出発前の高揚
思い付いてしまった。もう止まらなかった。妄想が加速した。
4話で完結。外伝が1話です。
完結までは約18,000文字です。
どうぞごゆっくり楽しんでいって下さい。
似たような姿をしたものたちが、興奮した様子で大勢集まっている。
「おい! こっち集まれ!」
「お前ら! もっとこっち寄れ!」
「準備できてんのかぁ!?」
俺はそんな集団の中に入っていき、自分自身の興奮を抑えつけるようにして出発の時を待つ。
俺たちは安全な故郷を捨てて外の世界に出発する。
準備が出来たものから待機場所に集まって出発を待つが、今の状況は出発が近い事も合って、待機場所に集まっている全員が興奮状態だ。
未知なる外の世界に出る恐怖や不安を、出発という高揚が打ち消してくれる。
外の世界は俺たちにとって魅力に溢れている。
出発を待っている間も俺の周りは非常に騒々しい。
「おーい! こっち来いって!」
「行けねぇよ! 今回は準備期間が長かったんだぞ!」
「道理で出発待ちの連中が多い訳だぜ!」
そして、周囲も巻き込んでゲラゲラ笑い合っている。
しかし、そんな奴らを見ても俺は不快感を覚えない。騒々しいのは慣れたものだ。
俺たちは同じ場所で生まれ育った仲間だ。俺が生まれ育った場所以外にも同じような場所があるという噂だが、俺はそこに行った事がない。
俺たちは外の世界にある洞窟の最奥に眠る秘宝を目指す為だけに育てられた。
俺たちは己の意志に関係なく、準備の出来たものから危険極まりない外の世界に放り出される運命だが、旅立ったものが秘宝を手に入れて戻ってきたという話は聞いた事がない。
しかし、俺はチャンスが無い訳じゃない事を知っている。
歴史を調べるのは難しく、非常に厄介だが、歴史から学べる事は多い。
俺たちが目指す場所。
何処にあるのかもわからない洞窟を、俺たちは神秘の洞窟と呼んでいる。
その最奥にあるという不思議な秘宝を手に入れれば、全てが変わる。
洞窟の最奥を目指したい。秘宝を手に入れたい。そういった想いは、成長するにつれて強くなる一方だ。
今では俺の明確な目標として頭に刷り込まれている。
他のものたちも同じ想いなのはわかっている。
しかし、危険極まりない外の世界にある洞窟を見つけて、さらに奥深くまで入るのは単独では不可能だ。
俺たちは同じ目的地を目指す仲間だ。しかし、秘宝の正体が正確には判明していない為、ライバルでもある。
秘宝が山分け出来るようなものなら、俺は喜んで仲間たちと分け合うだろう。しかし、山分け出来ないようなものだったら、早いもの勝ちになるのは必然だ。
俺たちは仲間という想いは強いが、心のどこかでライバルだとも思っている。
そんな仲間の1人が俺に声を掛けてくる。
「よぉ、調子はどうだ?」
「あぁ、バッチリだ。お前はどうだ?」
俺の仲間はニヤリと笑う。
「秘宝は俺が頂くだろうな。まぁ、お前には分けてやるから安心しろよ」
「ははっ、まだ出発もしてないぞ」
「それだけ調子が良いんだよ」
俺たちは笑い合った後に仲間は声を抑えて尋ねてくる。
「情報は集めてるか?」
俺は小さく頷いてから顔を仲間に近づけて小声で告げる。
「もちろんだ。ここに来る直前まで集めてた」
「俺もだ。……共有しないか?」
俺は再び小さく頷いて収集した情報を告げる。
「前回の出発から今回の出発までいつもより期間は長いが、直前の情報では神秘の洞窟を見失っていないらしい」
「なるほど……それは朗報だ。単純に今回はいつより準備期間が長かっただけか……」
仲間は周りを見渡すようにして口を開く。
「確かに……。普段の出発前より数が多い……」
「そうだな。準備に時間が掛かるヴァルキリーより、俺たちの数が明らかに多いもんな」
「おい、おい。俺らウォーリアーの準備が要らねぇみたいに言うなよ」
準備に要する時間は俺たちウォーリアーの方が若干早い。出発の間隔が短い場合はウォーリアーとヴァルキリーの数は大した差ではない。
比率としては変わらないが、前回の出発から長い時間が経過すると、徐々にウォーリアーの数が増していき、ヴァルキリーの数が少ないように見えていく。
仲間は笑顔だった表情を真剣な表情に戻して口を開く。
「前回の出発した奴ら……洞窟を見つけたらしい」
「あぁ、それは俺も確認してる」
外の世界に出たものたちが、俺たちの故郷まで戻ってくる事はない。
1度外の世界に出れば俺たちは外の世界で生きていくしか道はないのだ。
それでも外の世界に旅立ったものたちの極小数は、外の世界に出たばかりの場所から、手に入れた情報を故郷に伝えてくれる。
