13.閑話 杏子の父から見た脱走劇
二味君が訪れる一日前。
家族での晩餐の後に娘から一つ報告が上がる。
「明日、ニミリをうちにご招待しましたので来客が一件入ります。爺やもそのつもりでいてください。」
「拝承しました。」
娘からの報告を聞くと羽山はうやうやしく頭を下げてそのまま退室する。
他の使用人との調整に入るためだろう。
退室が完了すると妻が娘にいたずらが成功したような陽気さで話しかける。
「あら、予定通りご招待できたのね?ここまでは計画通りね?」
「はい、ですからお母様には私のアクセサリの落札の件と成功した場合には例の件をお願いしますね。」
「ええ、可愛い杏子からの約束ですもの。必ず守りますわ。」
…余所から見れば裏社会の人間が悪だくみを考えているとしか思えない会話をしているのだけど大丈夫だよね?
まあ、二味君は昔からの付き合いだからきっと大丈夫だろう。
いつも通り押しつぶされる事もなく反発されて被害が膨らみそうな気はするが気にしてはいけない。
私が関与する気は今のところは無いのだ。
…しかし二味君が来るというのならばやはり今回も杏子の可愛い写真勝負になるだろう。
その際、二味君からも国宝級のデータを仕入れることもできる。
悪いことは全くないな。
私も明日が楽しみになってきた。
その後部屋に戻り今までの数百枚の写真を見比べてどれで勝負すべきか悩みに悩み徹夜したことについては些細な問題であろう。
そして使用人が扉をノックする時にようやく選んだ一枚は寒い中、四時間もかけてタイミングをはかった自信作だ。
これならば今回こそ私の娘愛が大勝利するであろう。
しばらくして、門の前に不審者がいると私にも連絡が入る。
多分二味君の関係なのだろうが不審者というのはどういうことだろうか?
まあいい、私はいつも通りに行動すればいいだけだ。
気にすることは無いだろう。
しばらくして、杏子の部屋に二味君を招き入れるのを確認する。
その後時間を少し開けてからわざと杏子たちに気付かれるように足音を立てて近づき杏子の部屋に入る。
杏子からは嫌そうな視線を向けられたが私も重要な勝負と商談があるのでこればかりは引き下がれない。
わざとらしいやり取りを繰り返すと二味君にちらっと視線を向ける。
右目だけをまばたきしたことから今回の準備はできているようだな。
問題が無くて大変結構である。
そのまま杏子の部屋を後にして商談相手を引き連れて自分の部屋へ戻った。
さて半年もかけて撮影し、昨晩も寝ずに選んだ魂の一品の勝負の時である。
私が用意したのはお茶会で優雅に微笑む杏子。
この凛々しさの中にある優しさと優美さ、間違いなく比類する物は無いだろう。
だが敵もさるもの。
対して二味君が用意したのは徹夜明けでぐっすりと眠りこける杏子。
…これも良い物だ。
いつものような警戒心もなくリラックスしきってぐったりと自然体の杏子。
良い物過ぎて私にもどちらが勝っているか判断がまるでつかなかった。
十分ほど二味君と協議を続けた結果、どちらも素晴らしいと認め合い今回も引き分け判定で終わることとなった。
終わった後に気付いたことだがこれは杏子の陽の美と陰の美の極致でありこれに勝敗をつけることはおこがましいことであったのだろう。
そして二味君の持参した写真はいつも通りこちらに売ってくれるようだ。
骨董品や美術品よりも私にとってはこちらの方が非常に価値がある物である。
者達もうんちく垂れて我が家に持ち込む前にまずは二味君並みにいい物をそろえて持ってきてほしい物である。
今回も相応の値段で買わせてもらう事にしよう。
そうなるとライバルであり重要な商売相手である二味君との価格交渉と情報交換である。
当然これからもこの関係を続けていきたいためこちらも最大限の譲歩と秘密にしている情報もこっそりと流してしまう。
「これは他の者には他言無用で頼むぞ…。実は今日の二味君の招待は罠でな、妻も午後にはこちらに戻ってくる予定だ。」
「ああ、やっぱりそうなんですね。紅茶に何か薬が混ぜてあると思ったら。」
やはり二味君もある程度は予想できてはいたようだ。
羽山が自分の後継者の有力候補と言っているのは伊達ではないな。
最近は嫌がって疎遠になっているが昔はいろいろと仕込まれていたようだったしな。
「一つだけお願いがあるのですがよろしいでしょうか?」
「…聞こう。」
お願いの内容とは二味君の持ってきたカバンを杏子の部屋から降りた階段下の外の所へ移動させておいてほしいという事である。
なるほど既に逃げるための算段を立て始めているか。
「いいだろう。こちらでやっておこう。」
「お願いしますね。」
そこでブーブーと警報音が小さく鳴る。
我慢しきれなくなった杏子が来たのだろうか?
