秘宝
ぷるぷる。いじめないで。ボク、わるいスライムじゃないよ。
俺は試練という名の凶悪なスライムを避け続け、行き止まりという難関を乗り越え、何処かで安堵していたのかもしれない。
直線だった道は左の道に入ってから右に大きくカーブしており、曲がり切れず壁に激突する仲間が非常に多い。
いつの間にか先頭集団にも加わっていた俺は安堵と同時に慢心もしていたのだろう。
慢心、油断、集中力の欠如。
命を懸けている最中にそれらを欠いてしまえば、命を落とす結果に繋がる可能性は飛躍的に高まる。
俺もその事はわかっていたが、前を走る仲間を抜こうとして速度を上げてしまった。
大きなカーブで減速した仲間たちを抜き去るチャンスだと考えてしまった。
カーブを曲がっている最中に速度を上げる行為はなんとも愚かな行為だが、慢心していた俺は気が付かなかった。
ズルっと滑った俺はカーブを形成している壁に突っ込んでいく。
「あっ」
俺は滑った事と壁で待ち受けるスライムを見て思わず声を出したが、俺を助けようする仲間は居ない。
仲間たちの『あぁ、やっちまったな』という視線はいくつも感じる。
そして、俺の頭には神秘の洞窟に入ってから、スライムの犠牲になった仲間たちの姿が浮かんでは消えていく。
死。
滑った俺はスライムの待つ壁に激突する事を回避できそうにない。
再び『死』という言葉が頭に浮かぶ。
俺を守って死んでいった仲間たちに申し訳ない気持ちで一杯だ。
せめて誰かを守って死にたかった。
仲間たちの犠牲の上に成り立っていた俺が単なる不注意で死ぬ事を許して欲しい。
しかし、俺は慢心から始まった最大のピンチから逃れる為に最後の抵抗を試みる。
スライムを完全回避して壁に激突するのは不可能だ。
出来るだけスライムが少ない壁に狙いを定めて激突し、その勢いを維持して再び走り続けるしかない。
壁に貼り付いているスライムが拘束するタイプなら強引に引き剥がし、酸性のスライムなら歯を食いしばってでも走る事を止めるつもりはない。
俺は極限の集中でゆっくり動く時間の中で、スライムが1番薄い部分の壁に狙いを定めて、飛び込むようにして壁に激突する。
そして、スライムに接触しながらも、激突の反動を利用して先頭集団の最後尾に戻る事に成功した。
俺を見つめる仲間たちの目は気になるが、俺は走りながら全身の状態を確認する。
確かに俺はスライムの密集する壁に激突したが、俺が触れたスライムは拘束するタイプでも、酸性のスライムでもなかった。
俺がスライムに拘束される事はなく、酸で溶かされる事もなかった。
むしろ命を削られている感覚が少し弱まったような気さえしている。
俺は全身の確認を終えて呟く。
「……問題ない」
むしろスライムに触れる前よりも調子が良いと感じている。
そんな俺はジワジワと仲間を抜いて、最終的には先頭に並び立つ。
視界が広く、非常に心地が良い。
俺と同様にスライムに触れてから調子が良くなった仲間も多い。
全力で走っている為、正確に確認する事は出来ないが、カーブに入ってから危険なスライムは数を減らしているようで、減った分は良質なスライムに変わったのだろう。
調子が良い俺は滑った時よりも速度が増しているにもかかわらず、悠々とカーブを曲がり切って、その先にある大きな部屋に飛び込んだ。
俺は大きな部屋に飛び込んだ後も前に進む事を止めず、何もない大きな部屋の調査を開始している。
部屋の奥には細い道が何本もあるが、1人で全ての道を調べる事は出来ない。
細い道の何処かに秘宝がある可能性はあるが、後ろからも続々とウォーリアーが部屋に入ってきている現状では、運を天に任せて細い道に飛び込むしかない。
周囲のウォーリアーたちも同じ考えなのだろう。
細い道に入る前に素早く目を合わせただけで、俺と同じ道に入ってくるウォーリアーは居ない。
