7.veryhard 空き地
混乱している私を余所に警察官はゆったりとこちらへ振り向いてくる。
アンズがやられるまでは気にしていなかったが警察官は警棒と機動隊の盾を持っている。
そして振り向いた警察官の顔はNPCの普通の顔ではなく、どこぞのゾンビ映画よろしく目は片方無くなっており、血のよだれをたらし続けている。
…間違いなく敵である。
「け…けどセーフエリアなのにどうやって!?」
私は慌てて空き地の地面を見ると雑草が生えているだけである。
そう水色に光ってないのである。
「初期位置がセーフエリアじゃない!そういうことなの?」
私はだまされたという感覚でいっぱいになり混乱する。
そんな混乱している私を余所に警察官のゾンビの背中からビリビリっと服が破れるような音がする。
破れた音の先である警察官ゾンビの背中から蛇のような…にょろにょろとしたイソギンチャクのような長い触手がグネグネと生えてくる。
触手の先には手が付いており拳銃が握られている。
あれでアンズは背中越しに撃たれたのか。
そして「heaven」では周りに人がいっぱいいたがアンズが撃たれていなくなった今あの拳銃は誰を狙うのか?
そう考えると私はとっさに横に転がる。
転がった次の瞬間、空から乾いた音が響き渡り、私のいた場所にボスンという音が鳴る。
私はどこか隠れる場所はないか空き地を見渡し、都合よく設置されている建築資材置き場の山を見つける。
よろよろと立ち上がった私は千鳥足で駆けそのまま建築資材置き場の裏へ滑り込む。
乾いた音がまた響き、木材が裂ける音がするが弾は貫通してこないようなので建築資材を背に荒くなっている呼吸を整える。
少し落ち着いて気持ちを切り替えたところで撃たれないように警察官ゾンビの気配でも確認しようと振り向いたところで背にしていた建築資材の山にコンソールが表示されているのを確認した。
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【角材】
建築用に準備されていた木材
種類不明
重量:未測定
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ああ、これ回収できるんだ。
けど持ち帰ろうにもナップサックに入る大きさでもない。
それよりも重要なのは目の前のゾンビだ。
顔を出したら撃たれるかもしれないから顔を出すわけには行かない。
ならばどうすればいいのか?
「はぁっはぁ。…落ち着け落ち着け。」
こういう時は焦ったら失敗する。
まずは落ち着いて考えよう。
敵は今の所あれ一体のみ、武器は拳銃と警棒と盾。
こちらの武器になりそうなのは今の所は目の前の角材のみ、ならば資材置き場から取り出して使えるようにしておくべきだろう。
私は資材置き場から顔を出さないように角材を一本抜き出すと側に置いておく。
これで近寄ってきたら殴ればひるませることはできるかもしれない。
「よし、近付いてこい…。」
私はゾンビが近寄ってくるのを今か今かと待つ。
…しかし近寄ってくる足音が聞こえない。
「おっかしいな?移動しないタイプなのかな?けど振り返ってこちらを向いた以上足を動かせないなんてことないはずだけど。」
…何か忘れていないかな?
相手は両手に警棒と盾を持っていて拳銃は…
私はハッとして後ろを振り返る。
すると私の目の前には銃口が…。
カチリという音と共にパァンと乾いた音が至近距離で鳴り響く。
「ひぃ!」
何とか必死に顔を逸らしたおかげで銃弾はほおをかすめてひりひりと焦がしているだけでゲームオーバーはなんとか回避した。
しかしここで止まったら二発目を撃ち込まれて終わりだ、ならば攻めるしかないと本能的に割り切る。
「う…うりゃあ!」
意を決して角材を手に持ちそのまま触手にたたきつける。
叩きつけるとグニョンとした変な感触が手に伝わってくるがとりあえず触手を地面に落とすことには成功する。
そのまま角材を触手の上に添えて角材に体を乗せ体重で押さえつけようとする。
しかし、じたばたと暴れる触手の方が力強くそのまま振りほどかれてしまう。
振りほどかれた勢いで私は弾き飛ばされ資材置き場へと叩きつけられる。
衝撃が背中に走り、咳き込んでしまいまた呼吸困難になる。
「ゲホッ、ゲホ!息苦し…というか反則でしょこれ。」
どうやら警察官のゾンビは触手をいったん手元に下げているようだが…、下げ方を見ると正面から触手を伸ばして来たのではなく空き地を大回りに迂回してこっそりと後ろから這い寄らせていたらしい。
…どれだけ伸びてるのよ。
「全くこんな化け物どうしろ…」
そう悪態をついていた私だが落としていた角材を探していた手に何かがぶつかる。
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【回転式拳銃】
警察官の使用する拳銃
残弾数:不明
重量:約500グラム
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さっき触手を叩いた時に落としたゾンビのリボルバーかな?
