14.下水道 保守要員休憩室
私は足を踏みつけている目の前の太った男を見上げる。
…いくら太っているといっても死体が歩く程度の体重のかけられ方で足の骨が折られるものだろうか?
そう考えていると男の口が裂けたように大きく開き何かがまっすぐ飛び出してくる。
逃げるのは下策、そうなると。
メキメキっと踏まれた右足がさらに悲鳴を上げるが関係ない。
左足に力を入れて下水道の底を蹴る。
そのまま体を起こしつつ飛んできたものをかわすと、すぐに右手を引いて腰だめに軽く構える。
「女の足を踏むとか何考えてるのこの変態が!」
男の顔に向けて拳を放つとさらに右足から痛みが走り…腕が相手の顔にめりこむ。
…めりこんだ?
ずぼぉっと気持ちよく肉をえぐるように右手が吸い込まれていく。
打撃になると予想していた私の頭は軽いパニックに陥る。
何かおかしい?
『Gecoco!?』
顔をえぐられた男はその場から後ずさりながら先ほど飛び出させたものを狂ったように鞭のように振り回す。
その鞭が偶然にも私の脇腹に直撃する。
「ちょっ…。」
驚く暇も無く鞭で叩かれた痛みと共に横へ殴り飛ばされ下水道の壁に叩きつけられる。
叩きつけられた痛みでこれで終わりかなと思ったら…今度は奥へと引きずられていく。
痛みでまだ意識がすこしあやふやであるけど力のかけられ方から脇腹にもらった所を起点に引っ張られているらしい。
「痛たたた…いい加減にしなさい!」
今度はこちらから引っ張っている鞭状の物体に対して体重をかけて肘から落とす。
ぶにょんとした感触が肘から伝わるがそれでも効果はあったようだ。
『Geroro!?』
太った男は痛みに怯えて鞭状の物を顔に引っ込めて、ぴょんぴょんと軽快に飛び跳ね下水の水面をジャボンジャボンと盛大に音を立てながら逃げていった。
…ああ、ゾンビじゃなくて蛙の化け物だったのか。
とんでもない勘違いをやらかしていたものだとため息をつく。
しかし、予断は許さない。
盛大に水音を立てていったという事は…その先からも音に反応した水死体の群れがゆっくりと立ち上がっているではないか。
「いやぁーこれは万事休すかな?」
そう乾いた笑いを浮かべていると執事服の襟元を何かが掴む。
「馬鹿みたいにかっこつけてないでニミリ行きますわよ?」
どうやらアンズが襟元を掴んだようだ。
ねっとりとしたものが首元にあたり背筋がゾゾっとするように気持ち悪い感触が体を支配する。
そしてそのままずりずりと引きずられていく。
「アンズ、すっごいねばねばしてるんだけど?気持ち悪いからどうにかならない?」
「私だって全身これで気持ち悪いのですから我慢してください。それともニミリをこの場に放置してもいいのでしたらそうしますけど?」
「…すいませんお願いします。」
こうして私はアンズにひきずられながら鉄扉の中まで避難することに成功した。
鉄扉には鍵がかかっていなかったようでドアノブをまわすとそのまま入ることができたようだ。
中は小部屋のようであり、天井には昔の丸い白熱電球の電気がついており部屋の中をオレンジかかった白色に弱々しくチカチカと照らしている。
部屋を照らすのに光量が足りていないのは明らかであるけどそれでも疲れ切った吸い殻さんや呆然としているワズンさんや蛙の粘液まみれでボディラインがくっきりと見えるアンズは確認できる。
部屋の中央には木製のテーブルが設置されており、その側に置いてある木製の丸椅子に腰かける吸い殻さんが疲れた声で声を上げる。
「いやぁー危なかった。これで一息つけるな。」
「そうっすね。正直俺っちのミスでやばかったですけど無事終わってよかったっす。」
…あれ、二人とも何を言っているのかな?
確かに先ほどの下水道と扉を隔ててはいるけどここは…。
「あのよろしいでしょうか?こちら床面が水色に光ってないのでセーフエリアでは無いという事ではないでしょうか?」
アンズが少し遠慮がちに発言する。
それを聞いた二人がびくっと体を強張らせている。
「という事はだ?」
「さっきの化け物もそこから入ってくる事は可能でしょうし、部屋の中にも化け物が潜んでいる可能性もあるという事ですわ。」
アンズが代わりに言ってくれたけど懸念すべきはその点である。
まだここは扉一枚を挟んだだけで安全でも何でもないからね。
「じゃあどうすればいいっすか?」
「えーとですわね…?」
「とりあえずここの入口は使えません。扉の向こうは音に反応した化け物で一杯だと思います。」
足が折れたせいもあって動けないので入口の扉付近に放置してもらっていたのでそのまま扉に耳を当てると、複数の化け物の足音とうめき声がこちらに近づいているのがわかる。
さして時間はかからずここに至るかな?
「よって探すのはまずここ以外の出入口があるかの確認です。この際備え付けられている家具とかひっくり返してでも探してください。他には使えそうな物があったらそちらも確保。後アンズはその中央にあるテーブルをこっちまで押して移動させて。」
「テーブルを移動させて…ああ、扉を押さえるのですわね?」
「わかった。とりあえず至急探そう!」
「と言っても狭い部屋っすから何かあるとは思えないっすけど」
各員が脱出のために動き出す。
…私?
私は足が折れて動けないからどうしようもない。
むしろ折れているどころか右足は変に潰れており、足首からさきはぷらぷらしている。
…こういう表現自体このゲームでは当然なのかしっかりと作りこまれているようだ。
この状態で私にできることといえばせいぜいこのまま扉の重しになって時間を稼ぐぐらいである。
まあ最初に方針は策定したので仕事はしたと思う。
「木棚の引き出しにろうそくが入ってたっす。」
「それだけか?じゃあ次を探すぞ。」
「壁にヘルメットがかかっていますわね。…ランプもついていますので使えるかもしれませんわ。」
色々と見つかっているようだけどこれといった決定打は無いようだ。
その間にも外の足音はどんどん増えていっている。
ドンドンドン。
私が背中にしている鉄扉からも叩かれる音がして部屋内にこだまする。
衝撃からしてもう残り時間はわずかだろう。
探す三人にも焦りが出始める。
「この際だ木棚もバリケードにしてしまおう!ひっくり返すからアンズさんはもう片方持ってくれ!」
追い詰められたせいか大雑把になった吸い殻さんは壁に設置された木棚をひっくり返す。
倒れた木棚のガラスの戸棚部分は割れて、一部では木が割れる音が部屋に響き渡る。
「吸い殻さん危ないっすよ!?」
「悪い焦って雑になっちまった。よし、入口まで運んで…。」
「ねえ、棚のあった後ろに…、何か穴が開いてませんか?」
バリケードにする予定だった木棚からアンズの指摘した穴に全員の視線が移って行く。
その先には壁をくりぬいたような丸い穴が存在するのだった。
祝日なので何とか更新できました。




