始まり
最終回です。
俺は輝く大きな丸い玉を争うヴァルキリーとの競争を制した。
輝く大きな丸い玉に激突したであろう頭に痛みはなく、激突の際に閉じた目を開いた時、俺は輝く大きな丸い玉の中に入っていたのだ。
この輝く大きな丸い玉は本当に秘宝だったのだろうか。
玉の中で冷静に考えれば、中から外が見えており、スライムの1種とも考えられる。
俺は身体が溶かされると恐怖を感じたが、ほんの僅か後に玉に触れたであろうヴァルキリーと目が合った。
本当に紙一重のタイミングだったにもかかわらず、俺だけが輝く大きな丸い玉の中に入ったようだ。
ヴァルキリーは俺と違って玉の中には入れない。
ヴァルキリーは何度も玉の中に入ろうと玉にぶつかるが、大きな抵抗も無くあっさり中に入った俺とは違い、玉は俺以外の侵入を拒んでいる。
俺が玉の中に入れた理由はわからないが、この玉が秘宝だとすれば、仲間と分け合える類の物ではないのかもしれない。
俺だけが玉の中に入っており、その他のものたちがどれだけ玉にぶつかっても中に入る事は出来ない。
もちろん俺も玉の外に出ようと試みたが、外に出る事は出来なかった。
どうにか玉の中に入ろうとする仲間たちを、玉の中から眺めるしか出来ない俺は、今までずっと感じていた命を削る感覚が消失している事に気が付いた。
玉の中は分かれ道を抜けた後にぶつかった時のスライムと似た感覚はあるが、この玉の中の方が格別に居心地は良い。スライムと呼ぶのも失礼になるんじゃないかと思われるほどだ。
俺はこの輝く大きな丸い玉が秘宝なのか、スライムなのかわからなくなってきている。
秘宝なのかと問われれば首を傾げるしかないが、俺の命が今すぐに危機を迎えるとは全く思えない。
俺を飲み込んだ玉は仲間たちの突撃を全く意に介さず、ゆっくりと転がり始める。
その転がるスピードは俺たちが走る速さと違って非常に遅い。
大きな部屋の床を観察していると、小さな毛のようなものが敷き詰められており、玉は床に生えている絨毛が動く事で少しずつ転がっているようだ。
本当にゆっくりと転がりながら、ついでのように仲間たちを吹き飛ばしいく。
俺は居心地の良い玉の中で漂いながら、玉の周りに集まっている仲間たちを眺める。
仲間たちは口々に何かを言っているようだが、玉の中に入った瞬間から仲間たちの声は届かない。
俺だって仲間を玉の中に入れてやりたいが、俺の無駄な足掻きは仲間たちも見ており、中からは何をしても無駄だと思い知らされている。
玉の外では力を使い果たした仲間が次々に倒れていくが、俺は玉の中から見ている事しか出来ない。
玉は生きている仲間たちを引き連れるようにして大きな部屋を出る。
その時、ヴァルキリーは俺に向かって何かを叫び始める。
ヴァルキリーの声は全く聞こえないが、俺にはヴァルキリーの言葉がわかる気がする。
同じように叫んでいる仲間たちの声も俺には聞こえるようだ。
それは罵言雑言ではない。
全て俺を送り出す温かい言葉の数々だ。
大勢の仲間と挑んだ神秘の洞窟。
俺たちは過酷な1本道で大勢の仲間を失った。
大勢で挑んだ中でたった1人が輝く大きな玉の中に入った。
俺の為にどれだけの仲間が犠牲になったのか。
俺たちより先に外の世界を、神秘の洞窟を目指したものを含めたら、それこそ想像も付かない数になるだろう。
俺は声を張り上げているヴァルキリーたちに叫び返す。
「ありがとう!」
ヴァルキリーたちにも俺の声は届いていないだろうが、首を大きく縦に振っている。