しかし、俺が入った細い道の先は行き止まりになっており、秘宝を発見する事は出来なかった。
俺が俯きがちに細い道から部屋に戻ると、同じような雰囲気の仲間たちが細い道から出てくる。
俺たちは顔を見合わせて苦笑する。
「はは……。何も無かった」
「俺もだ……」
「……こっちも無かったぜ」
部屋の中にスライムは居ないようで、ようやく落ち着ける場所を確保できたと言えるかもしれない。
そして、俺の傍には自然と細い道の調査を終えたものたちが集まってくる。
「そっちも無かったのか……」
「あぁ……、お前らが調べた道も行き止まりだったのか?」
全員が残念そうに首を縦に振る。
大部屋の入り口に目を向けてみれば、ウォーリアーに混じってヴァルキリーも部屋に入ってきており、俺たちの行動を真似するかのように細い道に入っては、ガックリと肩を落として細い道から出てくる。
そうこうしている内にウォーリアーが大半だった部屋にヴァルキリーも集まり始める。
ウォーリアーとヴァルキリーの数は比率こそ出発した時と同じだが、その数は出発した時とは比べられないほど激減させていた。
ここまで辿り着いたものは全員が仲間たちの死を乗り越え、行き止まりという難関も乗り越えて精神的にも限界だ。
洞窟を出て故郷に情報を届けるという案は現実味が全くない。
この世でもっとも過酷な死の道を戻るのは、現状の数では不可能で自殺に等しい。
行き止まりまで戻って右の道に行こうかという話は出たが、様々な凶悪なスライムを思い出してしまい、戻ろうという意思を根元からへし折っていく。
結局、誰1人として戻るものは居なかった。
ただ待つという時間を過ごしているが、その間も洞窟は俺たちの命を削る事を止めたりしない。
いくらスライムに触れて調子が良くなっていても、この部屋で永遠に過ごす事は出来ないだろう。
このままでは死を待つだけだが、抗う為の有効な策がある訳でもない。
この大きな部屋でどれだけの時間を過ごしたかわからないが、1人、また1人とウォーリアーが動かなくなっていく。
この辺りは個体差やスライムとの接触も関係しているだろう。
満身創痍で仲間に背中を押されるようにして辿り着いたものは、部屋に入ってすぐに動けなくなってしまうくらいだ。
いくら良質なスライムが居るとは言え、凶悪なスライムとの見分けなんて、全力で走っている最中に出来るはずがない。
俺は死んでいくウォーリアーを眺めながらも、生きている数の多いヴァルキリーをボーっと眺める。
洞窟の中で長く活動できるように準備したヴァルキリーの重装備は羨ましいが、この部屋に1番最初に辿り着いたのは俺たちウォーリアーだ。
この部屋に秘宝があれば間違いなく俺たちウォーリアーが手に入れていたが、今の状況はヴァルキリーの選択が正しかったのかもしれない。
その点は悔しいが、ジッと耐えるしかない。
時間が経つにつれてウォーリアーはその数を減らしていく。
遠くにチラホラと生きているウォーリアーは見えているが、俺の周りで動いているウォーリアーは居ない。
大きな部屋の奥でボーっとしている俺にヴァルキリーが歩み寄ってくる。
「おい、大丈夫か?」
俺はゆっくりと出発前に言葉を交わしたヴァルキリーに視線を合わせる。
「お前も……ここまで来たのか……凄いな……」
「……私は運が良かったんだ。沢山の仲間にも守られた」
「それは俺も同じだよ……」
ヴァルキリーは項垂れる俺に告げる。
「お前はこの部屋に最初に到達したらしいな。凄いじゃないか」
「俺だけじゃない。仲間も一緒だった……その辺に……」
俺は動かない仲間たちを見て呟く。
「……一緒に……辿り着いたんだ……」
ヴァルキリーは周りに居る動かない仲間たちを見て口を開く。
「そうだな。お前たちは凄いよ……」
俺は首を左右に振って口を開く。
「お前たちの方が凄いよ。こうなる事を見越しての重装備だろ?」
