エピローグ
「…桜さん、成仏したのかな?」
ハルは少し寂しそうに総一郎に言った。
「どうだろう。
それは分からないけど、多分、もうこの屋敷を無くしたいとは思っていないんじゃないかな。」
「どうして、そう思うの?」
ハルは頼んだ宅配寿司の中のかっぱ巻きをとりながら、総一郎に聞いた。
「この屋敷が無くなったからって、桜さんの自責の思いが消えるとは思えないからね。
それなら桜さんはこの屋敷じゃないどこかに行けばいいだけの話だし、それは桜さん自身も薄々感じてたんじゃないかな?」
総一郎はマグロを頬張りながら、答えた。
「多分、きっかけが欲しかっただけなんだよ。
自分自身を許せるきっかけが…」
「そのきっかけが、ご主人様を嫌いになるってこと?」
ハルは少し納得のいかない様子で総一郎に聞いた。
「…時には誰かを嫌いになってもいいんだというお話だよ。
じゃないと、自分しか悪者がいなくなってしまうから。」
総一郎は遠くを見ながら、言った。
総一郎の言葉を聞いて、ハルは桜に怒られたことを思い出した。
「…なんとなく分かる気がする。
桜さんは何でもかんでも自分のせいにしすぎたんだね。
桜さん、人のせいにするのを本当に嫌ってたもん。
私も怒られたし。」
「そうなの?」
「うん。
桜さんに意地悪されてる時に、どうしていつもお化けのせいで追い出されるんだ〜って言ったら、お化けのせいにするなって怒られちゃった。」
ハルは笑いながら言った。
「臆病者とか嘘つきとか散々言われて、でも、好かれたい人を信じれない嫌われ者って言われてさ〜
そうなりたくないって思って、総一郎にお化けを退治してって頼んだんだよ。」
総一郎は優しく笑って、ハルに言った。
「いきなり退治なんてびっくりしたよ。
でも、やっぱり桜さんは優しい人だったんだね。
ハルにきっかけをくれたんだから。」
ハルはむすっとして答えた。
「優しくはないと思うけど…感謝はしてるかな?」
総一郎はははっと笑った。
「ハルも怖かったのによく頑張ったね。」
そう言って総一郎はハルの頭を撫でた。
ハルは照れ臭そうにしたが、嬉しくたまらなかった。
そして、二人は桜の話を笑って話しながら、お寿司を食べた。
「そういえば、総一郎のどうしても分からないことってなんだったの?」
お寿司を食べ終えて、片付けをしている時にふと、ハルは気になってたことを聞いた。
「あぁ、それは桜さんがどうしてお化けになったのかってことだよ。」
「あれ?自分を許せなかったからじゃないの?」
ハルは分かりきっていることなのになんでと、不思議に思った。
「うん。今はハルと桜さんの話を聞いてるから、そうかなとも思うんだけど、それまでは新聞とあの手紙を見ただけだったから、分からなかったんだ。
だって、手紙の内容から二人は愛し合っていたことは確信してたんだけど、普通、愛してる人と形はどうあれ添い遂げられたんだから、お化けになる程の未練はないんじゃないかって。
僕の見たあのお化けは東雲桜さんではなかったのかとも思ったよ。」
「なるほど。じゃあ、分かって良かったじゃん。」
ハルは笑って総一郎の肩を叩いた。
しかし、総一郎は少し難しい顔をして、言った。
「…本当に自分を許せなかったから、お化けになったのかと、実は今も少し疑問なんだ。」
ハルは少し怖くなって聞いた。
「な、なんでさ?」
「さっきも言った通り、自分を許せなくなったこの屋敷にいること自体が不思議なんだ。
自分を許したいなら、ここじゃないどこかで静かに暮らした方が忘れることもできるし、思いを風化させることができると思う。
お化けが生きているときの未練を消したい、なくしたいために生まれたものだとしたら、桜さんの未練の象徴であるこの屋敷でお化けとして生まれたこと自体も変に感じるんだ。」
