俺と悪役令嬢 ~英雄とハーレムを夢見た愚か者がたどった軌跡~
元々は別のシリーズ物の作品を書こうとして作り上げた設定なのですが、それらが形になる前にひょっこりとこの話が浮かんでしまいました。
その為、本筋とはあんまり関係ない設定が入り込んでしまっていますが、まぁ作者がこんな世界観をもって作品を作ろうとしているんだなぁ、位で受け止めていただければ幸いです。
初めての作品になりますので、どうぞ生暖かい目で見守ってください。
人生、中々予定通りにはいかない。
日本の関東、とある地方都市に生をうけた俺は他の大多数が信じるように自分も中流家庭で育ったと信じ、疑うことなく生きてきた。3流ではあるが無難に高校を卒業して、社会人になった。あることが切欠で退職し一念発起して工業系の大学を受験。3流高卒でも成績が悪かったわけではない俺はたいして受験勉強もせずに合格して無難に卒業。その後目指していた企業への就職を果たす。
これも多くの男性と同じように、と俺は信じているけど、人生イコール彼女いない歴を貫いてきた俺は、2次元に多数の嫁を求め、そこそこ幸せな人生を歩んできた。
仕事は忙しいが趣味に費やす時間は確保できるし、収入も多く安定している。このまま無難に生きていけばそのうちに3次元の嫁が来てくれるだろうと呑気に考えていた。
世間一般的な幸福をいずれ手に入れる事が出来ると。
そしてそのまま仕事と趣味の生活を送り2次元の嫁を増やし続け、長年連れ添った右手には公私共に色々とお世話になり続け、気が付けばいつの間にか40歳を過ぎていた。
おりしも平成が終わりをつげ、令和に元号が変わった頃である。翌年から流行った流行病で回り道までして入った会社があっけなく倒産してしまい、先を見失った俺はしばらく引きこもりの暮らしを続けることになる。無職になってから2か月後、急に胸が苦しくなり病院へ緊急搬送。検査の結果心筋梗塞と判明。しばらく入院することになった際にようやく運命の人と出会えた。
その子は看護学校を出て戴帽式を済ませたばかりの看護師で笑顔がたまらなくかわいい女性だった。年齢の差はあるが必死になって必死さを隠して入院中に少しでも距離を縮めようと努力を始めた最中に二度目の発作が起きてあっけなく人生の幕を閉じてしまった。
何故か死後、自分を見下ろしているという漫画などでありがちな不可思議な現象に、あぁ、死後の世界や魂は本当にあったのかという謎の感動と、俺の死を多少ではあるが悲しんでくれている彼女の横顔をみて気持ちの整理をしていると、横から推定幽霊の俺に話しかける奴がいる。
「あぁ、やっぱり肉体の方が耐えられなかったようですね。ご愁傷さまでした。」
そんな場にそぐわない、のんびりとした調子で話しかけられた俺は、まず自分に話しかけられていることを理解できず、ついでその言葉の意味が理解できずに発言者を呆然と眺めていた。
俺に話しかけた人物は、いわゆる神と呼ばれる存在であるらしい。その自称神様曰く俺の本当の死因は心筋梗塞ではない。どうも俺の魂は他者よりもかなり大きくらしい。魂が大きいとその力の流れも大きくなり、制御が難しくなっていくのだそうだ。荒々しい魂の力に肉体が付いていけずに心筋梗塞といった形でその影響が表れたのが死の原因なのだとか。それじゃ結局、死亡診断書的には心筋梗塞でまちがいないじゃねぇかという突込みは心の中でおさめといた。
それから自称神様はこちらの理解を置いてけぼりにして延々と状況説明を始めた。
とはいえ、その内容は大雑把な概要で、それほど細かい事は教えてくれなかったが。
曰く、神様は自分の力の端末として世界に干渉する存在をスカウトしているそうで、色々な世界を観測して一定以上の魂の力を持つ存在を探しているらしい。一つの世界、その宇宙にどれほどの生物がいるのかは俺にはわからんが、神様の端末として機能するための最低限の力を持つ魂というのは少ないらしく、神様が探している合格ラインに到達する魂はさらに少ない。具体的に言うと、その世界が産まれそして消えていくまでの間に合格ラインに達する魂が一つ出てくれば御の字、だという事だ。
神様の端末は神様が生きていくためにはどうしても必要なものらしく、できれば高品質なものを沢山揃えたい。けど、あれもこれもと厳選してしまうと、自分のように生まれたばかりの神様では早晩行き詰ってしまう。そこで妥協して俺のような最低限のラインにどうにか到達している魂も逃さずにスカウトしているそうだ。
つまり俺は合格ラインに達することのできない妥協の産物、と自嘲していると、自称神様はその最低限のラインですら下手をしたら一つの世界に一人も出てこないこともあるのだから、そう自分をさげすむ必要はないのだと慰めてくれた。
そして神様は俺にこういった。
「僕と契約して……」
「それ以上は危険だ、やめんかい。」
とっさにそれ以上は言わせなかった。アニメやゲーム等サブカルチャーを嫁にしてきた俺にとって、この訳の分からない、不安に苛まれる状況下でそのセリフは勘弁願いたい。
「どうせ聞いているものは誰も居ないし、聞いていてもどうこうできるような事ではないのだからそんなに過敏になる事もないのに。」
「いや、俺の心情的にそのセリフはアウトなんだ。勘弁してくれや。」
俺の妙なこだわりを笑って許してくれた自称神様に、この突込みを契機に体勢を立て直して質問する。
「そのセリフが出るっていう事、そして俺の突込みを受けとって答えたってことはこの世界のサブカルチャーにある程度見識があるって事でいいのか。」
「君が知っている事程度なら把握しているよ。君が人生の終わりに初めて本気の恋をしたことも、それまではずっと二次元のお嫁さんと右手のお世話になっ……。」
「ちょ、おまえ、もうわかったから皆まで言うなよ。」
容赦ないな、この神様。だがそれなら話は早い。この状況は転生物の小説によくある、いわゆる神様転生であるのは間違いないだろう。その場合はどういう世界に行くことになるにせよチートがもらえるのか否か、その点が非常に重要なポイントになるのだ。このチート一つで金も女も思いのままの人生を満喫できるか、それともハードモードの人生を生きていかなきゃいけないのかが決まる。
だが、その点について神様の返答は満額回答とはいかないものだった。
「あなたの考えに近い状況であるのは確かです。先ほど言った通り私に余裕はありませんからね。あなたの意思に関係なく、あなたにとっての異世界に転生させるつもりですし、私の端末になっていただくつもりであります。チートはありますが必ずしもあなたが望むような能力ではないかもしれません。あなたの今の魂の大きさ、力ではこちらで必要と判断した能力を魂に刻み込むので精いっぱいで、後は精々基本的な力の使い方と、知っておくべき最低限の知識を書き込んで終わりですね。」
さすがに合格ラインぎりぎりの俺では必要最低限以上の能力の獲得は難しい。結論、俺では無限の魔力も究極の魔法も無敵の肉体や剣神になれる技量も手に入れる事はかなわない。
「まぁ、物理的な肉体の制限からはある程度束縛されなくなります。結果、寿命は無くなりますから、余人と比べて数千年単位で長い人生を生きる事になりますね。その上世界を跨ぎ、何度も転生を繰り返すことになるわけですから、長い年月のうちに魂も成長していくでしょう。何れはあなたが望むような能力を自力で獲得することも出来ますよ。」
そんな感じで慰められて後はいくつか言葉を交わしたことは覚えている。数千年の人生とか転生を繰り返すとか、不吉で気になる単語が飛んできた後なのだから、まだまだ聞きたい事や言いたいことが沢山ある。
そんな俺の思惑なぞまるっと無視して話したいことを話し終えて満足したらしい自称神様が、こちらの返答を待たずに俺に掌を向けて、それではいずれまた会いましょうと一声かけたあたりから記憶がない。
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町から町へ、流れに流れて幾歳過ぎた事か。特に当てのない旅だ。その国の王都から地方都市へと足を延ばしてその先、辺境と呼んでも差し支えない山道に差し掛かろうとしていた時、その騒ぎに気が付き、俺は何事かと木陰から某家政婦のように見守っていた。
「駄目!レイモンド!」
一目見てお嬢様だとわかる金髪くるくる縦ロールの美女が、これまた一目見て主人公かと納得させられてしまうハーフプレートを着込んだ金髪イケメンの騎士を制止する。
「あなたに指図される筋合いはありません。どうせこれもあなたの仕込みでしょう。しらじらしいんですよ。」
金髪イケメンはお嬢様に振り返りもせずに言い捨てると、そのまま兵に短く命令を下して、周囲を取り囲む山賊然としたむさい男たちに切り込んでいく。しかし山賊と思しき奴らの人数は20人前後、たいして彼らはお嬢様含めても6名、明らかに多勢に無勢だ。
「仕込みなんて、そんなのできる隙なんかあるわけないじゃない。あんたたちにずっと監禁されてたんだから。」
「世話係の侍女を丸め込めば済む話です。」
「そんな事出来るわけないでしょう!?」
山賊勢と切り結びながらもまだ余裕があるらしい。だが金髪イケメンの兵の方はそんな余裕はなさそうに見える。ただ、精鋭なのか流石に本職の兵士だけあって、今のところ死者や大怪我をした者はいないようで、山賊たちは既に数名切り伏せられていた。
意外な抵抗に驚いたか無駄な被害を出したくなかったのか、山賊達は取り囲むだけで積極的に攻めてはこないみたいだけど、お嬢様一行にとって状況は改善されていない。
金髪縦ロールは繰り返しイケメンとその兵に戦闘をやめるように声を荒げているがイケメン騎士は一向に聞くつもりはないようだ。
そうこうしているうちにお嬢様一行の後方からさらに10名前後の山賊の増援が駆け付けたらしく、彼女たちはさらに追い詰められていく。
「やむを得ない、姉上の手に乗るのは癪ですが、このまま後方を突破して離脱します、ついてきなさい。」
そう怒鳴ると、イケメンはお嬢様を見捨てて兵と共に後方から囲み始めた山賊勢に切りかかり突破して離脱していく。中々鮮やかな手並みである。
