12.Into the dark
アンズがマイルームへと戻ったため完全に姿が消える。
それと同時に恐怖から解放されたのかワズンさんがコンクリートの上にぺたりと座り込む。
「め…めっちゃ怖かったっす!」
すごくわかる。
杏子の価値の無い物をどう処理しようかと見定める目はゾッとするものがある。
あの目を向けられてメイドさんを止めた人も両手では数えきれないぐらいいるからね。
…ただあの目の発動条件ってどうなってるんだろうね?
長い付き合いだけどそこはよくわからない。
単なるセクハラなのかそれとも何か琴線に触れるのか?
…まあ考えても無駄よね。
「…ならなんであんな発言したんだ?明らかにアウトだろ?」
「だって…、あんなピチピチふにふにの生太腿に触れるチャンスなんっすよ!?あれを手で触って頭で直に楽しめるとか今後あるかないかの機会見逃せないっすよ!」
苦悶の表情で泣きながらそんな宣言されても…。
第一、重いだけで肩車なんかしたくてするものではない。
なおかつここはVRMMOすなわち仮想空間、現実とは異なるし価値があるとは思えない。
男という生物は膝枕とかにプレミアム的な幻想を持ちすぎではないだろうか?
いやしかし男達のこういう熱意が何かの原動力になるのかもしれない。
「気持ちはわかるが…、TPOわきまえような。」
吸い殻さんにもわかるようだ。
…私にもいつかわかる日が来るのかな?
「アンズが戻って来るまでとりあえず待ちましょうか?」
「そうだな…そういや君等は付き合い長いのか?始まったばかりのゲームで接触も有でフレンド登録済みの女性というのも珍しくてな。」
「うーん年齢一桁からの付き合いですね。そういえばもう十年ぐらいになるわけか…。」
「長いっすね?俺も友達誘ったけどいやこういったゲームはちょっとと全員断られたっすよ。」
「まあこのゲームに関して言えば得手不得手ある…苦手な人も多そうだしそこは仕方ないんじゃないか?」
「…女性にだけしか声かけてないとかないですよね?」
「何で分かったっすか?いや、そんな事ないっすよ?」
…どっちだろ?
図星かな。
「そういえば吸い殻さんって無精髭つけてますけどわざとつけたんですか?」
「そうっすよね?生やすなら目立つように生やすし、むしろ見栄え的に付けないほうが多いっすからね。」
私のふとした疑問に少し困った顔をしながら回答してくれる。
「ああ、これか?確かに最初は髭無しにしようと思ったんだ。現実でも剃るのとか面倒だからな。しかしまあ剃るの忘れてるのが多くてな仕事の合間にいじることがあってそれが癖になっちまった。そんでもってゲーム内でもあごに手を持って行って髭をいじろうとして…無いとなると逆に違和感があってな。ここは現実と同じぐらい生やしてるのさ。」
こうしてアンズが息を切らしてプールに戻って来るまで私達は雑談をしながら時間を潰すのだった。
「す…すいません。おまたへいはしましたぁ!」
息が上がっており、言語が乱れている。
ゲームの中とはいえ元から走り慣れていないせいもあって結構死にそうな顔をしている。
…しまったカメラが無い。
シャッターチャンスを逃してしまった。
「いや、さっきも言ったが荷物置いてこいって言ったのは俺だ。問題ないよ。とりあえず息を整えてくれ。それでは揃ったところで最終確認と行こうか?」
全員から否定の言葉が出ない事を確認するとそのまま続けられる。
「まず戻って来るまでの間にも少し話し合ったのだが電気が通ってない、地下であることを含めて視界が全くない可能性が高い。よって今回は全滅覚悟で進んでの情報収集を第一とする。地下がどうなってるのかわからないが地表がゾンビであふれかえってるので地下に何もいないということは無いと思う。加えて何で化け物が反応するかわからないので極力音を立てないように慎重に進むことにする。」
「けど慎重に行かなくなった場合は臨機応変なるようになれでいいですよね?」
「その認識で問題ないぞ。まあ肩の力抜いていけ、どうせ初見なんだ失敗して当然だ。」
吸い殻さんが笑うと他の人も朗らかに笑う。
まあゲームなんだし気楽に行かないとね。
「他に何かあるか?」
「ぜぇ、ぜぇ…す…少し休ませていただけませんか?」
…そう言えばアンズを休ませていたのをすっかりと忘れていました。
ごめんね。
鉄格子が開いた排水溝の先には四角い通路が続いている。
手前はまだ灰色の光でぼんやりと見えているけど奥に至っては真っ暗で何も見えない。
「よ…よし、先頭は俺だ。と、とにかく行くぞ。」
吸い殻さん暗い所苦手なのかな?
