お化けの見え方
「次は視覚、お化けの見え方について、実験してみよう!」
総一郎は楽しそうに言った。
「はい!総一郎先生!次は何をしましょう!」
ハルもなんだかんだ興味が出てきたようで、乗り気になってきた。
桜は無表情だったが、別に嫌というわけではなさそうだった。
「うん!いい感じだよ!ハル!
今回は物は使わず、ハルがどんな感じで桜さんが見えてるかを確認していくよ。」
ハルは今までと違って、アバウトな実験だと思って、総一郎に聞いた。
「どうやって確認するの?」
「こればっかりは定量的な実験ができないんだ。
とりあえず、僕が質問するから、桜さんを見ながら、それに答えてくれるかな?」
総一郎は先ほど使用していたノートを手に取り、ハルに頼んだ。
「うん。分かった。」
さっきよりも簡単そうだなとハルは思った。
「じゃあ、まず、桜さんの全身を見てみて。
どこか欠けてる部分だったり、不自然なところはない?例えば、よく言われてる足がないとか。」
桜の周りを歩き回りながら、ハルは桜の全身をなめまわすように見た。
「…これは、さすがに気恥ずかしいのですが…」
桜は無表情ながらも若干照れながら言った。
「まぁまぁ。実験ですから、付き合ってよ。」
ハルは桜をニヤッとしながら、なだめるように言った。
桜はイラッとして、頭の生々しい傷をハルに見せつけた。
「ほらほら。ちゃんと見て下さいよ。実験なんだから。」
ハルは思わずのけぞった。
「ごめんって!分かったから!やめて!!」
「ふふっ、分かればいいんですよ。」
桜は意地悪な笑顔で言った。
ハルはやられてばかりではと、とっさに桜の後ろを見ている時にスカートの下に滑り込んだ。
ハルがそのままバッと見上げると、そこには黒の下着とガーターベルトを身にまとった大人の光景が広がっていた。
その瞬間、近くのテーブルの上にあったテレビのリモコンがハルの頭めがけて飛んできた。
「あたっ!!」
ハルは悶絶してうずくまった。
「あなたのような子供に見られて恥ずかしいものではありませんが、大人ならお金をもらうような行いです。
今回はこれくらいで許してあげますが、次やったら…分かってますね?」
桜は今までにないくらい怒っている様子で、ハルは恐ろしくなり、二度とやるまいと自分のやったことを悔いた。
「本当にごめんなさい。本当にもう二度としません。」
ハルは初めての土下座をしながら、桜に謝った。
総一郎はその様子を見ていて思った。
(見えなくても大体分かるもんだな。
しかし、ハルの行動は男子小学生みたいだけど…大丈夫かな?)
そして、ある程度、見終わって、ハルは総一郎に言った。
「うん。別に頭の傷以外は特に変わったところはないよ。足もちゃんとあるし。」
決して、下着のことは言わなかった。
「じゃあ、次、ハルには桜さんは透けて見えてたりするの?
桜さんの奥にあるものは見える?」
総一郎は次の質問をした。
ハルは目を凝らしながら、桜を見た。
「う~んと、何て言ったらいいかな?
そこを注意して見れば、桜おねぇちゃんの向こう側も見えるんだけど、特に意識しなかったら、桜おねぇちゃんしか見えないというかなんというか…
言われてみれば、何か不思議な感じで見える。」
「ふむ…
意識するとその部分は見えるけど、意識してない時は自分の見ている風景に桜さんが前面に、一番前に見えるということかな?」
総一郎は簡単な絵を描いて見せた。
「ん~~そんな感じかな?」
「なるほど!面白い!!」
総一郎は嬉々とした表情で、うんうんとうなずいて、考えていた。
ハルはまたかと思い、総一郎に聞いた。
「で、どゆこと?」
総一郎はまたハッと我に帰って、答えた。
「えっとね。まず、音も視覚も似たようなメカニズムなんだ。
音の場合は耳が音波を受け取るアンテナになっていて、視覚の場合は目が光を受け取るアンテナのようなものになってるんだ。
目が受け取った光の情報を脳に送って、今見ている景色を作り出しているんだ。」
総一郎はノートに書いていた音を受け取る迄のイメージ図に、次に視覚を捉えるメカニズムを追記した。
「当たり前だけど、僕に見えていないと言うことは桜さんは光を自ら出していたり、反射させて見せたりということはしていないはず。
厳密に言うとこれも人には見えない光を出してる可能性はあるんだけどね。
とりあえず、桜さんが見えるのは光ではないと仮定すると、音と同じように桜さんは何らかの信号をハルの特別なアンテナに送って、脳の景色が保存されてるメモリを直接、書き換えてるんじゃないかと僕は思ってる。」
ハルは難しいながらも必死に理解しようとした。
「ん〜よくわかんないけど、それってなんか違いがあるの?