山賊は無理に逃亡を阻止して被害を出すことを避けたのか、双方に被害が出ることなく突破、離脱は成功し、後に残されたのは金髪縦ロールのお嬢様と30人前後まで増強された山賊達だけだった。どうやら最初から目当ては金髪縦ロール一人。積極的に攻撃していなかったところを見ると、護衛などは数で脅して無力化してから、かっさらうつもりだったようだ。
山賊達もこの人数差で抵抗された挙句、交渉もしていないのにお嬢様をおいて逃亡するとは思っていなかったようで、状況の変化に少々ついていけていないようだったけど、数舜の自失の後に先に我に返ったのは山賊側だった。
茫然自失している金髪縦ロールに山賊の頭と思しき男が話しかける。
「まぁ、その何だ。そう気を落とすな。」
申し訳程度に気の毒そうな表情を取り繕って男は続ける。
「奴らが何を勘違いしていたのかはわからんが、諦めておとなしくついてくるんだな。おとなしくしている分には乱暴したりはしねぇよ。お嬢ちゃんの出自によっちゃぁ、あんたは人質かもしくは商品になるんだからな。値が下がるような事はしねぇ。」
隣に控えていた男も話しかける。
「あんた、見た目は上物だ。育ちのいいお嬢様なら初物だろうしな。おとなしくするなら他の奴らにも手出しはさせねぇ。傷物にして買いたたかれるわけにもいかねぇしな。」
下卑た笑いを見せる男たちに自失していた金髪縦ロールも我に返り、男たちを見ておびえ始める。周囲は負傷した者たちを助け起こす者たちや怪我に苦しんでいる者たちの声が漏れ聞こえてきている。が、無傷の男たち30人前後に囲まれている状況では彼女の運命は風前の灯火だろう。
そう、このまま何の助けもないままだったらな。
目の前で繰り広げられた茶番劇に独り言ちながら顎に手をやり、この運命の出会いに思いをやる。
この世界に生まれ変わって既に120年。とっくにこの世界の両親や兄弟とは死に別れたし、故郷を後にしてから80年近く経っている。前世を思い出したのは10歳の頃で、その後は自分にどんな能力があるのか、何処までできるのかを把握しながら社会に適応して生きてきたつもりだ。
兄も弟も、妹たちも良縁に恵まれて家庭を持ち子孫繁栄に勤しんでいたが、どういうわけか俺だけは未だに前世からの因縁(彼女いない歴=年齢)を守り続けてきた。
まぁ、見た目があまり宜しくないのも理由だと思うが、他に色々とやることが多すぎたのも原因の一つかもしれない。
俺のように低身長かつちょいデブの団子鼻付残念顔面な男はその辺にいくらでもいるが、その人たちがすべて恋人なしの人生を甘受しているのかといえばそうではない。この世界ではお見合い結婚が基本みたいなところもあるし、女性たちの好みも人それぞれだ。
美人さんやスタイルのいい女に目がない単純な男共と違い、外見にそれほどこだわっていない女性も相当数いる。男に必要なのは甲斐性だ、とは庶民の世間一般女性の総意であるといっても過言ではない。社会全体がそれほど豊かとはいえない世界で、まずは生きていく事が第一で外見やちょっとした性格なんかは二の次なのだ。
そんな世界で因縁を守り続けている俺は甲斐性が無いのかと言えば、故郷の町にいた時は世間様一般の平均よりは余程稼いでいた自信がある。まぁ、稼ぎ方はあんまり真っ当とは言えないかもしれないが。今じゃもっと稼いでいるけど、確実に人さまの道を踏み外している自覚はある。
正直俺は、目の前にいる山賊もどきの輩とたいして変わりない身の上だ。同じ穴の狢である。高望みをせずにその辺の狢で満足していれば、いくらでも相手は見つかるのだろうけど、せっかくチートを持って生まれたのだ。男なら当然、英雄になって美女に囲まれる生活を求めるべきだろう、という謎の理論に基づき、故郷にいた時から紹介されたお見合いは遠慮していた。こういう流れ者の生活になってからも節操なしのオーラが漏れ出ていたのか、一向に女が寄ってこない。
稀に言い寄る女がいても、何か裏があるか、俺の稼ぎが目当てだと透けて見えるような奴ばかりで、その気になれなかった。当たり前だよな、時代が時代だ。
前世の年齢+今世の年齢=清い身体の歴史、になっていることに不覚にも今気が付いたが、目標を達成するためには下積みの期間も必要なのだ。160年の下積み生活はほんの少し長い気もしないでもないけど。
だれだ、童貞を拗らせすぎて訳が分からなくなっているとか言ってるやつ。自覚はあるからほっといてくれ。
兎も角、そんな俺にとって目の前の状況は前世通して160年間待ちに待った運命的出会い、物語の始まり、そのオープニングとなるべきイベントなのだ。
間違いない。この時から始まるのだ!
俺の輝かしい英雄への軌跡とハーレム生活の幕開けが!!
まずはこいつらへの宣戦布告と金髪縦ロールさんへのアピールをする必要がある。ようやくめぐり合わせたイベントだ。なるべく派手にいこう。愛用の魔力強化された俺の背丈よりも長い鋼の六角棍に魔力を注ぎ込む。棍棒全体からほんのりと魔力光が発生するが、この時間帯では目立つまい。
「よっしゃぁぁぁぁ!!」
心の中で漢の歌をそれそれうりゃうりゃと一人大合唱をしながら俺は160年分の気合を込めて山賊もどきに突撃を敢行した。
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辺りに散乱する手足や人間だったものの残骸。まだ死にきれない奴らから漏れ出てくるうめき声。山賊の頭だと思ってたやつの「俺たちは山賊じゃねぇ」との断末魔のうめき。ウっとかウエッとか泣きながら、飛び散った血飛沫に濡れてうずくまる金髪縦ロール。
うん、控えめに表現して惨劇の現場で間違いない。……、これは不幸な事故だった。
俺の目の前には、元山賊の頭の隣で金髪縦ロールに話しかけていた男が血まみれになりながら呻いている。
「だから、俺らは山賊でも強盗でもねぇんだよ。すぐ近くの町の自警団なんだよぉ。」
失った左腕と左膝下が痛むのか、それとも出血で意識がもうろうとしているのか、時々つっかえながら涙をこぼして弁明を続ける。
「嘘をつくんじゃない。自警団なら何であのお嬢さんを商品だとか人質だとか話していたんだ。」
「俺以外ほとんどいぎのこっじゃいねぇ。俺ももぉ駄目だ。いまざらごんな嘘づくがよ。」
さらに喋りにくくなったのか、言葉が濁り始めた。彼のいう事が本当だとすると、俺は勘違いの挙句町の自警団を皆殺しにしてしまった事になる。当然それが本当なら彼らがお嬢様に話していた内容が不自然だと思うのだが。
「ハぁ……ハァ。あだりまえだろ。こっちはわけわがんねぇ内に何人か切られてるんだ。保障やら何やらでがねがいる。いいとこの嬢ちゃんなら人質にして賠償してもらわにゃならんし、交渉失敗じだら、人買いにうってがねつくらねぇとなんねぇ。」
其処まで聞いてよく見ると奴らの右腕には自警団の腕章らしきものが申し訳程度のものだけど巻かれていた。金髪ロールがイケメン達を制止していた時もこの人たち賊じゃないみたいだから、みたいな話をしていたような気がする。
思い返せば最初から山賊もどきの自称自警団の皆さんは、積極的に攻撃には参加していなかったし、イケメンと兵士相手に戸惑っていたようにも見えた。後ろに回った奴らも、殺気立ってはいたが囲むというよりもトラブル発生に訳も分からずに駆け付けたという風に見えなくもなかった。
ん?もしかして俺、やっちまったかも。
思わず金髪縦ロールの方を見やると、びくっと盛大に驚いた挙句泣きながら後ずさる。彼女の後ろには横倒れになった馬車があり、それ以上後ろに下がれないのだが、それに気が付いてない。ふと目をやると彼女が腰を下ろしていた辺りは色が変わってシミが広がっていた。
彼女の尊厳を守るためにもそっと視線を外す。えっと、何かごめんなさい。
彼女に目をやっているうちに、さっきまで釈明をしていた自称自警団の一人がとうとう力尽きたようだ。ざっと見まわしても、うめき声をあげている者はもう一人もいない。頭だと思っていた男も力なく横たわっており、呼吸も止まっていた。
うん、これ完全にやらかしたわ。数舜思考停止したのちにとりあえず今後どうするかを検討する。神様にチートをもらって魂を改造された影響か、思考能力の超高速化と記憶能力の大幅な強化がなされている。突然このようなピンチに陥っても俺の頭脳は正常に作動し、冷静に今後の対策を検討する事が出来る。
が、元があまり宜しくない脳味噌を積んでいるので、思考速度が高速化されても碌な結論が出てこない。
冷静に考えてみれば思考能力が超高速化されているせいで、早合点の速度も通常の人間の数十倍に増速されて、結果被害が広がっているような気がしなくもない。
ゼロに何を掛けてもゼロ、馬鹿の考え休むに似たりという言葉が頭に浮かぶ。正しくは下手の考えだったかな。いや、それよりも質が悪いな、ゼロどころか大きなマイナスを作り出してしまっている。
結局有効な手段は思いつかなかったが、とりあえずここにずっといるわけにはいかないし、こんなところに彼女をおいていくわけにもいかない。第一彼女は一応事情を知っているし俺の顔も見ているわけだ。
「うん、目撃者をこのまま放っておいたら後が面倒になるな。」
完全に自分本位の最低な言葉が口から洩れると、彼女はひぃっと小さく悲鳴を上げてパニックに陥り腰を抜かしたままさらに後ろに下がろうとして藻掻く。
おかしいな、俺は英雄になる心算で突撃を敢行したんだが、気が付けばおそらく何の罪もない自警団を皆殺しにして、助けようとした令嬢にはおびえてちびられてしまっている。
世の中、何か間違っていると思いながらパニックになっている彼女を強引に左肩に抱きかかえてその場から脱兎のごとく逃げ去っていく、ちょいと間抜けな俺。
心のどこか冷静な部分から、間違っているのは世の中じゃなくて己じゃという突込みが入るが、そこを突き詰めると俺の精神衛生上非常によろしくないので、一度心の棚に上げておくことにする。棚から降ろすことが今後あるかどうかは分からないが。
あぁ、安心してほしい。魂の改造を受け入れた俺の心の棚は果てしなく広いのだ。今まで心の棚に積んだ案件がどのくらいあるのか、多すぎてちょっと覚えていないが、まだまだ棚の広さには余裕がたっぷりとある。
彼女が逃げようと暴れるたびに落ちないように腕に力を入れる。つぶさないように慎重に。左手がちょいとちべたい。
