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第1話 コロサレタ

「やめ――助けてくれえぇぇぇっ!」


 頭がひどく痛い。


 体はだるくて指いっぽん動かせないし、まぶたは重くて自分の意思では持ち上がらない。


 でも――


「お願いだっ! 頼むからっ! 死にたくないぃぃっ!!」


 騒々しい叫び声と、危機感に満ちた悲鳴が、ガンガンとドラムのように私の鼓膜を叩き続ける。


 この声の主である男性は、よほど切羽詰まった状況に置かれているのだろう。


「ああぁぁぁぁぁぁっ!!」


 声が、近づいて来る。


 ガリガリと何かを引っ掻いているような物音も、バタバタと何かが暴れまわる物音も。


 肌が振動として感じられるほど近くに。


「頼むよっ! 私は、私は……!」


 ガシャンと、金属同士がぶつかる音が頭上で響く。


「君、君、君っ! たす、助けてくれっ!!」


 呼ばれているのは私……なのだろうか。


 ここまで必死に助けを求めているなんて、どういうつもりなのだろう。


 私は無価値な存在だ。


 いつもいつも上司からストレスのはけ口として怒られるだけの苦しい仕事。


 なんの意味も見いだせない、つまらないやりとりをするしかない人間関係。


 愛想笑いを顔に張りつけて、上辺だけのお世辞を口にして。


 私を大切に想ってくれる人なんて誰も居ないし、私もそんな風に想える人は居ない。


 ただ生きているだけの……いや、生きているなどと口が裂けても言えない、ただ惰性で動いているだけ。


 それが私。


 なのに、そんな私に助けてほしいなんて、どんな人なんだろう。


 どんな状況なのだろう。


 そう思って、私は目を開けた。


「いい加減にして欲しいなぁ」


 先ほどとは違う、もっと若い男の人の声が降ってくる。


 私は声のした方へとゆっくり顔を向け――


「――――っ!」


 一瞬で、意識が覚醒した。


 私の視界にまず飛び込んできたのは、鉄格子。


「す、すみませんすみませんすみませんっ。やめてっ! やめてくださいっ!!」


 そして、スーツ姿の脂ぎった男性が、必死でその鉄格子にしがみついて懇願している姿だった。


 男の顔は、血と涙と鼻水でぐちゃぐちゃになり、更に土と泥と恐怖で悪趣味に彩られている。


 額からは血の筋が何本も流れ落ちており、誰かから酷い暴行を受けたことを示唆していた。


 きっと、それをしたのは、懇願していた男の足首を握っている人物だ。


 その人物の顔は、逆光になっていてよく見ることができない。


「だから、うるさいって」


「いや、いやぁぁぁぁぁぁっ!!」


 どうしてそんな金切り声をあげているのか。


 そこまでの恐怖を、何故その人物に対して抱いているのか。


 答えは、すぐに得られた。


「――え?」


 音は聞こえなかった。


 恐らく私自身が目の前の光景を受け入れられなくて、拒絶したのだ。


「ああああぁぁぁぁぁぐうぅぅぅぅぅっ!!」


 鋭そうな鉈が、男の右肩から生えていた。


「こうなったのってさ、自分の足で歩かなかったからだろ。自業自得じゃないか」


「い、いあぁあぁぁぁっ! ごめんなさいごめんなさいすみませんごめんなさいっ」


 鉈がぐりぐりと肉の中で蠢き、離れたと思ったらまた食らいつく。


 二度、三度と、何度も何度も。


 その度に男は悲鳴をあげる。


 やがて、バキッという骨が絶たれる音と共に、


「あ――」


 男の右腕があるべき場所から離れて地面に落ちた。


 信じられない。


 信じたくない。


 でも、信じるしかない。


 むせかえるほど濃密な血の臭い。


 土の床にできた血だまりから立ち上る湯気。


 気を失ったか、死んだかした男の白目を剥いた形相。


 それらが全て、私の数十センチほど目の前に在る。


 見たもの聞いたもの肌で感じたものその他五感のすべてが、これは現実なのだと訴えかけてきた。


「あ……と……」


 口にするべき言葉が見つからない。


 私は地面――土に直接敷いてあるゴザの上に手をついて上体を起こし、手を差し伸べて……結局、なにもやることを見つけられず、空を握るにとどまった。


「今すぐ片付けるから安心してね~」


 男の腕を切り落とした人物が、私に声をかけてくる。


 そして、


静城(しずき)美亜(みあ)さん」


 私の名前を呼んだ。

本作は、アルファポリスで3月1日から行われる第四回ホラー・ミステリ大賞用に執筆を始めた作品です

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