結局、見えてるのが光でもなんでも一緒のように思うんだけど。」
「それが少し違ってくるんだ。
光だった場合、ハルの意思に関係なく、桜さんは同じように見えないとおかしいんだ。
目をこらしたり、薄目で見たりして、若干の違いは出てくるかもしれないけどね。
でも、どんなに見方を変えても、奥のものが見えるのは物理的にありえないんだ。
光は誰の意思にも関係なく直進するものだからね。」
総一郎は簡単な絵を描いて説明した。
「しかし、ハルは奥のものに意識をやると見えると言った。
多分だけど、桜さんはハルの持っている景色のメモリに自分の姿を上書きしてるんだ。
だけど、ハルが桜さんの後ろに意識をやると、脳が桜さんに上書きされた情報よりも、実際に目から得た光の情報の方が正しいと判断して、奥のものが見えるんじゃないかな。」
ハルはもうちんぷんかんぷんになって、頭がショート寸前であった。
「か、簡単に言うと、結局どういうこと?」
総一郎はハルの様子を見て、流石に難しすぎたかと、これまでの話を要約した。
「簡単に言うと、桜さんはハルに自分の姿を錯覚させてるってことかな。」
ハルは分かったような分からないような顔をしていた。
「自分の姿をハルに錯覚させてるということですが、この頭の傷はどう説明できるのでしょうか?
顔や後ろ姿等はまぁ鏡を見たりして、自分で見えなくてもなんとなくイメージはできますが、死因となった頭の傷はどう考えても、自分で見ることはできないので、ハルに錯覚させる事はできないと思うのですが。」
桜は疑問を総一郎に投げかけた。
ハルは桜の言葉を総一郎に伝えた。
「桜おねぇちゃんが、頭の傷はどうやって私に伝えてるのかって。
どうやっても自分で撃った頭の傷なんて見ることはできないのにって。」
総一郎は少し真面目な顔になって答えた。
「言いにくいですが、その傷は恐らく、ご主人の傷を見た時のイメージでしょう。
ご主人の死が桜さんにとってどう言ったものだったかまでは分かりかねますが、親しい人の悲惨な傷は強く桜さんに刻み込まれたかと思います。
新聞で読んだ限り、桜さんもご主人同様、頭を撃ち抜いてとのことだったので…」
桜はあの時、無感情だったと言っていたが、やっぱり、動揺していたんだとハルは少し悲しくなった。
「…なるほど。
私の姿がこの使用人の姿であることも、恐らく、最も慣れ親しんだイメージしやすい姿だからと言うわけですね。」
桜は納得した様子だった。
桜の言葉を聞いて、ハルはハッとして、思わず言ってしまった。
「えっ!じゃあ、あのパンツいっつもはいてたの!?」
ハルはしまったと口を手で塞いだが、時すでに遅く、再びリモコンが頭めがけて飛んできた。
「いたぁ!!」
ハルはまたも悶絶してうずくまった。
「今のはつい言ってしまった事だということで、これで許してあげます。」
桜は照れることなく、無表情でハルに言った。
「うぅ…あ、ありがとうございます。すみませんでした…」
ハルは涙ぐみながら、本当に気をつけようと思った。
総一郎は黙って、聞かなかったことにして、次の実験に進むことにした。
続く