なんとなく興奮しながら夕方になりつつある街道から外れて森の方に爆走するリトル変態な俺。あぁ、自覚したわ。こんな容姿で変態な俺に彼女や奥さんなんてできるわけねぇわなぁ。
爆走しながら出てきた溜息には無意識に声まで混じっていて、一層みじめな気分に俺を落とし込んでいた。
確かにこの時から物語は始まったのかもしれない。ただし俺の妄想していたような英雄への前奏曲ではなく、何処までも自業自得の碌でもない茶番劇が、だけど。
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街道からかなり奥に入った先、人の手があまり入っていない森の中。数年前に雷でも落ちて周囲一帯が燃えたのか、不自然に開けた一角を見つけた俺は、いつの間にか気を失っておとなしくなっていた金髪縦ロールを、とりあえず動けないように拘束したのちに敷物の上に転がせておく。
自慢の六角棍を一振りし、その辺の大きめな木を粉砕して倒すと魔法で乾燥させて薪を作る。手早く薪を組んで高火力の魔法で一気に着火し、焚火を起こす。とりあえず野営の準備の為にアイテムボックスやストレージ等と呼ばれる亜空間収納術で必要となる機材や食料、飲み物などを取り出した。
野営で色々と面倒な料理なんかしたくは無いし今日は疲れた。用意したのはこの世界には本来存在しない湯煎すれば食べられるレトルトのパック数種と、落ち込んだ心に活を入れてくれる麦から作られるアルコール飲料、つまりキンキンに冷えた銀色の缶のドライな奴とか一番に絞った奴だ。
どうせこの世界の奴らがこれを見たところで何だかわかるまい。未だ気を失ったように見えるお嬢さんをほおっておいて、プシッと心に響く音を鳴らすと思わず喉がなる。なんとなく音が二重に聞こえた気もするが色々な意味で気のせいのはずだ。
とりあえず銀色の500mlを一気に一本あおってそのまま星が瞬き始めた空を眺める。
この世界には魔法はない。もしくは魔法が認知されていないだけなのかもしれないけど、この120年、俺以外に魔法を使うやつを見た事も無いし魔力を運用している奴も見た事はない。ついでに魔力を持っている奴も。
ネットワークで仕入れた情報では、この世界の生物には魔力を持ったものは存在せず、魔法やそれに類する能力は存在しないはずだ。ふむ……、ネットワークについて説明がいるな。
神様が俺にくれた最低限の能力とは、俺と同じような境遇の奴、神様の端末になった奴同士で世界を跨いで情報や品物をやり取りできる能力と先ほど使用した亜空間収容術、いわゆるアイテムボックスとか言われている能力だ。あとは最低限の魔力の運用法と簡単な魔法、術を100ちょっと。簡単な魔法とはいえ魔法自体が存在しない世界だと十分に脅威となるみたいだが。
最初はネットワークと呼ばれる、ただ品物のやり取りや連絡が取れる程度の能力なんかよりも、もっと強力な術を使えるようにしてもらった方がいいんじゃないかと思った。しかし、このネットワークが思いのほか使える。
まずネットワークに参加している神様の端末の人たち、この人たちは自称カトラリーとか死神とか言っているみたいだけど、この人数が馬鹿みたいに多い。
ネットワーク使用時に心の中にPC画面のように作業用ウインドウが出てきたりするのだけど、その画面上には参加人数のカウントは載っていない。ただネットワーク参加者の暇な誰かが何百年という時間をかけてカウントを続けてみたところ、少なくとも日本語での数の最大である無量大数をゆうに超える人数がこのネットワークに参加している事が判明した。
神の端末になれる人材は貴重なんじゃなかったのか?と思わなくもないが、その分母の数、つまり神様の数や世界の数が無限に近く増殖を繰り返しているので、絶対数としてはとてつもない数の端末が存在しているが、全体の割合でみると端末の存在は本当に希少なものになるらしい。だがありがたみが薄れたのは間違いない。
ネットワークを利用すれば、その無数の端末同士で情報や物資のやり取りが行える。石器時代に転生した者も、このネットワークを利用すれば快適な現代風住宅を建て、エアコンの効いた部屋でゲームしながらコーラを飲んでポテチを食べるという、令和日本式ぐーたら生活を展開することも出来る。もしくは令和日本に住みつつ、数万年先の技術の恩恵にあずかったり、自分が発明者として進んだ技術を発表し特許生活を送ったりする事だって可能だ。
そしてこのネットワークのもう一つの凄みは物資を手に入れる為の対価はその気になればほぼゼロでも問題ないという事だ。
このネットワークを通じた取引はもちろん商取引の側面もあるが、端末たちの事情による取引、つまり縁を無数の世界にばら撒くという目的もあるのだ。端末になった者たちの役割、「神様が生きる為の道具」を果たす方法はいくつかあるが、そのうちの一つ。自分という存在に縁づいた情報を含めた様々なものを彼方此方にばら撒く、というものがある。
そのための手段の一つとしてネットワークは使われることが多く、通常の商取引ではありえない内容の取引が大量にある等価取引の中に紛れて普通に掲示されていたりする。
例えば石ころ一つと金10トンの取引とか、金貨一枚と同じ世界の金貨1万枚と交換とか。普通に考えれば損しかしないような内容でも、自分が存在していない世界へ自分と縁づいたものを送り込むという行為は神様の端末として十分な利益につながる。
大量の物資を提供する側からすれば、進んだ技術の恩恵を得て、自動操作で適当な惑星を丸ごと解体し物資を確保しているらしく、大した労力でもないのだそうだ。
端末歴120年程度の俺にはその辺の事はよくわからんが、せっかく用意されているシステムである事だし、相手も望んでいる取引なので遠慮せずに存分に利用させていただいている。
件の魔力強化された鋼の六角棍も、そして今かっ食らっているこの銀色の缶やレトルト食品もこのネットワークを通じて手に入れている。
故郷でやっていたあんまり真っ当とは言えない稼ぎは、このネットワークに依存したものだったので、当時俺の周囲の人たちは俺がどうやって仕入れしているのか、どうやって稼いでいるのかわからなかったんだろうな。
もう一本の500を半分呷ってから思いふける。そんなんだから真っ当な筋のお見合い話はこなかったのだろう。俺の所にくる話は、大体筋ものの娘とか、あまり良い噂を聞かない商会の番頭の娘とかばかりだった。
「それで、もう狸寝入りはやめたのかい。金髪縦ロールのお嬢さん。」
いつの間に寝入っている振りをやめたのか、金髪さんが俺の方を凝視していた。と、いうか俺の右手に握られている銀色の奴に見入っているようだ。なんとなく缶を右に左に動かしてみると金髪さんの視線も顔ごと左右してついてくる。
面白いのでそのまま投げてみようかなんて思ったりもしたがまだ半分残っている。もったいないお化けに呪われるのはご免被るので、おとなしく残り半分を飲み干す。
金髪縦ロールの口からあぁ~と何やら声が漏れていたが、とりあえず無視して飲み切り、缶を置く。
「ふん、どうやらこれが何かわかっているみたいだな。そうするとさっきの喉鳴りは気のせいじゃなかったってわけかい。中身は見た目通りじゃねぇって事なのかな。」
俺の言葉に金髪縦ロールは缶から俺に視線を戻して、恐る恐る、しかししっかりと俺の目を見つめ値踏みし始める。まぁ、好きにさせて俺はさっさと腹ごしらえを済ませよう。温め終わったレトルトのカレーとライスを手際よく器にあけて、さっそく食べ始める。
「あぁ~、うそ、ねぇ何でこんな。え、これは夢でも見ているのかしら。え!?どういう事?」
何やら盛大に混乱しているが、拘束されたままなのでまるで芋虫が蠢いているようだ。間違いない、確定でこいつも転生者だなとあたりをつけるが、とりあえず自分の腹を満たす方が先だ。無慈悲ではあるが一人で勝手に混乱している金髪をとりあえずスルーすると手早くカレーを片付ける。
金髪縦ロールは物欲しそうな目であー、とかえーとか声を出しながら芋虫ごっこを楽しんでいるようでまぁ、何よりだ。少し涙目になっているような気もするが。
通常、というかよほどのことが無い限り、同じ世界に二人も端末が送られてくることはない。一つの端末がその世界に送られてくる際、元々の状態を維持しようと復元力が働き、世界は元の世界と異物が入り込み変異した世界の二つに分かれる。その際にもう一度変位した世界に端末を送り込むとさらに世界が分裂するが、異分子である神の端末は分裂したもう片方の世界には複製されずに消えてしまう。これは世界が分裂によって複製され増えても、特殊な事情(魂の力等)をもつ異分子までは複製できない事が原因だ。
これを回避する方法はなくはないが、コストが莫大だったり、特別な能力が必要だったり、大きなデメリットが発生したりする為に通常行わない。
つまり目の前の不確定名「転生者金髪縦ロール」は俺のような神意的な転生者とは違う、天然物の転生者という事になる。ネットワークに書かれている基本知識では、こういう事態は間々あるにはあるのだが、そうそうお目にかかれるものではないらしい。
端末生活一発目、初めての転生でレアをゲットする俺の業運、やはり俺は何かを持っているんだろうな。一人勝手に納得して手早くネットワークに事例報告を上げてから食後の500をもう一本開けようとすると、混乱から立ち直ったらしいお嬢様から苦情を頂戴することとなった。
「ねぇ、貴方、この縄外してくださらない?逃げたり抵抗したりするつもりはありませんから。」
「それは別に構わんが、万が一逃げたら悲惨なことになるぞ?」
主に俺がな。流石に完全に罪が無いとわかっているお嬢様を証拠隠滅の為に首ちょんぱするつもりはない。出来て一時的な誘拐までだな。彼女自身にも色々と事情がありそうだし。俺の心の声までは聞こえなかったのだろう。ひぃっと小さく呻いた後。
「え、ええ、お約束いたしますわ。」
まだおびえている彼女に出来るだけ触れないように縄をほどいて解放してやる。縛られていた手足をさすって様子を見た後に彼女は此方に体全体で振り向き、怯えを含んだ目でそれでも勇気を振り絞って話しかけてきた。
「そのドライ、私にも一本いただけないかしら。それともし余分にあるのならカレーライスも、いただけると嬉しいのですけれど。」