これをうまく使えれば切り抜けられる…かもしれない。
まず残弾数が不明となっていることが問題である。
これだと撃てるかわからない。
私は映画なんかでよく見るようにシリンダーを横に倒し中身を確認する。
すると表示が変わる。
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【回転式拳銃】
警察官の使用する拳銃で装弾数は5発である。
残弾数:1発
重量:約450グラム
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残り一発撃てる!
じゃあヘッドショットで倒してそのまま離脱…。
いやいやちょっと待って、銃なんか撃ったことないのに当てれるはずもない。
そもそも頭撃って倒せるかもわからない、冷静になれ。
じゃああっちの飛び道具も無くなったし角材で殴り倒すというのは?
…うん、か弱い私と人間やめてるゾンビが殴り合いなんかすれば私が負けるのは自明の理、考えるまでもなく却下である。
触手もあるしあれを使われると勝ち目なんか毛ほどもない。
ではどうやって倒す?
資材置き場から顔を少し出すと警察官ゾンビは一歩一歩こちらへゆっくりと近づいて来る。
時間はあまりない…どうすれば。
…ってあれ…なんで倒すって考えてるんだろ私?
拳銃を手に入れたせいでゲーム感覚になってしまっていたのだろうか?
これもゲームだがちょっと危ない感覚かもしれない。
顔をなるべく出さないように周囲をもう一度確認する。
警察官ゾンビのいる方角以外は塀に囲まれていて脱出しようとすれば乗り越える必要がある。
乗り越えて逃げようとすればその最中に触手に捕まって終わりだろう。
ならばとるべき方法は一つ。
私は割り切るとすぐさま行動に移す。
「くたばれぇ!」
私は角材を手に取り警察官ゾンビへ向かって力いっぱい投げつける。
ゴォン。
鈍い音共に手を離れた角材は警察官ゾンビの盾にぶつかる。
少しよろめいているようだが全くダメージにはなっていないだろう。
だが私はそのことを気にする余裕はない。
そのまま警察官ゾンビの横を全力で駆け抜け逃げ出す。
後ろをちらっと振り返るとまだこちらへ方向転換できていない。
振り返った時とこちらに近づく時に見た通り本体は動作が鈍重であるようだ。
これなら逃げ切れる…。
あともう少しで空き地の出口…道路が見えてくる。
やったと思ったその時、右足が何かに引っ張られて盛大にこけてしまう。
全身が地面に叩きつけられ痛みが襲ってくる。
「いっつぅ…」
ひりひり痛む体を我慢して上半身を起こすと触手が右足を掴んでいる。
警察官ゾンビはまだ反対の方を向いていてこちらを見ていないことから視界とは別に行動する触手の反則具合がうらめしい。
そして触手は警察官ゾンビの方へと引きずり込むように右足をひっぱってくる。
「くっ、この…。」
何とか左足で踏ん張って、引っ張られるのを防ぐ。
あんなのにここでやられるのは冗談ではない。
それに、触手が邪魔してくる可能性も一応は考えついていた。
私は胸の間に挟んでいた回転式拳銃を取り出し、触手に接触させる。
「いくら撃ったことが無くても…距離が無いなら外さない!」
右足を掴んでいる触手に向かって引き金を引く。
乾いた音が鳴り響き触手から青い体液が飛び散る。
「Gixyuuuaa!」
警察官ゾンビの触手は変なうめきをあげると私の右足を放し青色の体液をまき散らしながらのたうち回り始める。
…この隙を逃すわけには行かない。
私は後がどうなったか確認もせずに空き地を駆けだす。
そして私は辛うじてうめき声をあげる警察官ゾンビを背に空き地から逃走することに成功したのだった。