結構および腰だし声が裏返っている。
私とか喜々として引き受けそうなアンズに任せればいいのにね。
それともこれが男のプライドなのだろうか?
水も乾ききった通路を淡々と進んでいく。
少し進むと真っ暗でほとんど何も見えず、壁に手を当ててゆっくりと進んでいく。
「しっかし真っ暗っすね。これ化け物が目の前にいても気付かないんじゃないっすか?」
「静かに。だから音が頼りなんだ。最低限はしゃべってもいいがなるべく小声でな。」
とは言え真っ暗な空間にわずかな足音、何かしたくなる不安に駆られるのもわかる気がする。
アンズもおとなしく私の後ろから服を掴んで…って!?
「アンズさん?服掴むのまではいいですが背中に字を書いて遊ぶのは止めませんかね?」
「退屈でしたのでつい。ごめんなさいね。次はひらがなじゃなくて漢字にしますわ。」
「そういう事を…!?。」
「あー、なんだすまんが静かに頼む。」
「ほら、怒られたではないですか?」
…アンズめ、後で見てなさいよ?
この恨み近いうちに晴らしてくれる。
少し歩くと前の方でぼんやりと白い光がちかちかとするのが目に入る。
終点なのか?それとも何かの分岐なのか?
「…何かあるな。とりあえずゆっくり近づいてみよう。」
小声で了承の返事が聞こえると再びゆっくりと歩きだ。
そして光が近くなるにつれてそこがどこなのか徐々に明らかになってくる。
「ここは…?」
「どうやら下水道みたいですね。汚臭が全くしないのはゲームの観点からかありがたいですけど。」
「電気がついているのもありがたいですわ。」
排水溝からの四角い通路は終わりを迎えており、その先にはより大きな円状の通路が交差している。
こちらが本流という事だろう。
「…降りてみるしかないようだな。それじゃあレディーファーストでどうぞ。」
「え?」
いや、確かに言葉の用法としては正しいですよ?
本来危ない所は女性を先に行かせて安全を確かめるというのが語源ですからね?
「冗談だよ。それでは…。」
「では先に降りますね。」
そう言うとわずかに光っている灯りを頼りに排水溝の淵からゆっくりと下水道に降り足をつける。
円状だけど両脇にコンクリートの通路があり、中央に水が流れる所がついている構造みたいである。
コトンとあまり音をたてないように着地すると次の人のためにそそくさと横にずれる。
次に冗談を言っていて申し訳なさそうな顔をした吸い殻さんが、その次にきょろきょろしながらアンズが降り立つ。
…あれだけきょろきょろしてよくまあ失敗しないよね?
だがここまでは順調、どうやらまだ問題は発生しないようだ。
ここからどう動くか慎重に相談して決めな…。
「おわぁっと!」
じゃぼぉぉーん!!
ハートを金槌で叩かれるような衝撃と共にびくっと体が震える。
そぉっと音の方をおっかなびっくり振り返ると、踏み外したうえで派手に下水道の真ん中に着水したワズンさんが苦笑いしていた。
感想いただけたのが嬉しかったのでがんばりました。
…がその分荒が多そうなのでまた見直します。