ヴァルキリーも首を左右に振る。
「私はもっと洞窟が複雑な形状をしていると思ったさ。入ってみれば1本道で分かれ道が1度だけ。その先は大きなこの部屋で、戻る事は不可能だ」
ヴァルキリーは大きく息を吐き出す。
「こんなに単純なら軽装が良かったと後悔もしたさ」
俺は自嘲気味に返す。
「まっ、最奥に秘宝は無かったけどな」
「本当に秘宝は存在するのだろうか……」
俺は首を左右に振って告げる。
「そんなの俺にわかる訳ないだろ」
「すまんな。少し……弱気……に……」
ヴァルキリーは少し俯いた後に何かを見つけて視線を上げた。そして、俺の後ろを見て固まってしまった。
不審に思った俺は首を傾げるが、その際にヴァルキリーの後方に居る仲間たちも驚きの表情で俺の後ろを見ている。
俺は大きな部屋の奥に居るが、俺の後ろには細い道が何本もあるだけだ。
周囲には動かない仲間たちだけで、遅れて部屋に来た仲間たちは俺たちに気を遣って遠巻きに見ていただけだ。
俺が不審に思って振り返ろうとした瞬間だ。
突然ヴァルキリーが走り出した。
俺が後ろを確認した時にはヴァルキリーは俺の横に居たが、俺は部屋の最奥に輝く大きな丸い玉に驚いて、一瞬だけ動きを止めてしまった。
しかし、俺に背中を見せるヴァルキリーや、こちらに駆けてくる仲間たちの気配から、この輝く大きな丸い玉が秘宝であると直感する。
ヴァルキリーに数瞬だけ遅れた俺は、すぐにヴァルキリーの背中を追った。
輝く大きな丸い玉が突然現れた理由はわからないが、俺たちを楽々飲み込める大きさをしている。
1人で持ち上げる事は難しいが、中は透けて見えており、中に入ろうと思えばかなりの数が中に入る事が出来そうだ。
しかし、輝く大きな丸い玉が部屋に居る全員を収納するには小さすぎる。
持ち上げるにしろ、中に入るにしろ、数は限られている。
全員が必死の形相で輝く大きな丸い玉に向かうのは不思議じゃない。
俺とヴァルキリーは輝く大きな丸い玉に近かった事もあり、俺の前を走るのはヴァルキリーだけだ。
俺が振り返らずに後方の気配を探っても、俺たちに追い付ける仲間は居ないだろう。
俺が抜かれないとすれば、輝く大きな丸い玉の先着をヴァルキリーに譲る事も出来る。
秘宝をヴァルキリーに譲る。譲る?
俺は出発前のヴァルキリーとの会話を思い出す。
『競争の手は抜かないけどね』
『ふっ、競争にはならないと思うが、そん時は俺も全力だ』
前を走るヴァルキリーは紛れもなく全力だろう。そんな全力のライバルを相手に手を抜き、ライバルに先着を譲る。
否。
断じて否だ。
そんな事をしても仲間であり、ライバルが喜ぶはずがない。
俺は全力で先行するヴァルキリーに挑む。
輝く大きな丸い玉。
神秘の洞窟の最奥で見つけた秘宝。
1番最初に触れるのは俺だ。
軽装備の俺と重装備のヴァルキリーの競争は、当然のように俺がヴァルキリーとの差を徐々に詰めていく。
しかし、どちらが先に輝く大きな丸い玉に触れるのかは微妙なところだ。
スタートダッシュに遅れた代償は大きい。
俺とヴァルキリーとの競争は短い距離だったかもしれないが、凄まじく長い道を競争していたかのような感覚がある。
外の世界に飛び出して神秘の洞窟に辿り着き、死の1本道を仲間たちと走り、多くの犠牲を出した。
2択の分かれ道を選択し、俺は様々な幸運に恵まれて秘宝らしきものを発見した。
それは前を走るヴァルキリーも同じだ。
これが最後の競争で、俺の相手は1人。
俺はヴァルキリーに並ぶと同時に誰よりも早く、輝く大きな丸い玉に頭から飛び込む。
そうでもしなければ、最大のライバルに勝てない確信があった。
早いもので明日が最終回です。
楽しみだな。って思って頂けていたら嬉しいです。
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