俺は何も言わずに500の奴を彼女に手渡すと彼女も何も言わず目礼だけしてプシッっと小気味良い音を立てた後、3分の1ほど一度に呷って、ふぅとため息をつく。無言でレトルトのカレーとライスの湯煎を始める俺をみて再度目礼をしたのち残りのドライに口をつけ、しばし無言の時間が過ぎてゆく。
色々と聞きたいこともあるんだろう。確認したいこともあるのかもしれない。
だが、彼女が転生者だとすれば少なくとも十数年ぶりの銀色の缶とカレーライスだ。心の中でどういう葛藤があったのかわからんが、現状他の事を全部うやむやにして取り合えずドライとカレーを確保することを優先したようである。
彼女は結構いい性格をしている。あれだけ俺に対して恐怖で震えていた割には芯が強い。もしかしなくても俺と同類の匂いがするが、俺の感は当てにならん。俺の早合点はもはや罪ですらあるからな。本来の意味で。
中々のペースで一本開けてしまった彼女は物欲しそうに俺の顔を見つめるが、流石にお替りとは言いづらいのか、直ぐには話しかけようとしない。割と慎み深い所もあるのかなと思った瞬間。
「ねぇエビ的なものとか一番に絞ったりしたやつとかないの?どっちかっていうと私はそっちの方が好みなのよね。」
と宣った。前言撤回。やはり金髪縦ロールに慎み深いという単語は似合わない。そう結論付けて、だまってエビと一番の500を手渡す。虚空から2本のビールを取りだす様を見て、何か確信を得たのか、何度か頷きながらビールを受け取ると二本目にエビを選択して黙って飲み始める。
俺が転生者だという確信はとうにしていただろうけど、おそらくこのビールのオーダーは俺がどういう立場での転生かの確認も含んでいるのだろう。
それでも、この状況でおびえながらでも追加のおねだりをする辺り、前世じゃ大した呑んべぇだったんだろうな。ビールは比較的アルコール濃度が低いとはいえ、もう少しで一リットル飲み干そうとしている。
俺もエビ的なやつを出して無言で盃を進める。その内にレトルトが温まりお嬢様が十数年ぶりのカレーライスを堪能している間に、コンビニなんかでよく売られているつまみをいくつかと追加のビールを数種類、出しておく。この調子だと多分ビール数本では終わらんだろうなという予想と、久しぶりに同郷人と飲む酒にどこか心を弾ませながら。
アルコールがある程度入れば口も軽くなるだろうし、色々と相互理解も進むだろうという下心もある。
だが、珍しく男性が女性に対して持つ一般的な下心は、今のところ一切ない。俺自身、彼女の出自に少なからず動揺しているのだ。とりあえず、いつもの早合点で失敗するわけにはいかない。俺にとっても一度、間を入れておきたい。彼女から話始めるのを待つことにして、のんびりと盃を進める。
カレーライスを上品に食べ終わった彼女は、追加で出されたおつまみとビールを手に取って黙って飲み始める。無言の二人の間には先ほどから焚火の弾ける音とビールを開ける音、飲む音が聞こえてくるだけで、静まり返っていた。
「水分が残っていたか。乾燥の魔術が不十分だったかな。」
焚火の弾ける音についそんな言葉が漏れる。昔従軍していた際に焚火の音一つに神経をとがらせていた時を思い出してついそんな言葉が出た。
その言葉がきっかけになったのか彼女が不意にこちらを向き相互理解の面談がようやく始まる。
「理由や結果がどうあれ、貴方は私を救ってくださったのですわよね。まずはお礼を言わせていただきますわ。あなたの献身と善意に感謝を。」
と、立ち上がり頭を下げる。
「あぁ、あんまり気にすんな、てか気にすんな。なんか色々とやらかしちまったみたいだしな。とりあえずその辺は置いておこうや。」
「しかし、あのまま状況が推移すれば、あの者達が比較的善意の集団であったとしても私の先には幸運とは言い難い運命が待っていた事でしょう。少なくとも現在無傷で焚火にあたり、こうして懐かしい物を口にして人心地をつける事が出来た。あの者たちには申し訳ありませんが、それだけでも十分に礼を尽くす必要がありますわ。繰り返しになりますが、本当にありがとうございました。」
「わかった、その辺にしておいてくれ、もう十分だ。」
返事をしながら目をそらした俺はごまかすように追加のビールの口を開ける。何度聞いても小気味良いプシッという音に少々緊張していた心が解される。瓶ビールの開栓の音も堪らないけどな。目の前の金髪縦ロールも再び座り込み新しいビールを同じように音を立てて開け、少しだけ笑って飲み始める。一口飲むと続けた。
「そういえば自己紹介がまだでしたわよね。私の事は、そうですねよろしければローズとお呼びください。」
「あ、あぁ。そうか、名前だな。俺は周りの連中によくエイリークって呼ばれていた。まぁあだ名みたいなもんだ。親に着けてもらった名前はアイク。」
「エイリーク……。やっぱり、戦場の幽鬼エイリーク。でもあれは少なくとも70年以上前から続いている話のはず。こんなに若いわけないわよね。そうすると同名の別人か子孫の方かしら。」
「何のことだかわからんが、少なくとも80年近く戦働きを続けているからな。もしかしたらどこかで噂位は流れているかもしれん。」
何やら中二病ネームをつけて俺の名前を呼んでいる彼女を見て、いたたまれなくなった俺はつい、提供する必要のない情報を自ら明かす。彼女は胡乱な目で俺を見る。
「はて、どう見てもそのような高齢者には見えませんわ。その言葉が本当なら貴方は現在100歳近いということになりますけど、どう見ても30歳未満、素直に見たら20歳前後にしか見えません。」
「正確には今年で120歳って事になるがまぁ、色々と事情があるんだよ。信じる必要はないし、信じてもらいたいとも思ってないから、この話はこれでおいておこうか。……、第一信じたところで意味無いしな。」
最後のところはボソッと、聞こえるかどうかの声だったけど、彼女にはちゃんと届いたようで、訝しげに顔を傾けた後、とりあえずは後回しにするつもりなのか500の缶に口をつけて傾ける。確かもう四本目に入っているけど、かなりペース速いなっと。トイレとか大丈夫か?いや、そんな事を考えるから変態扱いされるんだよな、と思い直して俺も残りのビールに口をつける。
信じてもらったところで意味はない。確認のしようもないし、記録と付き合わせたところでそれが俺の事だと証明する術はない。戦場の幽鬼である事を証明しても何の利益はないし、面倒ごとが増えるだけだ。わかってくれる人はいないし、いらない。聞かれたから答えた。あとは知らん。
彼女はしばらく缶に口をつけたり離したりをしながらブツブツと呟いている。漏れ聞こえる単語はチートだの神様だのの言葉が中心だが、時折魔術だの不老羨ましいという単語も漏れてくる。どうやら信じる方向で思考が進んでいるようだが……。
やがて考えが纏まったのか、あるいは考える事を放棄したのか。爛々とした目で缶ビールと御摘みの攻略を再開した。
既に二リットル近く飲んでいる割には酔ったようには見えないローズは、御摘みの山をガサガサと崩してチョコレートとかないのかしら、とつぶやきながら4本目を空にして5本目を開け始める。お腹タプタプにならないのかな?
しばらく探し続けた後、目当てのものを探し当てて嬉しそうに口に放り込んでいる。ビールとチョコレートねぇ、御摘みに出したのは俺だけど、合わないんじゃないかな。それぞれの好みだけどさ。
「ペース早かねぇか?500缶だぜ?どんだけ酒強えぇんだよ。」
半眼、いわゆるチベスナ顔で彼女を見ていると、何やら咳払いをしたのちに誤魔化すように話を続ける。
「まあ、幽鬼の件は今は置いときましょう。それよりもお互いの認識をすり合わせておきたいのだけれどもよろしいかしら。」
「ふん、お互い自己紹介をやり直すか?俺の元の名前は小林晶。お前さんは?」
「ふぅ……橋本恵美。いいわ、やり直しましょうか。こっちでの名前はローゼリア・エル・ルーデリット・バルフォルム。ローズは愛称よ。」
その家名に聞き覚えはあったが、とりあえず気にせずに話を先に進める。
「んで、その金髪縦ロールのローズちゃんは、何でこんなところで弟君に見捨てられて置いてけぼりを食らっていたんだい。あのイケメン金髪君は嬢ちゃんの弟なんだろう?そんなことを言っていたしな。」
「私の方も色々と事情があるのよ。別に話せないわけじゃないのですけど、一度に説明するには少し事情が複雑ですのよ。」
そう話すと、少し思案したのだろうか、視線が上を向く。やがて考えが纏まったか俺の目を見つめながら話を再開する。
「乙女ゲームってご存知かしら?端的に言えば私はその乙女ゲームの悪役令嬢に転生して無様にもざまぁ返しに失敗したのよ。」
なるほど、オタクの知識が下地にあればこれほど端的でわかりやすい現状の説明はない。だが、恵美嬢はどうして俺がそっち側の人間だと看破したのか。まさか顔と体型で中身まで見抜いたとかじゃあるまいな。まぁ、一先ずそこは置いておくとしても、あんまりと言えばあんまりな内容に暫時返答できずに、ただ彼女の目を見つめ返していた。
双方無言の中、焚火の弾ける音が響く。この問答で確実に分かったことが一つある。彼女の言が妄想の類じゃないとしたら、だけど。
乙女ゲーム、悪役令嬢と言えば婚約破棄や王子、王族、高位貴族といった「夢見がちな女の子」が喜びそうな要素がたっぷり詰まっているのが相場だ。逆にギャルゲーにはリビドーを拗らせた野郎どもの妄想がたっぷり詰まってやがるからどっちもどっちだが……、今現在も含めてギャルゲー含めたサブカルチャーに色々と大いにお世話になっている俺に何かを言える資格はない。
資格云々は置いておいて、ポイントは高位の権力者という所だ。つまり俺は、どうもかなり面倒くさい厄介ごとに首を突っ込んだどころか、更に事態をややこしく、デンジャラスにしてしまったらしい。
先行きに対するそこはかとない不安に、深くため息をついて俺も5本目の一番の500を開けて心を癒す作業に移る。出来ればこの先の話を聞かないで呑んで寝たいんだけど、駄目だろうなぁ。
「私が前世の記憶を思い出したのは4歳の頃よ。この世界が私のやりこんでいた乙女ゲームの世界だってことは直ぐに気が付いたわ。ゲームの名前は「あなただけに抱かれたい」って18禁のゲームよ。」
