにそうだな〜」
「それに…総一郎はあぁ言ってますが、私はあまりお化けを理解しようとするのはお勧めしません。」
桜は視線はテレビを向けたまま、真面目なトーンでハルに言った。
「どうしてよ?」
ハルは少しムッとして、桜に聞いた。
「…生きている人が死んだ者に対して縛られるのは時間の浪費ですからね。
ましてや、他人のお化けなんてものを気にしてたら、人生楽しめなくなりますよ。」
桜は冗談っぽく、ハルの方を向いて言った。
ハルはあまり理解できなかったが、もしかして、心配してくれてるのかと思い、身体を起こして桜に言った。
「でも、私は桜おねぇちゃんの事、分かって良かったと思ってるよ。
なんだかんだ色々教えてくれるし。」
桜はゲームに視線を戻して、ハルに言った。
「私は優しいお化けですからね。
だから、もっと私に感謝しなさい。」
ハルからは桜の表情が見えなかったが、桜はとにかく調子に乗っているようだった。
「…まぁ、感謝はしてるけど、その態度はなんかムカつく。」
ハルは素直に感謝できなかった。
「まぁいっか〜総一郎にも相談してみるか〜桜おねぇちゃん、ふよぷよしようよ〜」
「別にいいですけど、ハルは弱いですからね。」
「な、なにを〜!!」
結局、いい方法が思いつかなかったので、ハルは一旦諦めて、「ふよぷよ」というパズルゲームゲームを桜としたのだった。
「…で、どうやったら、お化けに驚かないと思う?」
ハルは今日の夕飯のチャーハンを食べながら、総一郎に桜と話したことをざっくり説明した。
「う〜ん。桜さんの言う通り、驚く事は人間の本能だからな〜
中々難しい問題だね。」
総一郎も同じくチャーハンを食べながら答えた。
「どうにかならんもんですかね?
出来ればこの冬休み中になんとかしたいんだけど。
なんかこうお坊さんみたいに急に背中叩かれても平気みたいな?」
ハルは中々に都合の良いことを言った。
「驚かなくなるほどの強い精神力はそんなに簡単には手に入らないと思うよ。
お坊さんだって不意に背中を叩かれても平気になるまで、毎日毎日、座禅を組んで、長い年月をかけるんだから。」
「やっぱ、そうだよね~」
ため息をつきながらチャーハンを頬張っているハルを見て、力になれないかと総一郎はスプーンを置いてう~んと考えた。
そして、総一郎はふと思いついた。
「そうだな。身体を鍛えてみるのはどうかな?
健全な肉体には健全な精神が宿るって言うし。」
ハルは曖昧な提案に良く理解できず、総一郎にスプーンを向けて聞いた。
「身体を鍛えるって、具体的にどうすればいいの?
走ったり、腕立てしたりするの?」
「見ての通り、ひょろひょろの僕はあまりそういったタイプじゃないから、適切な鍛え方を教えることは出来ないな…
格闘技でも習ってみる?例えば、柔道とか空手とか。」
「…普通、小学2年生の女の子に格闘技とか勧める?
というか、そんなの教えてくれるところ近くにあるの?」
ハルはあきれた顔で総一郎に聞いた。
「い、いや。ハルって体動かすの好きそうだし、どうかな~て。
ちょっと、待ってね。調べてみるよ。」
総一郎はごまかし気味に答えて、携帯で近辺の道場を調べだした。
「まぁ、体動かすのは好きだけど…ほんと、そういうとこだよね。総一郎は。」
ハルは冷凍のシュウマイを頬張りながら、小言を言った。
「あったあった。そう遠くないところに空手道場があるよ。
子供のコースも体験もあるし、良かったら明日一緒に行ってみる?」
携帯を見ながら、総一郎はハルに提案した。
「空手か…どうせ冬休みだけど、やることなんて家事か宿題くらいだもんね。
このまま何もしないと桜おねぇちゃんみたいなダメな人になりそうだから、行ってみるよ。」
ハルは桜をちらっと見ながら、総一郎の提案に乗った。
「分かった。じゃあ、今から連絡してみるよ。」
総一郎は桜の話はなかったことにして、空手道場に電話をした。
「…聞こえてましたよ。」
突然、ゲームをしていたはずの桜がハルのチャーハンの中から顔を出した。
「うわ!びっくりした!!
ご飯の時はやめてよ!!非常識だよ!!」
ハルは驚いて、割とまともなことを言った。
「ふふっ。精々頑張りなさい。
本当に私に驚かなくなるのか…楽しみにしてますよ。」
桜は不気味な笑顔をして、ハルを挑発した。
「そっちこそ、見てなよ!
その内、桜おねぇちゃんの意地悪なんか、完全に無視してやるんだから!」
ハルも負けじと不敵な笑みを浮かべて、応戦したのだった。
続く