調べようと思えば前回の出発で洞窟を発見したかどうかを把握する事が出来る。
最近は洞窟発見の報が続いており、洞窟の最奥を目指す俺たちにとっては朗報だ。
しかし、口角を上げる俺に仲間は小さく頭を左右に振る。
「見つけただけだ。罠に嵌ったらしい……」
「クソ! またかよ!!」
俺が調べられたのは洞窟を発見したという事だけだった為、全滅と聞いて声を荒げてしまった。
出発前で気が立っているのかもしれない。
俺の大きな声に周りのものたちから視線を注がれるが、すぐに興味を失って注目は解消される。
仲間は軽く息を吐いて告げる。
「洞窟を見つけただけでもマシだろ」
「……そうだけど」
神秘の洞窟に辿り着くだけでも様々な困難と幸運に恵まれる必要がある。昔なんか神秘の洞窟があるって話が夢物語だったくらいだ。
初めて神秘の洞窟を発見した歴史は明確に残っている。
しかし、神秘の洞窟が発見されても、最奥に眠るという秘宝については全くわかっていない。
しかも神秘の洞窟が発見されたからといって、再び神秘の洞窟に辿り着ける保証はない。
歴史がそれを証明している。
歴史を紐解けば、神秘の洞窟を発見しても、毎回のように神秘の洞窟に辿り着ける訳ではない。
そして、神秘の洞窟を見失ってしまったかのように、神秘の洞窟に辿り着いたという歴史が途切れる事もある。
現状は神秘の洞窟発見の報が続いている事から幸運なのだろう。
しかし、神秘の洞窟には俺たちを全滅させる罠があるようで、最奥への侵入を拒み続けている。
俺たちには夢も希望もあったもんじゃないが、俺は十分に成長し、準備も終わってしまった。
もっと情報を集めてから出発したいが、ここに留まる事は許されない。先に出発していった多くのものたちと同じように、成長した俺は外の世界に出発する事から逃げる事が出来ない。
現状は多くのものが外の世界に出発して、無駄に命を散らしている。
前回の出発組が神秘の洞窟を発見しただけでも幸運。いや、豪運だろう。
過去の歴史を調べてみれば、神秘の洞窟を発見できなかった回数は桁外れに多い。
神秘の洞窟を発見した歴史ですら、失われている部分があるほどだ。未発見の歴史であれば多くが失われていても不思議ではない。
歴史を紐解いてみても、発見と未発見の正確な回数は不明だ。
しかし、未発見が桁外れに多いという事は調べる事が出来た。
俺はその事を思い出してしまい、興奮で忘れていた恐怖や不安に襲われる。
「……俺たち……大丈夫なのか……?」
俺の呟きに歴史を知っている仲間は黙ってしまい、興奮している周囲のものたちと違って、俺たちはお通夜のように黙りこくっている。
そんな俺たちに声を掛けるものがいる。
「ちょっと! どいてくれる?」
俺は俯いていた顔を上げて声の聞こえた方を見る。
「狭いんだからこんなとこで俯かないでよ!」
俺に文句を言っているのはヴァルキリーだ。
落ち込んでいた俺は重装備のヴァルキリーに皮肉を投げつける。
「よぉ、早かったな」
「ふん。あんたらなんて速さしか取り柄がないじゃない」
「はっ、お前らみたいに重装備じゃないから速いんだよ」
俺はヴァルキリーに見せつけるように、その場で軽やかに動いてみせる。
しかし、ヴァルキリーは真剣な表情で告げる。
「外の世界はもちろん……洞窟の中は危険よ」
「わかってるよ」
「ホントに? そんな装備で?」
ヴァルキリーは俺を上から下までサッと見てから口を開く。
「洞窟の中では命を削られるって話よ。そんな軽装じゃ長くは持たないわよ?」
「だからなんだよ」
俺の強気な態度にヴァルキリーは溜息を吐き出す。
「よくそんな軽装で出発しようと思うわね」
ヴァルキリーは周りを見渡してから口を開く。
「ウォーリアーって馬鹿なの?」
「俺からしたら秘宝を獲得する競争をしようって時に、足を遅くする重装備なんて信じられねぇよ」
もちろん俺が秘宝を手に入れた場合はヴァルキリーにも分けるつもりだ。しかし、秘宝の詳細がわからない以上、早いもの勝ちの競争に備えるのは当たり前だ。
しばらく睨み合った俺たちは視線を外す。
「意見の相違ね」
「あぁ、交わらない平行線だな」
仮に俺が重装備で神秘の洞窟の最奥に到達した時、先に到達していたウォーリアーの持っている秘宝が山分け出来ないものだと知れば、俺は身に着けている重装備を呪って後悔するだろう。
洞窟の中で長く活動し、確実に秘宝を探そうとする重装備のヴァルキリー。
洞窟の中で活動できる時間は短いが、最速で洞窟の最奥を目指して秘宝を狙う軽装備のウォーリアー。
秘宝の正体も、洞窟の長さや道のりもわかっていない現状では、どちらが優れているという問題ではない。状況次第でどちらも正解であり、不正解だ。