駄目らしい。仕方ないし逃げられなくもないけど、とりあえず酒の肴として黙ってうなずき話の続きを促す。別に18禁のゲームってところに気が惹かれた訳ではない。
「気が付いた理由は割愛するわね。話の本筋とは関係ないから。ただまぁ、簡単に言うとこの世界の自分の記憶が消えたわけじゃなかったから。自分の名前と家名、そして見覚えのあるスチルに似た光景がきっかけになったかな。」
割愛されてないやん、という至極真っ当な突込みは自粛する。
話を聞いている最中にネットワークから乙女ゲームの「あなただけに抱かれたい」を検索してとりあえずハードとソフトを確保しておく。同名のゲームがかなりの数があったので、これが彼女の知っている乙女ゲームと同じものかどうかはわからないがこの世界の特徴、彼女の家名と名前と愛称。その他いくつかの条件で絞り込んでいるから確度は高いはず。ついでそのゲームについての情報を確認する。
彼女の話を聞きながら、同時にいくつもの作業をこなす事が出来るのも、魂の改造の恩恵だ。粗方ゲーム情報の確認を終えた後、この世界が乙女ゲームの世界である旨、ネットワークに情報を上げておく。こういう努力の積み重ねが他の端末がこの世界に送り込まれた時の助けになるのだ。
最初からこの世界の特性がわかっていれば物語開始120年前に転生するのではなく主要キャラクターの年齢に合わせて転生することも出来るようになる。このゲームの世界に転生を希望する端末にとってみれば何にも替え難い情報だろう。
俺も機会があればこの世界の主要キャラクターに再度転生して18禁の世界を楽しむという手もある。
世界は外から見れば、言ってしまえば始まりから現在、未来、終末までのすべてが詰まった映像ディスクのようなものだ。異物が入り込んだ時点で変異し、別のディスクが作られるがもとのディスクがなくなるわけではない。
気に入った世界があれば何度でも変位前の元の世界に入り込み、様々な立場でその世界を楽しむことも出来る。まぁ、色々と制限が付いたり思いもよらない変位が起きたりで、面倒が全くないわけではないのだけど。何より短い期間での転生はコストの面や転生による消耗からの回復が間に合わない事もあり、中々できる事ではないらしい。
転生一回目の俺には想像もつかないけど。
色々と考えを巡らせている間にも彼女の話は続いている。興奮するでもなくアルコールに飲まれているでもなく淡々と。時折ビールを口に運び束の間の休止をはさみながら、ただ淡々と。
彼女の話を要約すると、この乙女ゲームは悪役令嬢である彼女がどの攻略ルートでも王太子に殺されるか、辺境の修道院に送られる、もしくは犯罪者として処刑される。辺境の醜悪な年寄り変人貴族の後添えとして嫁がされると、碌でもない末路をたどることが約束された作品だそうで、例えヒロインの攻略が失敗し、バッドエンドを迎えても、悪役令嬢は辺境の修道院に送られる最中に襲われて儚い命を散らすという流れになるらしい。
とあるルートを攻略成功した際には修道院に無事送られるのに、バッドエンドだと修道院に送られる途中で命を落とす。微妙に納得いかないが、そのルートがローズの弟さんのルートという事で納得できた。
おそらく弟さんの攻略ルートの場合ローズを辺境に送る責任者が弟さんではなく別人なのだろう。外見はイケメンである弟さん、レイモンドだっけ?まぁ、弟さんでいいや。その弟さんは外見はイケてても中身は残念だったのだろう。20人以上の山賊もどきに状況を把握せずに突撃をかまして、結局護送対象者を置いて逃げ帰るのだから。
弟さんが護送する際には失敗し、別人が担当する際には無事送り届ける事が出来たというわけだ。
ここまでの話を統合するとヒロインは攻略に失敗しバッドエンドを迎えたという事になるが、そういう事なのか確認してみるとある意味でそうだという返事が返ってきた。
「ヒロインは男爵令嬢で名前はマリア。ベタな名前なのはゲームではヒロインの名前を変更する事が出来たからですわね。制作陣はヒロインの名前には特にこだわってはいなかったようですね。
最初は私も殿下の婚約者にならなければ問題は解決すると考えておりましたの。
でも私と殿下の婚約は完全な政略結婚で私が産まれた時点で結ばれたもの。到底婚約回避などできるような状況ではありませんでしたわ。
その次は婚約解消に話を持っていきたかったのですが、当時の国情を鑑みると公爵家と次代の王との婚約は力のある貴族を押さえつけ国を安定させる為にはどうしても必要で、個人の感情如何で解消できるようなものではありませんでした。」
そういうと手持ちのビールは飲み切ってしまったらしく、手に持っていた500の缶を地面に置いた。一度話を区切ると、少し席を外したいと申し出てきたので色々と察して了承し、無言で女性用のお泊りセット下着込みの袋を渡してやる。サイズはなんとなくの目測だが基本はフリーサイズのものだから、着心地は兎も角着替えはできるだろう。
ついでに動きやすい服も一纏めに渡してやる。下着のセットを目にとめたローズは一瞬剣呑な視線を送ってはきたが、その後気まずそうにしてそそくさと少し離れた茂みの方へ小走りに消えていった。
それにしてもやっぱりバルフォルム公爵家のご令嬢さんだったか。厄介ごとの桁が跳ねたな。乙女ゲーム、悪役令嬢、婚約破棄、公爵家、王太子。一つ一つの役が一翻じゃ収まらないな。下手したらこの時点で数え役満でもおかしくない。というか、乙女ゲームだけで役満なのかもしれないけど。あぁ、いや、厄満の間違いか。
内心で頭を抱えていたら、ジャージ姿の金髪縦ロールというこの世界はもちろん、元の世界でも滅多にお目にかかることの無い格好になったローズが帰ってきて無言で右手を出してくる。
察した俺は逆らうことなくエビと一番の500を一本ずつ渡してやると小さい声で、「ありがと」と呟いていそいそと自分の位置に戻った
それにしてもローズは随分と酒に強いらしく、既にビールを何リットル飲んだのかわからない位だけど酔ったようなそぶりは一切見せていない。
「ジャージなんて本当に前世ぶりよ。ビールもカレーもチョコもだけど。」
懐かしいジャージの着心地を確かめるかのようにしばらくは体の彼方此方を撫でて様子を確認していたが、一通り満足したらしくまた小気味のいいプルタブの音を響かせて次の缶に口をつけ、一息ついてから話を再開する。
結局、公爵家からの婚約の解消を断念したローズは次善の策として、悪役令嬢にならない道を模索することになる。つまりは婚約者として問題がない程度に王子との関係を育み、尚且つ何時でも婚約解消できるように半歩距離を置いていたのだ。
王子が順当に立太子を終え、婚約者であるローズも王妃教育が始まる。元々のローズとしての才能もさることながら人生2度目である事もいい具合に作用したのか、特に問題なく王妃教育をこなしていく内に、彼女の評判も上がり周囲もこれで王家は安泰だという認識が広がり始める。
ゲームでの王太子との不仲の原因、できる女にコンプレックスを持つ王太子という図式が成り立ち始めたころ、とうとう乙女ゲームの始まりの地、王立学園への入学の時期がやってきてしまった。
王妃教育に手を抜くわけにはいかなかった。手を抜けるような環境ではなかったし、公爵家側の過失による婚約解消にするわけにもいかない。
後に裏切られることになる弟、レイモンドに対しては兎も角、彼女をここまで慈しみ愛してくれた父と母は悲しませたくなかったから。
運命の強制力か、それとも運命への介入をあきらめてしまったローズが迎えるべき必然か、無事に王太子と男爵令嬢は入学式で運命の出会いをしてしまい、徐々にひかれあう事になる。
ローズにとっての最悪はヒロインであるマリアが堂々と逆ハーレムルートへ突き進んでいったことにある。逆ハールートの結末は悪役令嬢であるローズが王太子に切り殺されるルートだ。当然死にたくないのは当たり前だが、王太子にその手で殺される事態になれば実家の公爵家、両親がどう巻き込まれるのか想像もつかない。
ゲームでも逆ハーの際は弟のレイモンドが爵位を継いでハーレムメンバーとしてヒロインに侍る位にしか表現されてなく、両親がどうなったかは語られていない。
悪役令嬢を演じないだけではない。何とか逆ハーを断念させる必要がある。その日からローズの孤独な戦いが始まった。最初から王太子に対しての愛情など欠片もない。こちらからマリア嬢へ積極的に干渉するつもりは最初からないが、逆ハーはエンディング的に困る。だから悪役令嬢にならなければ、それで良いというわけでもない。簡単にはいかないのだ。
王太子側も簡単に婚約破棄をたたきつける訳にはいかない事情がある。王太子がマリア嬢と思いを遂げるためには、公爵家もしくはローズの有責による婚約破棄か解消になる必要があるのだ。
王族と有力な門閥貴族同士の派閥間の微妙な力の綱引きの結果結ばれた婚約であることは王太子も理解している。王族側の過失を認める事は王族の立場を弱くする。結果門閥貴族同士が結束して王家を責める可能性が高い。どうあっても王家側の有責を認める事は出来ない。
公爵家側の過失を確立できずにローズとの婚約が破綻すれば自分が廃嫡され弟王子がローズと婚約し王太子となるであろう事は重々承知している。
入学後3か月もしないうちにローズとヒロイン、そして王太子の巧妙な駆け引きが始まった。
ローズとしては王太子側の有責での婚約解消を目指し、自身の死の運命を回避する。ヒロイン、マリアとしては出来れば逆ハー攻略、最低でも王太子の攻略。そして王太子としては、おそらくローズの有責による婚約破棄もしくはローズを罪人として処断するための状況の構築。
ここで疑問に思うのは何故マリアの思惑がおそらくではなく断定になっているのか。これは入学半年後にとある偶然で彼女の思惑が判明したことが原因だ。
この手の悪役令嬢物ざまぁ返しにありがちな悪役令嬢が手を出してこない状況に焦りを覚えたマリア嬢が、なかなか進まないイベント状況にいら立ち、校舎裏で一人、愚痴っていたのを聞いてしまったのだ。その愚痴の内容からいくつかの事実が判明した。