どうやら時間いっぱいのようだ。
「誰か来たな?成立でいいな?」
そしていつもの茶番を繰り返し、二味君は私達を呆れた様子で見た杏子に連れていかれるのであった。
さて、私も仕事を済ませることにしよう。
来客者の荷物を預かった場所は確か一階の応接の横だったかな?
ゆっくりと移動して確認すると鍵が厳重にかけられて棚にしまわれている。
…杏子は今回かなり本気だな。
まあ約束は約束だ。
鍵を開けカバンを取り出し移動を開始する。
そのまま指定された場所まで移動するとカバンをそっと下ろす。
…何が入っているかは確認してみるか?
人の荷物を開けるのはよくないがひょっとするととんでもない方棒を担いで後から杏子に嫌われるのだけは避けなくてはならない。
倫理より娘の愛の方が大事なのは常識である。
カバンの中を覗いてみると…ふむ折りたたみ式の自転車というやつか?
…もしかしたらこれはいけるかもしれん?
徹夜明けでハイテンションだったせいか私の頭で悪魔がささやく。
移動させるという二味君の依頼は果たした。
多分この自転車で脱出を図ろうというのだろう。
ではこれに細工をして二味君をとらえる功労者になるというのはどうだろうか?
娘から見直された目で見られ、二味君には事故であった、または他の使用人が仕掛けたと言えばいいのではないか?
だんだんと良い策に思えてきたな。
では少し工作に精を出すとするか。
工作が終わり部屋で業務に勤しんでいると杏子の部屋で爆発音が鳴る。
屋敷内があわただしくなるが私は冷静だ。
いつものやつが始まったに過ぎないだろう。
そして今回は神の一手が私の手中にあるのだ。
私はスキップしたい足取りの軽さで杏子の部屋に向かうのだった。
「なぜニミリのカバンがあそこにあるのでしょうかね?」
「わかりません。厳重に鍵をかけたはずなのですが。」
「言い訳は結構です。今は手を打つ必要があります。使用人はネットランチャーを装備して車を使って追跡を。当然犬も全部放ってください。狙撃班は屋上へ配置。後は車をまわしてください。」
「お嬢様の車の運転はその…。」
…毎度思うのだけど一応法治国家の中だという事は気に留めてほしいとパパは思うんだよね。
まあ今回は余裕をもっていい父親の顔ができるだろう。
「杏子どうしたのだ?」
「…今は父様に構っている余裕が無いので後にしたいのですが?」
う…かなり辛辣に扱われたがそこまで本気という事だろう。
ここで父が頼りになる所を見せて印象を逆転させようではないか。
「ああ、二味君が自転車で逃走中とのことだね。実は秘策があってね。」
「…一応伺いましょう。」
「実は二味君の自転車のタイヤにパンクさせるための仕掛けをしておいたのだよ。このスイッチを押せばタイヤは破裂するという仕組みさ。」
リモコンを取り出しにっこりと自慢げに微笑む。
すると杏子はなぜか私をさらに胡乱な目で見てくる。
「父様がニミリのカバンをいじったのですか?後でそこは詳しく聞きたいのですが…。」
しまった藪蛇だった?!
いかんここは平常心だ。
「いや、ロビーに転がっていたから少し失礼かもしれないが中身を拝見させてもらってね。そしていつもの事を考えると何か役に立つと思って仕掛けておいたのさ」
「…まあいいです。本当なら早速やってほしいのですけど?」
「もちろん。見ていたまえ。」
私と杏子と使用人たちは窓の外へ視界を向ける。
視界の先には自転車を必死に漕いでいる二味君が見える。
…悪く思わんでくれよ?
私はスイッチをかちっと入れる。
すると予想通りに乾いた音と共に自転車のタイヤがパンク…することはなかった。
チュドーーーン!!
