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神秘の洞窟  作者: しゅむ
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外伝

もしもヴァルキリーが勝つなら。

もしも秘宝が部屋にある状況なら。


色々なパターンの蛇足が候補になりましたが、結局この話に落ち着きました。



 私は……いえ、私たちは成長したら故郷を離れて外の世界に行く運命だ。

 年頃になった私たちはイソギンチャクのような生物に捕らえられ、その先に待っているのは外の世界だ。


 イソギンチャクの数は多く、その魔の手から逃れる事は出来ない。

 さらに右と左の勢力に分かれていて、私たちが何処に逃げても確実に捕える事が可能だ。


 そして、イソギンチャクが捕らえる私たちの数は常に最小の1だ。


 定期的にやってくる悪魔の使いのようなイソギンチャクは、安全な場所でぬくぬく育った私たちを捕える。


 イソギンチャクに捕らえられた仲間が帰ってきた例は無い。

 危険な外の世界に放り出された事くらいは想像が出来る。


 既に150を超える数の仲間がイソギンチャクに捕らえられた。

 正確な数は歴史に残っていないが、定期的にイソギンチャクが仲間たちを連れていく。


 次は私の番だ。

 しかし、私は絶望に染まって悪魔の使いであるイソギンチャクを待っている訳ではない。


 私は知っているのだ。

 イソギンチャクに捕らえられ、飲み込まれた先で、白馬に乗った運命の相手が私を助けてくれるのを。


 そして、運命の相手に出会う幸運を手にしたものは、お互いが協力し、支え合い、1つになるのだ。


 それは夢物語のような話で、簡単な事ではない事はわかっている。


 イソギンチャクに捕らえられてから、私が救出を待てる時間は24時間ほどしかないのだ。

 その時間を過ぎてしまえば私は運命の相手に相応しい存在ではなくなり、外の世界に単身で放り出される事になるだろう。


 私が待てる時間は非常に短い時間だが、運命の相手は私の存在を感知する能力を有しているはずだ。私が何処に居ても駆けつけてくれるはずだ。


 私が夢にまで見た運命の相手。

 そう。救世主様。


 私は運命の救世主様が救い出してくれることを信じて待つ。


 周囲の温度が少しだけ上がっていくのがわかる。

 イソギンチャクが私たちを捕える前の予兆だ。


 私は覚悟を決めてイソギンチャクを睨みつける。

「さぁ、悪魔の使いイソギンチャクよ! 私を連れていきなさい!」


 育ち切った果実を収穫するかのように、イソギンチャクは私を捕えて飲み込んでいく。


 イソギンチャクに飲み込まれた私に不快感はなかった。

 私が行くべき場所に運ばれている感覚すらある。


 私が目を開けた当初は狭かった場所も徐々に広くなっていく。床に敷き詰められている小さな絨毛が忙しくなく動いて私を奥に運んでいく。


 やがて大きな部屋のような空間に辿り着いた私は、部屋の中で全く動ないものたちを見て愕然とする。


 その倒れて動かないものたちの数は非常に多く、白馬は見当たらないが、その者たちが救世主である事は想像できる。


 全滅という言葉が私の頭に浮かび、周囲を見渡している私から絶望の吐息が漏れる。

「あ……あぁ……」


 そんな私の声にならない声が聞こえたのか、重装備に身を包んだものが顔を上げる。

 そして、私の存在に気が付き、ゆっくりと私に近寄ってくる。


 しかし、軽装備のもので動けるものは居ないようで、重装備に身を固めたものたちだけが、決意の表情を浮かべて私に向かってくる。


 先頭の救世主を私からも近寄って抱きしめたいが、私は己の意志で動く事が出来ない。

 動くとすれば床に敷き詰められている絨毛の流れに従うしかない。


 私に向かってくる救世主の速度は徐々に加速していく。


 その決意の表情に私は見惚れてしまう。

 白馬には乗っていないが、その凛々しいお姿にときめきを感じている。


 しかし、物語の主人公に邪魔をする存在は付きものだ。

 私は凄まじい勢いでこちらに向かってくるものたちを感じて、救世主様から視線を外す。


 救世主様の背後から軽装備に身を包んだものたちが、大量に部屋に入ってきたのだ。


 それでも私は彼らに不快感を覚えていない。彼らが嫌な訳ではない。むしろ好ましく感じている。

 しかし、出会ったタイミングが遅かった。


 既に私は重装備で私に向かってくる先頭の救世主様に心を奪われている。

 いくら軽装備に身を包んでいるものたちが魅力的でも、1度心に決めた相手を簡単に忘れる事は出来ない。


 いくら想いを寄せていても、出会ったタイミング、恋に落ちたタイミングが遅ければ、理不尽なハンデを背負う事になる。

 そのハンデを埋めるには相当な努力と運が必要で、両想いになっているものたちを引き離すのは非常に困難だ。


 軽装備のものたちには悪いが、不要なハンデを背負わせてしまった事を許して欲しい。


 重装備に身に着けている救世主様は1度だけ振り返って、新たなライバルの出現に危機感を持ったようだが、ライバルの出現前から私に歩み寄っているアドバンテージは消えていない。