一つはマリア嬢が間違いなく転生者であった事。そしてもう一つは彼女が悪役令嬢のざまぁ返し物の小説や漫画のファンでもあった事。マリア嬢は自分がこのまま逆ハールートを進むことの危険性を認識し、断腸の思いで王太子ルート一本に進む決断をし、更にはその内容を独り言の形をとりローズにわざと聞かせたらしいのだ。
マリア嬢もローズが転生者であることを疑い、探りを入れる意味で転生者でなければ理解できない単語を独り言にいくつも入れたようだ。
自分の立ち位置から、自分が転生者であることはおそらくローズに悟られていると当たりをつけて、ローズの行動を予測が付きやすく誘導するためにあえて聞かせたとは後日のマリアの弁である。
その日から必死で駆け引きを続ける王太子を尻目に、ローズとマリア嬢のざまぁ返し物のファン同士の必死の駆け引き。ざまぁ名人戦が始まったのだそうだ。
王太子ルートならば悪役令嬢であるローズも王太子に惨殺されるルートや修道院に送られるルートの他に比較的穏便な公爵家での謹慎エンドもあるのだそうで、マリア嬢は言外にそのルートでの手打ちとそのルートへの追い込みを。
ローズは返り討ちで王家有責の婚約解消、第2王子立太子を目指して、言葉に出来ない駆け引きを数年、学園卒業の数か月前まで笑顔の裏で激しい戦いを繰り広げていた。
「女って恐ろしいな。」
ついこの一言が出た俺を軽くにらんだ後に、彼女は続ける。
本来、両者の間に入って右往左往するはずの王太子は表面上は兎も角、本質的には両者に相手にされていなかったらしい。一応、王太子もマリア側に立って彼なりに色々と駆け引きと裏工作を続けていたみたいだけど、既にお互いを好敵手として認めあっていたローズとマリア嬢にとってはいつの間にかどうでもいい存在になっていたようだ。
王太子本人には気が付かれてはいなかったらしいが。
結局、二人は申し合わせたように、あの日マリアが態と愚痴を聞かせた校舎裏で鉢合わせ、無言で握手を交わしていたらしい。両者曰く、千日手になったらしく、勝負無し。状況は僅かにローズ有利だったらしい。
なんのこっちゃ。
強敵と書いて友と読む。お互いを強敵と認めた二人は互いの腹の内を隠さずにみせあった。可能な限り言葉を交わさず目を合わせず、その上でお互いの腹の内を読み切って戦いを繰り広げていた二人にとって、この話し合いはいわば答え合わせのようなもので、死力を尽くした結果、お互いの心の壁も完全に破壊し、深く理解しあってすらいたとはローズの弁だ。
マリア嬢にとってみれば、最低限、貧乏男爵の生活から抜け出し王太子の懐にあやかって裕福な暮らしが出来ればおおよそ満足であり、後は見目のいい男、つまり王太子と適当に愛をつむげれば満足であるとの事。
一方、ローズにしてみれば今更王太子に男女の情があるわけではないが、第2王子に惚れているわけでもない。単に状況への対抗手段の一つとして第2王子を持ち出しただけであるから、王太子の廃嫡並びに第2王子の立太子にこだわるつもりはない。
王太子妃として公務はローズが、王太子とローズの間は白い結婚を守り、側妃としてマリアが立つ。子供が生まれた後にマリアが王太子妃になり、ローズは王太子と離縁して命と両親の身の安全、並びに自身の純潔を守って家族で国外に脱出。その後好きな人生をおくるという、どう考えても実現困難な妥協案を二人で練り上げた。
この根本的な解決を伴っていない妥協案がローズにどんな利点があるのかが今一よくわからん。描いた図面そのままに上手くいくのなら兎も角、ちょっと考えただけでもいくつか高いハードルがある上に脱出後のプランも必要だろう。
他国の元王太子妃なんて存在、政治的に利用しようとすればいくらでも利用できるだろうし、下手をすれば命がいくつあっても足りない。
ローズにそのあたりの事を聞くと、妥協案を打ち合わせている時点で既に駆け引きに時間を使い過ぎて、このままだと王太子と実態も含めて結婚せざるを得なくなりそうであったし、マリアを諦めきれない王太子が暴走してローズを物理的に排除する可能性もあったらしく、とりあえずの打開策としての妥協案との事。早い話が次の策に移る為の時間稼ぎだな。
当然、その妥協案のままじゃ離婚後の門閥貴族側の抑えがどうにもならない。必要なのはローズと第1でも第2でもいいが、王太子の血を引いた子供なわけであるし。
だけど二人はそのあたりも何とかすべく協力体制を取ることを約束し、ようやく明るい未来が見え始めた矢先、乙女ゲームの展開にあったようなマリアが襲われるイベントが発生し、マリアが意識不明の重体に陥った。
「言っておくけど、私の仕業じゃないわよ。これは私の誇りをかけて誓えるわ。」
誇りなんかは証拠にはならない、と秒速で突っ込みを入れる寸前で思いとどまる。この時点でまぜっかえしても不興を買うだけで何の意味もない。
この事態に王太子は暴走。ここ数日マリア嬢とローズがこそこそと密会をしていたことを突き止めていた王太子は、何処をどう考えて結論を出したのか、ローズがマリア嬢襲撃の黒幕に違いないとの結論を出し、王が不在であったのをいいことにローズを断罪。
すでに家族として仲が冷えていたローズの弟、レイモンドがこれを契機にローズを排除する為にマリア嬢襲撃のありもしない証拠を捏造し、ローズを拘束、監禁した。行動が一切取れずマリア嬢の安否すら満足に確認できなくなったローズは、そのまま辺境の修道院に送られる事となりこの事件が起きた。
因みにゲームでは戦場の幽鬼、エイリークが護送隊を襲って皆殺しにしたというエピソードがあるそうで、その話から俺の正体にあたりを付けたらしい。
「一応、ここに送られる前に辛うじて私の手の者と接触できたわ。短いやり取りで細かい事は確認できなかったけど。マリアは何とか一命をとりとめたけど、意識が未だ戻らないって報告は受けていたのよ。
辺境の修道院に送られる可能性については以前から承知していたもの。あちらにも私の手は入れてあるから、いつでも簡単に脱出できるし、できるだけ早く修道院についてから体勢を立て直そうと思っていたのだけどもあんなことになっちゃって。」
なるほど、予定外の襲撃で護送中の死亡エンド成立だと思ったからローズはあそこまでおびえていたわけだ。
「いえ、そうじゃなくてもあの惨劇を目の当たりにしておびえずに済む人がどれほどいるのかしら。あの数舜で人間が紙切れやゴミ屑のようにちぎれ飛んで、気が付いたらどこもかしこも血まみれの臓物まみれ。私自身血の海に囲まれて、その上目撃者は放っておけない、ですもの。普通に死を覚悟するわよ。」
「あぁ、その件については申し訳ないが、状況もよくわかっていなかったしな。まぁ、それならば首を突っ込むなという話なんだが、今更なかったことにして、さようならって訳にもいくまい。いや、それでいいならそうするんだが。割と、かなり、本気で。」
本音をポロリと漏らしてみたけど、彼女はクスリと笑って流してしまった。
「それで、私の事情は全部話したわ。今後の私の予定は私一人では決められないみたいだし、次はあなたの話を聞かせてくれない?」
どうぞご自由に予定とやらをキメてとっとと旅立ってほしいという本音と、こいつは不幸な事故の目撃者だという事情。運命的なイベントだと喜んで自分から首を突っ込んでおいて面倒くさい女は嫌だという割と最低な本音と、もしかしたらいい思いが出来るかもしれないという不埒な妄想が代わる代わる頭を流れていく。
事ここに至って、何本目になるかわからない500を飲み切って少々座った目になっている彼女からのお願いを拒否する理由は特にない。ちょっと怖いし。
話したところで信じるかどうかわからんが、彼女の経験から俺の話も頭ごなしには否定しないだろう。ここまで腹を割って話してくれた意気に感じ俺も前世から今に至る大体の概要を説明し始める。
途中、能力についても質問があったが、隠す気も無ければ目の前の自称策士を相手に隠し通せる自信もない。所詮記憶力と思考速度が早いだけの凡人の頭脳の持ち主である俺が、目の前の才気あふれる公爵令嬢に頭脳戦で太刀打ちできるはずがないのだ。
あらかた話し終わったのち俺も手に持ったビールを飲み干した。
「ハーレムって……。いや、正直なのはいいけど少しは取り繕った方が。まぁいいわ、それは置いときましょう。
とても信じられないけど、どうやら本当の事みたいね。これって転生系の物語で言えば神様転生って事よね。」
英雄とかハーレムとか更には160年の清い人生まで、勢いに任せて言わない方がいい事までも言ってしまったような気がするけど、気にしないことにする。また心の棚に永久保管する品物が出来てしまった。いつか棚卸するときが来るのだろうか。
「そういう事になるな。まぁ俺が会ったあの神様が本当に神様なのかどうかまでは分からないけど、少なくとも俺に不思議な力を持たせて再度の人生をくれたのは間違いない。この120年、老化の兆しは見えんし、自分の体がどうなっているのかも本能的に分かる。今の俺は首を刎ねられたくらいじゃ死ぬこともない。」
「やっぱり信じがたいという言葉しか出てこないわね。ただ、信じる材料はある訳ですし。
少なくとも目の前で、何もない所からこの世界にあるはずも無い物を取り出して飲食しているんだもの。幻覚の類じゃないのは、おなかが膨れて酔いがまわっていることからも解るわ。
と言う事は戦場での殆どあり得ない悪夢のような活躍も真実で、その悪夢の原動力はその神様にもらった魔法って事なのかしら。」
「全部が全部魔法の力ってわけじゃないけどな。概ねその通りだと思う。まぁ、俺は自分じゃその戦場の幽鬼エイリークの話を詳しく聞いたことはないから、誇張されているのかどうかまでは知らんがな。」
ふーんと相槌を打ちながら缶を傾けて何か考え事をしているローズ嬢。
ローズ嬢の話によると戦場の幽鬼のうわさ話、というか既におとぎ話と化しているらしいが、その話の中ではエイリークはただ一騎にて敵陣を蹂躙し、攻城戦においては城門を吹き飛ばし、敵城にそのまま単騎掛けにて突入、途中馬を失いながらも遂には王を捕殺し王族をその守護騎士毎皆殺しにした化け物であるとの事。
今でも攻め滅ぼされた王城が当時のまま遺棄されており、毎年その時期が来ると王城に血の海が溢れ、当時の王やその一族、騎士たちの怨嗟のうめき声やすすり泣きが聞こえてくるというオマケもついてくる。今ではその城は嘆きの城と呼ばれているらしい。