総一郎は真剣な顔で話した。
「でも、よくあるお化けって、死んだところで出てくるよね。
例えば、墓地とか交通事故のあった場所とか。そういうものなんじゃないの?」
「そういうお化けはその場所で生きている人に同じ目にあってほしいって未練があって、出てくるんじゃないかな。
要はその場所でしか自分の未練を晴らせない、そんなお化けが多いってことだと思うんだよ。」
「なるほど。そ、そういう考え方もあるかもね。」
ハルは内心、怖かったが、強がって言った。
総一郎はハルの様子など気にせず、続けた。
「でも、桜さんはそうじゃない。
ここで誰かが、自分と同じ境遇になってほしいわけでは決してないはずなんだ。
だって、この屋敷を無くしたいと言っていたからね。
じゃあ、一体どうして、桜さんはこの屋敷でお化けになったんだろうか。
桜さんはこの屋敷に一体どういう未練があるんだろうか。
それが僕には気になっているんだ。
ひょっとしたら、桜さん自身も気づいていないかもしれないかもね。」
総一郎は最後に笑って話し終わった。
そして、気づけば片付けも終わっいた。
「さぁ、そろそろ寝ようか。」
総一郎は話終わって、すっきりした様子で伸びをしながら言った。
ハルは総一郎の服のすそを握って、うつむきながら言った。
「き、今日は一緒に寝るって約束したしね。一緒に寝てあげるよ。」
総一郎はハッと気づいて、ハルに言った。
「ご、ごめんよ。
怖がらせるつもりはなかったんだ。
うん。そうだね。今日は一緒に寝ようか。」
「べ、別に怖がってないよ!約束しただけだもん!」
ハルは精一杯の強がりを見せた。
そして、総一郎の手を握って、二人は総一郎の部屋で一緒に寝たのであった。
翌朝、いつも通り、二人は朝食を食べ、総一郎は大学に行き、ハルは屋敷の掃除をしていた。
久しぶりにぐっすり寝れて、お化けの心配もなくなったハルは晴れ晴れとした気持ちでいた。
初めて桜と出会った部屋を掃除していると、例の全自動掃除機を見つけた。
「また、忘れてた。
一体、どこに充電器はあるんだ?」
そして、机の下をのぞいた時、頭から血を流した桜がのぞき込んでいた。
「ひゃっ!!!」
ハルは驚いて、また尻もちをついてしまった。
それを見た桜は笑って、ハルに言った。
「ふふふ。やっぱり、あなたを驚かすのは楽しいですね。」
ハルは怖くはなくなっていたが、不思議に思って、桜に聞いた。
「なんで?成仏したんじゃなかったの?」
桜は腕を組み、考えながら答えた。
「なんででしょうね。
私にも分かりませんが、どうやら成仏はできなかったみたいですね。」
桜はいつもの無表情で続けた。
「まぁ、昨日の件で多少はすっきりしました。
しかし、私はずっと気になっていたことがあるのです…」
ハルは総一郎の言っていたことは正しかったんだと、何かお化けになった別の理由があったんだとゴクリと息を飲んで、桜の言葉を待った。
「…それはあなたの掃除の仕方です!
まったくもってなっていません!」
「えっ?」
ハルはあまりにもしょうもないことで、ぽかんとしてしまった。
「私が一から教育して差し上げましょう。」
「い、いや、いいよ!別に!今でも十分きれいなんだから。」
「甘い!!甘いですよ!ハル!
あなたは掃除機さえかければきれいになると思っています。
ちゃんと雑巾で床を拭かなければ、きれいになりません!」
「なんで、雑巾なんだよ!
今時、床拭き用のワイパーみたいなのあるから!」
「ダメです!!
雑巾でなければ、隅々まで掃除が行き渡りません!
さぁ、早く雑巾を持ってくるのです!!」
桜はハルを執拗に追い回して、掃除のなんたるかを語り続けた。
「もぉ~早く成仏してよ~~!!」
ハルは切実に叫んだのであった。
終わり