この玉が秘宝である確信はないが、この先で何が起こっても、俺は簡単に諦める訳にはいかない。諦めて良い訳がない。
俺は仲間たちに助けられた事を忘れない。
「俺……忘れないから!」
仲間たちに助けられた恩を仲間たちに返す事は出来ないが、再び出会うかもしれない新しい仲間に返していこう。
新しい仲間に助けを求められた時、困っている時、俺は新しい仲間を助けるのだ。
そうすれば犠牲になった仲間たちも喜んでくれるはずだ。
全員が良い笑顔で俺を見送ってくれる。
仲間たちはあの部屋で死んでしまうだろう。
それでも笑顔で俺を送ってくれた仲間に、俺も無理矢理に笑顔を作って応える。
その後も玉は転がり続けて、俺が必死に走ってきた大きなカーブのある道を、1本道に向かって戻っている。
志半ばで力尽きた仲間を見るのは辛いが、このまま進めば分かれ道のあった行き止まりまで行く事になる。
そこでも多くの仲間たちの動かなくなった姿を見る事になると思うが、目を逸らす訳にはいかない。
俺が玉の中に入れたのは仲間の犠牲があったからこそだ。
玉はたっぷりと時間を掛けて、T字路になっていた地点まで戻ってきた。
反対側の道からも俺と同じように玉の中に入った仲間が来るかと期待していたが、どれだけ待っても反対側の道から玉が転がってくる事はない。
俺がこの辺りを走っていた時は余裕が無い中での全力疾走だったが、安全な玉の中から見るこの辺りの壁は、赤いブヨブヨした物で覆われているように見える。
俺の入っている玉は壁の側面をゆっくりと転がり、赤いブヨブヨした物が集まっている場所に少し埋まるようにして動きを止めた。
その後、新たに神秘の洞窟を目指す仲間たちが、俺たちと同じように洞窟の中を駆け抜けていく。
もちろん多くの仲間が最奥を目指す過程で俺にぶつかるが、赤いブヨブヨから剥がされる事はなかった。
しかし、俺の横を通り抜けた多くの仲間たちが、俺と同じようにこの場所に戻ってくる事はない。
玉が動きを止めてからどれだけの時が経ったのだろう。
俺の記憶も霞が掛かったように、色々と思い出す事が出来なくなってきている。
しかし、『感謝』や『諦めない』といった強い想いは残っている。
何を諦めないのか、誰に感謝するのか、その事がよく思い出せないのが困ったものだ。
玉の中は良質なスライムで満たされており、このスライムは俺に安心感を与えてくれる。凶悪なスライムと違って良いスライムなのだろう。
しかし、広かった玉の中は徐々に狭くなっていき、今では窮屈という以外に言葉が思い当たらない。あれだけ大きかった玉の中で、俺は身動き1つ取れないのだ。
かなり前から何やら沢山の音が聞こえており、頻繁に同じ単語も聞こえている。
「シュウジ」
また、同じ単語だ。
しかし、『シュウジ』という音は非常に優しい音色をしており、聞く度に俺を落ち着かせてくれる。
単語以外にも好きな音や楽しい音も含めて色々な音は聞こえているが、全く意味がわからない。
俺は少し身体を動かそうとするが、玉の中が狭くて動く事が出来ない。
俺は独り言を呟きながら狭くて窮屈な玉を中から蹴る。
「クソ。狭いな」
俺が苛立ちを発散するように蹴っても、返ってくる反応は優しく温もりのある音色が聞こえてくるだけだ。
蹴り続けると優しい音とは違う音も聞こえてくるが、疲れた俺は蹴るのを止めてしまう。
違う音はしばらく聞こえ続けるが、疲れた俺が再び玉を蹴る事はない。
そんな日々を過ごしていたある日。