 私は願う。

 私の心はあなたのものです。どうか、どうか1番最初に私の下に来て下さい。


 しかし、現実は夢物語のように勇者が無双する展開にはならない。

 軽装備のものたちの足は速く、救世主様との距離がジワジワと縮まっていく。


 このままでは軽装備でこちらに向かってくる先頭のものが1番乗りになるだろう。

 これは双方の足の速さと、私までの距離を冷静に分析した結果だ。


 気落ちする私だったが、単身で外の世界に放り出される事を考えれば、救世主様以外であっても、共に外の世界に出られる事は非常に幸運な事だ。


 150を超える。いや、200近い仲間たちが単身で外の世界に放り出されたのだ。


 私が不満を言える立場ではない。


 私は大きく溜息を吐き出して、救世主様のすぐ後ろまで迫っている軽装備のものに視線を向ける。


 救世主様は私の仕草と視線でその意味に気が付き、最後の力を振り絞るようにして速度を上げるが、それでも私には届かないだろう。


 しかし、救世主様は諦めない。

 後ろから迫っている軽装備のものの気配は感じているはずだ。私に到達する前に抜かれてしまうとわかるはずだ。


 諦めていたはずの私の心は、自然と救世主様を応援してしまう。

 私から歩み寄れたらと強く思うが、私の身体は自分の意志では全く動かない。


 しかし、私は気が付く。

 床に敷き詰められた絨毛が動いて、僅かに私が動いているのだ。


 僅かな動きで気が付かなかったが、確実に私は救世主様に近づいていたのだ。

 私が近づいた事で競争の行く末は非常に切迫している。


 私は目を閉じて備える。

 どちらが先でも私のやる事は変わらない。


 運命の相手と協力し、支え合い、1つになるのだ。

 願わくは、私の救世主様に勝って頂きたい。


 救世主様は頭から私に向かって飛び込んでくる。

 ほぼ同時に軽装備のものも頭から私に飛び込んでくる。


 目を閉じて集中していた私は、何かが私の中に入った瞬間に、これ以上なにも入ってこないように全てを拒絶する。


 拒絶のタイミングを遅くすれば、複数取り込む事も不可能ではないが、数が増えれば私が支え切れない可能性がある。

 リスクを減らす為にも複数を取り込む事は避けたい。


 私はゆっくり目を開けて、私の中に入ったものを確認する。

 私の中には重装備で身を固めた私の救世主様が、不思議そうな表情で佇んでいる。


 私は心の中で歓喜の雄叫びをあげた。


 そして、軽装備のものは私の中に入ろうと、私に何度もぶつかってくるが、私の拒絶を突破する事は出来ない。


 私は申し訳ない気持ちになるが、私に出来る事は何も無い。


 私は多くのものを拒絶しながら、絨毛に運ばれていく。

 救世主様を中に取り込んでから、私は救世主様と1つになった。


 1つになった私たちは2つに分裂するが、私たちを覆っている丈夫な膜のようなものが、私たちを優しく包み込んでいる。


 その後、私たちの分裂は続くが、外見上は玉のままだ。


 私はコロコロと転がり続け、遂に柔らかい赤い壁の中に埋まるようにして動きを止める。

 それだけでは私が壁から落ちてしまう可能性がある為、私は壁に根を張るようにして私自身を壁に固定する。


 さらに私が張った根は生きる為に欠かせない様々なものを届けてくれる。


 私がイソギンチャクに捕まってから……、救世主様と出会ってから280日ほどが経過した。

 私が張った根は今でも私のお腹から壁に伸びており、常に様々なものを私に届けてくれる。