最後のうめき声やすすり泣きなんてオマケの部分は置いといても、まぁ前半部分はおおむね事実であるから、それほど歪んで伝わっているわけではないらしい。途中馬を失ったとあるけど別に失ったわけではない。
城内に突入後邪魔になったから降りただけで、攻城戦が終わった後に無事回収してその後も数年愛馬として活躍してもらっている。最後には事情があって死に別れてしまったが。
…………あの日以来俺の好物に馬刺しが加わったのは内緒である。
当時、俺が味方した国の王家は、目の前で繰り広げられた惨劇をただただ恐れ、ボロボロになった敵城に関わることも恐れたために、今でも当時の惨劇のまま放置されているらしいが、もう70年近く前の話だ。
誰も手入れをしていないのなら今頃城は崩れて、雑草や雑木などに埋もれてしまい、当時の面影など跡形もないに違いない。
そう彼女に確認したら、城そのものは遺棄されているが、全く手を入れないのも幽鬼に祟られるのではないかと恐れているらしく、その周辺の草刈りやら雑木などの伐採は定期的にされているらしいと教えられた。
そういう態をとってその敵城跡地を観光地にしているのだと聞いて、人間の商魂のたくましさに呆れるやら関心するやら、一通り唸っていたら、ようやく彼女の考えが纏まったのか、飲み切った缶を脇にどけて俺に向き直る。
「私は、私の盟友を助けたいのです。どうか私を助けてはいただけないでしょうか。」
そう言うと彼女は似合わぬジャージ姿で奇麗なジャパニーズ土下座を決めてくれたのだった。
とは言え、このままスムーズにかしこまり、というわけにもいかない。ただ働きは好きじゃないし、このまま巻き込まれたらメリットとデメリットがどうなるのか、最低でもそのあたりは把握したい。
メリットは、彼女が報酬を提示するかどうかで色々と変わってくるけど、提示された報酬以外のメリットは……。仲良くなれるとか、かな。
マリア嬢を助ける事が出来たとしてマリア嬢とも縁を結べる位だな。金銭は別にいらないし、欲しいものも特にない。
かわってデメリットは、面倒くさい。ただひたすら面倒くさい。それならこんな厄介ごとにイベントがどうとか言って首を突っ込むなという話になるけど、あの時は自分でも不思議なくらいにテンションが上がってしまったからな。
度々、こんな風にテンションを上げてトラブル起こしているような気がするけど、気にしないことにする。
それ以外のデメリットは、特にないかな。面倒ごとが起きても今更だし、国と関わると数十年単位で面倒ごとを引きずるけど、この国に半世紀ばかり近づかなければいずれ問題はなくなる。物理的な障害は心の棚へ保管する出来事へと昇華されていくだろうことは疑いもない。
万が一、ローズ嬢やマリア嬢が被害を受けるような事態になったところで心の棚の管理物件がいくつか増えるだけの事。世は全て事も無しだっけかな。と、なると後は提示される報酬次第という事になるか。
結局俺が何かを考えたところで碌な結果はもたらされないって事だけははっきりした。自分じゃまともにメリットもデメリットも思いつかない。なんなのだろう、この腹の底から湧いてくる無力感。俺一人で考えても無駄だな。
頭を下げたままの彼女に声をかける。
「自称自警団を皆殺しにした件は置いておくとしても、そのマリア嬢を助けたとして、俺に何かメリットはあるんかな。」
特に駆け引きのつもりもない、自分じゃ思いつかないから聞いているという類の問いかけだけども、おそらく彼女には別の意図をもった言葉に聞こえているはずだ。流石にそのくらいはわかる。
「マリアが提供できるものはわからない。けど私からちゃんと報酬を渡すわ。」
未だ土下座の姿勢のままの彼女。なるほど、土下座には相手に視線を合わせずに済むという利点もあるのだな、と思わされた。目は口程に物を言う。少なくとも今の状態では彼女の言葉以外に彼女を判断する材料がない。
俺の真意は伝わらなかったが、少なくともただ働きにはならないようで結構なことだ。
「……ふぅ……。報酬次第、かな。理解していると思うけど、俺にとって金銭はそれほど価値を持たない。今のところあんまり社会とかかわって生きているわけじゃないからな。」
それでいてどういうわけか意外と金が溜まっていく。道中、どうでも良いいざこざにはよく巻き込まれるし、それなりに町に寄ることもある。その度に碌でもない理由で懐は温まり続ける。正直、この世界の物でほしいと思うようなものはあんまりない。時折いい酒に巡り合えるが、それ以外に使い道がないんだよな。食いもんも飲み物も、ネットワークから手に入れる方が質も量も遥かにいい。
一所に留まる様な生き方をしていないし、町に長居もしないから、宿代に金を使うでもない。第一下手に宿に泊まるより、近代的なテントに清潔なベッドマットで寝たほうが快適だし、場所によっては宿泊用の簡易コテージ、プレハブなどの箱物を設置し空調を利かせてさらに快適に過ごすことも出来る。
女も、まぁ160年守り続けたビンテージ物の清らかさを今更商売女でなくすつもりはない。
ちょっと怖気づいているとか、実は女が怖いんじゃないかとか、そういう指摘はスルーさせていただく。人間、事実だとしても言っていい事と悪い事があるもんだ。
結局、たまった金は神の端末としての役割を果たす為に使うくらいだな。
ネットワークから適当な商品を仕入れ町にある商会に売りさばき、その町の特産品やら何やらを仕入れてネットワークに売りさばく。
それだけでも金はどんどん溜まっていくし、積みあがっていく硬貨を見るのはなんとなく楽しかったりするので、そういう意味では全く価値がないわけじゃないけど。
ゲームかなんかでスコアを上げていくような感覚が近いかもしれない。
だけど仕事は仕事。個人的な頼まれ事で、スコア的な意味しかない金銭では働く気にはなれない。もっと俺の利益になる様な事でないと、受ける気にはなれない。
とは言うものの正直、無報酬でも目と目を合わせてウルっと瞳に涙を貯められて涙ながらにお願いされたら、抵抗できるかどうか自信はない。俺の160年を舐めないでほしい。
「報酬は、私が差し上げられる全てを。もちろん、ハーレム的な意味で受け取ってもらっても構わないわ。」
土下座の状態から顔だけを起こし、じっと俺の目を貫くように見つめるローズ嬢にもろに動揺する俺。あぁ、余計なことを言わなければよかったと後悔するが同時に良くやった俺、と自分を褒める気持ちもあったりする。
どう取り繕っても結局自分が屑である事を再度自覚させられて、内心悶絶していたら目を読まれたのか土下座を直して彼女が続ける。
「多分、そこまで求めるつもりは無かったのかもしれないけど、遠慮する必要はないのよ。この報酬の提案、半分は報酬でもう半分は私の都合でもあるから。」
あぁ、やっぱり彼女にこういう駆け引きで勝てる気がしない。
「ローズ嬢の都合とは。」
「今更嬢とか付けなくてもいいわよ。ローズって呼び捨てにしてくださるかしら。
ま、ここまで拗れたからには私が元の鞘に戻れる可能性はほとんどないわ。陛下が戻られても実際にマリアが襲われた事実がある以上、それが誰の手によるものかは兎も角、王族が一度下した判決は簡単には覆せないでしょうし。
明確に他の犯人の証拠があるのなら話は別ですけど。
万一真犯人が判明して名誉が回復されても、王太子との婚約は当然解消されているでしょうし、今更やり直すことも難しい。王家と貴族との力関係は不安定なままになってしまいますが、私が断罪された事実と純潔が疑われる状況である以上、私を政略結婚には使えなくなりました。
他に使える適当な駒が無い以上、おそらくは次の世代に期待して不安定なまま維持していく事になるでしょう。
つまり、図らずとも私の当初の目的の半分は不完全ながら達成されたという事でもあります。」
「不完全か。命は拾ったが両親の事、公爵家の名誉、そのあたりの事か。」
そういうと同意してさらに続ける。
「弟が私を護送していた時点では爵位の継承は行われていなかった。私とつなぎを取ってくれた者の話では両親とも王太子に抗議してくれているものの、相手にされていないようです。
でも少なくともその時点では、公爵家で私以外の人的被害は出ていないと解釈できます。今後は解りませんけどね。
マリアを助ける過程で可能なら真犯人を捕まえたい。私の冤罪を晴らす。そうなれば少なくとも両親の名誉は救えると思います。公爵家を改易することは貴族側の大きな反発を招くことになりますし、公爵家の存続、両親の命については問題ないかと。
それでもこの後、どう決着がつくにせよ、私自身が家に残るのは難しいんですよ。
始末のつけかたにもよりますけど、証拠の捏造の一件を考慮に入れてもおそらく公爵家は弟、レイモンドが継ぐことになります。
王太子の意を受けてと周囲は受け取るでしょうし、事実そうでしょうから。せいぜいが、お家騒動に王太子の意が絡んだ、程度で流されると思います。厳重注意が関の山かな。私が生きて帰ればそこまで大ごとにはなりません。
ただ、状況が状況なので私の純潔は疑われたままですし、そうなれば結婚することはできません。他家に嫁にいけぬとなれば公爵家に残る事になりますが、レイモンドが当主になれば公爵家にも私の居場所はなくなるでしょう。
おそらくはその時点で結局修道院に入れられることになるかと。私の意思とは関係なく。」
「ローズの目的は自分の命と両親の無事だよな。修道院に入れられるなら一応窮屈でも目的は達成している。修道院に手の者を入れているのなら、そこから抜け出すことも出来るだろうし、今、このまま逃げてしまうのも一つの手だ。」
「私だけの事ならそれでもいいですわ。でも心をつないだマリアを見捨てる事は出来ないし、出来れば私も私なりの人生を、幸せを追求したいという思いもあるわ。
マリアを助けに戻れば当然、一度は家に帰ることになります。
レイモンドが家を継承するにしても、今回の一件のほとぼりが冷めてからになるでしょう。それは一体何年後の事か……。
当然私も適齢期はとうに過ぎてしまうし、先の見通せない窮屈な暮らしから抜け出せるものなら抜け出したい。そう思ったのが今回の報酬を提示した理由の一つ。
やっぱり今回の人生こそはちゃんと子供を産みたいですし。」
