8.veryhard 住宅街を抜けて
なんとか空き地からの脱出に成功した私は住宅街の塀にもたれかかり大きく肩から息を吐いている。
「ぜぇーー、はぁーーー。ゲームでも疲れるとか何でこんなリアルに作ってるのよ。」
あの後無事に乗り切ったかと言えばそんなことはなかった。
道路に出た瞬間空からいくつもの物体が落ちてきたのだ。
轟音と共にコンクリートの道路にも塀にも深く突き刺さったそれは何かもごもごと動いていたようだが、そんなのに関わるのはごめんとばかりにさらに走って逃げたのだ。
「と言いますか私が満喫してどうするのよ。アンズが満喫しないと意味ないでしょうに。」
今は一時的に亡き友人を思い出す。
本当になんで私の方が残っちゃったのかねえ?
まあとりあえず生き残ってしまった以上は仕方ない。
ゲームである以上脱出をがんばってみようではないですか。
息が落ち着いてくると自分のナップサックの中身を確認する。
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【布のナップサック】
布でできたナップサック
容量は小さいが紐で調整可能なため背負うことも手に提げることも可能
中身:汚水入りのペットボトル 1個
ビニール袋(大) 3個
回転式拳銃 1個
薬莢(空) 5個
重量:約950グラム
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ちなみに拳銃には弾がない。
捨てようかとも考えたけど投げるぐらいには使えそうなのでとりあえず持っている。
汚水入りのペットボトルって化け物にかけたら倒せないだろうか?
…むしろ汚染されてる環境の設定っぽいし効果はまったく期待できなさそうだ。
ビニール袋も役に立つものと言えばそうなんだけど化け物と相対した時に役に立つとは思えない。
私はため息を吐いてナップサックを横に置く。
まず何が理想形か?
武器になりそうなものは手近な所に持っておくべきだろう。
拳銃をまた胸元に挟んでおく。
本当なら胸とか痛めそうな気がするけどゲーム中だとそんなことはないので遠慮なくしまう。
やっぱり胸元から武器取り出すとかロマンだからね、胸の設定大きくした分役に立ってもらわないと。
そして私の初期衣装を見る。
先ほど走った時タイトスカートが微妙に引っ掛かって走りづらかった。
いざという時に上手く走れずに終わったとかは情けない話になる。
…思い切って破っちゃいますか?
私はタイトスカートの前の部分を音をなるべく立てないようにびりびりと引き裂いていく。
他に見ているプレイヤーもいないし問題はないと思っている。
他に準備すべき事がないか頭で考え…これ以上思い浮かばなかったので放棄して切り替える。
「では、やれるだけやってみましょうか。」
私は住宅街の道路をゆっくりと進み始めた。
「…だめこれ…心折れそう…。」
私は今道の端を塀に沿って慎重に進んでいる。
最初は道の真ん中を堂々と歩いていたのだ。
しかし歩いていると両脇の家から何かが動く音、化け物の唸り声のようなものが聞こえてくるのだ。
試しに私が歩くのを止めるとその一部の音が止まるという嫌らしさも私の心をひやりとさせた。
一部音反応している化け物もいるという事が予想され…いや確実にいるのだろう。
私はささっと道の端により塀に寄り添う形でしゃがみ込む。
移動が終わると私は耳を澄まして…こちらへ接近して来る音がないとわかって安堵の息を殺しながら吐いたのである。
それから私は家から見えないようにしゃがみながら近くの塀を背にしながら息を殺して歩いている。
そして視界は背にした塀と反対の向かい側の家に向けて注意を払っている。
こんなおっかなびっくりの進行は予想していなかった。
できれば昔に近所でした肝試しみたいに馬鹿騒ぎしながらやりたかった。
あの時は皆できゃあきゃあいいながらはしゃいでいたものだ。
今は歩くときは足音をなるべく立てないようにちょこちょことおっかなびっくり移動している。
そしてこれが結構疲れる。
「まあこちらは見つかったらひとたまりもないので仕方ないことかもしれないんだけどさ…。」
どこかの家で休憩したい。
道中に個人営業の床屋であったり喫茶店であったりも配置されているのである。
喫茶店なんかお茶でも頼んで一服したいぐらいである。
けど今は塀が無く窓も低く外からも見えやすい脅威の拠点である。
これが準備十分であったり他の人もいれば探索してみるというのもあるのかもしれないが今は全てスルーしている。
まあ、今はセーフエリアを見つけて脱出することだけを考えよう。
私はゆっくりとゆっくりと住宅街を進んでいく。
…空き地からどれぐらい離れることができただろうか?
もう二十分はこうして休みながら移動しているが一キロも離れたとは思えない。
VRのはずなのに腰と足が痛くなったので適当な所の塀にもたれかかり休憩をする。
「はぁーーー。」
疲れていますよと示すようなダウン気味の息を吐き腰を下ろす。
いつ見つかるかわからない、見つかったらゲームオーバーという状況は精神的にくるものがある。
赤い空というのも問題である。
いつもと違う空の色というだけでかなり緊張感を強いられている。
緑色の火の粉というのも焦燥感が駆り立てられて疲労の蓄積に貢献している。
杏子め先に楽になっちゃって…。
心の中で杏子への愚痴を言っていると疲れが少しだけ取れたかなと思ったのでまたしゃがみながら歩き出す。
しばらく進むとやばい家とぶつかる。
塀が途切れている…車庫付きの家とぶつかったのである。
覗いてみると車庫の中に車はないが視界が透けており庭からも家からも丸見えであり、見つかった場合は距離的にも終わってしまう可能性が高い。
一度距離を取って道の真ん中を進むか?
そうも考えたけどこのまま進むのと大差がないなと考えそのまま端を突っ切ることに決定する。
私は何かあった時は投げつけようと拳銃を手に取りつばを飲み込んでゆっくりと車庫の前を通り過ぎる。
結果から言えば何もなかったのだが…通り終わった時は心臓がドクンドクンと鳴りを響かせていた。
まだこれが続くのか?
セーフエリアはどこだろうか?
そう朦朧と考えながら住宅街を少しずつ進んでいく。
やがて緩い上りになっている道を登り終えると下り坂になっており、その先は住宅が途切れ大きい通りが見えた。
多分国道のような大きい道か何かとつながっているのだろう。
そうなると視界が広がる反面見つかる危険性は高くなる。
どうすべきだろうか?
とりあえず大きな通りを眺めるように観察してみる。
ここから見える範囲だと道路の上には停まっている車が何台か見えるが…明らかに全部動かないと思うぐらいに壊れている。
道沿いの店だとコンビニと自転車ショップとレンタル用品の返却所が見える。
当然暗くて見えていないので電気は落ちていると考えたほうがいい。
コンビニなんかゾンビ映画の定番だし入りたくないな…。
疲れるけど住宅街をこそこそと移動しながらセーフエリアを探すのが確実のような気がする。
「うん、やっぱり戻って探そう」
「nya-o」
「うん、君もそう思うのかな?」
猫の鳴き声と思わず会話してしまったがここで猫?
私は全身が冷や水をかぶったようにひんやりしながら鳴き声の方を振り向く。
塀の上には猫が一匹こちらを見下ろしていた。
…正確に言うなれば両目から蛇が顔を出していてその蛇が四つの目でこちらを見下ろしていた。
動きがない話って難しい…
むしろカットすべきだったのでしょうか。