それならば自分が正しいと思う方に賭けるというだけだ。
目的を達成する為の手段や考え方が違うだけで、俺たちは同じ目的を持つ仲間だ。
俺たちは憎み合っている訳じゃない。嫌いな訳でもない。
「その重装備が役に立つと良いな」
「あんたの速い足が役に立つと良いわね」
お互いに本心をぶつけ合って、俺たちはニヤリと笑い合う。
「健闘を祈るぜ」
「私も祈るわ」
ヴァルキリーは去り際に告げてくる。
「競争の手は抜かないけどね」
「ふっ、競争にはならないと思うが、そん時は俺も全力だ」
俺はヴァルキリーのおかげで恐怖や不安を忘れる事が出来た。良い感じで周りの雰囲気に流されるようにして興奮状態に戻っていく。
先ほど話していたウォーリアーの仲間もいつの間にか立ち直っていて、周囲の者たちと一緒に騒いでいた。
俺がヴァルキリーと別れてそれほど時間は経っていないだろう。
出発の時が近づいているのがわかる。
高まる興奮。
強い鼓動。
俺も仲間たちも待っているという状況は限界が近い。
既に出発の合図を待たずに先走って出発してしまったものたちも居るくらいだ。
俺たちの出発を管理しているお偉いさんでも、興奮状態の俺たちを完璧に制御する事は出来ない。
お偉いさんの指示を無視して、先に出発するのは先に秘宝を手に入れる手段でもある。
少数でも洞窟の最奥に辿り着くのは不可能ではないだろう。しかし、不可能では無いだけで、全員で出発する方が最奥に辿り着ける可能性は遥かに高い。
外の世界では様々な困難に襲われるだろう。その時に頼れる仲間は多い方が良いに決まっている。
俺の鼓動はドンドン早くなり、強烈な鼓動は身体全体が動いているかのように脈打ち、音は俺の中でうるさいほど響いている。
勝手に出発してしまうものたちの気持ちがわからない訳ではない。この興奮に身を任せて駆け出したい衝動は強い。
しかし、俺は合図を待たずに出発したい気持ちを抑え込んで、お偉いさんの合図を待つ。
時間にすれば僅かだったかもしれないが、俺には合図を待っている時間が途轍もなく長く感じた。
そして、出発の合図は唐突に訪れる。
張り詰めていたものが爆発するかのように、集まっていたものたちが外の世界に向けて駆けだした。
俺も例外ではない。
誰よりも早く神秘の洞窟の最奥に眠る秘宝を目指す。
しかし、外の世界で困ったら仲間たちを頼る。そして、逆に頼られれば仲間たちを助けるつもりだ。俺たちは憎み合う敵ではない。お互いに良い影響を与え合うライバルだ。
外の世界に向かう道を走っていると、別の道から現れたものたちと合流する。
全員が俺たちと似たような雰囲気で、ウォーリアーとヴァルキリーだというのがわかる。
よくわからない相手とは些細な事で揉め事になるケースがある。
まずは相手を尊敬し、思いやる事が重要だ。
そして、相手を知り、理解すれば、揉め事に発展する事は少ないだろう。
しかし、今の俺は合流したものたちの事を何も知らない。
相手がどの様な事で怒り、喜ぶのかわからない。
些細な事で喧嘩などに発展し、無駄に体力を消耗したくない俺であったが、狭い道を大勢で走っていれば接触する事は避けられない。
俺は接触を回避し続けていたが、前後左右を挟まれて限界が来てしまう。
僅かな隙間を縫って前方に行こうとした際に、俺は前を走っていたものと軽く接触してしまう。
俺は争いを避ける為にも前を走るものに向かって告げる。
「すま……」
俺は謝罪の言葉を最後まで言えなかった。
俺と接触したものは振り返ってニヤリと笑い、肩を竦めていたのだ。
俺は瞬時に合流してきたものたちの正体を察する。
噂で聞いていたじゃないか。
彼らは俺たちとは違う場所で生まれ育ったものたちだ。
違う場所で生まれ育っただけで、同じ目的を持つ仲間だ。
俺が軽く頭を下げるだけで、気にするなという仕草を見せて再び前を向いた。
俺が増えた仲間に喜んでいるのも束の間。
仲間たちが次々に外の世界に飛び出していく光景が俺の目に飛び込んできた。
いよいよ俺も外の世界に出る。
不安や恐怖が無い訳じゃないが、俺には頼れる仲間が大勢居る。
俺は外の世界に出る瞬間、神秘の洞窟にある秘宝が、仲間たちと分け合えるものである事を願った。
最後まで読んで頂きありがとうございました。
謎は多いですが、第1話なんてそんなものです。
最後はスッキリするかと思いますので、最後まで読んで頂ける事を願っています。
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