少し顔を赤らめて僅かに視線を伏せるローズに不覚にも意識させられてしまった。察するに前世では我が子を抱けなかったなにがしかの理由があるのだろう。
「それなら別に俺の女にならずとも、平民でもそれなりに裕福な家に嫁げばいいんじゃないかな。平民ならば其処まで純潔にこだわる事もないだろうし、公爵家の家格に見合った扱いをしてくれるだろう。少なくとも良い暮らしはできるだろうよ。」
「そこよ、それなのよ。その良い暮らしよ。」
我が意を得たりと、ローズ嬢はその表情に喜色をあふれさせると中身がなくなった銀色の缶を片手に持ち俺に突きつけるように前にだす。
「その良い暮らしの中にコレは存在しているのかしら。」
そういうと今度は別に分けておいたゴミの山からチョコレートの包装とレトルトの包を取り出して同じように俺に掲示する。
「その暮らしにはエビ的なものも一番もチョコもカレーすら存在しないわ。最初からないものと諦めていた昨日までなら頭に浮かんですら来なかったでしょうけど、再び口にした瞬間から、もうこれらを手放すなんて考えたくないわね。」
と、にっこり笑った後に残っていたチョコレートを一粒口に含み、んーっと小さく声を上げる。
「つまりビールやチョコレートの為に身を売るって事か。」
「ちょっと違うわね。報酬にかこつけてあんたを逃がさないって言っているのよ。」
ローズの笑顔がまるで捕食者の笑顔に見えて一瞬怖気づく。あかん、これ食われるんじゃないか、という恐怖というか自分でも判別のつかない感情が腹の底からあふれてくるけど、彼女のほほえみから暫く目をそらす事が出来なかった。
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その後は特筆すべきことは無かったと思う。ほとんど全部力技で解決した感じだな。
ざっと説明すると、俺たち二人は王家の敷いた捜査網や警備網をあっけなく突破し、不幸にも物分かりの悪い警備兵と武力衝突する事態に発展するたびに、哀れそれらは俺の心の棚の一品になり果てた。
ローズの提案でマリア嬢が保護されていると思われる場所にわざわざ戦場の幽鬼エイリークの名乗りをあげてから片っ端から力ずくで突入する。心の棚の一品をさらにいくつか増やした後にマリア嬢を発見。まだ意識が回復していない彼女を癒しの魔術で治療する。
意識を取り戻し、ローズの説明で状況を把握したマリア嬢の証言と捜査に使えるいくつかの魔術の合わせ技で実行犯を確保した後、魔術と物理的な説得で真犯人が判明した。
マリア嬢が意識を取り戻した後、一度潜伏先にもどってから二人して話し込んでいたようなのだが、なにやら事情の説明以外の話で盛り上がっていたようだ。
話の途中、クーラーボックスに入れたビール各種と御摘み盛り合わせ。更にはカレーライスとスイーツ各種を求められ、唯々諾々とそれらを提供したが、女性部屋として設置したコテージに二人を隔離しておいたので、何を話したのかはよくわからん。
あんまり関わり合いになりたくはなかったものでな。重要な部分だけわかればそれで充分。君子危うきに近寄らず、だな。別に君子を気取っているわけではないけど、女は徒党を組むと怖いのだ。それでよくハーレムがどうとか言っているな、と自分でも思わないでもないが、やはり義務だからな。
その後にもブランデーやら芋焼酎、日本酒、〆のラーメンの追加オーダーが来た時には、女子会の恐ろしさに恐れおののいたものだ。
女子二人にしては消費量が恐ろしいと思ったのだが、女子会が終わったのちにコテージをストレージに収納した際、それほど多量に飲み食いしたわけではないことが判明し、ほっと胸をなでおろした記憶がある。
どうも二人は沢山の種類を少しずつ楽しんでいたらしい。女子らしいと言えば女子らしいのだろうな。
それはさておき、判明した真犯人は王太子の妹さん、つまり王女様で、意外なことに三人目の天然転生者だった。王女はレイモンド君推しだったらしく、マリア嬢の最初期のいくつかの行動を確認した彼女は目指すルートが逆ハールートであると断定。
愛しのレイモンド君を取られてはならぬと彼女なりに色々と画策していたようだが、この手の謀の才能はざまぁ名人戦を繰り広げる二人には全然及ばなかったらしく、何をやっても状況の好転は見られなかった。いよいよ卒業が近づき焦った彼女はついに暴走してしまったらしい。
事態の解決の途中や、王城に正面から突撃をかけた際にも幾つかのささやかなトラブルがあったかもしれない。
マリア嬢が匿われていた離宮が不幸な事故で崩壊したり、実行犯である近衛騎士をかばおうとしたお仲間さんをほぼ壊滅させて心の棚の一品に変えたり。
あと、ついでにごちゃごちゃうるさかった王太子もうっかり一品に変えてしまったのはちょっとやり過ぎたかもしれない。
王様も第二王子もガタガタ震えて文句ひとつ言ってこなかったから、問題にはならないだろう。心のどこかで問題しかないという突込みが入ってくるけど、気のせいだ。
ローズが俺の後ろでマリア嬢と話していたのをちらっと聞いたけど、わざわざ一騒ぎ起こす前に名乗りを上げていた効果が出たとか何とか。戦場の幽鬼のネームバリューは大したものだと盛り上がっていた。
呑気に話しているけどマリア嬢は王太子殿下がお星さまになってしまった事について、何かないのかなと思ったら、もっといい男を見つけたからどうでも良いとローズ嬢を彷彿させる肉食獣の笑みを俺に向けていた。たしかマリア嬢は面食いだったと記憶しているんだが。俺、チビの団子っパナで不細工なんだけど……。
一反思考停止して隙を見せていた俺に近衛騎士団の団長さんが切りかかってきた。とっさの事で手加減できずにあっさりとお星さまにした際に、派手にまき散らした臓物と大量の血飛沫を一身に浴びたレイモンドが恐怖のあまり精神の箍が外れたのか、盛大に失禁と脱糞してその場でうずくまってブルブルと震え始める。
その哀れな姿をみた王女様は100年の恋も冷めたらしく、そそくさと彼のそばから離れてしまった。
その後、ローズとマリア嬢、王様と第2王子そして何故か王女も含めた話し合いが惨劇の場をそのまま会議室代わりにして始まった。
話しがどう進み、何がどうなったのか、難しい話には興味が無かったから聞き流していた。
暫くすると本腰で話し合う事になったのか、会議場の場所が変わり、ついでとばかりにローズとマリア嬢から各種アルコールやら摘みやら食事やらスイーツやら〆のオーダーが入って俺を呆れさせた。
先程の話し合いもそうだが、この後の展開にもあんまり関わり合いになりたくなかったので、ここでも言われるままに物品を提供した後別室にて寛がせてもらった。
誰も俺の側に居たくは無かったのか、見張りもつかなかったのでのんびりと一人酒を楽しむ。時折ローズが追加オーダーを採りに来る位で概ね平和なひと時を過ごさせてもらった。
王族という物は、いや、権力者という者は存外根が図太いのかもしれないな。ローズの時も思ったけど、あれほど怯えて震えていたというのに、一度矢面から逃れて喉元過ぎれば色々と頭も回ってくるし体面を取り繕う余裕も取り戻したらしい。
流石王城の一室。防音はしっかりしているが時折人の出入りがあるたびに隣室から聞こえてくる声には王や第2王子のしっかりとした声も聞こえてきていた。途中で呼び出されたのか、どうやら公爵家のご両親も会議には参加しているみたいだ。
結局どのように一件落着したのかわからないまま、いつの間にか話し合いという名の宴会は終わっていた。王太子を含めて色々と残念なことになってしまったからな。通夜振る舞いになったのかもしれない。この国にそんな風習があるのかは知らないけど。
本当はさっさとこの国を出ていきたかったのだが、色々と準備が必要との事。結局、一度王城を辞してそのままの足で公爵家の屋敷にて1週間滞在することになる。
ローズのご両親には感謝の言葉含めて色々と面談を求められたし、とりあえず立ち直ったらしい弟君からはあまりよくない感情をいただいた。流石にレイモンド君までお星さまにはしなかったが、まぁ中々落ち着かない、色々と身の危険を感じる一週間だった。主に性的に、多分。
ようやく王都を出るときには公爵家のご両親とびくびくと怯えるレイモンド君、近日中には立太子されることが確実になった第2王子に見送られる事になった。
そうして俺は、ローズとマリア嬢、そして二人の私物と多数の金品、それと何故か王家からの詫び代わりに王女が人質の名目で彼女の私物と一緒に4頭引きの馬車4台に詰め込まれている光景をただ茫然と眺めている。
俺に話しかける王女の顔には、ここ最近よく見る肉食獣の笑みが張り付けられていたことをここに追記する。
ローズが言うには王女を連れていく事でこの国の王家と貴族間の力のバランスを当面は考える必要がなくなるらしい。理由がよくわからないと聞くと、誰もかれも祟り神に自ら望んで祟られたくはないというのがその理由だといわれた。理解できん。
王都を旅立った後、この一癖も二癖もあるいわくつきの三人娘とそのお付きとして付けられた侍女たちとは色々あったのだがそれはまた別の話だ。
あぁ、とりあえず今はまだ清き歴史を積み重ねているよ。トータルで161年目に突入したけど、最近は侍女たちまで肉食獣になってしまった。
ヘタレだとか拗らせ野郎とか色々と言いたいことはあるだろうけど、まぁわかるよ。でもね、俺が求めていたのはもうちょっとおしとやかで清楚なヒロイン達であって、けっしてニヤリというよりニタリと表現したほうが似合う笑みを浮かべて寝床に襲い掛かってくる肉食娘ではないのだよ。
せめて一言だけ言わせてくれ。
ハーレムって怖い。
アイクとローズ以外、あまり喋っていませんが、ローズのキャラクターを固定させる作業だけで四苦八苦してしまいました。
たった二人の会話でこれです。
物語を描いていく難しさの一端を感じ、諸先輩方のご苦労を思うと頭が下がる思いです。
もし面白い、続きが読みたいと思われる奇特な方がおられましたら是非、下の☆で評価をお願いしたします。
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何せ、書いているうちにテンパってきて何度も読み返すほどに訳が分からなくなったりしたので(苦笑