9.突撃隣の用務員室×3 その1
「あーここは相変わらずのどかだな…。」
お茶の介さんがほわっとした口調で辺りをのんびりと空を見上げている。
確かにheavenワールドは先ほどまでの重たい空気はどこへやらというぐらいに軽い。
大きく広がる青空にわずかにかかる白い雲。
裏の山は燦燦と照らす光に反射して緑に生い茂っている。
というかホーホケキョとウグイスの声まで聞こえてくる。
…極端すぎでは?
そしてやけくそでのどかにしているような気もする。
そんな心の突っ込みは置いておいて私達はheavenワールドの校舎の中を移動する。
校舎の中も先ほどまでのnormalワールドと違いNPCが多く歩いており、顔にも深刻さや絶望感は一切なく笑顔満載である。
けどプレイヤーの姿は見当たらない?
「プレイヤーはいないみたいですね?」
「まあここって何も意味は無いからな?このワールドに来る奴はたいていたまにポップするゾンビの奪い合いで大忙しだからこんな所には来ないぞ?」
吸い殻さんはそう答えながらも本当に誰もいないか首を動かして確認している。
結構な用心深さですね。
まあ先ほどまでの重い空気は私達もどこへやら?
軽く雑談をしながらわいわいと今回の目的地である用務員室の前へ到着する。
「さてと…まずは難易度が違うワールドのこの鍵が本当に使えるかだな?」
そうサカキさんが呟くと鍵穴に鍵を差し込む。
そのまま鍵を右に回すとガチャンという音が鳴る。
そして中にある物は…!?
畳の上で横になって寝ている頭髪が八割ハゲの中年のおじさんでした。
横断歩道のように黒い部分が髪模様になっており、残りの木も白が八割黒が二割で風前の灯火…。
その哀愁漂う頭髪を見せながら、ちゃぶ台の奥でいびきをかいて寝ており…あ、黄色い矢印が上に表示されてるからNPCだね。
なんとなくNPCで安心した。
ドアを開けたサカキさんはどう反応していいかわからず固まっている。
私達も次にどうすべきかわからないので何も行動していない。
サカキさんがやむを得ずこっそりと部屋の中に移動すると寝ていたNPCがぱちくりと目を覚まし、体を起こしながらこちらへ振り向く。
『なんじゃいお前ら?人が部屋に鍵かけて寝とるのに?』
「い、いやそこは…。」
言い淀んでいるサカキさんにNPCは深刻そうな顔をして畳かける。
『合鍵を使って部屋に侵入?…ま…まさか寄ってたかってワシの体をむさぼろうというんかい!?』
…とんでもない事を発言するNPCだねーーー。
いや面白くていいんだけどどんなAI持たせてるんだろ?
あんまりな展開にフリーズしていたサカキさんはようやく動き出す。
「い、いや待ってくれ!こちらはそんなつもりは無い!ただ少し調査をだな…。」
『やはりワシの体目的か!?ええいこんな若造に差し出すぐらいならば!!』
「駄目だ話が通じん!おい、誰か何とかしてくれ!」
サカキさんが慌ててこちらを振り向く。
焦っている顔って初めて見たような気がするけど私達はどうするのが正しいのだろうか?
私は本能のままに行動する事に決定する。
ドアノブを掴むとそのまま用務員室の扉をゆっくりと閉める。
「私達は邪魔しませんのでごゆっくりどうぞ。」
そう私が言い終わると同時にバタンと用務員室の扉は閉じた。
部屋の中からNPCの叫びとサカキさんの怒声が響いているけど問題は無い。
意図を察したブラックさんが鍵を取り出して外側からも鍵をかけてくれたので中の状態が解決するまでしばらく待つことにした。
「お前らーー!?」
再び用務員室の扉が開くとサカキさんが鬼気迫る顔を先頭に這い出てくる。
しかしまた何で怒ってるのか理解できない。
「いえ、何とかしてくれと言われたので扉を閉めてサカキさんに解決を一任したのですがまずかったでしょうか?」
悪びれもせずに私が言い返すと残った他の六人も息を合わせて肯定のうなずきを揃えて返す。
すると奥からのんびりとした声が返ってくる。
『お前さんら避難してきたんなら早う言わんかい。全くこれだから若いもんは…。』
NPCの声に反応してサカキさんがプルプルと怒りで震えておられる。
それに合わせて残った七人もプルプルと笑いをこらえて震えている。
所作が一緒という事は気持ちも同じという事だろう。
息の合ったチームでいい事だと思う。
さて、流石はリーダーのサカキさんである。
見事にNPCの誤解を解決して今はちゃぶ台を境にして話し合いに入ることができた。
『いやはや政府の指示とはいえ避難も大変じゃろ?』
「ええ、まあ…。」
『まあ急な避難という事もあるじゃろて?必要なもんがあったら譲ってやるぞ?』
「おお!?」
サカキさんが代表してNPCと交渉を続けていると進展があった。
どうやらアイテムを譲ってくれるらしい。
『まあお金はもらうがな?』
サカキさんがずっこける。
ひょっとしてただでアイテムもらえると思ってたのかな?
横を見ると吸い殻さん達もずっこけてるから同じ気持ちだったようだ。
こちらの大半がずっこけているうちにNPCは次々とアイテムをちゃぶ台の上に並べていく。
インスタント食品、ペットボトルのミネラルウォーター、一般で売られている薬品やハンカチなどの布類。
試しに一つ手に取るとアイテムのコンソールが表示される。
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【ミネラルウォーター入りのペットボトル】
500ml入りのペットボトルにミネラルウォーターが入っている。
産地は北海道
交換条件:300円を用務員の北里へ支払う。
重量:約500グラム
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「高!?」
『確かに高いかもしれんのう。しかし今のご時世、政府の命令で店なんぞやっておらんぞ?手に入るだけでも感謝しなせえ。』
…確かにこの世紀末的なゲームではお金なんて紙切れと小さい金属みたいなものだしね。
現物に変えれるというならむしろありがたいかな。
「なるほどアイテムショップみたいなものっすか?」
「敵を倒してお金を貯めて物を買う…。ロールプレイングゲームみたいですわね?」
ワズンさんとアンズがちゃぶ台の上への物を手に取りながら確認している。
さて私はどうするかな…そういや下水道への蓋って隣の部屋にあったよね?
私はちゃぶ台の前からそっと移動すると隣の部屋へのドアノブに手をかけた。