 根が様々なものを私に届けてくれるおかげで私は成長を続けたが、私は少し大きくなり過ぎたと感じている。


 周囲の壁は私に密着するように触れており、身動きを取るのも難しい。

 このまま私が成長を続ければ、私を包んでいるバリアのような薄い膜も破れてしまうだろう。


 そんな私の不安を肯定するように、大きくなった私を常に包み込んでいた膜が限界を迎えて割れてしまう。


 膜の中は液体で満たされていて、私に安心感を与えると共に、飲んでみたり、吐き出してみたり、私の良き玩具でもあった。


 液体が流れ出た穴に私の頭が塞ぐ形で私は動きを止めたが、完全に穴を塞ぐ事は出来ず、私の大事な液体がドンドン流れていく。


 大きくなり過ぎた私は穴を通る事が出来ない。

 しかし、私は慌てない。あ、あ、あ、あわ、あわわ、ああああああ慌てない。


 どうやらしばらく混乱していたようだが、私のお腹にある根は変わらずに様々なものを私に届けている。

 その感覚が私に少しの安心感を与えてくれる。


 しかし、私が混乱している間に穴が大きくなっている気がする。

 思い切り穴に力を加えれば通れるかもしれないが、相当の痛みを伴うだろう。また、私1人でそれだけの力を加えるのは不可能だ。


 例えば何かに押されでもしない限り、私が穴を抜ける事はないだろう。

「ひっ、ひっ……ふぅー」


 何処からか聞こえる特徴的な音に私は興味を持つ。

 私も一緒になって心の中で『ひっひっふー』をしていると、『ふぅー』のタイミングで私の頭は穴に押し付けられる。


 ぶぅぅぅ! ちょ! 待って!! 痛い!!


 私の訴えは聞き届けて貰えない。


『ひっひっ……』という悪魔の音が鳴り響き、『ふぅー』のタイミングで私の頭は穴に押し付けられる。

 キャー! 痛っ……え? ハマった……。


 押され続けた私の頭は穴に嵌ってしまい、これでは戻る事も出来ない。

「ひっ……ひっ……」


 来た。悪魔の音だ。私の頭を押し付ける前兆だ。


 溜めるようにして吐き出された「ふぅーー!」は、私の周囲の壁を縮めて私の身体を締め付ける。

 同時に私の頭は穴の中に向かって少し進む。


 その後も悪魔の音は続き、何度目かの「ふぅー!」で私は穴を抜けた。

 外の世界だ。


 救世主様と私は1つになっており、協力して外の世界に出たのだ。

 悪魔の嫌がらせはあったが、私は無事に外の世界に出る事が出来た。


 外の世界の様子はまだよくわからないが、これから色々な事が私を待っているだろう。

 ん? 根を切るの? マジ? 止めない? 止め……苦しい……死んでしまう……。


 しばらく苦しんだ私は落ち着きを取り戻した。

 外の世界に出ていきなり死ぬかと思ったけど生き残れた。


 これから先も辛い事はあるかもしれないが、同じくらい良い事もあるだろう。

 幸運な私が救世主様と一緒に外の世界に出られたのだ。間違いなく良い事はある。


 しかし、今は眠い。痛みや不安、死地を越えた私は意識を保つのが難しい。肉体的にも精神的にも疲労している。


 私は外の世界に大きな希望を抱いて眠りについた。


最後まで読んで頂きありがとうございました。

皆様の読んでいた時間が少しでも良い時間であったなら幸いです。


何でも無い事を含めて、追記や修正をツイッターでお知らせしております。

https://twitter.com/shum3469


次回作もよろしくお願い致します。

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