頑丈で無敵だと思っていた玉を、中のスライムが突き破って突然どこかに流れ出ていく。
こんなに居心地が良かったスライムを、凶悪なスライムと同列に扱っていた俺が悪かったのだ。愛想を尽かして出ていったとしても何も言えない。
今更スライム様と呼び掛けても無駄であろう。
やがてスライム様が流れ出ていったであろう穴に、俺の頭がコツンと当たる。
頭の先にある穴のようなものは、俺の頭が通れるような大きさではない。
しかし、その穴はゆっくりだが、確実に広がって大きくなっている。
このまま広がり続ければ俺もスライム様と一緒に流れていく事が出来るだろう。
しかし、俺が穴を通り抜けるより先に、俺に安心感を与えてくれていたスライム様は完全に無くなってしまった。
今まで俺に安心感を与えてくれていたスライム様を失って、俺は強烈な不安に襲われる。
狭いからという理由で玉を中から蹴ったのが悪かったのだろうか。何度も蹴ったのが悪かったのだろうか。
やはり凶悪なスライムと同列に扱っていたのがバレたのか。
反省した俺はスライム様が戻ってくるよう願うが、俺の頭の先にある穴から流れ出ていったスライム様が戻ってくる事はない。
依然として俺の頭は狭い穴に当たったままだ。
そして、長い時間を掛けて『通れるか? イケるか?』という大きさにまで広がっている。
その時である。
「うぅーっ」
呻き声のようなものが聞こえてきて、周囲の壁が俺の全身を押し込むようにして、俺を穴の中に押し込んでくる。
当然、全ての力は穴に触れている俺の頭に集中する。
痛ぇ! いたたたた! 止めろ!
痛みで声も出ないとはこの事だろう。
俺の要求は虚しく、定期的に呻き声と共に俺の周囲が急速に縮んでギューギュー押される。
イケるか? って思ってごめんなさい。イケません。通れません。勘弁して下さい!
俺がどんなに心の中で謝っても押されるのは終わらない。
時折聞こえてくる『ガンバレ』という音が憎い。
『モウスコシ』という音が憎い。
様々な音が飛び交う中、俺を穴に押し付ける行為は全く終わらない。
そして、何度目かの呻き声で俺の頭は穴に嵌った。スッポリ嵌った。
え? 抜け……いてぇぇええええ! ハマってる! ハマってる!!
何やらバタバタと慌ただしい音が聞こえてくるが、俺は痛みでそれどころではない。
アタマミエテル。じゃねぇんだよ! 痛ぇんだよ!!
再びギューッと俺を穴に押し込む動きが加わるが、残念ながら俺が穴を通り抜ける事はない。
俺は危機感を募らせるが、押される度にゆっくりと自分が回転している事に気が付く。
頭が嵌ってから俺に力が加わる度に、俺の身体が僅かに回転しているのだ。
僅かに体勢が変わる事で穴の中を頭が進んでいき、永遠に同じ場所を締め付けられる訳ではない。
徐々に進んだ俺は何度目かの力強い呻き声の後に、痛みから解放されて無事に穴を抜ける事が出来た。
俺の頭は優しい何かで支えられているようだが、目も見えず全くわからない。
『チョキン』という高い音が聞こえた瞬間である。
突然の苦しみが俺を襲った。
苦しみの中に放り出された俺は身体を動かす事も出来ない。
苦しい。助けて……
絶望の淵に居る俺に追い打ちを掛けるように、何かが俺の背中をバシバシ叩いてくる。
その容赦のない連続攻撃に俺は覚悟を決める。
あっ、死ぬんだ。俺……殺されるんだ。
諦めにも似た感情に襲われるが、無情にも背中はシバかれ続けている。
諦めないという想いは僅かに残っているが、これは諦めて良い状況だろう。
クソ! 殺すなら一思いにやれよ!!