二味君は紅蓮の炎に包まれ煙が天に向かって湧き上がる。
そして少し経つと黒焦げになった自転車が庭に突き刺さる。
…あれー?
火薬の量多すぎた?
いやそこまでは流石に仕掛けてないぞ?
杏子の方を見ると顔面蒼白である。
「父様…何をやっているんですか!?これにかこつけてとどめをさす気だったのですか!?すぐに医療スタッフと病院の手配を!」
「いや、あんなになるまで仕掛けてないからね!?」
「では目の前で起きたのは何なのです!?」
そう言われると心苦しい。
…と言うか私は人を殺してしまったのか?
娘の友人をやってしまったのか?
そう思うとカタカタと身震いがしてくる。
「落ち着きなされ。このままだと友里様に踊らされ続けますよ?」
しわがれながらも私よりも威厳のある声で羽山が入室してくる。
というか一体今までどこに行っていたのだ?
「踊らされ続けるという事は二味君はやはり生きているのだな?」
「ええ、それはそうとして事態をここまで相手に有利にしてしまった旦那様には後でお話があります。」
…ひょっとして全部ばれてる?
いやそんなことは無い、無いはずだ。
「コホン!それで二味君…」
「ニミリに踊らされているってどういう事かしら?」
聞きたい事は同じのようなので杏子に任せておこうか。
これ以上目立つとまずいかもしれないし。
「ええ、現在、全員の注目はあそこに釘付けにされてしまいました。おかげで他が全てざるのように手薄になっています。」
杏子が口元に指を当てて考え込んでいる。
けどすぐに考えがまとまったのか爺に次を促している。
「爺や。今すべき事は何でしょうか?」
「あの爆発音です。警察への説明要員は必要でしょう。それ以外はすぐに通常シフトに戻す必要があります。加えてすぐに全使用人へ現状の報告をさせる必要があります。」
「状況把握ですか。確かにその通りですね。」
「外へ向かうのためのブラフと考えると…今は屋敷の中に戻って行動しているというのが一番濃厚そうですな。」
杏子は羽山の意見を採用しすぐに行動に移った。
…というか私より信用されていないか…父の威厳が…。
使用人たちは杏子がうなずくのを確認するとすぐさま自分の仕事に取り掛かる。
「各班は持ち場に至急戻ってください。特に玄関、門扉、屋敷の出入り口は確実に…。」
「追跡班応答せよ!…そこの処理は後で別の班にやらせる。それよりもフェンス付近の巡回へ…。」
「狙撃犯応答せよ!…狙撃犯応答が無いがどうなっている?」
「屋内使用人は部屋の巡回を行ってください。猫の子一匹見逃さないように。」
あわただしく無線連絡が飛び交う。
ここは戦場か何かかな?
なぜ二味君が来るといつもこうなるのかね?
…まあ退屈しなくていいのはいい事だろう…いい事なのかな?
その中で羽山だけは冷静に事態を俯瞰しているのか一人の使用人の肩を叩き確認をする。
「狙撃犯の応答が無いのはどういう事だ?」
「ええ…応答が…あ、すいません入ったようです。」
『こち…そげきは…異常無し…』
「けどよく聞き取れないですね。無線の調子が悪いのでしょうか?終わったら無線機を交換した方がいいかもしれませんね?」
使用人は事務的に次の確認に移ろうとするが羽山はそのまま全速力でドンと部屋から駆け出していった。
…何か掴んだのだろうか?
さて私のやるべきことはというと…。
やることが全くないな。
とりあえずここは紳士らしく落ち着くのが一番だな。
テーブルに着くと口をつけていない紅茶がまだ湯気を立てている。
ほのかに茶葉の香り…うむ先ほどの件もあって少し心臓がバクバクいっているようだしお茶をいただくとしようか。
そう考えカップを持ち上げ紅茶を二口ほどいただく。
するとなぜか私はそのまま意識を失ってしまったのだった。
本年最後の投稿になります。
まずはここまでお読みいただいた皆様に感謝いたします。
このような素人が書いている作品ですが予想していた以上にブックマーク評価をいただき大変ありがとうございます。
そして本編そっちのけで脇道の話を始めてしまい大変申し訳ありませんでした。
2020年も赴くままに好き勝手書いているような気がします。
このような作者ですがご付き合いいただけると幸いです。
それでは皆様よいお年をお過ごしください!