俺の感情が爆発した瞬間に、ギャーギャー喚くようなうるさい音が響く。
ギャーギャー騒がしい音は一瞬だけ途切れる時がある。
その途切れた瞬間に俺の苦しさは和らいでいく。
しかし、俺の苦しさが消えても、ギャーギャーうるさい音は鳴り止まない。
そして、何やら柔らかい物に包まれた俺は苦しさから解放されたのと、柔らかい感触に気持ちが良くなってくる。
スライム様とは違うが、何かに優しく包まれると、俺は少しの安心感を得るのだろう。
柔らかい感触を堪能している内に、いつの間にかギャーギャーうるさい音は消えており、俺は落ち着きを取り戻していた。
俺の真横に何やら気配を感じるが、目が開かないため見る事は出来ない。
「おめでとうございます。元気な男の子ですよ」
「あぁ……シュウジ……」
俺は覚えのある優しい音がすぐ横で聞こえている事に気が付いた。
その音は玉の中で聞いていたよりもずっと聞き取りやすく、大きな音で聞こえている。
優しい音に混じってもう1つ覚えのある音も聞こえてくる。
「ありがとう……ありが……ふぐぅ……」
「もう……泣かないでよ。今日からパパでしょ」
「だって……俺……何も出来なかった……」
音の意味が全く分からない俺は、激しい痛みや不安などから解放されて、強烈な睡魔に襲われている。
「お子様の検査がありますので、別室に移動しますね」
「あなた、ううん。パパ、シュウジに付いて行ってあげて」
「お……おぉ! もちろんだ」
俺に寝る暇など無かった。
別室に移動した俺は足の裏を細い針で刺され、尻の穴に体温計というものを『アッー!』されて、検査が終わる頃には意識を失っていた。
目が覚めた俺は初めての感情に襲われている。
腹減った。
また、ギャーギャーうるさい音が聞こえる。
そして、俺は音の正体に気が付いた。
うるさい音は俺が出していたのだ。
しかし、俺は音を止める気は無い。
腹減ったぞぉおおおお!!
騒げば口元に何か柔らかい物を押し当てられ、それを咥えて吸えば満腹になるのだ。
しかし、満腹になった俺は再びギャーギャー叫び始める。
眠いぞぉぉおおおお!!
股に不快感を覚えた俺は再びギャーギャー騒ぐ。
気持ち悪いぞぉおおおお!!
股の不快感は解消されたが、それだけで騒いでいた訳ではない。
腹減ったぞぉぉおおおお!!
尻が……
ねm
h
しばらくして目は開いたが、よく見えない。
しかし、腹が減った時に何かを咥える際は優しい顔が見える。
満腹にもなるし、控えめに言って気分は最高だ。
「ゲッホ」
失礼。満腹の後は出てしまうのだよ。出ないと気分が悪い。
その後、俺の寝る場所が変わったのはわかるが、思い出せる事がもう殆どない。
同時に思考する事も難しくなってきた。
この後、俺がどうなるのか全くわからないが……なんだっけ……。
あー、腹減った。
……ありがとう
「ねぇ、パパ! 今、笑ったよ!」
「マジか! 写真撮ったか!?」
「ううん。撮ってないよ」
「シュウジ! もう1回笑ってくれ! パパに笑顔を見せてくれ!」
思い出した。
俺は仲間に感謝したんだ。
簡単に諦めないと約束したんだ。
俺はこれから出会う仲間たちを助け、頼り、頼られて精一杯生きるんだ。
犠牲になった仲間たちが誇れるように……
あれ? 何を考えてたっけ……。
あっ、腹減った。
生まれる前から凄まじい競争を勝ち抜いた我々は、自分の事を凄いと誇って良いと思います。
簡単な事ではないですが、気楽にやっていきましょう。
もう1回最初から読んでみたくなりませんか?
読んで頂けたら嬉しいです。ぐへへ。
最後まで読んで頂きありがとうございました。
皆様の読んでいた時間が少しでも良い時間であったなら幸いです。
関連する活動報告もあるので、2020年9月4日の活動報告も覗いて下さい。
この物語のジャンルやカテゴリーがわからないので、出来れば感想なんかを書くついでにご意見頂けないでしょうか。
私、感想が大好物なんです。
次回作の投稿もツイッターでお知らせしますので、思い出した時に覗いて下さい。
https://twitter.com/shum3469
次回作は短編じゃないです。ちょっと世界でも救いに行きましょう。